「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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~さわやかに香る風~
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「お、イケるじゃん!うまいよ、これ」
亮介が口の中に物を入れたまま大きく口を開けて言った。
テーブルの上には皆で力を合わせて(ミクタを除いて)作ったチヂミが多く盛られた皿が置かれている。それをそれぞれ小皿に分けて食す。
「ホント!?巧くんは?どう?おいしい?」
希色は亮介の反応に目を輝かせ、巧の様子を窺う。
巧はその問いにはすぐには答えずに、しばらく口を動かし、食べ物を飲み込んでから口を開いた。
「…うまい!おいしいよ、希色ちゃん。チヂミを提案して正解だったね」
「でしょでしょ!?安い材料でおいしいし、結構ボリュームもあるんだよね」
二人の好評価を受けてさらに笑顔になり、自身もチヂミを口へと運ぶ希色。
ニラや人参、玉葱といった野菜が豊富に混ぜ込まれたこのチヂミ。薄く焼き上げられたパリッとした食感と、韓国風と呼ばれる元でもあるキムチのピリッとした味、仕上げにつけるゴマだれが合わさると、絶妙な美味しさが作り上げられるのだ。
と言っても、どんな料理であっても万人に愛されることはないことは世の常である。
「…。何だよ、これ…」
一人だけしかめっ面をしている者がいた。
「…ミックくん?もしかして、口に合わなかった?」
希色が聞くまでもなく、ミクタは一度口に入れたものをそのまま吐き出した。
「うわっ!汚ねー!何やってんだよ~」
隣に座っていた亮介が慌てて飛び退く。
周りの反応など気にせずに、ミクタはテーブルに置いてあったティッシュを数枚抜き取ると、口を拭きながら言った。
「…野菜しか入ってないじゃん、これ。ボクは野菜が苦手なんだ」
その言いように、巧が怒りを覚え立ち上がる。
「贅沢言うなよ!ほとんど手伝ってないくせに。肉だって少しは入ってるし、せっかく希色ちゃんが作ってくれたんだ、何も吐き出すことないじゃないか!」
「嫌いなものは嫌いなんだ。まずいなんて言ってないよ。嘘をついておいしいって言うよりマシだよ。…まぁ、君の言うことも一理あるね。希色ちゃん、だっけ?悪かったよ、ごめん、吐き出したりして」
「…」
ミクタの発言に途中まで言い返そうとしていた巧だったが、思ってもみず本人が最後に謝りだしたので拍子抜けしてしまい、言葉を失った。
謝られた希色も急に振られて一瞬驚いた顔をしたが、ミクタの言葉を受け止めて笑顔で言葉を返す。
「ううん、私もミックくんが野菜嫌いなの知らなかったし、気にしてないから大丈夫だよ。野菜入ってたの知ってただろうし、一口食べてみてくれたんだもん。それだけで嬉しいよ。巧くんもさ、許してあげよ?」
「あ…うん、ちょっと言い過ぎたよ…」
巧は希色のその様子を見て、心が広いなぁと思った。いつでも笑顔で返してくれる。そこが彼女の魅力だ。それに比べて自分は…。コロコロと態度の変わるミクタの性格を素直に受け入れられない自分を感じる。
相手は同じ顔をした自分ながら、謝罪の態度に少し感心したのだが、それは表に出さずに巧はミクタの皿を取り寄せた。
「残りは俺が食べるから。冷蔵庫に残ってるもんでも食べるといいよ」
そう言われたミクタは巧ではなく希色の方をチラッと見ると、ニヤッと笑い「自分で探すよ」と言ってキッチンの方へ歩いていった。
「おっとタク、俺も分け前もらうからな」
彼らの心の動きを知ってか知らずか、亮介は巧の元に置かれたミクタの皿を、自分との中間に引き寄せた。
「あぁ、もちろん。希色ちゃんも座って食べなよ」
まだ残っている自分の分のチヂミに食いつきながら、希色にも食べるように促す。
「あ…うん、ありがと。ミックくん…大丈夫かな?」
椅子から少し腰を浮かしてキッチンの方を伺う希色。
「大丈夫大丈夫。適当に何か見つけるよ」
巧が言うと、間もなくミクタがキッチンから茶碗を持って戻ってきた。
「あれ?ご飯…炊いてたっけ?」
「昼に炊いた残りだよ。余分に炊いといてよかった」
巧の問いに答えると、ミクタは一緒に持ってきた納豆のパックを開け始めた。
「うわ、納豆だ!俺苦手なんだよなー、納豆。あの臭いがたまらん」
納豆が混ぜ混ぜされる様子を見て亮介が鼻をつまむ。
「え、亮介くん納豆嫌いなの!?体にいいしすぐ食べられるし、私は好きだけどなぁ」
希色の言い分など受け入れず首を振る亮介。
「いくら体によかろうが臭いに害がある時点で健康も害する恐れがあるってもんだよ…ほらほら臭ってきた!オエーッ」
ミクタが納豆を混ぜ終えてご飯の上にかけると、独特な臭いが辺りを包んだ。思わず希色も苦笑する。
「はは…確かにいいにおいとは言えないけどね…ほんとに体にいいんだよ?しそとか加えると臭いが緩和されるし食べやすくなるんだよ。今度やってみたらどうかな」
希色が熱心に納豆の良さを説明するが亮介はそれどころではない。
しばらく黙って二人の会話を聞いていた巧が、納豆ご飯を食すミクタの様子を見ながら問いかけた。
「ねぇ、ミック?そろそろさ、聞かせてもらってもいいかな?お前がこっちに来た理由…」
その途端、希色と亮介も表情が打って変わって真顔になり、巧と同様ミクタへと視線を寄せる。
一方問われたミクタはチラッと巧の方を見たが、すぐには答えず、ゆっくりと口の中のものを処理してからお茶を一口飲み、そして巧の目をじっと見ると、ようやく口を開いた。
「ボクは…二つの世界のバランスが崩れてきてる原因を突き止めにきたんだ」
「バランスが…崩れてる…?」
巧は全く話が飲み込めず、思わず聞き返してしまった。
「そう。いないはずの人間がいたり、いるはずの人間がいたり…とかね。ボクがこっちの世界に足を踏み込んでること自体、すでにバランスが崩れていることの証なんだよ」
ミクタのその語り口からは、たったこれだけの情報を話されただけでも、十分にそれが真実を語っていることが窺えた。
「なんか、ゲームみたいな話だよな」
「うん、私もそう思った。ファンタジーを扱った本とかで出てきそう。でも、最近は舞台は普通の世界で、ゲームで起こるようなことが現実で起きちゃうっていう構成のお話もよく聞くよね」
亮介と希色が口々に言う。
その話には乗らずに、巧はミクタに再度確認をした。
「じゃあ…ミックはそのバランスを元に戻すために…?」
「そういうこと」
「ほんとに、ゲームみたいな話だな…。ミックが世界を救う勇者ってところか」
「勇者」という言葉に、ミクタは大きくため息をついた。
「勇者、ねぇ…。そんな歓迎される立場だといいんだけど」
「と、言うと?」
「そんなの、言うまでもないじゃないか。現に君達がもうすでにボクを歓迎してないはずだけど?」
ミクタが少しイラついた表情になってきたのを感じ、巧は慌てて首を振る。
「な、何言ってんだよ?そんなことないって。初めは驚いたけど、今はこうやって普通に話せてるんだし」
しかしミクタは首をかしげた。
「そう?まぁ、そうかもしれないけど、一般には同じ姿の人間が二人存在してるのは、どう考えても歓迎はされないと思うけどね」
「確かに…こりゃ冷静になって見ると変だよなぁ…」
二人のやりとりを顎に手をつきながら眺めていた亮介がボソッとつぶやいた。
その亮介からミクタへと視線を移すと、今度は希色がミクタに問いかけた。
「ねぇ、ミックくん?だったら、ミックくんはどうやってこっちに来たの?ここに来たこと自体がバランスが崩れてる証だ、って言ってたけど…」
「あぁ、それは、マジョンナの力なんだ。いや、違うのかもしれないけど」
希色の問いに、イラつきを見せていた表情を引き締めるミクタ。
彼の表情の変わりようを見て、巧はなんだか面白くない気持ちになる。
なんか…希色ちゃんには態度違うような気がするんだよな~。俺には当たってくるくせに。気のせいかな…ってか俺、何こんなんでイライラしてんだ?あぁ、やな性格だな、俺。ごめん、ミック。
「双方の世界において何らかの異変が起きていて、それでお互いを行き来することができるようになってしまったわけだけど」
巧の気持ちには全く気付かないまま、ミクタは話を続ける。
「さっきも言ったように、世界をまたがって移動するためには、同じ姿をしたもう一人のボク、つまりこの巧が必要なんだ」
「えっ??…あぁ、それで?」
急に名前を出され、巧は気持ちを見透かされたかと思い焦ったが、話は半分聞いていなかったものの、すぐにミクタに続きを促した。
「それで、一番初めにこっちに来る時には強力な力が必要だったから、あの鏡を使ったんだ」
「あの…鏡って??」
巧からおおよその話は聞いていたが、希色にはすぐには話が飲み込めない。
「ボクが出てきた手鏡だよ。恐らくマジョンナが作り上げたものなんだろうけどね」
そこまで聞いて、巧は嫌な予感がした。
「ね、それで鏡はどこにいったんだっけ…?」
「えっ?」
ミクタもぎょっとした顔をする。
「どこにいったって…あの後どうしたんよ、あの鏡。あれを失くすと大変なことになるってのに!」
その言いように巧の不安はさらに煽られる。
「し、知らないよ…!あの事件の後、慌てて学校行ったんだから。ミックこそ知らないのかよ、ずっと家に居たんでしょ!?」
焦った巧を見て、肩をすくめるミクタ。
「そう言われても…。君が行った後もこの部屋には来たけど、あの鏡は見当たらなかったよ」
「そんな、無くなったらどうなるんだよ!?…あ、もしかしてニージョが…?…でも逃げていく時には持ってなかったし…」
…その時、希色が「あれっ?何か足に…」と声をあげた。
「鏡って、これのことかな…?テーブルの下に落ちてたけど…」
そう言って、希色は足元から拾い上げた古い手鏡を、手に持って眺めはじめた。
「なんか、結構年季入ってるね。形見か何かなのかな…?でもかわいい!小っちゃくて使いやすそう♪」
まじまじと鏡の面を見つめだす希色。それを見て、ミクタは慌てて希色の元に駆け寄った。
「だ、ダメだっ!そんなにじっと見たら…!!」
「えっ?」
ミクタの声に希色が振り向こうとした瞬間、悪夢は起きた。
「きゃあああああああああああああ!!!!」
希色の持つ手鏡の面の向こうから、ゆっくりと顔がこちらへと姿を露わにし始めたのだ。
驚きと恐怖のあまり、手鏡から手が離せない希色。目は大きく見開き、体全体がブルブルと震えている。
「…な、なんなんだよ、これは…!?」
反射的に希色の近くから飛び退き、少し離れたところながら事の進行を見つめる亮介。初めて目にする恐ろしい光景に、立っていることがやっとの状態でいる。
その点、すでに同じ事を経験済みの巧。心臓がバクバクしながらも、自分の時よりも気持ちを冷静に保てていた。
希色の元に駆け寄るが、鏡の中から出てくるものを間近で見た瞬間、その足が言うことを聞かなくなってしまう。
「鏡を離すんだ!」
その場で最も冷静なミクタが、希色の手元から鏡を離そうとする。しかし思ったよりも強い力で握られており、なかなかそれができない。
そうしている内に、鏡からは希色と同じ顔の部分がすべて出てしまっている。そして今度は同じところから、手と思われるものが瞬時にニュッと出て、希色の頭を掴んだ。
「きゃあああああああああ!!!」
突然鏡の中から出てきた手に、希色の恐怖は最高潮となり、その瞬間、彼女は意識を失ってしまった。
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「ちょっと乱暴すぎだよ、ロッキー。彼女が可哀相じゃないか」
「ごっめーん!だってミックだけこっちに出てきちゃってたしさ、退屈だったんだもん」
ミクタが頭を抱えている横で、鏡の中から現れたもう一人の希色は、下をペロッと出していたずらっぽい笑みを浮かべた。
「タク…俺、なんか吐きそうになってきた…」
亮介は青ざめた顔で腹を押さえている。
「はは…無理もないや。俺だって何がなんだか…トイレ、行ってきていいよ」
そう言って笑顔で返した巧も同様、つい今朝に自分の身に起きたことを思い出し、あまりいい気分ではなかった。
一同は今、二階の巧の部屋にいた。
ベッドの上には意識を失ったままの希色が横たわっている。
そして巧の視線の先には自分と同じ姿のミクタと、希色と全く同じ姿の少女(ミクタにはロッキーと呼ばれているようだが名前はまだ明らかではない)の二人が、まだ目を覚まさぬ希色を見つめながら言葉を交わしていた。
その様子を二人から少し離れた場所で眺めている巧と亮介。
「はぁ…」
巧は思わずため息をついてしまう。
どうしてこんなことになってしまったのだろう…。
同じ人間が二人いる状況を他人の目から見るとこのように映っていたのかと変に納得しつつも、ただでさえ厄介な状況が悪化したことは言うまでもなかった。
とにかくこの状況を何とかしなきゃ。
希色が目を覚ました時に、この状況が目に映っては、彼女へ更なるショックを与えかねない。巧は希色にはできるだけ負担をかけたくなかった。
そこで巧はあることを思いついて、ミクタ達には聞こえないよう、亮介にヒソヒソ声で提案した。
「ねぇ、亮介?このままさ、希色ちゃんを家に帰しちゃって何もなかったことにするってのはどう?」
しかし亮介は苦いものでも食べたような顔をした。
「はあ??」
亮介の声が聞こえたのか、ミクタが反応して一瞬巧たちの方をチラッと見たが、またすぐにロッキーと呼ばれる少女との話をしだした。
亮介もその視線を感じ、より声の音量を弱めて巧に反論する。
「マジで言ってんの?そんなの時間の問題だって。それに、どっちにしたって立花さんはもう一人のお前のことは受け入れちゃってるんだからさ、この際もう一人増えようがあんまり変わんなくない?」
その言いようには巧も引き下がるわけにはいかない。
「何言ってるんだよ、増えたのが他人の分身と自分のとじゃ、訳が違うよ!こんなことに希色ちゃんを巻き込ませるわけにはいかないよ。やっぱり何としても家に入れるんじゃなかった…」
「おいおい、十分巻き込んでるって。タクの気持ちもわかるけどさ、もうそんなこと言ってる段階じゃないやろ?それに立花さんは逃げるどころか、できる限りタクに協力しようとしてくれてたじゃん。それなのに後でこのことがバレたら、立花さん悲しむぞ~。俺が同じ立場だったら、んな中途半端なことされたらプチッとくるけどなぁ」
亮介の言うことも最もである。ここまで巻き込んでおいて、今更新たな事態だけを希色に隠しておくのも彼女に失礼なような気がする。
しかし、巧は何とも複雑な気持ちだった。
このまま希色が事実を知ったとして、この先彼女に待ち受けている事を思うと…やはりできるだけその被害を喰わないで欲しいという気持ちも強くあった。
「でも…やっぱりさ、今日のうちだけでも対面させない方がいいと思うんだ…もう一人の自分だなんて、俺だって今日はみんながいたから考えずに済んでたんだ。正直まだ全然頭の整理がついてない状態だしさ、希色ちゃんもその事実に対面して、はいさようならまた明日、って家に帰すわけにはいかないでしょ?そのためには…」
巧が自分の言っていることを確認しながら長々と説明していると。
プルルル。プルルル。
自宅の電話の呼び出し音が鳴り始めた。
「びっくりした…電話か」
「あ、もしかしたら巧のおばちゃんじゃない?」
亮介がそう言いながら電話に出るように促す。
「あぁ、かもね」
巧も亮介に言われる前に自室に置いてある子機に向かい、受話器を取ると、通話ボタンを押した。
「もしもし、赤崎です」
「あ、もしもし?巧くん?立花ですけど」
「…あぁ、おばさん」
掛けてきたのは母ではあったが、巧のではなく希色の母だった。
わざわざ電話を掛けてきたことから察して時間が気になり時計を見てみると、針はもう九時の半ばをまわろうとしていた。
色々あって全く時間など見ていなかった巧は少し驚き、慌てて電話越しに謝る。
「あ、すいません、すっかり遅くなっちゃって…連絡もなしに心配でしたよね。えっと…」
普通ならそのまま希色に代わって安心させるのだろうが、今は状況が違った。
ベッドの上で気を失ったままの希色の様子を見ながらどうしたものかと考えていると、
「ああ、いいのよいいのよ、巧くん家に行くってことは一度帰って来たときに聞いてたから。一応何時に帰ってくるか聞いとこうと思って。なんだったらそのまま泊まってくって言っても大丈夫よ。巧くんもお母さんがいないから寂しいでしょ?あ、希色から聞いたのよ。でもよく考えたら、泊まられると巧くんのほうが迷惑よね~、うふふ。あら、ごめんなさい、あたしったら一人でペラペラ…」
と一気に言葉が返ってきた。
「いやいやこちらこそ…ちょっと待っててくださいね」
おばさんってこんなに喋る人だったっけ、と思いながら適当に相槌を打ちつつ、何か手はないかと部屋全体を見渡す。
そしてベッドの上の希色からミクタともう一人の希色の姿に視線を移した時、巧はある考えが浮かんだ。
「ちょ、ちょっと、希色ちゃん…っていうか、もう一人の希色ちゃん?」
受話器の声を送る部分を押さえ、ミクタの隣の少女を呼ぶ。
それに気付いた少女の方は、「え?アタシ??」と自分を指して巧に確認した。
巧もそれを見てちょこちょこと頷き、彼女を手招きする。
「なになに?どしたの?」
頭の上に疑問符を浮かべながら、早足で向かってくる少女に、巧は小声で説明を始めた。
「あの、さ、ちょっと協力してほしいんだけど…。今の電話の相手が、希色ちゃん…つまりそこで寝てる子のお母さんなんだけど。君も希色ちゃん、なんだよね?よかったら上手くおばさんと話をつけてほしいんだけど…」
少女は巧の提案に素早く瞬きを数回した。
「希色?…確かにその子は希色だけど、アタシは希色であって希色じゃないんだ。ミックとキミの関係と同じってこと。ロイキっていうちゃんとした名前があるんだよ」
ロイキと名乗った少女は一息つくと、腰に手を当てて巧に改めて問う。
「それで?どうしたらいいの?」
「…」
見た目は希色そのものなのに、希色のそれとは全く異なったオーラを放つロイキにしばらく目を奪われてしまう巧。
ロイキがこちらを見返しながら眉を片方あげるのに気付くと、すぐに我に返って説明を続けた。
「あ、えっと…とりあえず意識を失ったことは伏せておいて、希色ちゃんの振りをして、家に帰るようにおばさんと話を合わせてほしいんだ」
「なんだ、そんなこと?お安い御用よ。アタシそういうの得意なんだ。それに、希色の親とのやりとりはよく見てるしね。じゃ、ちょっと電話貸して」
「あ、う、うん…よろしく」
あっさりと承諾してくれたので、巧はちょっと拍子抜けしながらぎこちなくロイキに受話器を渡す。
受話器を受け取ったロイキは、巧と同じように声を送る部分を押さえて一呼吸置いてから、声をかけた。
「あ、お母さん?お待たせ!ごめんねー、巧くん家でチヂミ作って食べてたら長居しちゃって。これから帰るから。…うん、うん、はーい、わかった。じゃあまた後でね。うん、バイバイ」
と、切のボタンを押して話を済ませるロイキ。
その様子に、周りで聞いていた一同は皆それぞれに感心する。
「完璧じゃん…さっきとは別人だな。いや、同じではあるんだろうけど」
亮介は希色とロイキを交互に見比べ、さらに巧とミクタに視線を移し、またも頭をこんがらがらせた。
「すごい…。それで、おばさんは何だって?」
巧も少し尊敬の眼差しでロイキを見つめながら、話の内容を伺う。
「ふふん、楽勝楽勝♪ えっとね、まぁ簡単に言えば気をつけて帰りなさいって感じかな」
「そっか、ありがとう。感心したよ、全然違和感なかった」
巧のその言い方にロイキはニヤッと笑みを浮かべた。
「そりゃーね、希色はアタシなんだもん。で、話はつけたけど、これからどうするつもりなの?希色は家に帰さなきゃなんなくなったけど。さすがにその代役はアタシは嫌だよ?」
ロイキの話している様子を見て、やはり希色と話している感覚にはなれないことに、巧は戸惑いを隠せない。自分と同じ姿であるミクタに対してであっても、それは同様のことだった。
巧は何となしにミクタの方を見たが、たまたま目が合うと、慌てて視線をロイキの方に戻し、問いに答えた。
「そうだね…とりあえず、希色ちゃんを起こさなきゃ。そのためには…えっと、ロッキーって呼んでもいいのかな?君にはどっかに隠れててもらわないと」
「ロッキー」と呼ばれ、ロイキは笑みをはっきりさせた。
「うんうん、そう呼んでもらった方がしっくりくるよ。なるほど、あくまでアタシが出てきた事実を希色に隠しとくってことね。それでもいいけどさ、言っとくけどそれじゃ一時しのぎにしかならないからね?」
「え?」
すぐにはOKかどうか分からない返事に、思わず聞き返す巧。
「だから、本人にわかるのは時間の問題だってこと。ま、希色なら大丈夫だって。だってアタシなんだもん。確かに今ばらしちゃうと負担かかるだろうし、対面を後にするのはアタシも賛成だけど。ね?ミック」
ロイキは自分のことながら希色のことを冷静に判断し、ミクタに意見を求める。
「あぁ、ロイキがそう言うなら、それでいいんじゃない?ただ、出てきたからにはそれなりに上手くやってよ?ただでさえややこしいわけだしさ」
ミクタは慣れたように言葉を返し、ロイキと共に頷いた。
その様子に巧は、二人は鏡の向こうではどのような関係なのだろう、と思った。自分と希色のように気心が知れた仲と言うのは同じようだが、なんというか、友達というよりパートナーと言った方が的を得た印象を受ける。
「オッケー、でもね、鏡の向こうに行っちゃうと希色のところにしか出られなくなるから、この家のどっかに隠れとくことにするよ。その間に…巧、上手く希色を送り出してね」
ロイキに言われ、巧は心配になって聞き返す。
「え、ここにそのまま居るの!?…それってなんか困るっていうか…」
実際困る。仲がいいとはいえ、希色を家に泊めたことは今までにない。まぁ、今回相手は希色ではないが、希色なのだ。女の子を家に泊めることにこれまた戸惑う巧。
そしてもう一つ心配なことに気付く。
「それにさ、朝希色ちゃんが鏡を見たりしたら…ヤバいんじゃ」
ロイキは巧の反応に対し、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「何?アタシが泊まるのに抵抗感じてんの?あはは、だいじょぶだいじょぶ!別の部屋使わせてもらうし。それとね、鏡のことも問題全然ナッシング!だってアレはアタシじゃなくて…おっといけない」
「??」
ロイキが急に口をつぐんだので巧は気になって口を開こうとしたが、彼女はごまかすように、
「まぁ、とりあえずアタシはあっちの部屋に行っとくから、希色を起こしてばれないように連れ出してよ?」
と声を高めて言い、そのまま巧の部屋を出て行った。
「あ、ちょっと…」
巧はロイキを追いかけようとしたが、ミクタに「起こすよ」と促され、部屋の外に目をやりながら希色の眠るベッドに歩み寄った。ミクタは口パクで「早く」と急かす。
巧も「はいはい」と同じように返し、希色の方へ視線を移した。
「希色ちゃん」
希色の肩に手を掛けて、軽く揺らしながら声を掛ける。
「まだ気失ってるんやない?」
亮介も巧の隣に来て希色の様子を窺う。
「う~ん…。希色ちゃん??」
もう一度希色の名を呼ぶと、しばらくして彼女は「う~ん」と唸りながら、ゆっくりと目を開けた。
「あれ…巧くん?」
希色は目の前で自分を見つめる巧を確認し、そしてその隣にいるミクタと亮介も同じように自分を見つめているのに気付くと、慌ててガバッと飛び起きた。
そしてあちこちと首や視線を動かして周りを確認した後、
「え?え?私…どうして?やだ、ごめんなさい!」
と軽くパニックを起こしてベッドから慌てて降りようとした。
巧はそれを軽く押し留めて希色をベッドに座らせたままにし、
「よかった…とりあえず元気はあるみたいで」
と言いながら、これからどうしようかとこめかみの辺りを掻いた。
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