~さわやかに香る風~

~さわやかに香る風~

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探れ!赤髪美女の正体

        1

 翌日。
 巧は昨日よりは時間に余裕をもった登校途中、頭の中ではかなり余裕のない思考を巡らせていた。
「どういうつもりなんだ…?」
 結局、朝になってもミクタが姿を現すことはなかった。
 朝、歯を磨く際にももう一度鏡の前でその存在を確認してみたのだが、こちらに出てくる気配など全くなかった。
 今日は問題の新任教師、マジョンナと接触し、ニージョの所在を掴まなければならないと言うのに、話もできないまま家を出る時間になってしまった。
 それに、ミクタの言うとおりだとすれば、こちらの世界に戻ることができるのは、自分がいる鏡の前だけのはずだ。万一学校の鏡から出てこられなどしたら、それこそとんでもないことになる。
 さらに気になるのは、もう一人の自分が別人格として好き勝手に動き回っているというのに、鏡にはその姿が映らないということはなく、そのままを映し出しているということだった。果たしてこのままミクタはこちらの世界にくることはないのか、それともそもそも昨日の出来事自体が本当にあったことなのかどうかすらも、巧は頭の中で結論付けることができなくなっていた。
 と、いうことは、希色の方はどうなのだろうか。
 ロイキの場合も同じであるとしたら、こちらの世界に来る時には希色を通しての鏡からしか来ることはできないということになる。
 昨日は希色の身を案じ、何とか誤魔化すことはできたものの、もし今朝になってまだ真実を告げないままに突然希色の前に現れたりしたら…そちらの方もかなり心配である。
 そこまで考えてしまうと、学校まで歩む足どりも、どんどん重みを増していくような気がした。
 しばらく考えを巡らせていると、巧は後ろから声をかけられた。
「巧くん!おはようっ!」
 後ろを振り向くと、希色がこちらに駆け寄ってきていた。
「あ、希色ちゃん…おはよう」
 そう返事をする巧の横顔を、希色は不思議そうに見つめたが、すぐに笑顔で応える。
「どうしたの?そんな顔して、また元気ないみたいだけど…。昨日は私のこと励ましてくれたじゃん!おかげで昨日のこと引きずらずに済んで、今日も元気に家出て来れて、感謝してるんだ。巧くんも元気で居てくれなきゃ困るよ~」
 懸命に自分を励まそうとしてくれている希色の気持ちが嬉しくて、巧もつい笑顔になる。
「ごめんごめん、今日はちょっと考え事してただけだからさ。心配しなくて大丈夫だよ。ありがと」
 それを聞いて、希色も「よかった」とさらに笑顔になる。
 この様子だと、ロッキーとの対面はなかったのかもな。巧はほっと息をつく。
 しかしやはり気になることであるので、少し間を置いて、遠まわしに訪ねてみた。
「あのさ、希色ちゃん、今朝家で変わったことなかった?恐いこととか…」
 希色は笑顔のまま、頭の上に疑問符を浮かべる。
 巧はそう聞いておいてすぐに後悔した。
 そんな聞き方をしたら、勘のいい人なら真実を悟りかねないではないか。
 しかし幸いなことに、その心配には及ばなかった。
「恐いこと??どうして?…あ、昨日のこと、心配してくれてるの?その事だったらほんとに大丈夫だから気にしないでね。今朝は気持ちよく目が覚めたし、昨日みたいな夢も見なかったよ。なんだかごめんね、余計に心配させちゃったみたいで…」
 と希色は謝罪をしだしてしまった。
「い、いや、こっちこそごめん…」
 思わず謝罪の言葉が口をついて出てしまう。
「え?何で巧くんが謝るの?」
 すかさず突っ込みを入れる希色。
 希色のその優しさを受けると、巧はこちらが隠していることが本当に申し訳なく思ってしまう。一瞬、流れで真実を伝えてしまおうかとも思ったが、その言葉は奥に引っ込み、代わりに別の言葉を引き出した。
「あ…いや、ごめん。そうじゃなくて、今朝から…いや、昨日あの後家に帰ってから、ミックの姿が見えないんだ。だから、もしかして希色ちゃんの所に現れたりしてないかな、って思って」
 巧としては咄嗟の言い訳のようでかなり強引に話をつなげたつもりだったが、希色は話通りに受け取ってくれたようだった。
「えっ?ミックくんが??ううん、私の所には来てないけど…。そっか、鏡の中とこっちを行き来できるんだっけ」
「あ、うん、そうなんだ。だからもしかしたら、って思って」
 巧はそう言ったが、希色が鏡の移動のノウハウを知らないからこそ言えるセリフである。
「そっか…ミックくんが出てきた時はびっくりしたなぁ。いきなり手が出てきて…あ、やめとこう。昨日のあの夢思い出しちゃいそう。でも困ったね、今日はマジョンナ先生と会うけど、その先のことって何も話し合ってなかったし…」
 希色も頭を抱えてみせる。やはり気を失う以前のことは鮮明に覚えているようだ。昨日の希色の身に降りかかった出来事に関しては、本当に夢と割り切ってしまっているようだった。
「そうなんだよ。昨日帰ってからその辺りを話し合っておこうと思ったんだけど、肝心のミックがいなくて…今朝も鏡を確かめてみたんだけど、出てくる様子もないし。そのことでさっき悩んでたんだ」
 ここでようやく話が本題に繋がる。
「そうだったんだ…」
 希色もやっと話を飲み込めたようで、巧が大丈夫そうで半分安心、話の内容で半分心配、の表情で共に考えを巡らせた。
「もしかして、浅葱くんのところだったりして!まさかとは思うけど…。今日マジョンナ先生に会ってからどうするかとかも話したいし、早目に学校行って浅葱くんに話聴いてみようよ!」
 思い立ったら行動は早い希色。善は急げとばかりに駆け足になり、巧も付いてくるように後ろを振り返っている。
「う、うん…」
 希色にはロイキが現れてはいないかの確認のために聞いたが、まさか亮介のところに現れてはいないだろう。彼のところにはミクタもロイキも移動のしようがない。亮介にも「もう一人の自分」が現れたなら話は別だが。
 巧はそこまで考えると、例の手鏡を机に伏せたままだったことを思い出した。
「ま、いっか」
 わざわざ持って行くものでもなし、他人が見るようなことさえなければ問題ない代物だ。逆に持って行ってまた同じ惨劇が起きたとなればそれこそ問題である。
 それよりも今は、三人で話し合い、マジョンナという先生と対面した後にどうするのかということ、そして、その問題の先生(いや、先生とは表向きの仮面である可能性が高い)がどんな人物であるかということが新たに心の中を大きく占め始め、巧は希色の後に続いた。


        2

 急いで亮介のクラスである六組の教室へと駆けつけた二人だったが、巧は重要なことを忘れていた。
「あいつ…遅刻が多かったんだった」
 時計を見ると、まだホームルームの二十分以上前である。こんな時間に奴が来ている訳がない。
 亮介は最近、近道を見つけたんだと言って、そこを走っていけば家を遅く出てもギリギリで遅刻はしない、と自慢げに言っていたのを思い出した。
「浅葱くん、来てないみたいだね…早く来すぎちゃったかな?」
 希色が教室の中を覗き込むが、教室にはまだ半分の生徒も来ていない。ちらほらと勉強やお喋りをしているのが数人いるくらいだった。
「希色ちゃん…ごめん、気付くのが遅かった。たぶん会っても話す時間ないと思うし、出直そう…」
 巧はそう言って自分達の教室に行くよう、希色を促した。

「で…どうしよっか」
 三組の教室へとやって来た二人。巧の席と、その隣のまだ来ていない生徒の席にそれぞれ座り、今後の相談を亮介なしで進める。
 巧の問いに希色はしばらく唸ってから、思い出したように口を開いた。
「とりあえずは昼休みまでは動きようがないし、昼休みになったら職員室に行ってみよう?私一応面識あるし、上手くいけばどこに住んでるかとか教えてくれるかもしれない」
「そうだね」
 それが妥当だと思う。巧は素直に頷く。
「そうそう、昨日作ったチヂミも持ってきたから、昼休みにはみんなに食べてほしいんだけど、そんな暇あるかな…」
 そう言えばチヂミのにおいがするようなしないような。
「あ、そうだったね。まぁ、昼休みじゃなくても、間の休み時間でちょこちょこ食べていってもらえばいいんじゃない?」
「そっか、その方がいいかもね!みんなおいしいって言ってくれるかなぁ」
「大丈夫!味は俺が保障するよ」
 巧がそういうと、希色は「ありがとう!」とニッコリ笑った。
 そんな話の折、ふと後ろの黒板に記されている今日の時間割を見ると、巧は「あっ」と声を漏らした。
 希色が「どうしたの?」という目で巧の答えを待つ。
「昨日のゴタゴタで、今日の英語の宿題やってなかった…」
 巧の言葉に、希色も目を大きく見開いた。
「あっ!そうだよ、どうしよ~私もやってない!」
「大丈夫だよ、英語四時間目だし、今からやれば間に合うって」
「そっか、そうだね!そうと決まれば早くやろうやろう!」
 希色が宿題を忘れたことなどほとんど聞いたことがない巧。塾などには通わずとも、絶えず高い成績をキープしている彼女を、よほど勉強の習慣がついているのだろうと感心していた。
 そんな希色が宿題を忘れて慌てているとなると、変に心強く思えて安心してしまうのだった。
「どうしたのー?二人して。朝から仲がいいんだね~」
 二人が鞄から宿題のプリントを取り出していると、希色の友人である詩織がやってきて、何をしているのかと覗いてきた。
 背が少し高めの、元バレー部の女の子。サラサラのショートヘアが似合う、サッパリとした性格の持ち主である。
「あ、しおりん!おはよう!今日の宿題やってないのを巧くんと話してたら思い出して。慌ててやってるとこなんだ。しおりんはやってきた?」
 詩織は「ううん」と首を振ると、ため息をついた。
「宿題あるのはわかってたんだけどね、塾もあったし、帰ってからやる気なんて全然しなかったからまだやってないよ。それにしても、希色ちゃんが宿題忘れるなんて超珍しくない?」
 希色は「そうだっけ?」と首を捻ると、宿題のプリントに取り掛かりながら声を掛けた。
「しおりんも早くやらないと間に合わないよ?」
「うーん、そうしたいんだけど、なんか疲れちゃって。最悪英語の授業中にやるかも。どうせプリント集めるの終わってからでしょ?」
 希色もなんとなく詩織のその気持ちが分かった。大好きな部活が終わって勉強一本の生活になり、尚且つ塾まで通い始めたとなると、ストレスは溜まる一方であろう。
「大丈夫?結構塾って遅くまでやってるもんね…私、これ早く終わらせて余裕がありそうだったら手伝うよ?」
 希色の気遣いに詩織は少しだけ笑顔に戻ったが、
「うん…ありがと。まぁできるだけ自分でやるつもりだけどねー。んじゃ頑張ってね、お二人さん」
 と、それだけ言うと自分の席に着き、そのまま机に突っ伏して眠りの体勢に入ってしまった。
 その様子を見届けると、そのまま顔を見合わせる巧と希色。
「よっぽど疲れてるんだね…。私、親に塾に行くかどうか聞かれたときに断っといてよかったなって思ってるんだ。自分のペースで勉強したいし、負担が大きそう」
「う~ん、確かに」
 家計が厳しく塾に行っている余裕などない巧にとっては複雑な心境である。塾に行っている詩織も、自分のペースできちんと勉強を進めていっている希色も共に羨ましかった。巧はある程度強制力がないと、どうしても少し怠けてしまっていたので、塾に通いたくもあったのだが、周りの通っている連中を見るとあまり(精神的にも肉体的にも)余裕のある者がおらず、それはそれで歓迎できるものではなかった。
 そうこうしているとホームルームも間近の時間となり、教室にもダラダラと登校組が流れてきた。
「じゃ、巧くん、また後でね!」
 座っていた席の生徒も登校してきたので、希色も自分の席に戻っていった。
 引き続きプリントに取り組む巧。
 …この分だと結構早く終わるかも。プリントの大きさの割には問題数も少なかったので、何とかなりそうだった。
 そう言えば、英語の時間にもしかしたらマジョンナって先生が来たりして。希色ちゃんは三年生担当だって言ってたし…。

 そんなことを考えていると、ちょうど閉められていた教室の引き戸が開けられたので、巧はマジョンナが現れたかと一瞬思ってしまったが、入ってきたのは担任の数学教師だった。
「はーい、ホームルーム始めますよ~。皆さん席について~」
 と言いながら、担任は相変わらず眼鏡の位置が気になるのか、何度も指で眼鏡の真ん中をキュッと押し上げていた。
 眼鏡、変えればいいのに。といつも巧は思う。
 しかしそんなことより、英語の先生と比べて全く宿題を出さない担任には感謝していた。
「問題集に溢れるほど問題があるんですから、それを繰り返しやっていれば大丈夫です。わざわざ場所を指定して宿題にする時期じゃないでしょう?皆さん頑張ってますから、私はその辺は信じて任せることにします」
 と彼は以前に言っていた。
 しかしその想いに巧は応えられておらず、申し訳なく思う。他の教科の宿題をこなしていると、どうしても数学が後回しになりがちなのである。
 勉強、しなくちゃいけないのになぁ。
 こんな大事な時期に、どうして別の厄介事に巻き込まれ、振り回されなければならないのかと、再びため息をつきそうになり、慌ててそれを止める。
 …そんな事言ってる場合じゃないか。とりあえずやれることからやらなきゃ。プリント終わらせて、昼休みに問題の先生と会う。
 場合によってはミクタに責任を追及し、勉強を手伝わせるというのもアリだ。
「一時間目は数学ですからねー、今日もバリバリ問題集を解きますよ~」
 担任の一言に、教室のあちこちで「え~…」だの「もう嫌~」だのと不満の声が上がり、ざわついた。
「これからはもう我慢勝負ですからね。まぁその中でも楽しむ気持ちを忘れずに頑張りましょう。皆さんの力を信じてますよ」
 「信じてますよ」は担任の口癖だった。根拠もないくせに、と思うときもあったが、その言葉に救われる時もある。
 担任が出席簿を閉じたのと同時に、一時間目の前の休み時間を知らせるチャイムが鳴った。

        3

 四時間目。
 三組の教室の黒板前には、いつもの担当の女性教師ともう一人、スレンダーなボディを持った外国人女性が隣に付き添っていた。
 その姿を発見した生徒たちは、早くも彼女に興味津々といった感じでそれぞれに隣近所で囁き合い、教室内がざわついた。
 その反応に、満面の笑みを浮かべる外国人女性。
 隣の英語教師はというと、こちらも体型ほど立派ではないものの、今が盛りのフレッシュな女性である。笑みを浮かべながら髪を払うマジョンナの様子を見て「かなわないわ」と感じながら、気を取り直して授業を始める。
「みんな、今日はとっても素敵な新しいネイティブの先生を紹介するわ。マジョンナ先生よ」
 名を呼ばれた彼女は一歩前に出て、一度教室内をぐるりと見渡すと、あいさつを始めた。
「ハーイ、皆さん!Nice to meet you. マジョンナと言いマス。これカラ皆さんと楽しく英語を学んでいきたいと思ってマス。よろしくネ!」
 スラリとした長い手足に、出るべきところは出る、引っ込むべきところは引っ込んでいる理想的な体系。そして何よりも眩いばかりの長い赤髪が、彼女の魅力をさらに引き立てている。
 マジョンナはあいさつを終えると、生徒たちに向かって投げキッスをした。
 それに対して「きゃー」とか「うぉー」などという反応がチラホラあったが、やがて皆歓迎の拍手で彼女を迎えた。
 しかし、巧は拍手などしている場合ではなかった。
 この人が…マジョンナ…。
 希色の言うとおり、非の打ち所のない美女だった。彼女が本当にミクタの言うマジョンナという人物ならば、いったいどのような秘密を握っているのだろうと思う。そしてニージョは彼女の元にいるのか、彼女らの関係とは…様々な考えが頭の中で巡る。
 拍手が鳴り止んだところで英語教師が付け加えた。
「マジョンナ先生は三年生の各クラスと、他の学年のクラスも少し担当されているから、毎回っていうわけにはいかないけど、みんなが英語を楽しく学べるように頑張ってくれます。もう十一月だから一緒に学べる期間が短いけれど、マジョンナ先生と楽しく仲良くやっていこうね!」
 そして教師は、生徒達の「はーい」という返事を確認すると、「では授業を始めます」と教科書を開くように促した。
「今日は八十九ページだったわね。…あ、そうそう、宿題のプリントはしてきた?今回はマジョンナ先生に見てもらうからね」
 そう言われて「え~」などと言いながらプリントを取り出す生徒達。巧が前方を見ると、詩織が希色に対して指で輪っかを作り、オーケーのポーズをしていた。休み時間の間に終わらせていたようだ。
 希色はそれに笑顔で応えると、今度は後ろの巧の方に振り向き、目を合わせて頷いた。どうやらスーパーで会ったというのは彼女で間違いないらしい。巧も頷き返した。
 そしてチラッとマジョンナの方を見ると、偶然か否か彼女と目が合い、巧はビックリして慌てて視線を逸らした。
 プリントを集め終えると授業を再開し、英語教師が文章を読み上げる。
「The environment in the world is threatened by global warming now. えっと、この文を誰に訳してもらおうかな…じゃあ、マジョンナ先生に決めてもらおうかな?」
 マジョンナは自分に振られると、「OK」と言って教室内を見渡した。
 巧は先ほど目が合ったために当てられるかと思い、その間下を向いていたが、当てられたのは別の生徒だった。
 マジョンナはしばらく「ウ~ン…」と唸っていたが、しばらくすると「oh!」と小さく叫んだ。
「イエロー!キイロ!!アナタはディスクラスだったのネ!?また会えてうれしいワ!じゃあ、Are you OK?」
 呼ばれた希色はマジョンナと周りからの視線に戸惑いながら「は、はい…」と立ち上がり、英訳を始めた。
「現在、世界の環境は地球温暖化によって脅かされています」
 希色がその英訳の正誤をマジョンナに目で確認すると、彼女は「Very very good!」と手を叩いた。その反応に希色は安心して座る。
 そして英語教師が再度答えを確認する。
「はい、立花さんその通りよ。みんなもこれくらいの文法は楽勝になってきたかな? …それよりも立花さんはマジョンナ先生とお知り合いなの?」
「あ…はい、昨日近くのスーパーで声を掛けてもらって…」
 希色がそう言って笑顔になると、マジョンナもその時を思い出したのか、
「キイロ…グッドネームよね!チヂミ作ったノ?」
 そう、会ったのはちょうどチヂミの材料を揃えている時であった。希色はその言葉に閃いたのか、
「あ、はい!実は今日持ってきてるんですよ。おいしく作れたので後で先生の所にも持って行きますね!」
 と話を持っていった。
 巧も、これで会いに行くいい口実ができたと思い、希色に心の中で感謝する。
「oh!サンキュー!楽しみネ~待ってルヨ!」
 マジョンナも嬉しそうに言葉を返した。
「ふふふ、もうすっかり仲良しって感じね。そっか~、三組はチヂミなのね。うちのクラスは定番中の定番で焼きそばだけど、負けないわよ~」
 英語教師も文化祭の話題に乗っかって語りだすが、それもそこそこにし、続きの文を読み上げる。
「…えっと、次のこの文だけど、今度は誰がいいかしら?」
 と言ってマジョンナの方に目を向けると、彼女はもうすでにターゲットを決めていたようで、すぐに口を開いた。
「あそこの…後ろから二番目のカレ?ネームがわからなくてごめんナサイだけど…stand up please?」
 その視線は明らかに巧を捕らえていた。
 マジで…?さっきのはフェイントかよ…。
 皆の視線が一気に巧に集中する。
「は、はい…」
 頭を掻きながら立ち上がると、マジョンナがニッコリと笑って言った。
「アナタは、キイロのフレンドでしょ?? sheと一緒にガッコウに来てるのヲ見たから…」
「えっ!?」
 まさかそんなことを言われるとは(しかも見られていたとは)思いもしなかった巧は、明らかに動揺した。
 マジョンナの発言に教室内がざわつき、どこからともなく「ヒューヒュー」だの「マジ?」だの冷やかしの声が聞こえてくる。
「な、なんだよ、そういうんじゃ…」
 顔を真っ赤にして抵抗したが、ふとした瞬間に希色と目が合う。
 希色も同じく顔を真っ赤にしていた。言い返すのも恥ずかしいのか、顔を上げることもできず下を向いている。
 そういう扱いをされると何だか意識してしまう。
 そこで英語教師がパン、パンと手を叩きざわつきを鎮める。
「はいはい、すぐそういうことに反応するんだから。今はそういう時間じゃないでしょ?…赤崎君、答えを聞いていいかしら?」
 名を呼ばれてハッと我に返った巧だったが、
「あ、あの…すいません、どこからでしたっけ?」
 余計なことに囚われ、完全に当てられていたことなど忘れてしまっていた。
 周りに笑われ、さらに顔を赤くする巧。
 恐るべしマジョンナ。曲がった考えで彼女をただ者ではないと感じるのであった。
 再度希色の方に目をやったが、赤い顔のままではあったものの、今度は笑顔を見せていた。


 キーンコーンカーンコーン。
 四時間目の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
「はい、じゃあ今日はここまでね。宿題のプリントはマジョンナ先生に見てもらって、次の時間に返却します。次はいつの時間に三組に来るかわからないけど、サプライズ(突然)で来るから、みんなその時を楽しみにしててね!」
 英語教師がそう言って締めると、マジョンナは
「皆サン、今日は初メテだったケド、本当に楽しかったデス。また会えるノを楽シミにしてマス。see you again!」
 と言って今度はウインクをした。
「それじゃ授業を終わります。みんなもマジョンナ先生に挨拶するわよ。see you again!」
 英語教師に続いて皆も挨拶を揃える。
「see you again!」
 その挨拶を聞くと、マジョンナは笑顔で手を振り、そのまま教室を後にした。英語教師もそれに続く。
 途端に教室内が再びざわつき始めたが、希色は慌てて鞄の中にしまっておいたチヂミを取り出し、
「あ、先生待ってください!」
 と彼女たちを追いかけた。
 希色はそのまま教室の外へ走り出そうとしたが入り口で振り返り、「巧くん!」と巧も来るようにと手招きした。
 希色の様子を見ていて、後を追いかけようとすでに立ち上がっていた巧は、彼女と目が合うと軽く頷き、早足で希色の元へ向かった。希色はそれを確認すると、先に先生たちの後を追っていった。
 希色の元へ向かう途中、巧には周りの男子から冷やかしの声が飛ぶ。
「巧くん!…だってさ。今から二人でどこ行くんだよ。もしかして赤崎、立花さんと本当にそうなんじゃないの~?」
 巧はその発言に少し怒った顔で「違うって!」と彼らに殴りかかるような真似をすると、ヒューヒューという声を浴びながら足を速めて教室を後にした。


「マジョンナ先生!」
 職員室前の廊下。
 二人の教師の姿を捉えた希色が呼び止めると、笑いながら会話をしていた二人は笑顔のまま振り返った。
「あら、立花さん」
「oh! キイロ! How did you do?(どうしたの?)」
 走って追いかけてきた希色は一呼吸して息を落ち着けると、緊張した面持ちで手に持っていたチヂミを差し出して言った。
「…マジョンナ先生、さっき言ってたチヂミ持って来たんですけど、一緒に食べませんか?」
 言われたマジョンナは一瞬「?」と言う顔をしたが、すぐに手をたたいて、
「アァー、ごめんネ、授業やってタラすっかり忘れテマシタ。アリガトウ!ぜひ一緒に食べまショウ!」
 と笑顔で応えた。
「よかった~…。もう忘れちゃってるのかと思いました」
 安堵の息を漏らす希色。
 二人のやり取りを見ていた英語教師は、希色に少しいたずらな視線を向けて言った。
「…立花さん、マジョンナ先生にだけあげるつもり?やっぱりライバルにはあげられないってこと~?私寂しいわぁ」
 その言葉に、チヂミを食べてもらうことよりマジョンナとどう話をつけたらよいかとということばかり頭にあった希色は英語教師など眼中に入っていなかったことに気づき、大げさに慌てた。
「あ、ち、違うんです!ごめんなさいっ!もちろん横田先生にも食べてほしいです!」
 希色の様子に英語教師は笑い声を上げた。
「あはは、冗談よ、立花さんったらそんなに慌てちゃって。ま、私は今度の機会でいいわよ。あんまりそうやってあげてたらなくなっちゃうでしょ?」
「いや、そんなこと気にしないで下さい…」
 希色がそう言った時、巧が小走りで追いついてきた。
「あら?赤崎君」
 先に巧に気づいた英語教師が声をかける。
「どうしたの?立花さんに用?…あれ~?やっぱりあなたたちって、もしかしたらもしかするんじゃないの~?」
 と、今度は疑いの眼差しを巧に向けた。要するに授業中に出た巧と希色の仲良し登校のことを指して言っているのだろう。 そうなると今度は二人共が慌てることとなった。
「ちょっ…先生まで何言ってるんですか!?そんなんじゃなくて…えっと…、立花さんにチヂミ食べないかって誘われたんです」
 巧が咄嗟にそう答えて希色に視線を向けると、希色はさらに慌てて先ほどと同じように顔を赤くさせて、弁解を始めた。
「そ、そうなんです!まだ赤崎君にはチヂミ食べてもらってなかったし、一緒に食べてもらおうかなって誘っただけです!」
 二人が顔を赤くして必死になっている様子を見て、英語教師とマジョンナは顔を見合わせると、そのまま吹き出した。
「ウフフフ…!そんなにむきにならなくても…ウフフ。隠すことじゃないじゃない。もっと堂々としてていいのよ~?私からしたらうらやましい限りだわ」
 独身で恋人募集中の英語教師はそう語りながら、勝手に思考を進めている。
「アハハ…It is so.でもキイロ、sorry.あんなコト授業で言ったラいけなかっタデスね。二人の仲ヲばらスツモリハなかッタのよ…ゴメンネ」
 と、マジョンナは謝りだす始末。希色は何も言えず首を横に振る。
 二人の予想外の反応に、巧と希色も顔を見合わると、お互いの赤くなった顔を見てさらにその濃さを増した。
 たまらなくなって巧が
「だ、だから…先生誤解です!そうじゃなくて…」
 と言ったものの、英語教師がその口を手で塞いで言った。
「…赤崎くん、あんまりそうやって否定してると嫌われちゃうわよ?」
 巧はそう言われると、手を離されても続けて言葉を出すことができなくなってしまった。
「さて、と。人数も一人増えたし、なおさら私がチヂミ食べちゃったら悪いわ。ちょっと職員室でしないといけないこともあるしね。味は本番で確かめさせてもらうわ。マジョンナ先生と仲良く食べてらっしゃい」
 二人の関係(?)を察知してアドバイスできた自分に酔っているのか、英語教師はそこまで言うと、マジョンナに「Moreover, later.(また後でね!)」と言ってそのまま一人で職員室に入っていってしまった。
「……」
「……」
 あまりの展開に、巧たちが英語教師を目で追ったまま動けないでいると、マジョンナは二人の視線の先を手を振り遮りながら言った。
「Mr.couple?チヂミ食べまショ。それトモ、ワタシが一緒に食ベルって言っタラ邪魔カシラ?」
 視線を遮られてハッとした希色は、
「もう~マジョンナ先生ったら!からかわないで下さい!」
 と緊張で詰まった喉から声を振り絞って言った。
 巧もマジョンナに何か言おうとしたが、反論している希色を見ると、何と言えばよいかわからなくなってしまった。
「ウフフ。この学校ッテ屋上はあるの?そこで食べまショ」
「ありますけど、うちの学校は屋上が立ち入り禁止なんです…」
 希色が言うと、マジョンナは目を大きく見開いた。
「really!? 信じられナイ!ワタシの国じゃ屋上は人気のランチタイムの場所なのニ…。でも屋上、あるんデショウ?いいわ、大丈夫、行きまショウ?」
 思ってもみなかった誘いに、二人は驚いてマジョンナに視線を集める。
「え、でも…先生が校則破るなんて…ダメですよ~」
 希色は話を誰かに聞かれはしないかと周りを落ち着きなく見渡す。
「禁止となるとなおサラ行きたクなりますネ~。…マァ、大丈夫! 責任はワタシが持つカラ。さ、ret's go!」
 マジョンナはそう言うと、半ば無理矢理二人の背中を押し、屋上まで案内させた。

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