~さわやかに香る風~

~さわやかに香る風~

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「先生、やっぱりダメですよ~…」
 屋上前の扉を開くマジョンナに希色が声を掛けたが、
「気にシナイ気にシナイ!ワタシが付いてるんダカラ!」
 と、マジョンナは止める声も気にせず外へと足を運ぶ。
 希色は不安そうに巧の方へ振り返ったが、巧も首をかしげてみせるしかなかった。
 今日配属されたばかりの外国人教師が、こんな規則から外れた行動をするものだろうか?ミクタの口ぶりだと、マジョンナは相当な力の持ち主のようだし何か企んでいるのでは…と、そこまで考えが働いてしまう巧であった。
「ウーン、いい天気ネ!マァ適当に座りマショ!」
 その言葉のまま、マジョンナは適当に地べたに座って、二人も座るように促した。
 それに従ってマジョンナの横に希色、巧という順で座る。
 扉の入り口から端まで五十メートルはあるだろうか。安全のために周りには金網が張り巡らされていた。これだけの広さがあって、安全も確保されているのであれば、開放すればいいのにと巧は思う。こうして外に出てみると気持ちがいいし、マジョンナの言うように、ランチタイムには人気の場所となるに違いない。
 しかし開放されていない代わりに、屋上はこの学校の恋の告白の名所だという話である。人目につかず話を聞かれる心配のないここは、そのような目的では絶好の場所である。ちなみに巧は利用したことはない。本当にここの出入りを禁止するのであれば、鍵をかけておくのが常だと思うのだが、もしかするとそのような場所としてわざと開放されているのかもしれない、とも巧は勝手に考えてしまう。
「それジャアチヂミを頂こうカナ!?」
 屋上の雰囲気を楽しむのもそこそこに、マジョンナは希色の手元にある包みを見ながら言った。
「あ、はい!」
 希色は返事をして包みを開けようとしたが、「あっ」と声を漏らした。
「…そう言えば、チヂミしか持ってきませんでしたね。お弁当も持ってきてたのに」
「oh!ホントネ!ワタシも忘れてた!」
「どうします?取りに行きます?チヂミだけじゃ足りないでしょうし…」
 と、立ち上がろうとする希色をマジョンナは「no,no,no」と言って止めた。
「せっかく座っテ落ち着いたし、後で戻ってカラ食べればいいんジャナイ?とりあえずはチヂミ、食べマショウ?」
「あ、はい…」
 希色は座りなおしてチヂミの包みを開け、マジョンナの方へ勧める。
「はい、どうぞ!」
「ワオ!これがチヂミネ!…それジャ、イタダキマス♪」
 一つ手にとって口に運ぶと、マジョンナは目を見開いた。
「ウーン!デリシャス!!これヲフェスティバルで出すのネ!?very very goodよ!絶対売レル!!」
 それを聞いた希色は手を合わせて喜んだ。
「本当ですか!?よかった~先生に言ってもらえて、自信持ってお店に出せそうです!」
 残りのチヂミをほおばりながら希色の様子を見て微笑むと、マジョンナは少し身を乗り出して巧へ語りかけた。
「タクミ!…だったカナ?youは食べないノ??」
 それまでぼーっと二人のやりとりを見ていた巧は、急に話を振られてハッと我に返った。
「えっ?…あ、食べますよ!」
 すぐさま希色の持つ容器からチヂミを手にとって食べる。
「うん、うん!うまい!俺もイケると思うよ、希色ちゃん!」
 希色は巧の言葉にニッコリと笑った。
 対してマジョンナは表情を変えずに巧に問う。
「それデ…二人は本当ハどうナノ??」
 再度の質問で希色は目をしばたかせたが、巧はさすがに嫌気が差して声を上げた。
「またそんなこと…いい加減にしてくださいよ!俺達は先生が期待してるようなんじゃないですから」
「あ…sorry.てっきりそうなのかと思ってたカラ…ごめんナサイね」
 巧の変化に驚いた様子のマジョンナを見て、希色は機嫌を損ねている様子の巧に「どうしたの?そんなに怒らなくても…」と小声で声を掛けつつ、間を取り持つよう話を移した。
「あ、あの、先生?話は変わるんですけど、お住まいはどの辺なんですか?」
 自分の発言で気を損ねてしまったのを気にしているのか、巧の様子をじっと見ていたマジョンナは、希色に問われてもしばらく巧の方を見ていたが、やがて希色の方に向き直った。
「住まい?どうシテ?」
 当の巧は、大人気ない発言の仕方をしてしまったのは分かっているのだが、向きになってしまった自分が恥ずかしくなり、そっぽを向いている。
 希色もお互い巧のことは気になりつつも話をつなげる。
「あ、えっと、近くのスーパー…アイドゥーアイドゥーで昨日会ったから、もしかして住んでる所も近いのかなって思ったんです」
「アァ、そうネ!YES!あそこカラハ近いデスヨ!歩いて五分くらいノアパートに住んでるカラ」
「本当ですか!?じゃあすごく近いかもしれないです!私の家もあのスーパーから歩いて十分くらいの所にあるんですよ」
 驚きの表情を見せる希色の隣で、何となく話を聞いていた巧も息を飲む。
「oh!スバラシイですネ!またお店デ会うカモ知れませんネ!」
「そうですね!えっと、それで…」
 希色はどう切り出そうか詰まってしまった。
 今日家にお邪魔していいですか、なんてあつかましくて聞けないし、家にネズミがいますか、なんて聞き方もおかしいし…。
 急に言葉に詰まってしまった希色を見つめるマジョンナは「どうしたの?」という目をしている。
 その視線を感じながら、希色は気持ちがどんどん焦ってきてしまっていた。
 あ~んどうしよう、もっときちんと考えとくんだった。それに巧くんはフォローしてくれる様子もないし…。
 その巧も同じ心情で、どう切り出せば上手くマジョンナの家へと招待してもらえるかを必死に考えていた。
 マジョンナが止まってしまっている二人の様子に我慢できなくなって口を開いたその時。
「あっ!!」
 声を発したのは、マジョンナではなく巧だった。
「エッ、何?どうしたノ、タクミ?」
 聞かれた巧は、目の前を指差して呟いた。
「い、今…横切って行ったのって…」
 慌てて立ち上がり、辺りを忙しく見渡す。
「どうしたの、巧くん!?」
 希色もつられて立ち上がる。
 巧はいずれの問いかけにも反応せずに隅々まで見渡し続けた。
 そして探し物は巧達からは最も遠い、隅っこにいた。
「ニージョ!?」


 あれで隠れているつもりなのだろうか。
 いや、隠れているわけではないのかもしれない。
 緑のマントを羽織ったネズミは隅っこにうずくまって、微動だにしなかった。
 それは、間違いなく、昨日巧の家から逃げ出した、ニージョだった。
「ニージョ!!」
 ネズミがニージョであると確認するや否や、巧は彼の元へと駆け寄った。
「巧くん!」
 希色も慌ててそれに続く。
 巧が目の前までやってきても、ネズミは背を向けて、動く様子はなかった。
「ニージョ…どうしてこんなところに?」
「巧くん…このネズミが、昨日言ってた…?」
 希色は屈んでニージョをじっと見つめながら聞いた。
「うん…、マジョンナの…」
 と、巧は言いかけて口をつぐんだ。
 マジョンナもその場にいたことを思い出したからだ。
 気になって後ろを振り返ってみると、彼女は真後ろにいた。顎に手を当てて、睨むようにニージョを見つめている。
「ふ~ん、こんな所まで…いったいどういうつもり?」
「えっ?」
 その口調に巧は驚き、同時に希色も振り返った。
 それは、これまでの片言のものとは違い、完璧な日本語だった。
 マジョンナの声に、ニージョはビクッと大きく反応すると、細かく震えだした。
「先生…?」
 希色がニージョの方と交互に見ながらマジョンナに呼びかけたが、彼女はそれには反応せず、ニージョに視線を向けたまま、言葉を続けた。
「私はあなたに手出しはするなと言ったはずよ、ニージョ?」
 言葉を投げかけられても、ニージョは震えたままこちらを向こうとしない。
 その様子に、マジョンナは小さくため息をついて両手を腰に当てると、大きな声で、
「こっちを向きなさい!!」
 と叫んだ。
 するとニージョは先ほど以上に飛び上がって、その拍子で巧達のいる方向へものすごいスピードで逃げ出した。反射的に巧達もビクッ体を振るわせる。
 …だがしかし。
 そのスピードにもかかわらず、逃亡の途中でニージョはあっさりとマジョンナに尻尾をつかまれ、捕まってしまった。
 マジョンナはそのまま自分の顔の前まで彼を持って行き、睨みつけると間近で静かに言い放った。
「私から逃げられると思って?どういうつもりか知らないけど、邪魔しないで頂戴」
 睨みから逃れようのないニージョは、カチカチに固まって冷や汗を垂らしていたが、やがて落ち着きを取り戻したのか、ようやく言葉を搾り出した。
「…わ、わいは姐さんの為を思ってこうやって…」
 しかし間髪入れずマジョンナの怒号が飛ぶ。
「だから、その『姐さん』とか言う呼び方、やめてっていってるでしょ!? それにね…いくらあなたでも、今回ばっかりは足手まといかもしれないのよ」
「姐さん…」
 ニージョは今にも泣き出しそうな顔だ。
 巧も希色も、二人が主人と付き人の関係ということしか知らないために、この展開を何事かと固唾を呑んで見守っている。
 皆の様子にマジョンナは空を仰いでため息をつき、ニージョを地面に下ろすと、静かに語りだした。
「…気持ちは嬉しいのよ。だけど、あなた達を巻き込むわけにはいかないの。私にだって、何が起きているのか見当もつかない状態なのよ。でも…」
 マジョンナはそこまで言うと、巧の方へと視線を移した。
 巧は急に見つめられ、何を言われるのかと心臓の鼓動を早めた。
「もう手遅れかもしれないわね。想定外だったわ、ニージョ、あなたがミクタ達まで連れてきちゃうなんて。おかげで、もう彼らは巻き込まれちゃってる」
「姐さん、すんまへん!わい、いくら姐さんの為かて、ほんまに余計なことを…」
 ニージョは声を震わせながら土下座をし始めた。
「ニージョ、頭を上げて」
 マジョンナはすぐにそれを静止した。
 その言葉に頭を上げたニージョの目には涙が浮かんでいる。
 それを見つめるマジョンナの表情も沈んできている。
「ごめんなさい、言い過ぎたわ。もしかしたら私、本当はあなた達の助けが欲しかったのかもしれない。その証拠に、あの手鏡を置いたままにしておいたもの…」
 彼女はそう言うと下に向けていた視線を戻し、真っ直ぐ前を見据えて「よし!」と気持ちを奮い立たせた。
「やっぱり、こうなるべきことだったのかもしれないわね。遠慮せずに、あなたたちの力も借りることにするわ」
 そして、巧達の方へと向きなおし、一旦目を伏せてから真顔で言った。
「巧、希色。あなたたちにも謝らなければならないわ。何も関係ないのに、こんなことに巻き込んでしまって。それに、英語教師のフリをしていたことも…ね。きっと私のことはニージョから少しは聞いていたんでしょうけれど」
 マジョンナという名前だけしかわからなかった女性。授業を受けて、この屋上で話をして。そしてニージョとのやりとりを目の当たりにして、彼女がどうやら敵ではないということが巧には感じられた。
 謝罪を受けて初めて、巧は口を開いた。
「確かに、もう一人の自分が現れたときには、初めはとても驚きました。今でも事情は飲み込めてないですけど、世界のバランスが崩れてるってことをミックに聞いて。俺達にだって関係ないことじゃなさそうですし、何が起きているかを俺達も知る必要があるんじゃないかって思ってます」
 さらに、希色もそれに続く。
「私も、巧くんの力になれたらって思って。私なんかじゃ大した力にはなれないだろうし、鏡の世界のバランスのことだって、私にはどうしようもできないことかもしれないけれど、それでも巧くんと一緒に今起きてることを受け入れて、支えになれればと思ってるんです!」
「希色ちゃん…」
 巧は希色の力強い言葉に、胸が熱くなった。
「あなたたち…」
 マジョンナは巧たちの気持ちに、思わず目を潤ませた。
「そこまで言ってくれるなんて…その気持ちだけで十分救われるわ。これから、多くのことに巻き込んでしまうかもしれないけど、全力であなたたちをサポートするわ」
「わいも手伝うでー!ほんまに同じ顔しときながら、ミック達とは大違いやな~」
 ニージョもマジョンナや巧たちの言葉に元気を取り戻し、軽やかに飛び上がってみせた。
 ところがマジョンナがニージョの言い様にすかさず指摘する。
「ニージョ。あなたはまだあの子達のことをわかってないみたいね。ミック達は普段はああだけど、やる時はやるのよ。それに、根はいい子だわ」
 ニージョはバツが悪そうに、「わかってますって、姐さん」と頭を掻いた。
「ふふ、わかってるならいいわ。でも…」
 ニージョの反応に、一瞬笑顔を見せたマジョンナだったが、急に希色を見つめ、呟いた。
「希色、あなたもしかして…まだ知らないんじゃない?」
「えっ?」
 希色はマジョンナにじっと見つめられたまま、彼女もその何か意味を含んだ視線をはずす事ができず、言葉を待つしかなかった。
「マ、マジョンナ先生!」
 巧は思わず声を出した。
 希色は、まだもう一人の自分が現われたことを知らない。マジョンナはきっとそのことを言わんとしているはずだ。
「先生…俺から、言います」
 マジョンナは巧の考えを察知したのか、微笑を浮かべると、小さく頷いた。
「巧くん…?」
 ようやくマジョンナの視線から逃れた希色だったが、その視線を巧へと移し、不安を抱えつつもじっと彼を見つめ、再び言葉を待つのだった。

「希色ちゃん…実は…」
 言わなければならない時に来ているのはわかっているのだが、その時が突然来たこともあって、巧はなかなかその先の言葉を口に出すことができない。
 マジョンナはそんな巧の横から口を出すことはなく、事のいきさつを見守っている。ニージョも一緒だ。
 このまま黙っていても、この状況下では希色が近々ロイキと対面を果たすことは間違いない。その時を迎えれば、今希色が見せている不安の表情より、彼女はどれだけまた大きな不安を抱えることになるだろう。
 昨日とは違い、今度は真実を話すことがその時の不安を幾分緩和させて、希色のためになるのではと思い直し、巧は息をついて再び口を開いた。
「落ち着いて聞いてね。実は…昨日、希色ちゃんが夢だと思ってたことは…現実に起きたことなんだ。つまり、もう一人の…希色ちゃんが、鏡の中から現れたんだ」
 ゆっくりと、自分でも確認するように、言葉を搾り出した。
「……」
 それを聞いた希色は、その事実に驚いているのか、冷静に受け止めているのかわからないような、話を聞く前と同じ不安の表情のまま、言葉を発さず巧を見つめたままの姿勢でいる。
 その反応に希色を傷つけてしまったと思った巧は、彼女からの言葉を待たずに、たまらず希色に謝罪する。
「希色ちゃん、ごめん!昨日は、本当のことを言うべきかどうか迷ったんだけど、気を失ったばっかりだったし、それ以上希色ちゃんに不安な思いをさせたくなかったんだ。初めから言うべきことだったのに…今になって不安を煽るような真似して…ごめん」
「あ…ううん、ごめん、気にしないで」
 突然謝られ、固まっていた希色も我に返り、首を横に振る。
「本当は現実に起きたことなのかもってずっと思ってて。夢だと思いたかったのかもしれない。だから私、あの時は本当に元気付けられたよ。すごく恐かったし、巧くんの様子を見てても、いざ自分も同じ目に遭ったらって考えると、きっとあの時に言われてたら不安で押しつぶされてたと思う。でも、一緒だから大丈夫だって言ってくれて、巧くん達がいてくれるって思ったら、私、全然恐くなくなったんだ。もう一人の私と対面するその時は…やっぱり恐いかもしれない。でも昨日巧くんが言ってたみたいに、ミックくんも悪い人じゃないし、もう一人の私に会えるって、考え方を変えればすごい楽しみかもって思えるようになったの」
 希色はそこまで一気に気持ちを表に出すと、今度は笑顔になって付け加えた。
「だから、夢が現実になったんだって思うとちょっとビックリしてるけど、大丈夫だよ!みんながいてくれるから!」
「希色ちゃん…」
 巧は、希色はつくづく強い人だと思った。
 自分が同じ立場だったら、果たしてここまで言えただろうか。いかに夢(実際には現実だが)で体験したとはいえ、それが現実となった事がわかれば、冷静を保ったとしても、笑顔など到底出すことができなかっただろう。
 それと同時にその笑顔を見て安心した。
 昨日の段階での心配は拭われ、置かれている状況は同じになったとはいえ、自分も精一杯希色を支えてあげようと、素直に思った。
「よかった、本当のことを言ったらどれだけつらい思いをするだろうって思ったけど、希色ちゃんが笑顔になってくれて安心したよ。ロッキーも…あ、えぇと、もう一人の希色ちゃんのことなんだけど、まだちょっとしか会っていないけど、彼女もいい人だから安心してよ。だって希色ちゃんなんだからさ。俺も、俺にできることなら何でも協力するから」
「…うん!ありがとう」
 希色は、そう巧に声を掛けられ、不安と緊張の糸が切れたのか、笑顔のまま涙を流しだした。
 まだ見ぬ現実に、短期間で覚悟を持たなければならない。いかに強い心を持っていても、やはり負担は大きいものである。
「なんとか、丸く収まったみたいね」
 マジョンナはそう言うと、希色にゆっくりと近づき、そして抱きしめた。
「大丈夫よ、希色。何も心配することはないわ。あなたの周りには、たくさんの支えてくれる人がいる。ロッキーも良い子よ。それは保障するわ」
「先生…」
 希色がマジョンナの胸の中で涙を拭い、笑顔を取り戻すと、マジョンナは希色から離れ、腰に手を当てた。
「さ、これからやることがたくさんあるわ。申し訳ないけど、巧、希色。今日の放課後は私の家で作戦会議よ。覚悟はいいかしら?」
「えっ?作戦…会議?先生、どういうことですか…?」
 マジョンナの言葉に、驚きの表情で巧は言葉を返した。
「あなたたちは、まだ知らないことが多すぎるわ。私が知っていることだけでも、あたたたちの頭に入れておきたいの。そうじゃないと、協力しようにもできないでしょ?こういうことは、早い方がいいわ。まぁ私自身、まだ知らないことも多いのだけれど…」
「なるほど…。でも先生、俺達にできることって、いったい何があるんですか?」
「そうね…、いくら同じ姿の二人って言っても、やっぱり二人は一心同体なのよ。二人一緒でないとできないこともあるわ」
「一心同体…」
 マジョンナの話で、巧は気がかりなことを思い出した。
「そう言えば…先生、今朝から、ミック達の姿が見えないんです。鏡を通して、俺がいないと出て来れないはずなんですけど、出てくる様子が全くなくて…鏡の向こうに現れることもないんです。たぶん、ロッキーと一緒のはずなんですけど」
 それを聞いたマジョンナは、眉間にしわを寄せた。
「出てこない…?気まぐれかしら?向こうで何か調べてるのかもしれないわね…」
 そこまで言うと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始めた。
「よくわからないけれど、詳しい話は放課後よ。そこにミクタ達も招集するわ。希色はそこでもう一人のあなたと対面っていうことになるけど…大丈夫?」
 そう言われ、マジョンナと目が合って、一瞬希色は胸に手を当てたが、笑顔で「はい!」と返事をした。
「よかった、安心したわ。それから…」
 マジョンナがさらに続けるので、巧達は「今度は何だ?」と言う表情で彼女の言葉を待った。
「私のことを先生、って呼ぶのは授業の時だけにしてちょうだいね。あれは、あくまで仮の姿なわけだし、その呼ばれ方だとピンと来ないのよ。だから、私のことはマジョンナ、でお願いね」
 と、注意されると、二人は
「はい、先生!…じゃなくてマジョンナ…さん。さん付けでいいのかな?」
「私はなんだか呼び捨てはできないかも…」
 などと戸惑いながら確認しあった。
 その横で、それまで黙っていたニージョが、
「わいは、やっぱり姐さんが一番しっくりくるわぁ」
 とマジョンナに近寄っていった。
 が。
「もう…勝手にしなさい!」
 と、マジョンナの怒りを買い、蹴りをくらうのであった。


        5

 放課後。
 ホームルームの時間、文化祭の出店は希色の努力の甲斐もあり、チヂミを売り出すことで確定した。
「立花さん、いいですよ~、グッドグッド。このチヂミはきっと売れますよ」
 希色の持ってきた残り物のチヂミをほお張りながら、担任の先生は眼鏡を持ち上げた。
「まぁ、細かい係だとかはまた来週に決めましょう。それより、明日明後日と休みですが、昨日も言ったように、来週入ってすぐに小テストがありますからね。勉強を怠らないように。そしてそれが終わったら文化祭で息抜きできますからね!頑張りましょう。それでは今日はこれで終わります。さようなら」
 先生の言葉を最後に、いつものように皆一斉に教室の外へと抜け出して行った。
 希色も同じく出て行こうとして思い直し、巧の方へ振り返った時、友人の詩織が声を掛けてきた。
「希色ちゃん」
「えっ?あ、しおりんか~、びっくりした。どうしたの?」
 詩織は希色の視線の先を見つつ、用件を話し始めた。
「うん、今日ね、塾が休みなんだけど、昨日一緒にできなかったし今日一緒に勉強とかどうかなって思って」
「今日塾休みなんだ?じゃあ…」
 希色は、「一緒に勉強しよう」と言いかけてやめた。いつもなら歓迎なことなのだが、今日ばかりは詩織が一緒では困る。何と言って断ればいいか言葉に迷ってしまう。
「でも今日はね、えっと…その…」
 希色がモジモジしていると、詩織はチラッと巧の方を見てニヤッと笑った。
「ねぇ、もしかして希色ちゃん…赤崎君とデートなんじゃない?」
「えっ!?…違うよ!」
 突然の質問に、慌てて首を振る希色。
 その反応に、詩織のテンションは上がっていく。
「そんなに慌てちゃって~。隠さなくてもいいって」
「ち、違うよ~。本当にそんなんじゃないんだってば」
「でもさ、さっき赤崎君の方見てたし。一緒に帰るんでしょ?」
「え?えっと、それは…」
 一緒に帰るというのは確かである。勉強会であってもマジョンナの所に行くというのでも、詩織が一緒に行くのを断る理由にはならない。誤解を解く言葉が見つからないまま詩織は話を進めていってしまう。
「もう、そういうことになってるならどうして早く言ってくれなかったの~?仲がいいとは思ってたけど、英語の時の話もまんざら嘘じゃなかったんだね。私も気が利かなかったよね、ごめん」
「しおりん、本当にそんなんじゃなくてね、私…」
 希色はようやく言葉だけでも搾り出そうとしたが、すっかりその気の詩織は聞く耳など持っちゃいない。
「頑張って。今度その後の話聞かせてよ~?楽しみにしてるから♪」
 詩織はそう一方的に話を終わらせ、ニヤついた顔のまま教室を後にしていった。
「……」
 希色はしばらく詩織の去った後の扉をボーっと見つめていたが、話の内容を思い出すと急に恥ずかしくなってきた。
 どうしよう、しおりんったら完全に誤解しちゃってる。後で何て言おう…。
 後ろを振り返ると、巧は詩織との話が終わるのを待ってくれていたようだった。
 えっ、もしかして…さっきの話聞かれてないよね…?それに、今私の顔って赤くなってる気がするし…あーん、もう。しおりんのバカっ!
 頭の中で色々なことが巡っていたが、表情はそんな内が分からないよう、普通に努めて巧の方へ歩み寄る。
 すると巧の方から声を掛けてきた。
「希色ちゃん、ごめん、また蘇比さんと予定合わなかったみたいだね」
「あ、ううん、そんな巧くんのせいじゃないよ。仕方ないよ、こればっかりは。それにマジョンナ先生の所に行くのも楽しみだし」
 咄嗟にそう答えながら、希色は内心先ほどの会話を聞かれていたのではとドキドキする。それを知るのが恐くて話を違う方へ逸らした。 
「あ…ねぇ、巧くん。私、浅葱くんのことすっかり忘れてた。まだマジョンナ先生のこと何も知らないだろうし、この後先生の家に行くまでに教えてあげなくちゃ。まだホームルーム中かな?」
 巧もそれを聞いて、「あっ」と声を漏らした。
「あ…そうか、俺も忘れてた。希色ちゃんに本当のこと話したってことも言わなきゃだね」
 巧のいつもと変わらない様子を見て、どうやら話は聞いていないようだと感じ、希色は胸を撫で下ろし、一息ついて言葉を返す。
「そっか、浅葱くんも知ってたんだ…。気を遣ってくれてたんだね。巧くんのこともあるし、私もってなったら浅葱くんも協力してくれるっていってもきっと負担が大きくなるよね…」
「いや、亮介はそんなこと全然気にする奴じゃないよ。むしろ希色ちゃんがなんともなくて喜んでくれるって」
 巧の一言に、希色は先ほどまで頭に巡っていた考えも吹っ飛び、笑顔で頷いた。
「うん、そうだね!心配よりも先に、浅葱くんにはお礼言わなくちゃ!」
 巧も笑顔になり、「じゃ、行こっか」と一緒に教室を出た。


 巧達が亮介のいる六組の教室へ向かっていると、ちょうどホームルームが終わったところのようで、亮介もこちらへと向かってきていた。
「亮介!」
 巧が声を掛けると、亮介もこちらに気付いて手を挙げた。
「タク!お前昼休みどこ行ってたんだよー。俺昼休み三組まで行ったのにさ、立花さんもいなかったし」
「あぁ、予定通りマジョンナ先生の所に行ってたんだ。四時間目が英語でマジョンナ先生の授業だったし、そのまま屋上でチヂミ食べながら話してたよ」
 巧の説明に、希色も付け加える。
「ごめんね、浅葱くん。朝にどうするか話しようと思ったんだけど、浅葱くんまだ来てなかったし、昼休みもそのまま一緒に行っちゃったしで誘えなくて…」
「いやいや気にしなくていいよ。俺学校来たのギリギリだったし。ところでそのマジョンナ先生はどうだったん?」
 巧は「ほんとだよ、いつも遅刻ギリギリなんだから…」と文句を言いつつ質問に答えた。
「マジョンナ先生は…読み通りミックの言ってたマジョンナだったよ。屋上でニージョ…えっと昼間に逃げ出したネズミのことだけど、そいつを見つけてさ、そこから鏡の向こうの世界と関係してる人だってことがわかったんだ」
「ふんふん、それでそれで?美人だった?」
 と亮介が余計なことを聞いたが、巧は「まあね」と軽く流し、話を続けた。
「思ってたほど、悪い人じゃなさそうだったよ。むしろいい人かも。ただまぁ謎は多そうだし、ただ者じゃなさそうだけど。今日これから先生の家に行って、色々と話してもらうんだ。俺達まだ知らないことが多いからって」
「えっ、今から?なんか緊張するな~」
 亮介はそう言いながらも嬉しそうである。
「あ、そうだ、亮介。希色ちゃんのことなんだけど、本当のことを話したんだ。それで、希色ちゃんはきちんと受け止めてくれて。本当のこと知ったらどう思うか心配だったけど、よかった…本当によかった」
 巧は言いながら、真実を伝えた時の希色の表情を思い出す。
 亮介も表情を戻し、二、三度頷いた。
「そっか、よかった~。昨日タクが誤魔化し始めたときはその後どうなることかと思ったけど。立花さん、本当に大丈夫?」
 聞かれた希色は、
「うん、ありがとう、大丈夫だよ。だって二人が居てくれるし、少しは不安はあるけど、恐くないよ。浅葱くん、私までこんなことになって大変なのに、協力してくれて、本当にありがとう」
 と頭を下げた。
 亮介はそれに慌てて頭を掻いた。
「立花さん、そんな頭下げなくてもいいよ!友達だったら当然じゃん?…困ったなぁ、俺弱いんだよ、こういうの」
 亮介の様子を見て巧はフフッと笑う。
「よかったよかった。でもさ、今からが気合い入れて行かなきゃだよ。これから何聞かされるかわからないしさ。そう言えばミック達、本当にどうしてるんだ…?」
「え?もう一人のタクが、どうかしたん?」
 亮介に聞かれたが、
「ん…ちょっとね。まぁその話は先生の所に行きながら話すよ。職員室で先生も待ってるだろうし。行こう行こう」
 と一旦話を保留にし、二人を職員室に行くよう促した。
 ミクタ達が姿を現さないことが、何でもなければいいのだがと思いつつ。

(つづく)

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