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気付けば今年最後の日になっていた。今年は、ヒトカラを除けば他人とカラオケに行ったのは1回だけだったな。少なかった。曲も殆ど新しく覚えなかった。数える程度しかない。昔はライフワークと言えるくらい行きまくってたけどもう潮時ってことですかね。あと仕事を辞めた。これが一番大きいか。新卒から10年勤めてた会社だから、俺の社会人としての振る舞いは100%あの会社がベースだったわけで。そう考えると感慨深い。その後2か月ほど専業主夫暮らしをしているけど、いまいち「これだ」って感じでライフスタイルを確立した感じがしない。仕事をしているときに置き去りにしてきたものを後から拾い集めている感じなので、何も前に進んでない感がすごい。あと数か月こんな感じだろうな。さて、昨日はうちの奥さんがようやく今年最後の仕事を終えたので普段ダイエットのためだいぶセーブ(俺的には)してたところをリミッター解除して暴飲暴食した。といっても以前の俺ほど飲み食いしてもいない気がするけど。しかし年末年始と言えばおせち料理を食べるという風習があるけど、なじめない。たまたまうちの夫婦は栗きんとんが好きなので、それしか食べない。でも他の物は特に食指を動かされるわけでもなく。別にいいかなって。正月に食べるものが売ってない、食べる場所がない、料理するお母さん休みたい、みたいな課題に対するソリューションなわけだよね、おせちというのは。今の時代だと年末年始とはいえ食べ物に困る状況でもないし、仮にそうなったとしても事前に出来合いの物を買いだめしといて食い繋ぐ、的なやり方でもいけちゃうわけで。あんまりおせちに対するモチベーションって無いよね。多分うちの子供が大きくなったときに日本文化の一端に触れさせるためにおせちを用意して(多分作らない。買うだけ)食べたりはすると思うけど。実際俺も小さい頃そんな感じで育った(多分おせちは小学校だか中学の数回しかない)からなおさらそう思うのかも。そんなわけで食の面からの年末年始感は薄い。代り映えのない、ちょっと長めの冬の休日という感じ。一つ例年と違うとすれば、5年ぶりに妻子と3人一緒に年を越すってことだな。子供が生まれた最初の年こそ長旅はキツイという理由で3人で家でおとなしくしてたけどその後は妻子2人が妻実家に行ったり、父子2人が俺実家に行ったりで、家族バラバラな年越しをしてた。別に仲が悪いとかそういうわけじゃなく。お互いそっちのほうが気を使わないとか集中できるとかいろいろ理由があったので。今年も何もなければ父子2人で俺実家帰省だったかもしれないんだけど、俺の祖母が危篤一歩手前、低め安定の状態なので俺実家のほうで帰省を受け入れられる状態ではない。そんなわけで家族3人の年越しとなったわけだ。まあのんびりとその時間を楽しもうと思う。
2019.12.31
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息子が5歳になったので七五三行事をこなしたんです。11月のようなピークシーズンにやると色々面倒なので12月に。12月の最初に写真を撮って。都内の写真館で義母立ち合いのもと家族3人の写真とか母子2人、父子2人、子供1人とか色んなバリエーションで写真を撮ってきた。うちの奥さんは綺麗に映ってた。俺の写真はちょっとひどすぎた(写真家が悪いわけじゃなく俺自身がひどい)ので年賀状に載せたくないなーと思った。それを載せたいという奥さんと喧嘩したりもした。まあ写真はすったもんだの紆余曲折で片付いてはいたんだけど。問題はお参りですよ。そっちのほうが片付いてなくて。11月下旬に行こうとしたら雨降っちゃったからやめとこ、となって。その後も週末ごとに何かしら用事が入ってしまい気付けば12月最後の週末。もう日曜は都合悪いから土曜日行こう!となって先日行ってきたんですね。行き先は千勝神社。つくば市内ではあるが、つくば市と一言に言っても広い。広いんだ。うちはつくば駅近く(何地区っていうんだ、ここは)。千勝神社はほとんど牛久やら竜ケ崎やらのほうが近い、茎崎地区にある。なかなか遠かった。途中昼食で寄り道とかしたんで所要時間は分からんけど遠かった。そして行ったんだ。「うちの神社は12月は七五三受け付けてないんですごめんなさい」って言われたんだ。やばい、あとはどこでできるんだ!と焦った。なんで焦ったかって?そのとき15時だったからだ。つくば市の七五三向けの神社を事前に調べていた時、この千勝神社ともう一つ、筑波山神社の2つを候補に挙げていた。だから千勝神社がダメなら筑波山神社だ!と思っていた。つまりもうちょいで夕方になる。そして筑波山神社を逃したら年内に七五三祈祷ができない。年明けにやったら七六三になっちゃうだろ…と思ってたんだ。このとき15時、筑波山神社の土日の祈祷締め切り時間は16時半…なんだけど年末は正月の準備か何かで16時らしいので、あと1時間。間に合うわけがない。もう明日の予定に神社行きをねじ込もうよと俺は言ったわけだ。しかしうちの奥さん、明日に予定を入れるのがどうしても嫌だったらしく、今日急いで筑波山神社へ行くぞと主張した。珍しく自分でハンドルを握ってでさえも。千勝神社はつくば市の南端。筑波山神社はつくば市の北端にある。つまりつくば市の南北縦断をしようと、彼女はそう言ってるわけだ。1時間で南北縦断して駐車場に車を止めて祈祷受付まで間に合うのか…?行きました。無理でした。10分くらい足りなかった。そりゃそうよな。そんなわけで、いたずらに時間を消費されてあまつさえ駐車場代まで取られた俺はぷんすかして家に帰った。もうね、千勝神社も筑波山神社にも祈祷してもらえず、神様に嫌われてんじゃねーかと思ったよ。翌日、予定をねじ込んで、気を取り直して筑波山神社に行きました。そしたら今度は車がすいすい進む。神様に歓迎されてんじゃねーかと思ったよ。そして神社についた。今度は駐車料金も取られないよう60分無料のとこに駐めた。最初へんなとこに誘導されそうだったけど回避して。しかしたどり着くのは大変だった。分かりにくくて。坂道の入り口に車が停まってるのはマジ怖かった。なんかね、その車の中でカーナビ見ながらフリーズしてるじーさんがいるの。いくら待っても動かないんだろうな…と思ったから即追い越しを決めたんだけど坂道の入り口の交差点で追い越しとか最悪ですよ。坂道といっても超急坂だし。横転しないかと無茶苦茶心配になりながら移動した。筑波山名物のガマの油売りはいつも通りだった。参拝客はなぜか結構いた。年末のこんな時期にみんな何しに来るのか。祈祷の受付を済ませて神社(社務所?)の中に入ると、祈祷をしてもらうのはウチだけだった。玉串奉奠をやるから覚えといてね、って説明書きがあったので呼ばれるまで頑張って覚えてた。呼ばれる前にトイレ行きたくなったので建物の中をうろうろしてたら正殿(っていうのかな?)のあるほうの建物に行く廊下に差し掛かったところで途端に厳かな雰囲気になって立ち入り辛かった。おお、これが神か。と思ったんだけどその直後、正月巫女バイトの説明会に来たと思われる若い女の子たちの団体に遭遇した。厳かな雰囲気はどっかに行きました。待ってる間ちょっと考えてた。うちの息子はこうやって祈祷してもらってるけど、同じ園に通ってるハーフの子や外国の子だとこういうとこ来ないんだろな。てことはここの神社の人って日本人ばかり相手にしてるのか。なんて考えるとちょっと面白かった。つくばに住んでいて外国人を見かけないことなんて無いから。本殿に入ると神主さん(でいいのか?)に指示されて座ったり立ったり頭下げたり玉串奉奠したりお神酒もらったりした。俺、神社で仕事してる人って今まで「男は神主、女は巫女」なんだろうと思ってたんだけど違うってことに初めて気づいた。神主っぽい格好をした女の人がいた。どういう職なんだろう…よくわからなかった。祈祷の最中、目の前のお供え物を見ながら神道の成り立ちを考えてた。コメとか酒とかがお供えされてて、あれって多分平安時代とか奈良時代、あるいはもっと前くらいの時代の「ごちそう」だったんだろうなって。神主さんも烏帽子かぶってるし、やっぱり平安奈良それ以前の「おめかし」なんだろうな。神様に対して、綺麗な格好(昔基準)で美味しい食べ物(昔基準)を捧げて。それでもってお願い事をするわけで。でも途中でその本質はどこかに置き去りにされ、歴史のどこかで時が止まってしまった「形式」だけが現代に残って、それが宗教として崇められている…みたいな状態なんじゃなかろうか。実は現代風の食事と現代風の正装をして現代語でお願い事をしてもいいんじゃないか。あるいはもしかしたら神様は現代人に対してそれを求めているかもしれない。まあ俺はそもそも神様あんまり信じてないので、こんなことを考えるいっぽうで多分「昔から続いてる形式」だからこそすがりたい、あやかりたいというのもあるんだろう。どの宗教も前例の踏襲で思考停止をするから信者は楽になれるんだろうからね。とか考えてたら祈祷終わった。最後にお神酒を口つけておしまい(飲みはしない)。子供のアルコール摂取はー、俺の飲酒運転はー、とかつまらないこと考えてちゃダメなんだろうな。まあイベントごとが一つ終わって良かったなと。(着物セット 華やか A) 七五三 着物 3歳 16colors 販売 フルセット 753 女の子 被布 被布セット ガールズ (yp)
2019.12.31
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数週間くらい前になるんだけど思い出したので書いとこう。いつぞやうちの奥さんが「寿司食いたい寿司食いたい」と言い続けていた時があって。もともと寿司好きなうちの奥さんなんだけど、一時期ほど寿司欲は薄くなってきてた。それが久しぶりに寿司欲が高まったらしく、行こう行こうと言ってたんだけど。まあ、何か色々都合が合わず行かなかったんですね。翌日俺は寿司欲が伝染してしまい「寿司食いたい寿司食いたい」と思い、ちょっと寿司食いに行ってみたわけだ。で、うちの奥さんはいつもはま寿司だけは絶対行かない。なぜなら去年最悪の印象が植え付けられてしまったからだ。なんかね、システムが最悪だったという感じで。注文画面とか、メニューとか、いろいろ。俺はそこまで毛嫌いはしてないので、せっかくだから1人の時に行ってみようと。そして行ってみたらすごく良くなってた。もう何が良くなったのか分からないくらい良くなってた。注文画面がすごく良くなってて。超使いやすかった。つくば市内のくら寿司の注文画面は古いシステム使ってる(新潟に居た頃行ったくら寿司の画面と比べると使い勝手最悪)んだけど、確実につくばのくら寿司は超えたことが分かる。メニューもいつ変わったのか分からんけどすごく良くなってた。やや高めのネタとかやや珍しいネタとか、1カンだけ食べたいわ…みたいなことを結構思ってたんだけど、そういうのが普通にできるという。そうそう、こういうのでいいんだよ、っていう感じのメニュー。そしてもう寿司が回転しなくなっていて、注文専用になってた。まあ廃棄のロスは少なくていいよね。食べる時も新鮮だし。俺は回ってる寿司を取るのが大好きなんで残念だけど。最後、会計するときに店員を呼ぶんだけど。注文専用だから注文時に金額は全て把握されてるわけだから、別に皿を数える必要はないんだよね。何をするのかというと「届かなかった商品ありますか」と聞くだけ。これって会計時にそのメッセージを画面に出して、届かなかった商品があるときだけ店員呼ぶようにすればいいんじゃないかと。そう思ったんだけど。あれかな、年寄りは店員呼ばないと何か心配になるのかな。…とは思うけど入店時にもはやペッパーが相手してる時点でもう別にいいじゃんね。そして支払いをして帰るわけだけど。あれこそセルフでいいのでは。スシローはセルフやってるし。しかし回らない回転寿司が結構普及してきたけど、あれはなんか簡単な言い方ないのかね。
2019.12.29
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先日のAmazonのサイバーマンデーにて。FireTVsticを買ってみた。こいつです。新登場 Fire TV Stick 4K - Alexa対応音声認識リモコン付属楽天で購入もともと物欲はあまりないほうなんです。だからうちの奥さんなんかは誕生日やクリスマスなんかにプレゼントを贈ることで「イベントをこなした」という実感を持つらしいので俺に「何が欲しい?何が欲しいの?早く決めろ」と怒っちゃうくらい物欲がない。欲がないわけじゃなく、欲しいものはあんまり物質的なものではないのよね。たとえば近所のプールの回数券が欲しいとか、妻子を置いてカラオケで1日家を空ける権利が欲しいとか、そういう感じになるので。まあそういうのはうちの奥さんは納得しないらしいのでまた面倒になるわけで…で、そういう話がしたかったわけじゃないんだ。物欲のない俺にしてはめずらしく物質的なものを買ったというお話。AmazonPrimeに入っているのでこれあったら便利なんじゃねーかなと漠然と思ってて。でも軽い気持ちで買うには少しお高い。だから買うほどでもないなーと思ってて。そしたらサイバーマンデーになったらこういうの(Amazonの作った商品)って絶対安くなるじゃん。結構割引率も高くて。だから、買っちゃうか!と思って買ったわけです。さて届いた。こんなちっちゃいのが。多分コンセントにブスっと挿して、HDMI端子にブスっと挿せば、後は使えるんだろうな。…というわけで寝室にあるテレビにブスっと挿してみた。テレビをHDMI画面に切り替えた。さーつかない。どうしたというんだ。端子の接触がシビアだという事前情報もあったので、2つあるHDMI端子をそれぞれ抜き差ししたりしてみた。あるいはFireTVstick自身の再起動が必要なのかとボタンを色々押してみた。さーつかない。画面は真っ暗なままだ。これはテレビが悪いんか?妻の友人の父の形見の10年以上前のテレビじゃあかんのか?そんなことを考えて、寝室のテレビを諦めてリビングのテレビにブスっと挿してみた。さーついた。一発でついた。悪いのは誰だ。あのテレビだ。あとはセットアップ。これ中身はきっと何かのOSが入ってんだねきっと。ユーザー登録、Wifi接続、アプリ(YoutubeとかAbemaTVとか諸々動画サービス)をインストールして終了。しかしあれだ、Wifiのパスワードをリモコンで打ち込むの超面倒だ。というわけで使えるようになったFireTV。たまに地上波がつまらないときなんかに重宝している。けどYoutubeを見たりというのはまだしてない。なんかそれはPCか携帯でいいんじゃねーかとなんとなく思ってしまい。何はともあれそこそこ使えている。週1くらいで。
2019.12.26
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近々引っ越しを予定している。そんなわけで徐々に家の物を減らそうとしているんだけど。今回クリーニングに服を出す機会があったので、ハンガーを回収できるかどうか事前に電話で聞いてみた。そしたら自店舗のハンガーなら回収できるというんだ。それはもう至極もっともなことだと思う。だからハンガーに貼ってある白いシールに店舗名の略称が書いてあるので、「そちらの店舗のハンガーってのはこれですかね?」と聞いてみた。そしたらどのハンガーが自店舗なのか分からんと、頓珍漢なことを言われた。※多分店員の頭の中にその白いシールのイメージが入ってなくて、 電話を取った時視界の中にハンガーがあるわけでもなく。 だから店舗名の略称を電話口で聞いてもピンとこなかったんだと思う。 とはいえ俺は電話中にそこまで察することが出来なかった。何言ってんだこいつ…と思った。「じゃあ誰が見ればその店のハンガーかどうか分かるんですか?」と聞いてみたら店員はどうやら「こいつめんどくせーやつだ」と思ったっぽい。「そうです多分そのシールのでいいと思います」みたいな雑な回答が返ってきた。まあこのやりとり自体は今思い返してみればちょっとした認識の齟齬が招いた気持ちのすれ違いだと分かる。しかし俺が思ったのは(というか常々思ってたんだけど)なぜハンガーの形は全国統一規格ではないのかってことですよ。全国統一規格にしておけばね、ハンガーをもらった店と回収する店が違ってもハンガーの回収が容易になるじゃないかと。いちいちプラスチックごみの日にハンガーを捨てる必要もない。リユースできていいじゃないかと。そう思うわけですよ。でも実際は、ハンガーは店によってすべて形が微妙に違う。よくみるとハンガーメーカーは一緒だったりするのにもかかわらずだ。まあ考えればわかる。ハンガーメーカーにとってはそっちのほうが都合がいいに決まっている。クリーニング店にとっては都合の良さと悪さが相まってプラマイゼロな気がするけど。ハンガーメーカーにしてみればできるだけ世の中にハンガーがばらまかれてなおかつリユースされないほうが都合がいい。だってそのほうが新しくハンガーを作るという需要が生まれるんだから。大量生産大量消費だ。だから多分ハンガーメーカーはクリーニング店に対して「あなたのお店のオリジナルハンガーを作りましょう、模様ちょっと変えましょう」とか営業をしているだろうし、「今年はより機能性のアップしたハンガーが出ました」なんて営業もしているに違いない。多分。きっと。俺の想像では。そんなわけで世の中には形がちょっとだけ違うハンガーが出まくる。そしてクリーニング店にしてみれば「うちの店のハンガーしか回収しません」と言って少しでも利用者を囲い込もうとする(自店舗ハンガーだと10円くれるとこもあるみたい)。利用者の心理にしてみれば一つの店を使い続けた方が家にハンガーが溜まらなくていいし(回収してもらえる、自分で捨てる手間や費用が浮く)、下手すると家の中でハンガーを整理するときに同じ形のハンガーがそろって綺麗だ、なんて手合いまで出てくる可能性すらある。ただまあ地球規模で考えると、ハンガー生産が減った方が資源が減らなくていい。国内規模で考えてもプラスチックは石油から作る(んだよね確か?)から材料を輸入しなくていいはず。クリーニング店の立場で考えても利用者の囲い込みができなくなるけどその代わりハンガーのリユースができるから完全に損というわけでもない。というかハンガーの回収有無によって利用者がどれだけ増減するのか、そしてハンガーのリユースによって原価がどれだけ下がるのか、というのは計算してないし俺の手元には計算する材料もないので分かりようがない。そして最後に俺の立場で考えるとプラスチックごみが減る資源を少し守った気になって気分がいいとはいえ今回電話した店にハンガー回収依頼はしない。だってお互いのすれ違いとはいえムカつくもんはムカつくんだもん。
2019.12.25
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うちの奥さんがイルミネーション見たい見たいというので、行ってきた。大規模なやつじゃないと嫌なんだそうで、それなりの規模感の物を探して。茨城県内だとでかいやつは3つくらいなのかな?石岡、土浦、稲敷…と。まあいずれも比較的近くてよかった。水戸のほうとか鹿嶋のほうとか行くハメにならず済んだ。そんなわけでつくば市の隣町、土浦の水郷桜イルミネーションを見に行った。県外出身者の俺にとってはまずこれ何て読むの?というところから。すいごうざくら、でいいのかな?まあ読み方はいいや。行ったんですよ、とにかく。夜の8時くらいに。終了時間が9時なので結構差し迫ってた。しかしこの公園、初めて行ったので土地勘が分からず。園内に入って2つめくらいに見つけた駐車場に「とりあえず入ろう!」てな感じで車をとめて会場まで歩いたんだけど…だいぶ遠かった。事前にGoogleMapで見た感じだと会場隣接の駐車場は無かったから仕方ないと思って。でも、あったんだ。普通に見なさんそこに駐めてるわけですね。あー。。。とはいえ、お目当てのほうはばっちり。行ってみたら期待通りの綺麗な景色でした。会場内に入ってみたとき。階段で建物に上れるので、上から入口方向を見下ろしたとき。上から川の方向を見下ろしたとき。まあこんな感じで綺麗だった。人も多くて食べ物屋さんも4軒くらい出てていいニオイで。あと、光る風船(あるいは巨大な電球?)みたいなのを持ってる人がちらほらいたけどどこで入手できるのか分からずじまいだった。その場で調べてみたらこーいうやつだとわかったんだけど。LEDバルーン 5個セット 風船 バルーン ネオンテール ネオンテイル neontail 空気入れ イルミネーション LEDライト 光る風船 ひかる ヘリウムガス 誕生日 アディ男 パーティ イベント インスタ映え 結婚式 撮影 小道具 プレゼント 装飾 電飾 ブライダル グッズ ギフト楽天で購入まさか皆さん、事前入手して持ってきてんのかなぁ。そんなことを考えながら帰路に就いた。しかし、他の人と違って帰路は長いんだよな。駐車場遠いから…あー寒い。そんな感じの土浦・水郷桜イルミネーションだった。
2019.12.21
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10月末で仕事辞めたんだけど、年賀状書く時期になってきたのでふと元会社のことを思い出したりした。新卒で10年くらい続けた会社だったので自分の社会人としての基盤はあの会社でほとんど作られたと思う。それはまあ社会人としてのマナーとかもそうなんだけど、その合間を縫っていち市民としてお役所への手続きをしたりなんかも含めて。たまに同じこと言ってる人がいたりして、それを俺も思うんだけど、何故学生のうちに「社会人マナー」とか「お役所手続き」の勉強はしないんだろうということ。大学や大学院の在り方として、あそこは学問を修めるんだか究めるんだかというのが主目的の場所なので、多分そこでやるべきことではないと思う。どっちかというと大卒という資格を勝手に採用の条件に流用している企業が悪い。そうなるとなんとなく、高校でやるべきなんじゃないかと思うんだよな…子供にマナーや行政の話をしてもあんまりピンとこないだろうなと考えたとき、できるだけ年齢高め(=少しでも世の中に対して視野が広がってるだろうと期待して)のときにやったほうがいいと思うし。大学入試の試験科目に入れればそれだけで高校生は必死こいて勉強するんだけど、大学側がそれを試験科目に入れる必要性はなさそう。そうなると、高校の卒業要件に入れるとかね。その教科の単位取れなかったら卒業できません、て。18歳に選挙権を与えるとか与えないとかいう話が出てるくらいだから、高卒時点で一通りのことができる社会人を育てるって考えは別に間違ってないよね。で、元会社の話に戻るんだけど、会社辞めるときに挨拶をどうするかとか、菓子折りをあげるとか、細かいマナー的なものが「社会人として当たり前のことを」とか言いながら要求されるわけで。その当たり前のことが会社によって違うのってふざけんなって思って。学生時代に統一規格みたいなものがあればみんな困らずに済むよねって。…とか考えてた。
2019.12.20
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結構定期的にネット上で出る話題。もはやWikipediaに乗っているくらい盛んな問題。冬あたりになるとちょうど掛け算を習う時期だったりするのだろうか。掛け算の順序は「掛けられる数」×「掛ける数」の順番に書くべし、という謎ルール。つまり、6人の子供がみかんを4個ずつもっています。みかんは全部でいくつ?みたいな問題のとき掛けられる数「みかん4個」×掛ける数「子供6人」なら正解だけど掛けられる数「子供6人」×掛ける数「みかん4個」なら不正解なんだと。正直、ふざけんなばかやろう、どっちも正解だろと思うんだけど。結局学年が上がってくと(小学3年生以上だっけ?)、順序は入れ替えOKとなるらしい。このふざけたルールを作ったのは文科省ではないことはこの議論の界隈では知られている。そして一説によると市販のテスト制作業者が上記のルールをいつの間にか作り始めて、その市販のテストを使う現場の教師がそれに追随して流行って行ったんだとか。一説によると。で、学問としての正しさを捨てても教育効果が高いってことなんだろうと納得した。どういうことかというとだ。順番に書くべしと考えている派は、問題文にある数字を適当に使って掛け算してたまたま正解してもらっては困る、なぜその数とその数をかけることにしたのか知りたいのだ、だから順番に書かせるのだと言っていた。ずーっと。だったら単位つければいいじゃんと思うんだけど…でも、数詞が多すぎるんだよね。「何個」「何人」「何冊」「何円」など何十種類も(もっと?)。日本語の数詞の多さは世界的に見てものすごいらしい(というか他所の言語で数詞ってあるんだっけ?よくわからん)で、小学校低学年の時点でその無数にある数詞を使いこなして算数の問題解けというのはちょっと無理だなと。とはいえ単位をつけないと数式の意味を理解しているのか確認できない。だから教育の現場では「子供たち諸君、先生は君たちが物の単位を全て使いこなすのは無理だと思っている。 しかし君たちがなぜその数とその数をかけることにしたのか知りたい。 だからかけられる数を先に書いて、その後にかける数を書いてくれ。 このルールを理解し、実行してくれれば先生は君たちが数の意味を 正しく理解したと確認することができる。 これは決して先々まで使って良いルールではないが、 今はまずこのルールで掛け算をさせることを許して欲しい」と言いたいのだろうと。というわけで自分の中で合理的な理解ができた。ただまあ、そういう説明ができてない気もするし、問題文に何らかの条件付けがあってしかるべきだとは思う。たとえば「掛け算の式は、かけられる数を先に書いてかける数を後に書くこと」とか書かないと絶対におかしい。教師というのは説明するのが仕事のくせに、そういう条件説明すらできてないのはダメだと思うよ。
2019.12.04
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