Microcosm of our life
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ご無沙汰いたしております。多忙な生活が始まりましたが生存しております。我らのシマの春の写真をどうしてもご紹介させていただきたかったために他のご報告が後回しとなってしまっておりました。春の景色以外にも記録しておきたかったことそれは実家の様子であります。基本だいたい月に1度の実家訪問はずっと続いておりましたあの震災のあった3月すら、ちょうど実家に行ったのが震災の直前で4月にはお仕事が1か月先送りになったため4月にも実家に行けました5月はゴールデンウィークがありましたしつい先日の月末にも行けたので5月は2回行ったことになりますそんなわけでブログには掲載できないまま通っている間に撮影していた写真が・・・いつの帰省の時なのか今となっては思い出せない状態で残っておりますので時間軸と関係なしに写真軸で綴らせていただきますとはいえこれは一番 前の写真でしょうかyakko妃殿下よりいただいた愛情物資の数々特にイカ君のお腹にご飯が詰まっているのは初めての出会いでした父も大感動!イカ君は日頃なかなか全身を拝見することができませんのでなんだか名前で呼びかけたい雰囲気のお二人(イカ君)でしたが・・・名前で呼ぶ前にその・・・いただいてしまっておりました。びみプリティでした。yakko妃殿下、ありがとうございます。震災の時にも瞬時にメールをいただき恐怖に一人震えていた夜どれほど勇気づけられたか忘れえぬ一夜となりました次の写真も震災より前だったと思います姫様の誕生日の頃かな・・・姫様の人生の卒業式以来2年の間、私たちは姫様の祭壇を片づけずにおりました我が家の仏壇の隣にずっと飾ったままだったのですでもさすがに2年経ったねとのことでこの日 思い切って片づけ、写真は壁に晴れて昇天・・・のはずが 我が家ならではの一幕我が父は昔から何を購入したとしても必ず購入年月日を記入する習慣があります特に電化製品がそうなんですが・・・なんと姫様の遺影にも!でも姫様だけのスペシャルなことも発見どんな電化製品にも購入年月日は書いても使用期限切れ(苦笑)の日付までを書き込むことはありませんでしたが姫様の遺影にだけは姫様が今世を卒業なさった日付が書かれておりました生前姫様は 父のこの習慣を 「かっこわるぅい」 と仰っておりましたが今となっては姫様がその遺影に日付を描きこまれたことでご機嫌をそこねられるようなことはなさそうに見えましたところで話は変わりますがやはりこれも震災前ですね まだ真冬だった頃実家に着き玄関を入り台所を抜けて部屋に入ると父がちょうどコタツに埋まって座りながらテレビを見ておりましたテレビはコタツの左側 そのテレビ側にあたるコタツの左側に『木刀』が転がっておりましたワタクシとしましては “それ” がまだ実家にあったのだということがまず驚きだったのですが次に驚いたのが “それ” を父が “使う” のだということもついでに・・・年をとったので、念のための護身用(うちは在宅の時は施錠しない習慣なので)かな?と思ったのですが昔のイメージが強すぎで 私から質問を発することはできずにただハニワ顔(目が点)で絶句していたように思います私は思ったことはすぐ顔に出ますので父は気づいたのでしょうコタツ布団に埋まってチョコリンと座ったままさっ と『木刀』を手に取ると (手馴れてるんだな、コレがまた昔とは違う意味で)テレビの方ではなくてカラオケセットの方へ『木刀』の先をススッ私はまた別の意味で ハニワ顔に固まっていきましたともさ・・・「これね コタツから出ないままで こうやってスイッチ押せるのうふ。 なかなかいいでしょ」・・・・・父はカラオケセットのCDやカセットテープ! のプレイスイッチを木刀の先を使ってつついて押していたのでした寒いのでコタツを出ることをさけてコタツに入った状態のままでその動作をしようと工夫した結果が『木刀』だったんですね私は父に 「いいね」 とも言えなかったしでも 「たしかに・・・(いい)」と思いましたので否定もしませんでした実際その姿はビミョー 萌え系プリティに見えましたその後 父はカラオケに出かける前にシャワーを浴びに浴室へ・・・父が浴室へ行った後で久しぶりに まじまじ とその『木刀』を眺めましたまぎれもなく あの『木刀』でしたまだ あったんだ・・・自分で持ってみるのは人生で初めてとは言わないまでも少なくとも20年いや30年ぶり固さ 重さ 微妙な彫りと 反りそして長さ姫様がいなくなり荷物や家具の減った我が家(テレビの部屋6畳、他4畳半と3畳)ですがそれでも部屋の中でそれを握ってみるといったい昔どうやって父はこれを扱っていたのか本当に不思議に思えるサイズと重量のものでしたあのですねそれは 昔むかし父が私と母を 『殴るのに使っていた木刀』 だったのです殴られていた当時は私は小学生でしたのでよく 殺さない程度に加減してこんなに おっそろしげなものをオンナ子供に振り下ろせたものだと父の技術(???)にも死ななかった我が生命力(???)の不思議にもやはり ハニワ顔になってしまいました今やその木刀の先が指す先にはカラオケセットの機械それが載せられた台の上には父が湯上りに塗るクリーム(以前はオイリー肌質だったのですが、高齢化と激しい土仕事で手荒れするようになったようです)よりによって イチゴの香り中身の色も淡いピンクです「若い人と一緒の席になることもあるから さわやかでいたいと思ってね」イチゴは・・・さわやかだったのか(笑)(乙女系の気がしませんか???)もう恨めしいとは思えませんでしたそれがおかしくもあり懐かしくもありぁぁ・・・今があってよかったですあの時(昔)が まさか今みたいな未来に繋がってるとは到底思えませんでしたけども・・・・昔は法律が裁いてくれないらしいから自分で復讐(父を殺害)して きちんと刑務所入ろうって思って13歳から20歳くらいまで計画練ってましたけども(苦笑)20歳で包丁で切ろうとしていた父の首に皺がありすぎるのを発見しがっくり冷めてしまってからも恨みは消えず31歳になってからも 尊属殺人という言葉を初めて本当に知った時もやっぱり子供の方に不利に働くのかよと(法律は)思いましたけどもそんなことも含めてあの昭和から2011年の我が家の歴史がこんな不思議な取り合わせに集約されている気がして懐かしいような不思議な気持ちになりました父は姫様亡き後姫様のパジャマを着て寝ていますあ、姫様は健康だったとき、とてもまるっこくて大柄だったので男性用のサイズで色は暖色系のものを着ていましたから父が着てももちろん男物ですので問題ないんですが・・・着ていた姫様のボディラインは不思議と洗濯しても残ったままでなにやらパジャマを着ている時の父はまるっこくみえます。放っておくと寝具は全部ピンク色、模様はチューリップになります(父が自分で購入したものです)父はどうもピンク色が好きらしいのですねどんな顔してチューリップのシーツとかイチゴのクリームとか持ってレジに並ぶんですかね笑っちゃうほど かわいいですお見せしたいくらいですふと思ったことがありましたルース・ベネディクトさんでしたでしょうか?日本の歴史か精神を象徴するものとしてだと思うのですが著作のタイトルに『菊と刀』と名付けられましたよねあれとは意味は違いますけども我が家の歴史の“移り変わり”を表す象徴としてはこれほどわかりやすい対照もおもしろいなとねかあさんそんなふうに思ってしました。今週も走りまくりなので(それでも1個ブログ書けた)ここまで読んでくださった方 ありがとうございますまた時間ができた時に我が家の 『雛人形と天体望遠鏡』 の思い出も書き残しておきたいと思いますあと新学期の新Aチームのみなさんのことも・・・(今年は教室に入りきらずに教室変更するほどの洪水クラスで昨年までに試行錯誤して作ってきたやり方は全く機能しない状態です)「慣れる」余裕がないから、「手におえる」状態じゃないから一度「うまくいった」と思っても二度目の同じ味は飽きられてしまうから「日々新たにせよ」の意味がよくわかるという日々が続いております正直イタイ意味でよくわかりますでも、私が一番頑張れるのも真剣になれるのも結局コレ以外ないんだなとも自覚する日々ですだって他のこと頑張れないもの(我がままとわかっていても)だからせめて このお仕事だけは日々真剣に と思います思わなくなったら多分ほっといても即刻 罰あたりまくるのでわかるようにできてると思いますそんくらい ことしのAチームの皆さんは磨き抜かれた鏡のようにハッキリしてます(本人たちは全くの無意識ですが)不思議ですね
2011/05/29
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