昔、こういう本を読みまして

日本の呪い―「闇の心性」が生み出す文化とは 小松和彦

自陣営もそうなんですが、「敵」を祀る事も重要なんですよね、と。何故なら怨霊になって災いになるから。有名なとこでは菅原道真とか、祀って鎮魂。

A級戦犯とか日本を代表して罪を引っ被って刑死して。これを祀らないと非常にマズイというのは正に日本の文化ではないかと。 (2005年06月20日 23時14分47秒)
2005年06月19日
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テーマ: 戦争反対(1250)
カテゴリ: 世界と政治

 (トラックバックの都合で6月分を再アップ)

 靖国なんてどうでもいいはずの問題が、中国側のパフォーマンスを世界や親中派が受けて騒がしい。
 ちょっと調べてみると、近年読んでいたのとは違うようだ。


靖国神社
<慰霊文化>
 靖国は、戊辰戦争の後、軍の慰霊施設として設置された。
 それは当然、官軍の従軍者の慰霊碑。軍の直轄のものだった。

 基本的には、軍の慰霊施設。
 薩長土肥のまとまりと、欧米の慰霊をモデルにしたとも言うし、将来の構想も含んでのことだったろう。

 さてそれが、天皇を中心とした神道によるのは、国家の都合だけでもなく、慣習的に神社の形になった面もあるだろう。
 しかもそれが慰霊のための儀式的な教義をもってしまうのは、文化としては当然のことだ。
 合祀というのも、そういう文化とも見える。

 軍国と徴兵
 また、軍国的な雰囲気という問題だが、(見たことはないが)、ありうるだろう。
 ただ、昔の徴兵というのは、‘独立民主主義国の条件・象徴’ だった。 
 オーストリア・ドイツ・ロシアでも王などがかってに大戦争を始めてしまっている時代だ。まともに立憲体制が機能していた時期の日本は、民主帝国だったともいえる。
 アジアで、独立した民主主義国というのは、他にはなかった。徴兵制度をうらやましがるアジア人は多かったはず。
 徴兵を誇って国民統合の象徴のように扱う感覚が、靖国神社にあっても当然だろう。
 それは人を操るためだとは言えない。 (言ってもいいんだが、同時に、世界中の民族主義も非難すべきだ。)

 慰霊と鎮魂
 まあ、それがどういう意図かだが、そもそもそんな意図を意識するのが外国流。
 日本の慰霊・鎮魂とは、荒れた時を、静かなときに戻す、という自然への祭祀みたいなものだろう。荒御霊と和御霊のようなもので。
 平和を願うだの、荒ぶる魂を静めるだのは、ただの解釈だろうし、けっこう荒い気持ちの参拝者がいないとは限らないが、
 何のための参拝かなんて考えようとするのは、もともと戦争の歴史が派手な中国欧米中心の思い上がりだ。そんなものは世界の原住民の中では特殊だろうに。


<神道>
 詳しくは、翌日のページへ→ 「国体神道」
 神道というのが、調べてみても、文化だか、宗教だか、体制だか、ナショナリズムだか、渾然となっていたようだ。 (神道と国家神道とは別でもなく、各神社が一体でもなかったらしいし。)

 国家神道と普通の神道との区別がいつ頃始まり、いつ明確になったのかも、ネットではよくわからない。
 目についたのは、
 大恐慌以後の終末的宗教が出てくる、
 神道の変化などなくても軍が先に動いて、緊張状況を作り、表面の用語を振り回し、宗教界はついていく動きをしたところもある、
 というぐらい。

 どうもこれは、当時の世界の時代が原因だろう。
 つまりは、行き詰まった世界の中で、ブロック経済の中で、アジアグローバリズムを目指したのは日本全体であり、それが外国になかったのは植民地か混乱状態になっていたからだ、と。

 どこが悪かったかといって、相手の需要をよく知らずにアジアグローバルを構想したせいだろうが、ほんとの需要がどこにあったかを中国人の誰も知らなかったのは、戦後の歴史が証明している。

 その時代を離れて、国家神道がそのままの形になるはずもない。
 つまり、今になって靖国の慰霊の背後にあるものを疑うなんて理由は全く根拠がない。


<戦後>
 さて、戦後になる。
 占領軍にいたアメリカの牧師の言うのは、国家神道はともかく、慰霊があるのは当たり前だとして、神社はつぶされずにすむ。
 靖国神社は独立し、霊の合祀というのも、宗教の教義として独立する。
 官軍の慰霊だけでなく、敵となった者、軍以外の世界中の戦争犠牲者の慰霊施設も作られる。
 それはもともとの靖国神社のあり方ではなく、戦後に変化したものだとも言えるだろう。
 そういう墓の作り方も日本の文化にはあって、靖国のそれもまた文化の一部か。

 ただ、官軍以外を合祀ということにはならない。
 それは、軍の慰霊ということが、日本の歴史を動かしてきたものへの慰霊ということと重なるからかな。
 合祀というのは、地方の依頼によって行われるので、全くの理念ではなく、反対者がいればできないことだ。それは靖国神社の理念では変えられないだろう。
 理念に合わせて祀り方を変えるのは宗教法人なら当たり前かもしれないが、神社というものが、先にご神体があってそれを祀るものだとしたら、やれないのだろうな。

 ・・・・というふうに、いまや靖国神社はその中途半端さも含めて歴史そのものと思うのだが、・・・しかし、まあ毎年のお勤めとして行く意味はまるでなさそうにも思う。それは、戦争という過去の歴史だし。現職の首相が毎年神社に行くなら、他の神社で良さそうだと思う。


 とはいえ、政争の具として日本の文化を槍玉にされて屈する形となれば、日本は自分でものを考える足場を奪われかねないという危険がある。

 神社という何気ない習慣の形の影には多くの不純物がありうることも確かだが、何気なさに付けこんで決め付けるのは、支配というものだ。

-----------------------------
合祀
 A級戦犯の合祀を止めれば、次は千人単位のB、C級戦犯である。
 最もありそうなシナリオは、
 まず、「国が戦犯の慰霊はふさわしくないと認めた。郷土や地方が公的な施設で慰霊するなんてよくない。B、C級戦犯を分祀しないのはよくない。」 だろう。
 次に、「そういう先祖を祭る持つ日本人は、無意識にも反省していない。比べて、サヨク教師は正しいものの見方をする人だ。」
 さらに、「日本の文化は無反省文化だ。思考を外国にあわせないといけない。」

 ――とまあ、国→地方・個人→思考力へと流される。
 それは、 「国は従った。個人の不純さは赦してやっているのだ。日本人は中国人にものをいう資格はないのだ。」 というように、一般個人を直接に支配しようとするだろう

 まあ、こんなことを中国人が思いつくよりも、サヨクがそのように持って行く。


-----------------------
今回の靖国ネタ騒動
 推測が多いが、後のために書いておく。

 もともとは常任理事国を増やす問題に、中国が反対した。
 たぶん一番の理由は、台湾を手に入れるのに邪魔者が増えるからだろう。
 EU・ロシアは経済で懐柔し、アメリカも半分懐柔しているというのに、予想外の連中が顔を出す。
 隣国であるインドや日本が常任理事国になるというのが邪魔なので、つぶすためにデモをけしかけたら予想以上の暴動になったらしい。

 どたばたの中で、中国副首相が日本の首相との会見をキャンセルして緊急帰国したのが、非礼だという批判が強かった。
 中国側は帰国後、理由の発表にわずかにどたばたした後で靖国が原因だと発表した。

 中国側は、ドタキャンが失礼だと知らなかったことを言われた気分であわてたのだろう。為政者本人の面子を叩くことになったので、意地になった反発は強かった。と思う。
 あるいは、自分たちは改善努力をしているというのは本音で、日本側の対応にうんざりしていたのかもしれない。
 その基準を、中国が日本にあてはめてきたとは思えないが。

 そして、自民の中でも親中派(というか日本否定の歴史観の持ち主)の議員が動いたことで、混乱の印象になる。

 (中国は、香港返還のときにも、租借期限が切れるのをイギリスから言われるまで気づかなかった国である。それに革命政権だ。
 いきなり、「こういうことは国際的に失礼なことだ」 と言われて、あわてたのでは。)


----------------------
解決法--ほんとは
 ところで、靖国に行ったら普通の神社だった、と書いた韓国の芸能人が袋叩きにあって番組を降りたとか、
 中国人の多くが靖国神社を、A級戦犯だけを祭ってあると思ってたり、ほとんどは靖国神社を国家的な施設だと思っているとか、
 靖国神社にかっての日本軍の軍服で参る人たちを、中国のテレビなどでは、彼らの姿のみがクローズアップされて放映されるので、テレビで見る中国人は、軍国主義の復活と思い込まされるとか、 → このリンクページの中を「在日中国人」で検索

 靖国神社を国営施設に変えようが、一切の慰霊をやめようが、情報操作だけが真実なら、何一つ片付くことはない。

解決はただひとつ。
 世界中の情報を通じて、中国政府がうそつきだと理解させるまで、世代を重ねる覚悟で日本中の理解を崩さずに発信させ続けることだけ。


中国/歴史







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最終更新日  2005年11月10日 21時09分43秒
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情報統制の壁は厚いですね  
清造  さん
日本独自の追悼の習慣や宗教観を、中国に説明するしかないでしょう。
若しくは、中国以外の国に説明し、それらの国を味方につけて外圧で中国を黙らせるか。

しかし、日本の習慣や宗教観を知っている中国人の方、というか、両国の習慣や宗教観を知っている人が、もっと靖国についての誤解を解くために働いてくれても良いのにと思います。


それにしても、日本人自身が、日本の習慣や宗教観、文化を知らないのが問題です。
政府の全員が日本について上手に説明できれば、よいのですが。
今の日本の教科書には、過去の文化や習慣については、殆ど触れてないし、触れるとしても興味を持たせず理解をさせない工夫と加工がされた状態です。


日本政府の広報の弱さ、情報戦の弱さに歯がゆさを感じます。
ですので最近、自分で中国に日本を紹介しようかと考えています。
その前に中国語を学ばねばなりませんが。 (2005年06月19日 18時38分35秒)

官軍  
k-nana  さん
素ーさんとこなら、書いてもお許し願えるかと思って書いてみます。

現代から離れますが、靖国神社の由来を考えてみました。
幕末に興味を持って眺めるようになってから、明治以降の「近代政府」が「近代国家日本」を作るために、いかに苦心したのか、というのが分かる気がしています。尊王攘夷運動が起こる前の日本(特に関東)では、天皇という存在よりも徳川の将軍の方がずっと大きな存在で、一般人は天皇なんて知らなかったりする。薩長に代表される「官軍」は、その徳川政権を否定するために、相当躍起になったらしいのです。
靖国神社も、その苦心の一端なんですね。設立は明治二年だそうですが、「官(新政府)軍v.s.幕府軍」の争い(戊辰戦争)がひとまず終結したのもその年です。
といっても、徳川の方にはむしろ天皇の信頼を得ていたくらいなので、勢力はまだ幕府の方が優勢だし、「官軍」は上野も焼いてしまって、江戸者の恨みも買います。
政府上層でも混乱し、維新政府の立役者・西郷隆盛までが後に逸脱してしまうくらいですから、一般民衆はどれほど混乱したことやらと・・・。

この神社のある場所って、私はよく知らないんですけれど、江戸人にとって聖域的な土地だったとも聞きます。それに明治天皇は京都から動座して江戸城(皇居)に入った上、特に神道の総本山でもなんでもなかったのに現人神に据えられてしまうなど、明治の新政府は当時の人々の心をつかもうと、真実必死だったのだろうなと思います。

その時代を生きた人が、昭和初期近くまでの政治を動かしていたりして・・・。
あとは、まだまだ考察不足です。
全然関係ないことになっちゃってスミマセン。 (2005年06月19日 19時01分56秒)

Re:官軍(06/19)  
清造  さん
k-nanaさん
>一般人は天皇なんて知らなかったりする。

いつの時代も、一般人が陣頭に立ったわけではなく、有識者が中心だったものと思われますので、一般人が知らずとも問題が無かったものと思われます。
逆に、近代化のおり、一般人全てが有識者にならねばならぬ、民主化の為に国家神道が利用されたものと思われます。


>薩長に代表される「官軍」は、その徳川政権を否定するために、相当躍起になったらしいのです。

ここも難しいところです。
幕府、即ち将軍の位は朝廷から任じられているわけですから、実に不思議な内乱になったわけです。


>靖国神社も、その苦心の一端なんですね。設立は明治二年だそうですが、「官(新政府)軍v.s.幕府軍」の争い(戊辰戦争)がひとまず終結したのもその年です。

どうでしょう。明治天皇によって靖国が建てられました。
時間がずれますが、明治天皇とっては同じように臣であった幕府方も祀るようになってます。


>特に神道の総本山でもなんでもなかったのに現人神に据えられてしまうなど、明治の新政府は当時の人々の心をつかもうと、真実必死だったのだろうなと思います。

形式はそれほど変わってないと思いますよ。
結局、為政者である臣を幕府から倒幕派に入れ替えただけですから。
ただ、国家神道を強調したのは、国内を意識しただけでなく、国外を意識した部分もあったと思います。
つまり、海外と国を明確に分ける民族性を強調したのだと思います。

因みに、国家神道の原形は古事記が編纂された時代から既にありました。ですから、多かれ少なかれ、天皇はその時代より特別扱いされていました。 (2005年06月19日 19時41分25秒)

皆さん、いろいろありがとうございます。  
素ー  さん
 実際、国家神道というものがいつ生じたのか、とというとよくしりません。
 資料にしたのは、 http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r18-147.htm  です。ここの神社のご神体は山です。

 天皇につながるのが、地方の土地神と伊勢神道であり、これが内務省の管轄。
 国家神道というのは、内容は知りませんが、靖国神社によって生じ、その設立が戊辰戦争にあり、管轄が軍だとなれば、薩長土肥をまとめるためと、外国の軍事慰霊をまねたのと、両方だろうと思いました。

 教義内容自体は、過去の天皇家の歴史や神道から取ってきたのだとしても。
 そして、戦後の靖国が教義上変わっていないのか、それは知りませんが、靖国の教義なんて誰が知っているでしょうか。

 僕が思うのは、要は「手を合わせる場所」だということですが。

--------------------- 
 幕府というのは、最終的に江戸城を開け渡し、慶喜も公爵になっているので、戊辰戦争と違って形式上合体が成立したという解釈では。

(2005年06月19日 20時58分44秒)

こんなのがありました  
素ー  さん
http://www.worldtimes.co.jp/syohyou/bk030309-1.html

               新田均著
『 現人神という言葉が教科書に出てくるのは、日米開戦の昭和十六年になってからである。天皇現人神論を最初に唱えたのは、宗教学の加藤玄智東大名誉教授。加藤は英文でも論文を書いたため、米国ではそれが神道だと思われた。

 国家神道の柱である神道非宗教論を、神道側の反対を押し切って、政府に認めさせたのは真宗僧侶であった。ちなみに加藤も真宗。戦史を見ると、従軍僧や現地の布教など戦争に最も協力したのは真宗である。現在、政教関係の訴訟の原告に、真宗僧侶が多く名を連ねているのはそれを隠すため、と著者は断じる。

(PHP研究所、一六〇〇円+税)

(2005年06月19日 21時21分38秒)

横レススマソ。  
某S氏  さん
>靖国は、軍の慰霊施設として設置された。
>それは当然、官軍の従軍者の慰霊碑。
-----
靖国本殿については確かに仰るとおりですが、境内の隅にある「鎮霊社」には、本殿に祀られていない民間人戦没者や、戊辰戦争の旧幕軍や西南戦争の西郷隆盛方戦没者などの-この言葉は使いたくありませんが-「所謂朝敵」と世界中の戦没者がまつられているとされています。
(2005年06月19日 23時09分53秒)

Re:横レススマソ。(06/19)  
素ー  さん
某S氏さん
 ええその通り。
 昭和四十年に作られたそうです。
 日記本文中の、『官軍の慰霊だけでなく、敵となった者、軍以外の慰霊施設も作られる。』 と書いてあるのがそれです。


  (2005年06月19日 23時15分13秒)

Re:こんなのがありました(06/19)  
素ー  さん
>戦史を見ると、従軍僧や現地の布教など戦争に最も協力したのは真宗である。現在、政教関係の訴訟の原告に、真宗僧侶が多く名を連ねているのはそれを隠すため、と著者は断じる。

 追記: 加藤玄智東大名誉教授も真宗だそうだ。

 なるほど。
 真宗=浄土真宗=一向宗=本願寺の宗教。来世信仰の宗教。
 (そのくせ、東西本願寺に分かれて対立すること江戸の初期からやっている、生臭い集団。)

 死んで星になる、という表現はここからかなあ・・・
 現人神というのも、真宗の法主の権威みたいだ。

 この手の命を無駄遣いする宗教って、結局、負け戦の神様みたいだな。
 一向宗と信長の戦いにしろ、太平洋戦争にしろ、ジハドにしろ。

(2005年06月19日 23時27分54秒)

ちょっと資料集  
素ー  さん
「靖国神社」について
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r18-147.htm

靖國神社概要
http://www21.big.or.jp/~tetsuki/hokan/yasukuni.html

■2.靖国神社を護ったブルーノ・ビッター神父■ と ■3.敵兵を弔う日本の伝統■
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog202.html

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/5562/column/column064.html
の末尾部分

無名戦士の墓の千鳥ヶ淵戦没者墓苑
http://www.iisr.jp/hiroikenl36.html.html

反靖国のHPでの図
http://www.geocities.co.jp/Berkeley/3776/hierarchie_.gif

(2005年06月19日 23時59分47秒)

Re[1]:官軍(06/19)  
k-nana  さん
清造さん

-----
ええと、すみません。
興味深い部分もあり、異論もあり、ひとつずつお返事を返せればいいのですが、私も独学で浅学なものですから、「私はこう思う」「こんな見方もあるのでは?」ということしかいえません。
こちらはそういうことを語り合う場ではありませんし、これ以上は控えさせていただきますね。
(2005年06月20日 15時12分46秒)

Re:皆さん、いろいろありがとうございます。(06/19)  
k-nana  さん
素ーさん

なんか、違う方向に持ってってしまってスミマセン(汗)
興味深いんですけれども^^;

日本の宗教は、元来ごく素朴な土俗的なものだと思いますし、亡くなった人を弔って祭るのは、どこの国の文化にもあることかと思います。

>--------------------- 
> 幕府というのは、最終的に江戸城を開け渡し、慶喜も公爵になっているので、戊辰戦争と違って形式上合体が成立したという解釈では。
-----
幕府が「大政奉還」で政権を朝廷に返上してしまったので、合体は成立してません。
本当のとこ、薩長土肥ら明治政府は潰したかったようです。公爵になるまでに至った(生き延びた)というのは、慶喜の粘り勝ちですね^^;
ただし、政治的にはまったく無能な状態になりましたので、どの道同じことかな・・・
(2005年06月20日 15時43分20秒)

Re[1]:皆さん、いろいろありがとうございます。(06/19)  
素ー  さん
k-nanaさん
k-nanaさん
 いや、合体とは政権合体ではなくて、どっちも同じ天皇の臣下になったということでした。少なくとも、あとでそういう解釈が可能な位置につけた。
 そこが、戊辰戦争を戦って勝敗をつけた会津なんかとの違いかと。
(2005年06月20日 18時25分06秒)

靖国 → 靖国(改)  
素ー  さん
訂正しました。
ちっょと間違いなどあったので。

(2005年06月20日 22時54分24秒)

すみません、靖国直では無いんですが  
牟田口連夜  さん

お久しぶり  
素ー  さん
牟田口連夜さん
>A級戦犯とか日本を代表して罪を引っ被って刑死して。これを祀らないと非常にマズイというのは正に日本の文化ではないかと。
-----
 まあ、そこにある無視できないなにかを、なんとかなだめたりすかしたり、うまく付き合おうとしたのが、神社で祀る、ということなんでしょうね。
 人外の者を含めての集会所が神社。神の社と。



 靖国に応用すると―――合祀だからだめ。^^;)

 ただ、世界中の戦争犠牲者を祀る鎮霊社が、偽善的でなく受け取れるようになると思います。
 情けは他人のためならず自分のためなり、てね。

(2005年06月20日 23時42分56秒)

素朴な信仰もありましたが、政策的な信仰もありました  
清造  さん
戦前は神道が宗教だと都合が良かったんですよ。
しかし、神道は色々な民間信仰から派生したもので、教義を持った宗教と呼べるような神道もあれば、風習の域を出ない神道もあったわけです。
つまり、宗教と呼べる部分もあれば呼べない部分もあり、それらを引っくるめて神道と呼んでいた点が問題をややこしくしました。
ですから、神道という概念自体に疑問を持つ人もいたようです。

さて、国教化するために神道が宗教である事は都合が良かったのですが、面白くないのが仏教側です。
ですから、仏教の一派が神道を宗教でないと論じたのも道理です。

さて、戦後です。
戦後になりGHQの「神道指令」により国教と出来なくなりました。
そこで今度は神道が宗教でない方が都合が良くなったので、以前から議論のあった神道非宗教論が、脚光を浴びるようになった(あんまり浴びてないけど)のです。 (2005年06月21日 01時33分41秒)

Re:素朴な信仰もありましたが、政策的な信仰もありました(06/19)  
素ー  さん
清造さん
 戦争時代に、宗教的な強制力をもちつつも、形式上宗教ではなく先祖につながるものだということになっていたようですが。

 この辺のことは、結局時代の変化だと思いますが、その時代による変化を、国家神道の組織が行ったかというのがポイントだと思います。

 時代と民衆が宗教へとなだれ込んだのか、宗教として国民を誘導したのか、ということです。

 僕は後者ではないのかな、と思うのですが。

 詳しくは、資料と合わせて、次のページ&そのコメントにしましたが。

(2005年06月21日 18時13分45秒)

Re:素朴な信仰も・・ (書き直し!)  
素ー  さん
清造さん
 戦争時代に、宗教的な強制力をもちつつも、名目上宗教ではなく先祖につながるものだということになっていたようですが。

 この辺のことは、結局時代の動きだと思いますが、その時代による変化を、国家神道の組織が行ったかというのがポイントだと思います。

 宗教として国民を誘導したのか、時代と民衆の欲求が宗教へとなだれ込んだのか、ということです。

 僕は後者ではないのかな、と思うのですが。

 詳しくは、資料と合わせて、次のページ&そのコメントにしましたが。

(2005年06月22日 02時08分00秒)

B・C級戦犯  
素ー  さん
 ところで、A級B級C級の違いは程度の違いではなく種類の違いということのようです。

http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper47.htm
『ナチスドイツを裁くために連合国によって作成された国際軍事裁判条例(ニュルンベルク裁判の根拠、一九四五年)の第六条において犯罪のタイプとしてA項「平和に対する罪」、B項「通例の戦争犯罪」、C項「人道に対する罪」と三つに区分したことから、侵略戦争をおこして「平和に対する罪」に問われた国家指導者たちをA級戦犯class A war criminal、それ以外のB項とC項の犯罪を犯した者をBC級戦犯class B & C war criminalと呼ぶようになった。ただこれはアメリカ式の呼び方であり、イギリスは主要major戦犯と軽minor戦犯と呼んで区別している。

B級とC級犯罪は重なる部分が多いが、前者が戦時における敵国民への犯罪であるのに対して、後者は戦時だけでなく平時も含み、自国民への犯罪も対象としていることに大きな違いがある。たとえばドイツ国民であるユダヤ人を戦争前から迫害したケースは、B級には該当しない。そういう問題があったのでC級が考えられた。たとえば、カンボジアのポルポト派の犯罪は自国民を虐殺したわけだからB級ではなくC級犯罪である。日本についてはC級が適用されなかったが、それは植民地民衆(当時は日本国籍)に対する犯罪(強制連行や慰安婦の強制など)が裁かれなかったことと関係している。』

 これを見ると、後で「A級よりも、B、C級に対する恨みの方が深い」と言い出すだろうことはまちがいないですね。連合国が赦免を認めようと、それは中華民国(台湾)のしたことだと言うだろう。
 結局、日本人をある一面奴隷根性化したがると思います。

 まあ、当時の日本兵はなんでも戦争だから仕方がない、ですませる傾向もあるようで、これがぬれ衣を着て従うことにも、残酷な命令に従うことにも、つながるでしょうね。

(2005年06月22日 22時00分17秒)

資料 追加+  
素ー  さん
楽天のあちこちで紹介されている 靖国神社公式参拝関係年表
http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/yasukuni/nenpyo_2.htm

 この中の、参拝関係解説としては、この日記の解説がわかりやすい。
http://plaza.rakuten.co.jp/GF1208/diary/200506200000/

 外国の慰霊施設に付いては、ここが詳しい。
http://plaza.rakuten.co.jp/denpateikoku/diary/200506210000/

(2005年06月22日 23時03分34秒)

普通の考え方の例として  
素ー  さん
 この問題の正常な考え方の、端的にわかりやすいものとして、
http://plaza.rakuten.co.jp/isanotiratira/diary/200506140000/

http://plaza.rakuten.co.jp/isanotiratira/diary/200506210000/

  (2005年06月22日 23時58分11秒)

Re:B・C級戦犯(06/19)  
素ー  さん
 ただ、このサイト「B C 級 戦 犯 」HPでの表現には疑問。
 このサイトは基本的に戦犯裁判の不備を無視したがっているので、こっちで補足。

1 BC級の犯罪には、‘物資の豊かな状態でのお客様扱い’しなかったという程度のことで有罪にされたりしている。

2 中共の裁判について
 別のHPでは、
「戦犯問題」 http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/senpan.htm
 『戦後の満州においては再三、国共の勢力が入れ替わったが、国民党軍は、撤退する時は、日本人で戦犯の容疑を受けていた未決の者は釈放したのに比べて、中共軍は、撤退の時には、未決の者も裁判無しに虐殺していった』
 『人民裁判という名の下に虐殺された日本人  約3500人』 

 この「B C 級 戦 犯 」HPで誉めてあるのは、一部の――撫順戦犯管理所のことらしい。
 この収容所については、証言するまで十年以上閉じ込めた後で裁判が行われるなど、洗脳が取り沙汰されているのが有名な話。

(2005年06月23日 17時53分52秒)

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