MATRIX7

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2009.04.26
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カテゴリ: 現代社会
 旧ユーゴの崩壊による民族紛争ほど、憎悪の感情が激発した事件はないだろう。事実上3分割されたボスニア・ヘルツェゴビナは、国でありながら国とはいえない。それを象徴する都市「モスタル」の旧市街は、破壊されたままの姿が各所に残されている。数百年の間、イスラム教徒であるボスニア人(ムスリム)、クリスチャンであるクロアチア人、セルビア正教徒であるセルビア人が隣人として暮らしていた。その隣人たちが互いに殺し合い、モスタルだけでも数千人の犠牲者が出ている。激しかった市街戦が終わると、セルビア人とユダヤ人は町を去り、西モスタルをクロアチア人、東モスタルをボスニア人が占拠して対峙している。憎悪の感情だけが残されている。
 いつまでも民族対立が終わらないことに業を煮やしたアメリカ政府の強権的な和平案により、ボスニア停戦は実現した。領土的な野心を持っていたクロアチア側も、ヘルツェゴビナ併合をあきらめて、この和平案を呑んだ。セルビア側も自治共和国が成立すれば不満はない。多くの犠牲者を出したボスニア側も和平案を了承した。しかし、これは紙の上の和平案であり、民族間の憎しみが消えたわけではない。ボスニアを実質的に3分割することで、民族紛争の種を取り除こうというプランだろう。
 西欧のジャーナリズムは、ボスニア紛争をキリスト教の正義感に基づいて報道してきた。悪役はセルビア人であり、それを支援しているロシアも同罪になる。騒動の裏に隠れて、クロアチア人たちが民族浄化をやっていたことを報道するものがいなかった。国連がモスタルの惨劇に気がついたときには、徹底した民族浄化の後だった。宿敵セルビアに対抗して同盟を結んでいたクロアチア人とボスニア人が主導権をめぐって対立し、互いに殺し合うことになった。
 モスタルの民族紛争は複雑であり、理解することは難しい。最初にモスタルを攻撃したのはセルビア勢力であり、モスタルの町の占拠という野心を抱いていた。これに対抗して、クロアチア人とボスニア人は手を握ってセルビアと戦った。国際社会はセルビアを非難して排除した。まさか、セルビア勢力の去ったモスタルで、クロアチア人による民族浄化が行われるとは予想していなかった。農民だったキリスト教徒と地主階層だったイスラム教徒は歴史的な敵対関係にある。
 中世にオスマントルコ帝国の支配下に置かれたボスニアには、イスラム教徒が移住してきた。近代にオーストリア帝国の配下になると、今度はキリスト教徒たちが流れ込んできた。東モスタルの旧市街にイスラム教徒、西の新市街にキリスト教徒が住み、チトー時代まで共存していた。ユーゴスラビアが崩壊して、民族自立の時代になると、大クロアチア思想に取り付かれたキリスト教徒が、イスラム勢力一掃を狙って民族浄化をはじめた。戦力的に不利なボスニア人たちは、イスラム諸国から支援を受けて、キリスト教徒と戦い続けた。中世の宗教戦争が復活したのである。
 モスタルの市街戦は、1軒1軒の家をすべて破壊しつくす激戦だった。大量惨殺や収容所の拷問が日常的な光景になっていく。モスタルの惨劇を察知した国連は、3民族を並存させる強引な和平案をまとめた。これほど憎しみあっている民族をひとつの国にまとめる考えには無理がある。モスタルの住民は互いに憎しみ合いながら、日常生活を続けている。扇動政治家の話を鵜呑みにして行動すると、消すことのできない悲劇に陥るという歴史をモスタルでも繰り返している。





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Last updated  2009.04.27 08:13:35
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