MATRIX7

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2009.04.28
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カテゴリ: 歴史と文化
 第二次世界大戦の契機になったのは、セルビアで起きたサラエボ事件になる。オーストリア皇太子フェルディナンドは、軍の閲兵のためにサラエボ入りしていた。それを待ち構えていたのがセルビアの民族主義者6人だった。まず、チャブリノビッチが皇太子の車に爆弾を投げつけた。爆弾は王妃の首にあたり、道路に転がって爆発した。奇跡的に皇太子夫妻は難を逃れて、次の行事が予定されていた博物館に向かう。その博物館前の道路で、二人目のブリンチッブが自動拳銃を発射する。1発目は皇太子に命中し、2発目は王妃を殺害する。この暗殺事件が、第二次世界大戦の引き金になった。オーストリア帝国はセルビアに宣戦布告し、それが互いの同盟国を巻き込んだ世界大戦に発展していく。
 セルビアは近代に至るまで国家として認められていない。オスマントルコ帝国の属国、あるいは一地方として扱われていた。セルビアが歴史から消えたのは、コソボの敗戦になる。1809年、セルビアのニシュ近郊でセルビアとオスマントルコの激戦が行われ、大損害を出したオスマンの司令官ハルシドは警告として「髑髏の塔」を建設する。セルビア軍の兵士の952人の髑髏を塔の壁に塗りこめたのである。セルビア人への警告として立てられた塔は、独立への記念碑としてセルビア人の記憶に刻まれていく。
 セルビアはオスマン領内での自治権を次第に拡大して、セルビア王国を打ち立てる。しかし、国際会議ではトルコのの属国として扱われ、独立国家として認められなかった。南進するロシア帝国がトルコを破り、サン・ステファノ条約が結ばれると、バルカン半島のセルビアとルーマニアとモンテネグロは独立を承認される。ところが、この条約はベルリン会議で破棄される。西欧諸国が条約反対に回り、破棄を迫ったからになる。オーストリア帝国はロシアとの密約を破って、西欧諸国と同調する。領土を失ったセルビアはオーストリアへの反発を強めていく。これがサラエボの暗殺事件につながっていく。





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Last updated  2009.04.28 18:21:02
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