2007年07月03日
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クリスチャンがイスラエルに旅行すると必ず行く場所の一つが、嘆きの壁です。この壁は、かつての神殿の丘の壁のうち、唯一残った壁です。

ユダヤ人に取っては、とても神聖な場所であり、クリスチャンに取っても同じです。

私は、今年1月にイスラエルを旅行して嘆きの壁にも行きました。そこで、約1時間祈りました。

当初は、神さまの栄光が現される神殿がないこと、ユダヤ人がメシヤであるイエス様を知らないこと、日本の99%が救われていないこと、中東に平和がないこと等、あらゆる問題を憂え、嘆いて祈っていました。

そうすると、気がついたら感謝の祈りに変っていました。神さまが、「私に任せない」といっておられるようにも聴こえましたし、何よりも、神さまの前に心を注ぎ出せたことは感謝でした。

祈りは呼吸にたとえることも出来ますが、呼吸は、吐く息は二酸化炭素でも、吸う息は酸素です。同じように、吐く祈りは、問題、悩み、罪、汚れ、苦しみ、失望、絶望であっても、吸う祈りは、解決、喜び、聖霊、聖さ、安らぎ、希望、歓喜に溢れています。

祈りとは、多くの場合、ピクニック気分でするものではなく労働です。

なぜクリスチャン生活に勝利ができないかというと、祈りができないからかも知れません。それだけ、祈ることは難しく、気がつけば、祈りは自問自答に変り、自己憐憫、そして、罪に変ります。

祈ることが難しいのは、サタンが祈ることを妨害するからです。



1、祈りを邪魔する悪魔との戦い
2、祈ることを嫌う怠惰な自分との戦い
3、イサクの子ヤコブのように、神さまの祝福を頂くまで離さない神との格闘の祈り

この3つの祈りの戦いに勝利できたら、あならは必ず勝利出来ます。

祈ることができないのは、それだけ妨害が大きいということがあります。これで祈りがなかなかできないことに納得できるだろうと思います。

しかし、そのままでは、呼吸をしないことに等しいです。呼吸しないと死んでしまいます。同じように、呼吸をしないと霊的な命が死んでしまいます。

もちろん、霊的な営みは、御言葉の食事をし、伝道や愛の行為の運動をし、祈りの呼吸をします。また、喜び、感謝、讃美は霊的な命を活性化します。

嘆きに壁に行ったことがない人も多いと思います。また、中東の情勢が変りやすいですし、これからは行きたくても行けなくなってしまうかも知れませんし、一生行かないかも知れません。しかし関係ありません。

今あなたがいるところに嘆きの壁はあるのです。そこで神さまを求めて嘆き、あなたの心を水のように神様の前に注ぎだして参りましょう。神さまは、あなたに命を与え、豊かにして下さり、祈りは必ず答えられるでしょう。

今日も共に嘆きましょう。





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最終更新日  2007年07月03日 10時28分14秒
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