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2026年04月20日
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テーマ: 日本の歴史(1093)
カテゴリ: 日本史
婚姻で勢力範囲を広げてきた天皇家。そして10代の崇神天皇の時に、大きな飛躍を遂げます。
それがハツクニシラスと呼ばれる所以だと思います。任那も朝貢してきたそうです。国が大きくなってきた証拠でしょう。任那という国名も、崇神天皇のお名前:みまきいりひこ から来ています。
次の11代垂仁天皇の御代に、任那と新羅の抗争が始まり、朝鮮半島情勢が慌ただしくなります。

時が経ち、14代仲哀天皇の妻:神功皇后が三韓征伐をおこないます。
石上神宮にある「七支刀」は、百済からのお礼の贈り物です(侵略してきた新羅対峙のお礼)。

そして神功皇后の皇子:第15代応神天皇の時に、高句麗と激しく戦ったと考えています(好太王碑文)。
応神天皇が、後に武士に崇められた八幡神なのは、この時の果敢な戦いによるものなのかもしれません。
16代の聖帝:仁徳天皇の「民のかまど」は、この戦争の疲弊から救うためのお話と考えます。

今度は武力ではなく外交で高句麗を牽制します。それが倭の五王。中国と友好関係を築いて牽制します。

大した成果を感じられず、21代雄略天皇を最後に終わるのです。





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最終更新日  2026年04月20日 22時02分20秒
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