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無事にグアムより帰国したのは いいんですけど・・ADSLの件をまだ引きずっております。とりあえずは携帯から繋いでネットしていますが・・NTTとプロバイダーのODNとの行き違いというか・・NTTの担当者が 曖昧な説明をしていたらしく・・その為に ADSL回線は開いているもののプロバイダーとの連携がとれていないらしく・・使用は11月に入ってしまうらしいです。取り急ぎ・・ここでご報告致します。22日には使える予定がとんだことになって参りました。。。主人と二人でNTTにちょっと不信感を持ってしまった・・。また日記は開通完了したら書きますね♪
2002.10.28
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今繋がってるけど なにやらADSLの切り替えにおいて ネットの方が10日ほど繋げられなくなるらしい。22日には回復するとの事であるが・・21日から私は留守・・。って事でネット復帰は25日頃の模様となる。楽天のフリマにおいては メアドを携帯に転送するようにして 見られるようにした。このHPとフリーメアドに関してだけ不便となる。。みんな~!忘れないでね♪しかし・・いつ切り替わるのか・・・(謎)午後からなのかなぁ・・・(爆)
2002.10.11
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昨日楽しみにしていたドラマが始まった。私はこの原作は知らなかったが旦那様が高校時代に読んで涙した本のドラマ化だったらしい。知能が遅れている青年の話。彼が実験台になり科学の力で知能を発達させていくというストーリー。果たして頭が良いだけが幸せなのか・・というのがテーマでもあるとか・・。本当にピーターパン症候群という言葉もあるけれど・・大人になれば色んな人生経験を積んで見なくていいものを見ないといけない事や不本意であってもやり遂げないといけない事も多い・・。汚れない少年の心・少女のままの心でいられたら・・本当にそう思う。言葉の裏をかいだり・・先入観で人を判断したり・・そんなややこしい事を考えなくてもよかった時代が幸せに思う事もある。それが大人になる事・・社会人になる事・・経験を重ねて人間は賢くなっていく・・。このドラマの主人公も外見は立派な大人だけれど知能は7歳くらいしかない知能。行動も思考もそのまま・・。物事を深く考えないで素直な心のままで行動してしまう・・世間体なども考える事もなく・・。見た目では立派な青年だから周りが理解できず大人として扱う・・。彼を理解している人たちはその事に苦しむ。賢くなりたいと願う彼と・・実験台にして知能を上げる事が彼の幸せなのか・・と・・。私自身が勤めていた病院には聾唖学校がそばにあり整形外科・内科・皮膚科の外来に患者としてく来院する事があった。外見では本当によくわからない。事務所の配慮不足で 名前を何度呼んでも診察室に入ってこなくて ポツンと椅子に座っている男の子・女の子を見つけて 名前を確認して診察室へと導いていた。私の印象は本当にこの人たちは いつも笑顔で・そして外見は下手なタレントよりも男の子も女の子も綺麗。そして目が澄んでいる。頭をペコペコ下げる。ある医者が私に言ったのは「面倒くさいからあんたが話して何処が悪いか聞き出せ!」と言った・・私は心からムカついた。不安げに診察室に入って来ている患者に対してその言葉は軽蔑のなにものでもなかったから。結局処置をすませて次回の受診を伝える事になったが その時もその医者は私に任せた。そして・・笑顔ひとつ見せる事もなかった。そのかわり私が「また消毒に来て下さいね・痛み止めのお薬と化膿止めのお薬も出ていますからね」と伝え事務所の窓口にも説明しながら連れて行った。無事に会計もすませお薬ももらった彼女は「あ・り・が・と・う」と素敵な笑顔で私に言ってくれた。あんなに医者にそっけなくされたのに・・彼女は最初から最後まで笑顔だった。男の子の場合もそうだった。その度に私の胸が痛んだ・・いくら患者が混んでいても彼らがコミニュケーションが取りにくいからと言っても あからさまに感情を出す事は許されないと思った。私自身が手話というものを真剣に少しでも勉強しようと思った。彼らも口唇術を習っているがどうしても耳が不自由だとまどろっこしい言葉になると辛そうな顔をしていたから・・最低限度の医学的に使う手話を独学した。音のない世界は本当に今からでは想像もつかない・・でも考え様によればその医者の不機嫌な言葉も聞こえない・・顔色は見る事は出来るが聞こえない。だから それが救いにも思えた。そして彼らの目が澄んでいるのかも理解できた。耳が聞こえるから幸せとも限らない・・聞こえる事が聞かなくてもいい事を聞き心が傷つき・・自分も又気が付かないうちに人を傷つけているかもしれない・・そう思えたから・・言葉に惑わされる事もない・彼らにあるのは静寂の世界・いつも聾唖学校からの帰宅する彼らの姿を見ていると手話での会話がとっても楽しそうだった。のんびり屋さんはやっぱり手話ものんびり。早口さんは手話も早い。性格がちゃんと出てるのだ。手話は性格を表すと聞いたことがあるけれど本当にそうだと思った。彼らには私が想像出来ない苦労や葛藤もあるのだろう・・でも私が出会って来た彼らの姿は今でも私の支えになっている。あの素直な瞳・・そして素敵なまぶしいくらいの笑顔・・。患者で出会っていたけれど私の方が癒されていたと思う・・。人間五体満足だけが幸せではないと・・・。←ここにも感想をお願いしま~す♪
2002.10.09
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今日の大阪は曇りのち雨。家事をしながら何気にテレビを観ていたら家田荘子さんのコーナーで(先週の日曜・地下鉄で彼女らしき人物に遭遇した・派手だったけどとても色が白くて小さくて綺麗な人だった)ある染色デザイナーをインタビューしているものだった。GOMAブランドなんて私は知らなかったんだけど見ためは僧侶みたいな雰囲気の57歳のおじさんだった。すべての染色は化学染料とかではなく自然のもので染めているというものだった。思わずその話に聞き入ってしまった私である。自然界の恵みという考えを持たれている方だと思った。確かにその色合いは本当に美しく温かみがある。私もカラー辞典を持っているけれど本当に作られた色ではなく自然でしか表現出来ない色があるというのには同感だった。例えば音楽でも今はCDが当たり前だけど・それこそレコード針を落として聴くLP盤EP盤もCDでは表現出来ないものがあるらしい・・。だからこそこだわりのある人はレコードというものを愛するとか。。便利になった時代だからこそ自然で飾り気のないものが かえって新しくなるのかもしれない。原色を利用するのもケバイだけではなく優雅で気品もないといけないと私は思っている。私が幼い頃一番最初に大人になったらなりたいという職業がデザイナーだった。その名残がやはり頭の片隅にあるのかな・・・このデザイナーは作品を作るときに自然の声を聞くという。鳥の声・草木のざわめき・・それが作品の形になるらしい・・とても素敵な男性だと思った。だからこそ綺麗な作品が出来るんだなぁ・・って思う。芸術作品というものは 無欲な心が生み出すものだと。でもあれだけ手間暇かかってると高そうだなぁ・・・って思ったなぁ・・大量生産じゃないものは高いものだけど・。マダム世代のお買い物レベルって感じだった(^_^; アハハ…。絵画展などにも興味がある私だけど・やっぱり惹かれるのは 自然の風景画・動物の表情の素敵な作品。。私のテディベアにも反映されているといいな♪疲れた時こそ綺麗なもの・美しいものを観るのが元気になれる綾波なのでした♪←感想はこちらにもお願いしま~す♪
2002.10.08
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昨日は午後から グアムへ向けての準備用品をATCに見に行った。私自身海外に行った事がないのでスーツケースとかを持っていないのもあり スーツケースとピギータイプのものを前もって下見していたので それを買いに出かけた。ATCも以前に比べて賑やかになっているので 出かけるだけでも楽しくなる。この場所も何度二人で来ただろう・・。海の見えるベンチで(お決まりどおりカップルが占領してるけどね)東京に戻る彼を思いながら時間まで過ごしてたりもしたなぁ・・。こうして同じ場所で挙式の為にスーツケースを買いに来る二人になっているなんて去年は本当に想像すら出来なかったもの。でも彼がよく言ってたのは「来年の今頃は絶対に笑って過ごせているよ。絶対にそうしてみせるからね!来年の今頃は幸せになっているから。俺を信じて・・」何度もそう言い続けてた。本当に今去年とはまるで違う心が安らぐ生活をしている。二人が泣いてわめいて喧嘩もして・新幹線の時間をずらしたり・飛行機に乗り過ごしてしまったりした事も笑い話に出来る私達になれている。年々たくましくなっていく彼の姿も見てきた。そして私達の力だけでなく見守ってくれていた方々の温かい励ましやお力添えのおかげだと心から感謝している。二人ではどうしようもない事もあるのだから・・。2週間後関西空港からグアムに向けて旅立ちます。海外初の私は本当にボケ連発しようです。昨日もATCから出て帰るときには大阪は大雨・・。折りたたみの傘を持って行ってたけど あまりにもすごい雨量で出来るだけ濡れないようにして帰ってきました。ピギーバッグは布製なので 旦那様が中に入っていたビニール袋をカバーがわりにして保護してくれたんだけどスーツケースはそのままだったので・・私は「こっちはいいの?水とか染みたりしないの?」と聞くと・・旦那様は大笑い♪一瞬目が点・・って顔してた。「こういうケースは優れているから大丈夫だよ。これくらいの雨くらいでしみるようじゃ意味ないよ」と・・。だってねぇ・・いつも見てるばかりで本物をマジマジ見て触ったのが初めてなんだもん・・・。やっぱ・海外旅行の経験って必要ね♪旦那様が海外経験があってよかったぁ~♪(^。^;)ホッ♪←こちらにも感想をよろしくです~♪
2002.10.07
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「テディベア・アーティスト名鑑にも掲載していたペアのベアがあるのですが そのテディベアは私と旦那様の願が叶う様に願いをかけて二人の名前を付けて作っていたもので・・願が叶えば・・レザーのベストの背中にビーズで名前を刺繍しようと考えていたものでした。でも無事に今年2002年2月2日に午前1時05分に入籍し・今月はグアムで海外挙式するまでになりました。そして12月22日には友人へのお披露目の意味の挙式もするので・その時に向けて この2つの私達の分身でもあるテディベアにウエルカムベアとして 当日友達を迎える事にしようと言う事になり 今週から少しずつ衣装を作り始めていました。このテディベアは彼と2回目くらいに会った時に手渡し・・東京に持って帰ってもらっていました。そして・・色んな出来事の中で・・私達はダメかもしれない・・そう思った私が心にサヨナラを決めて・・大阪に帰る新幹線の中から「今まで有難う・・・」とメールを送りました。辛かったけど・・泣きながらだったけど・・もちろん・・その後・・「どうして!なんで!」そう何度も彼からメールが入っていたけど・私も「お願い・わかって・・」そう返して後は返さなかったなぁ・・そして大阪に着き電話がずっと鳴りっ放しで・・彼も泣きながら「どうしてなの?なんでなの・僕じゃだめなの?」そう何度も何度も言い続けてくれました。。その時の私は耐えるしかなかったけど・・そして・・「ペアのベアを返します・・・送り返します・・」そう一度は言ったけれど・・「やっぱりもう一度だけチャンスが欲しい」そう言ってくれました。「そして何年かかっても又会って欲しい・・」本当に一番二人が辛かった時代かな・・2000年は本当に辛かった。お互いがお互いの事を思って離れようとして・・心とうらはらの事を言って・・・でも心が離れる事が出来なくて・・離れている間に自分たちの気持ちをどこか不確かな気持ちを確かなものにするためにお互いの今すべき事をやり遂げようという事になって2000年4月から頑張ってきたと思う。お互いが強くなるため・自分ひとりとして考えて日々を過ごし・・そして・。お互いがお互いを守れるように・・。そんな時代を見守ってきたBear達・・彼が2001年3月31日に東京での仕事を終えて大阪に戻る時に連れて来てくれたBear達・。お互い1体ずつ持っていようと思ったけど結局離れ離れにさせる事が出来なくて彼の元に託してた・・。そして今・・その頃の衣装を脱ぎ捨てて・・晴れやかな衣装を着て並んでる・・。私のテディベアは・・昔から不思議と・子供に恵まれない友達に手渡したら・・手にしてすぐに子供が出来た。そして結婚には縁がなかった友達は、ひょんな出会いで彼がすぐに出来てあっという間に結婚した。単なる偶然かもしれないけれど・すごく嬉しいという連絡があると私も嬉しかった。私達にとってもお守りになったと言ってくれた。病院での看護学校の後輩の子供がインフルエンザ脳炎で亡くなってしまった時・・「しずく」という名前のピンクの大きめベアーを彼女に後から送った・・ご霊前に飾ってくれていてそのテディが癒してくれていると言ってくれた事もあった。その後彼女には又新しい命が誕生し今も幸せに暮らしている・・確か・・このペアのテディを作ったのも・当時彼だった旦那様に話してた時・・「今度は自分の為に作ってみたら?」って言われたのがきっかけになったからだった。自分の為に?・そういうテディベアがあってもいいかな・・そう思って願いを込めて作った。もし・・願いが叶わなかったら・・このテディベアは・・燃やそうと思ってた・・。せめて空で一緒に永遠にしてあげようと・思ってた。。でも今日そのテディベアは無事にウエルカムベアとして生まれ変わって12月までスタンバイしている。とても嬉しそうに見える。なんか照れているようにも見える。きっとこのペアのテディベアが離れている間の彼の頑張りを私以上に見つめていたんだろうな・・そう思った・・・・・よぉし~!次は1月挙式の親友へのウエルカムベア製作だ~! これが私達を見守っていた頃の衣装のテディベアだよ♪ ←感想はこちらにもよろしくね~♪
2002.10.04
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今日はこれまたポカポカ暖かくて・・肌寒いより汗ばむ陽気です。お布団もすぐに干して洗濯物も干して(^。^;)ホッと一息♪本当に以前ジオでHPを作っていた時とは違い楽天のHPは本当に沢山の素敵なHPに出会えます。その度に同じ経験をしている人とかもいて・・過ぎた自分の姿を今生きてる人もいて。人生勉強にもなってるなぁ・・って思います。今は専業主婦だから 人との関わりがどうしてもなくなってしまっているから ここでの場所は大切な交流の場になってます。夫婦の価値観とかもそうかな。私達は本当に感性が似ているから お互い教会で式を挙げる事・・そして老いてからの夫婦の姿というものが同じだったんです。私はいくつになっても初めて出会った気持ちのままで そして歴史を重ね・・そして年をとって・・手を繋いで公園を散歩する老夫婦が理想で・そして現に・・そういう老夫婦の姿にも実際仕事を通じて見させて頂く事もあって・・素敵だと思っていました。特養のデイサービスでの七夕の短冊に・・まるで少女のように「○○さん・早く私に会いに来て下さい」「○○さん。早く私を迎えに来て下さい」夫を亡くされた利用者の方の願い事を見て その方々の夫婦としての歴史というものが 浮かび上がったりもしました。よく所詮夫婦は他人よ!なんて言う人もいるけれど・・私はそうじゃないと思います。血の繋がった親子より・・一番身近で一番良い所も悪い所も包み隠さず生活の中でさらけ出しているのですから・・夫婦だからとおごった気持ちでいたら・どちらかの気持ちにズレが生じてしまってイライラが募りグチになり・・そして好きだった部分が嫌いな部分になり所詮他人だから・・という言葉にもなるのかもしれません。でもお互い・・出会った頃のままの気持ち・・そして自分の見える所からいなくなってしまった時を考えて胸が痛み・・辛かった時代をお互いがきちんと持っていて時には思い出していれば・・日々に流されず 常にお互いを見つめていけるんじゃないかと思います。素敵な未亡人の少女のように先立ったご主人に願いをかける姿が私に教えてくれました。「とても素敵な人だったの・優しくしてくれたの。また来世に出会えたらまた私を見つけてもらって結婚したい」歴史を重ねてこられて又次の世にも。。という言葉は本当に感動しました。私達もそういう夫婦でありたいと思います。お互いの永遠の安らぎの場所である夫婦に・・・。価値観は示しあうものではなく・・本当に ささいな事や物事の対応の時に自然に思えた事をお互い口に出して驚くという経験を何度もしているうちに確信するものだと・・・・・。そういう人とめぐり会えて本当に良かったと思います。理屈も何もいらない。。感性の繋がりというものがある事の安らぎというものの大きさも・・。←感想はこちらにも よろしくね♪
2002.10.03
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早いものでもう10月。去年の10月は特養のデイサービスのナースを辞めて・・ハローワーク通いの日々だった。退職後って結構本当に色々と出向かないと行けない事が多いよね。去年の今頃はそんな事で日々が流れてた。もちろん結婚退職という訳ではなかったけど 4月に大阪に戻って来た彼とやっと生活できて半年経っていたから彼の「俺が頑張ってやるから。絶対に妻にするから」そう言い続けてくれていた頃だったかな。私は「有難う」と言いながらも 次を考えていたりもしてた。次とはもちろん次の職場だけどね。病院がいいかな・・と探していたのも事実・・。今まで守られるより守る女だったけど・彼のおかげで守られる幸せというものを初めて教えてもらえた。私がしっかりしようとすればするほど彼は「俺がそんなに頼りないのか?俺がそんなに信じられないのか?俺はおまえを守れる男にはなれないのか?俺はおまえを幸せにすると約束したはずだ!」そう言ってどんどん落ち込んでいってた・・。どうしたらいいのだろう・・そう思いながらも私は本当に甘え切る事も出来なかった。「有難う。その言葉で幸せだから」と言って強がってた。やっぱり守られるばかりの女ではいけないとわかっていたから・・そこから陰から逆に彼を支えて守っていこうと思った。私との出会いが彼の未来への一歩であってもいいと思っていたから・・。そんな気持ちの日々だった。あれから1年・今彼の妻になりご両親とも場所は違っても楽しく会話し楽しく過ごす日々を送っている。そしていよいよ今月はグアム挙式。きっと今までの私達が歩んできた日々が走馬灯の様に甦る事だろう・・。今でも思い出の場所に行くと二人で涙ぐんでしまう私達だから・・・・・・←こちらの掲示板によろしくです♪
2002.10.02
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