★★しょうどうぶつの森★★

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2007.02.12
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カテゴリ: のほほん日記
2月5日の午前7時に、うちの父から電話があり・・・。この日は私の初の派遣登録先の初仕事の日。7時半の電車には乗らないといけない慌しい朝でした。

父は静かに「夜中にばあちゃんが亡くなったから・・」

私の頭の中が真っ白になりました。夏に主人と車で交代で運転しながら、叔父と叔母のお墓参りと祖父のお墓参りにほぼ日帰り状態だったけど帰省し、四国のおばあちゃんに会ってから半年。

私達が会いに行った後・・・自分でトイレもしていたけどポータブル便器じゃないと用も足せなくなって弱っているとは聞いてはいたけれど・・病院に入院していたわけでもなく、母屋で静かに寝ていた生活。

2月5日の午前2時に、病院で亡くなったそうですが、夜中に叔母がおばあちゃんを見に行ったら、容態が悪くなっていてそのまま、病院に搬送されたけれど、そのまま眠るように息を引き取ったそうです。

うちの両親はとりあえず「10時に、家を出て四国に帰るから」と言いました。
私も帰りたかったけれど、あまりにも突然すぎて仕事に穴をあけるわけにもいかず・・。

(うちの場合、親戚が集まると揉め事とかがいつもあるので、行く気持ちもなかったのですが・・)父の兄弟は5人。誰もまだ欠けていません。

祖父は8年前に他界してるので、父の兄弟がしっかり集まればいいと思いました。


両親と一緒に帰るのが、イヤなのもありました。。。結局、通夜・葬儀の後の電話は、意味不明な嫌味を言われましたから・・・弔電を打ってと言われて打ってたのに、その申し込み方法がネットだと聞くと、「インターネットって食べ物でも美味しくないから味見してじかに買うのがいいんと違うの。」と言う始末・・・・。急だったから、お香典をしておいて欲しいと言った私に、「弔電だけでいいと思う。あんたらは夏に帰ってくれてるし、もしするなら○○(妹)と相談してしたら?」と母に言われ・・。結局、弔電を慌てて手配したんですが・・・

結局、妹が香典を言付けたらしく「○○ちゃんは1万円したから、あんたのは言ってた金額をしておいたから。弔電も打ってくれてたんよね」と・・・。呆れましたね・・・。
なんだか・・・。何でも妹がメイン・・・。お互い家庭を持ってるんだから・・。
気持ちよく、最初から、「じゃ、お香典立て替えてしておくね」となぜ言ってくれなかったのか・・・。相変らず・・振り回してくれる母です・・。

去年の秋に贈ったお菓子の文句を、今頃ひつこく言う母ですから・・
もう今後、何もしないことに決めました。
花を贈れば、「日々○花壇」より「花キュー○ッド」の方がよかったとか・・言うし・・
人様からの気持ちの贈り物に難癖つける母の人間性が好きではありません・・・。

子供として・・・・情けない限りです・・・・

何でもかんで文句ばかり言う母・・・。一言多い父・・・
一緒にいると疲れるのは目に見えていますから・・。


おばあちゃんをこうしてお風呂に入れてあげたかったな・・・・。なんて思いながら仕事しました・・そして午後8時に帰宅し・・・そこからは・・涙が止まりませんでした。

私は両親より・・・祖父と祖母に(父方)大事にされたから・・
私を抱きしめてくれて、守ってくれてたのは、祖父と祖母だったから・・・

もうこれで甘えられる人は、いなくなったなぁ・・・って・・。
大好きだった叔母も・・・亡くなってしまって・・


おばあちゃん・・91歳だったんだね。
大往生だったけれど・・やっぱり寂しいよ・・・。

去年の夏に・・ひょっこり帰った時、名前を何度も呼んで、喜んで手を握ってくれたよね。。
両親から、3歳くらいまで預けられてた私を、本当に可愛がってくれて有難う・・・。

両親が迎えに来ても・・おばあちゃんの後ろに隠れたのは、母を忘れたのではなく・・・。3歳の私でも、「今日お母ちゃんらが迎えにくるからね」とおばあちゃんが言った時・・・帰りたくなくて・・・何処へ隠れようかと思ってたくらいだった・・・。

庭で遊んでて・・・家の前の坂道から、両親の姿を見つけた時・・一目散におばあちゃん洋服を握って後ろに隠れたよね・・・。

うちの母は、喜んで飛びついてくるかと思ってたらしくて・・その頃の事を後で、子供は親から離したらいけないと思ったって言ってたけど・・・・。

そんな事じゃない・・・。私は親元に帰りたくなかった・・3歳の私の気持ちはまだ、鮮明に残ってる・・・。

記憶のある私は2歳半~3歳・・・いずれも・・・両親ではなく、父の従弟と四国に帰った記憶。電車の外で手を振る親の姿をおぼろげに覚えてる・・・。

私は本当に泣かない子だったそうだけど・・・。
寂しくて泣きたくても・・・泣ける母ではなく・・・。父でもなかった・・。
泣けば怒られる・・・その記憶が強かった・・・。

「小さい時あんたは本当にそりゃ・・可愛がってきたんだからね!」と言われても・・・3歳から記憶のある私は・・・本当に妹が生まれるほんの1・2年だけ可愛がってくれてたんだなって思うしかないのです・・

3歳の私は、祖父・祖母の愛情でのびのび庭を走り回り、はとこ達と過ごしていた・・・。

頬ずりしてくれて・・手を繋いでくれて・・・抱きしめてくれて、おんぶしてくれて・・抱っこしてくれた・・・それが祖父と祖母だった・・・。植木バサミで指を切ってしまった時・・慌てて口に指を入れて、血を止めて、バイクでお医者さんにつれて言ってくれたおじいちゃん・・。

いつも夏休みには、ジュースを用意してくれて・・お風呂上りに「飲みなさい」と出してくれた・・
小学生の私は田舎が、幸せな場所だった・・・。

決して・・・・両親の元ではなかった・・・。

両親の愛情は・・・いつも妹に向けられて・・・振り向くと、両親の膝に座り甘える妹がいた・・。私は・・母の膝の温もりもしらない・・・・。小学2年生の時、信号待ちで手を繋ぎたかった私は
母の手をつかもうとしたけれど・・・繋いではもらえなかった・・・。
とにかく私が甘える事は、許せなったみたいだった・口癖は「しっかりしなさい。」弱音も吐けなかった・・だから・・両親に悩み事を相談した事もありません・・。

本当に・・・おばあちゃんの肌の温もりが、私の支えだった・・・。

8年前に他界したおじいちゃんと、今きっと幸せに暮らしているよね。

又、お墓参りに行くね。。。沢山の愛情を有難う・・・・。おばあちゃん。

うちのは母はまだ、私に嫌味を急に言って、苦しめるけど・・頑張るからね・・・・。
旦那さんが守ってくれてるから・・・。

そして・・2月9日の夜の10時に、今度は旦那様のおばあちゃんの容態が悪くなっていると、義母から電話があり・・今、その容態を見守る日々です。
主人の祖母は、93歳、療養型の病院に入っているので、私のおばあちゃんみたいに自宅で急変しているのではないので・・・義母の姉の叔母さんが連絡くれるとは思っています・・。


2月は私達の入籍記念日だけど・・・急死した叔父が2月14日が命日。祖母が2月5日・・・
2月は、何かが起こる月なのかもしれないです・・・。

主人の祖父私の祖父と、ほぼ同時期に他界しているので、祖母の急変も縁があるのかもしれないです・・・。





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Last updated  2007.02.13 00:30:03
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nori20021168 @ Re:テグーマウス♪(09/13) ご無沙汰してます~!! お元気ですか?…
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