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仕事の合間にカメラを持って公園を散策。色とりどりの花のひとつひとつを時間を忘れ見ていました。
2009.06.19
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自営の仕事も今年で8年になる。今年前半の利益は芳しくない。利益だけを見るとそうなるが、経緯を見ると貴重な経験をさせていただいた。先行投資も先行きが楽しみだ。様々な経験は、仕事に対する分別、素晴らしい出会いを与えてくださった。5月にある出会いがあった。埼玉から大阪での研修会に出席した。様々な条件が重なってその方と出会い、お話をした。とにかくこれからが楽しみです。与えられた命、主にあって最善を尽くし、誠実に取り組みたい。 天が地を超えて高いように慈しみは主を畏れる人を超えて大きい。東が西から遠い程わたしたちの背きの罪を遠ざけてくださる。父がその子を憐れむように主は主を畏れる人を憐れんでくださる。主はわたしたちをどのように造るべきか知っておられた。わたしたちが塵にすぎないことを御心に留めておられる。人の生涯は草のよう。野の花のように咲く。風がその上に吹けば、消えうせ生えていた所を知る者もなくなる。(詩編103編11~16)
2009.06.15
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仕事に追われていたこともあったけど、ゆっくり花を見るのも久しぶり、とても平和ないい気持ちになりました。庭を見た瞬間にカメラを持って撮影。昨日は次男が左腕を骨折、次男はそれを隠してして、家内に凄く怒られるも、私はその次男が別の次男になったみたいで、とても嬉しく感じました。少し不自由な日が続くが、何故かそれもやんちゃな次男にとっていいのかも。主に感謝です。
2009.02.11
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忙しい日が続く。仕事が順調に来ているのもあるが、人との付き合いも多い。心は穏やかな状態がいい。聖書の言葉にふれているときは、とても平安だ。ここ何日か「疲れた」と思うことがある。やはり、無理はいけない。運動と食事のバランス、気をつけたいと思う。あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。 詩篇 / 119篇 105節
2009.02.04
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新年、元旦、今年はじめに手にした本は、童門冬二氏の「小説上杉鷹山」、若き殿様は米沢のために、冷静で大胆そして、愛のある改革を着手し、忍耐を持ってそれを実現される。その愛情に感動し、今の日本とその当時の米沢藩がだぶりました。そして、昨日ふと、箴言(旧約聖書)を読み、自分自身の方向を探らされました。キリストの言葉、それは厳しいが、主にあってそれを守り、みちびかれるところに、喜びがあると思います。わたしは道であり、真理であり、命である。(ヨハネの福音書14:6)
2009.01.07
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ブログによって、とても素晴らしい出会いがあり、信仰の気づきがあり、人との劇的な出会い、仕事の出会い、でもそれは、自分を捨てることにあったと思う。イエス様を求め、ゆだねた歩みこそ、平安と喜びがあると思います。今とても幸せであると思う今日、十字架こそ、みつめていたいところ、私の安息の場所。主に感謝します。
2008.12.29
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次男の持久走大会。燦々と降り注ぐ太陽の中、子供達は枯葉を踏みしめながら、気持ちよく走っていました。私も久しぶりに走りたいと思う。学校を囲むいちょうの木、角度を変えると、その葉の彩りに魅せられました。
2008.12.03
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12月に入って、仕事も一息する。今年も残りわずかとなったが、今年ほどいろいろなことがあった年はなかった。周りの人たちから受けた、与えられた影響は大きなものとなった。私に与えられることは、主にあって備えられたことであり、それを受け止める。一年前の心の騒いでいたときと違い、心が穏やかでいられる。しかし、世間は大変な時で経済的なことを含め、仕事事情も不安である。だからこそ、主の香りを放つものでありたいと思う。
2008.12.02
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爽やかな秋の朝、庭に咲く花を見ると何気なく咲く花に生命の息吹を感じました。
2008.10.17
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「紅葉行こう」の長男の要望に応え、10月13日、2年ぶりに照葉峡に行ってきました。 天気も良く、ちょうどいい時期に当たったと気持ちのいい1日でした。美味しい空気をたくさん吸って、心も体もリフレッシュ。綺麗に色を奏でる、様々な葉っぱにとても感動し、癒されました。
2008.10.16
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与えること、愛をもって与えることの素晴らしさ、私の知人は教えてくれた。心を込めて・・・。得よう得ようとすると、本当の幸せはなかった。神の愛、一方的な十字架の愛、イエス様の愛を心から感謝します。兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。 (ガラテヤ人への手紙 5:15)昨日も載せた御言葉、神にある自由、そこに向かってはばたきたい。肉にある古い性質はその自由を奪おうと襲ってくる。イエス・キリストにある勝利、私はそれだけを見つめ、愛と平和に生きたいと願う。
2008.04.01
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満開のさくら、春の陽射しが心地いい公園。3月30日ピアノ発表会がありました。子供たちが日頃の成果を発表するとき、とても充実したひとときでした。始めて登場したやや緊張気味の小学生の次男、自信と緊張とやる気が交錯している中学生の長男、皆、一生懸命演奏し、とても嬉しい気持ちになりました。満開のさくらから、いきいきとした命から、愛と希望と自由とを学びます。兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。 (ガラテヤ人への手紙 5:15)
2008.03.31
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3月23日さくらマラソン大会が実施された。中学生の息子が参加。去年までは一緒に走ったこともあった。五分五分の走りをしていたこともあった。今はもうとてもついていけない。初春の花に見守られて走るランナー達、それぞれの思いを持って、ゴールを目指す。花が本来の姿で私達を喜ばせてくれるように、私も創造主とつながっていたい。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。(ヨハネの福音書15:5)
2008.03.25
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Kingdom Fellowship Churchのメッセージから主の愛にまざまざと触れ、驚きと、感動に浸されます。言葉では表現できない、神の愛。いかに自分でなんとかしようと考えてしまう自分であることを見ることができ、神様は「心をつくして主に信頼せよ」と言われ、自己を捨て、キリストにゆだねよ、と。何という恵み、ハレルヤ!主の御名に感謝します。心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。 すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。 自分を見て賢いと思ってはならない、主を恐れて、悪を離れよ。 そうすれば、あなたの身を健やかにし、あなたの骨に元気を与える。 あなたの財産と、すべての産物の初なりをもって主をあがめよ。 そうすれば、あなたの倉は満ちて余り、あなたの酒ぶねは新しい酒であふれる。(箴言3章5節~10節)
2008.03.17
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自分に絶望し、キリストに完全にゆだねる。それゆえ、主は待っていて、あなたがたに恵を施される。それゆえ、主は立ちあがって、あなたがたをあわれまれる。主は公平の神でいらせられる。すべて主を待ち望む者はさいわいである。 (イザヤ書 30章18節)ただ、あなただけを求めます。
2008.03.15
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重荷、痛み、辛さ、人それぞれ、その大きさは違うし、性質も違うでしょう。それを離すようにと、主は言われる。あなたはそれを負わなくて良い。と主は言われる。主の翼に乗っていればいいじゃないか。そのことに気づくまで、何と主はいろいろなことを見させてくださるのだろうか。愛の主よ、心も魂も霊もあなたのものです。私を永遠に支配してください。すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。 わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。 (マタイによる福音書第11章28-30節)
2008.03.14
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「キリストの血は勝利の鍵です。」「もし私たちがまだ救われていないなら、絶望する理由は大いにあります。さらに救われていながら、罪の中で生活しているのなら、やはり絶望するしかないでしょう。しかしこの二つ以外に、人間が絶望する理由はありません。」(Kingdom Fellowship Church ホームページより)candyさんのブログからKingdom Fellowshipのホームページを今日はゆっくりと見ることができ、目からうろこです。愛だけを元にすべてのことに取り組まないと、空しい、辛い、絶望的な結果を見出すことになりかねません。自己中心的な結果は、悲しい結末。利己主義は自己の滅び。イエス・キリストの血を帯びて事にあたる。ただ、それだけが、命の平安と喜びになり、イエス様の最善なる解決をいただくことになると思う。とにかく、Kingdom Fellowshipのホームページから様々な気づきをいただけました。解決と平和へと導いてくださった主に感謝します。「キリストだけを求め、キリストにあってすべてを満たしていただき、キリストだけで満足することをすべての動機とする必要があります。」(Kingdom Fellowship Church MESSAGE OUTLINESより)ピリピ人への手紙 4章6、7節6.何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。 7.そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。
2008.03.12
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考え方が近い人と一緒にいると落ち着くし、気が楽で心地よい。でも得るものがあるかというと、妥協してしまうことがある。異なる生き方をしてきた人と一緒にいると、心に痛いところを衝かれるが、自分の領域から離れたところに視点が置かれるので、学ぶことが多く、また、愛とは何なのかということを考えさせられる。愛とはこういうことも含まれると思いました。「無条件でその人が望んでいることをしてあげること」家庭、職場など、いつもいるところから離れたところに、多くのきずきがありました。また、自分の器の小ささにもきずきました。だからこそ、へりくだって人に仕えたいと思います。コリント人への第二の手紙 4章6~10節6.「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。 7.しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。 8.わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。 9.迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。 10.いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。
2008.03.11
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今日は一日お客さん周りの充実した日だった。大手サービス業、個人介護業、そしてビルメンテナンス業の代表の方の自宅へ、代表の方はご夫妻がクリスチャンです。いつ行ってもその家の雰囲気(空気)は心地よく、愛が流れてきます。キリストによる愛の交流、イエス様に私の中に入っていただき、その愛の中に歩みたいと思います。お客さんの家の庭に咲いていた梅
2008.03.03
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仕事仲間の方と会食、和風料理のとても好きなお店、久々に行ったのですが、やはり美味しかった。共に食事をした方は、60歳台半ばの方です。奥様が新たに他県にお店を出すということでした。「そうすると一人暮らしですね。」そうなるようです。思い切った選択だったと思います。ご自分のやりたいことで生きて、貢献する。本来のやりたいことで希望を持って歩みだすのではないかと思いました。イエス・キリストの救いがありますように。ご夫妻が祝福されるように。真実キリストを知った人は、平和と歓喜、幸福と救いをそこに見る。(サンダー・シングインド永遠の書)
2008.03.02
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十字架の主にすべてをかけるこの言葉に出会ったのは、今から7年前、今までの信仰が根本から見直され、神と自分、そのことを、そのことだけを考え、歩む信仰となりました。新たなる信仰生活の始まりです。あなたがたのうちには、キリストからいただいた油がとどまっているので、だれにも教えてもらう必要はない。この油が、すべてのことをあなたがたに教える。(第一ヨハネ 2:27)
2008.03.01
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イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」ヨハネの福音書14:6世と世を愛する思いが私の心を占領しようと強烈に押し寄せてくる。イエス・キリストだけに生きなさい。と示される。そういうわけだから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば、彼はあなたがたから逃げ去るであろう。 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう。 ヤコブの手紙4:7、8愛と平和の主よ、私の心を支配してください。
2008.02.29
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尊敬する知人の女将さん自分のものさしの中で生きてきた私に、その心に愛のむちを送ってくださった。その言葉は愛の言葉です。私は自分の愚かさに、愛の無いことにに気がついた。神様はこの素晴らしい女将やマスター、そしてお店に出会わせてくださった。あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。 もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。 コリント人への第一の手紙 3章16節17節
2008.02.28
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キリストの恵みあふれるほどの愛主はわが歌主はわが力主はわが救いイエス・キリストわが神私があなた以外の何ものも愛することがないよう助けてください。主の栄光が全地にありますように。あなたがたをキリストにある永遠の栄光に招き入れて下さったあふるる恵みの神は、しばらくの苦しみの後、あなたがたをいやし、強め、力づけ、不動のものとして下さるであろう。 どうか、力が世々限りなく、神にあるように、アァメン。 ペテロ第5の手紙5章10節11節
2008.02.26
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神の愛だけに生きるという決断、通過するところには、様々な摩擦、痛み、でも最後に残るのは、イエス様の愛歓びに満ちた私の心、麗しい愛の交流、私は感動におおわれる。主の愛の大きさに。しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。 わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、 高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。 ローマ人の手紙8章37節~39節
2008.02.21
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どれほどなのだろうか。イエス様の愛。十字架につけられたイエス様。どれほどなのだろうか。キリストの十字架はわが力なり。私は十字架を見ていればいい。十字架から離れてはいけない。
2008.02.20
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自分自身の器の小ささを痛感します。なぜなら、たった一つの言葉に、また、たったひとつの行動に動揺することがあるからです。肉(自我)に支配されているときは、心に動揺があります。しかし、主に祈り、みことばにより、また、主の不思議な解決方法によって、平和と喜びに満たされます。主よありがとうございます。16:わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。 17:なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる。 ガラテヤ人への手紙5章16、17節
2008.02.18
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私の心は人のこと、人がどう思っているか、経済的なこと、などを考えてしまう。イエス様どうか私の心の中をあなたが支配してください。あなたの命の中で、すべてのことに、従事できたら、働けたら、何と素晴らしいことでしょうか。『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。マタイの福音書22章37節
2008.02.16
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光なる主が、罪そのものの私のために、十字架にかけられた。イエス・キリストを信じ、求めます。私は歓びと平和で満たされる。主よありがとうございます。主よ私の心の中に入ってくださいますように。永遠に支配してください。
2008.02.15
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だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。 自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを救うであろう。 ルカの福音書9章23、24節神の御心を行うため、自分の願いと意志を捨て去る人は、十分満たされる。その人の霊魂の願いは、みな創造主において満たされる。だが、自分を見たそうと、欲求のままに生きる人は、欲求も、欲求を満たす能 力も、共に失うのである。いいかえれば、自分を捨て去る人はみな神を見いだし、自分自身を見いだし、願いのすべてを見いだすが、自分を捨てない人は霊的自殺をするのである。(サンダー・シングの講話 神を知ること・自己を知ることより) 自分自身を振り返り、自分はなんとこの世に振り回されているのか、と思ってしまう。弱く、愚かなのだろうか。だから、私は祈る。あなたの愛だけでいい。あなただけを求めます。私を永遠に支配してください。
2008.02.14
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強い風の吹く寒い日です。毎日いろいろな出来事があって、心も体も追いつかない感じになったりします。でもイエス様は私を支えてくださり、感謝です。主よ聖霊によって私を満たしてください。昨夜は知人の誕生会がありました。イエス様に祈りつつ、備え、話をしました。素晴らしい会となりました。感謝です。イエス様の愛に満たされたい。と、いつも願っています。平和がすべての人と共にありますように。
2008.02.13
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イエス様の十字架があるから、私は救われている。厳しく、辛いとき、イエス様が私の身代わりになって十字架にかかってくださった。本当に辛くても、私はそれを喜ぼう。ペテロ第一の手紙 1章 5節~9節5: あなたがたは、終りの時に啓示さるべき救にあずかるために、信仰により神の御力に守られているのである。 6: そのことを思って、今しばらくのあいだは、さまざまな試錬で悩まねばならないかも知れないが、あなたがたは大いに喜んでいる。 7: こうして、あなたがたの信仰はためされて、火で精錬されても朽ちる外はない金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、イエス・キリストの現れるとき、さんびと栄光とほまれとに変るであろう。 8: あなたがたは、イエス・キリストを見たことはないが、彼を愛している。現在、見てはいけないけれども、信じて、言葉につくせない、輝きにみちた喜びにあふれている。 9: それは、信仰の結果なるたましいの救を得ているからである。
2008.02.12
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執着の恐ろしい力に圧倒されます。唯一まことの神以外のものに目がいき、それが居心地がよく、また、感情に揺さぶられると、そこに心が奪われてしまい、偶像となってしまいます。人間的には、それくらいいいのではないかと思う、それが落とし穴であって、罪に完全にはまってしまい、喜びと平和がなくなってしまいます。ああ、主よ、おゆるしください。あなただけを愛することができるよう助けてください。いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです新約聖書マタイの福音書 16章25節
2008.02.10
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天気予報どおり雪が降ってきました。今日は朝からとても寒かったですね。私の心があなた以外の何ものも愛することがないようどうか慈悲の中で私を見つめ聖霊によって私を満たしてください。(サンダー・シングの祈り)日々の戦い、どうかあなただけを愛することができるよう助けてください。アーメン。友人が大変な苦しみの中にいます。光をあてて、平和を与えたまえ。主の救いを受けることができますように。【主の祈り】天にまします我らの父よ。願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。我らの日用の糧を今日も与えたまえ。我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、 我らの罪をも赦したまえ。我らを試みに会わせず、悪より救いいだしたまえ。国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。アーメン。
2008.02.09
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もう70歳を超える、クリスチャンの知り合いがいます。現役で事業を奥様と二人で行っています。とても70歳とは思えない、意欲がある方で、そのアイディアの力には、圧倒されます。また、信仰にも学ばされています。資金がいつもことごとく、ぎりぎりで備えられるのです。そして、奥様が描くイラストの素晴らしさ。神様の優しさがそこから見ることができます。奥様が描かれたイラスト
2008.02.08
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人が無条件の愛の中で他の人々に仕えれば仕えるほどに、ますます人は偉大な者となるのだ。「あなた方の間で偉くなりたいと思うものは、 皆に仕える者になりなさい。」(新約聖書 マタイの福音書20章26節)とキリストがいわれたとおりである。愛の中で互いに仕え合うというこのことに、天の住民すべての歓びがある。こうして、彼らは人生の目標を全うし、永遠に神の臨在の中に留まるのである。(サンダー・シング 天界の異象より)この文章を読んで、私は自分の仕事で、まずは利益というのを考えている自分であることをきずきました。イエス様も「人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり」と仕えてくださる。まずは仕えるものでありたいと思います。今仕事をやらせていただいている方も本当に仕えたいと思い、また、それが証しになると思いました。
2008.02.07
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仕事でいろいろな方と合い、打ち合わせをし、業績向上のための提案をします。常に主のため、救いのことを意識しながら、また、自分が「この世の欲」「物の欲」「目の欲」に陥らないように気をつけたいと思っています。新約聖書 エペソ人への手紙 5章17~19節17:だから、愚かな者にならないで、主の御旨がなんであるかを悟りなさい。 18:酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。むしろ御霊に満たされて、 19:詩とさんびと霊の歌とをもって語り合い、主にむかって心からさんびの歌をうたいなさい。
2008.02.06
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神様感謝します。仕事の仲間にイエス様の証をしました。そしたら、喜んで、聖書を読みたいと言われました。この方が救われますように。また、仕事の仲間でもあり、友人のクリスチャンと食事をしました。共にイエス・キリストを讃える、素晴らしいひとときになりました。主イエスの恵み主イエスの恵み一同のものと共にありますように アーメン
2008.02.05
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主よ、私の存在は、すべて主のもの、神様の愛を伝える主のしもべ神様の愛だけに生きるものにしてください。あなたのことを話しても、何も感じない人もいます。また、何の応答もない人もいます。そんな時、辛くて、悲しみに覆われますますが、私の心は主を求め、主は私の心を癒される。主よわが内にお住みになり、永遠に支配してください。新約聖書 使徒行伝17章28節われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。 新約聖書 ペテロ第一の手紙 1章5節~9節5:あなたがたは、 終りの時に啓示さるべき救にあずかるために、 信仰により神の御力に守られているのである。 6:そのことを思って、 今しばらくのあいだは、 さまざまな試錬で悩まねばならないかも知れないが、 あなたがたは大いに喜んでいる。 7:こうして、 あなたがたの信仰はためされて、 火で精錬されても朽ちる外はない 金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、 イエス・キリストの現れるとき、 さんびと栄光とほまれとに変るであろう。 8:あなたがたは、 イエス・キリストを見たことはないが、 彼を愛している。 現在、見てはいけないけれども、 信じて、 言葉につくせない、 輝きにみちた喜びにあふれている。 9:それは、 信仰の結果なる たましいの救を得ているからである。
2008.02.01
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主の愛に触れていると、心が温かくなり、それ以外のものは何も要りません。という気持ちになります。そしてイエス様のことを伝えたい、この歓びを伝えたい、と思います。昨日も親しくしている方に、私の体験を話しました。「私は自分の罪を悔い改め、 イエス様に愛に触れ、 平和に満たされました。」とても素晴らしい時をすごしました。神様の救いが与えられるよう祈っています。新約聖書 ガラテヤ人への手紙2章19節20節19:わたしは、神に生きるために、 律法によって律法に死んだ。 わたしはキリストと共に十字架につけられた。 20:生きているのは、もはや、わたしではない。 キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。 しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、 わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた 神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。
2008.01.31
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主よ、あなた以外のものに目が行き、心が行ってしまう、弱き、愚かなものです。私の心があなた以外のなにものも愛することがないよう助けてください。あなたの愛だけでいい。という信仰に立つことができますように。 新約聖書 ルカの福音書22章46節 「なぜ眠っているのか。 誘惑に陥らないように、 起きて祈っていなさい」。
2008.01.30
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辛いとき、悲しいとき、私は余りにも辛すぎて、主に祈った。主よ、助けてください。イエス様はすべての人に、侮られ、忌み嫌われ、裏切られたのだと、主よありがとうございます。あなたの愛のゆえにありがとうございます。主がわれらの代わりに痛んでくださった。すると私は平安で満たされた。旧約聖書 イザヤ書53章3節~5節3.彼は侮られて人に捨てられ、 悲しみの人で、病を知っていた。 また顔をおおって忌みきらわれる者のように、 彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。 4.まことに彼はわれわれの病を負い、 われわれの悲しみをになった。 しかるに、われわれは思った、 彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。 5.しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、 われわれの不義のために砕かれたのだ。 彼はみずから懲らしめをうけて、 われわれに平安を与え、 その打たれた傷によって、 われわれはいやされたのだ。
2008.01.29
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主よ、あなたに反するすべてのものを私の心から取り除いてください。私の心に入り、永遠に支配してくださいますように。サンダー・シングの祈りの中にあったものですが、私も心からそう願い、祈ります。
2008.01.28
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1月10日大きな祝福を得たその日、大きな試練も頂いた日でした。歓びと辛さを味わう時間、神様は私を仕事で取引のある方のところへ導かれました。「私はイエス・キリストを信じるクリスチャンです。神のことと、心の平和のことを伝えたい。世の富や成功には全く興味がないのです。」この方の魂の救いのことを思わざるを得ませんでした。マタイの福音書 5章 44節45節44しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。 45こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。 天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、 正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。 片品の夏
2008.01.27
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私の内には、恐れ、不安、誘惑に負けるものがあり、イエス・キリストを求め、祈るとき、心の王座に平和があり、愛と喜びに満たされる。イエス・キリストわが神、わが主よ、私はただ、あなただけ、あなただけを求めます。新約聖書 ローマ人への手紙 7章18節~25節18わたしの内に、すなわち、わたしの肉の内には、善なるものが宿っていないことを、わたしは知っている。なぜなら、善をしようとする意志は、自分にあるが、それをする力がないからである。 19すなわち、わたしの欲している善はしないで、欲していない悪は、これを行っている。 20もし、欲しないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの内に宿っている罪である。 21そこで、善をしようと欲しているわたしに、悪がはいり込んでいるという法則があるのを見る。 22すなわち、わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、 23わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。 24わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。 25わたしたちの主イエス・キリストによって、神は感謝すべきかな。このようにして、わたし自身は、心では神の律法に仕えているが、肉では罪の律法に仕えているのである。
2008.01.26
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寒さが身にしみる朝今日もありがとうございます。今朝6時45分頃の写真ヨハネ第一の手紙2章15節~17節世と世にあるものとを、愛してはいけない。もし、世を愛する者があれば、父の愛は彼のうちにない。 すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、持ち物の誇は、父から出たものではなく、世から出たものである。 世と世の欲とは過ぎ去る。しかし、神の御旨を行う者は、永遠にながらえる。
2008.01.25
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悔い改めて、イエス・キリストを信じることの素晴らしさ。神の平和をご自分のものとされてください。「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」。マルコの福音書1章15節
2008.01.22
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今日素晴らしい方との出会いがあったのです。一度営業行って断られた方だったのですが、2ヵ月ぶりに電話があって、注文をいただいたのですが、それ以上にその方80歳にも関わらず凄く元気なのです。3時間話をしていたのですが、戦争経験者で、奇跡的に生還された方なのです。硫黄島、父島の戦いを生々しく語ってくれました。今でも剣道を教えておられるということです。また去年まで損保の代理店をやってたらしく、本当に凄い方でした。平凡な日常、そこには素晴らしい幸福が潜んでいるのではないでしょうか。心の平和という幸福が。神様は愛を与えてくれました。だから、今日も喜んで生かせて頂きます。空を見ると本当に癒されます。青い空、雲のある空、夕焼けの空。神様感謝します。
2008.01.22
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お客さんのところでイエス様のことを話したら、「私も中学、高校の時、キリスト教の学校だったので、毎日聖書を読んでいました。息子はクリスチャンです。」と言われました。イエス様は素晴らしいですねと言ったら、「その通りですね」といわれました。感謝です。イエス様のことを、語り続けたいと思いました。使徒行伝18章9節10節 すると、ある夜、幻のうちに主がパウロに言われた、「恐れるな。語りつづけよ、黙っているな。 あなたには、わたしがついている。だれもあなたを襲って、危害を加えるようなことはない。この町には、わたしの民が大ぜいいる」。
2008.01.21
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自分で何かしようと思うと恐れが伴い、神にすべてゆだねると、平安が訪れる。神の平安がすべての人にありますように。ヨハネ第一の手紙4章17、18節 愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。恐れには懲らしめが伴い、かつ恐れる者には、愛が全うされていないからである。 わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛して下さったからである。
2008.01.21
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