SilverLilyの パワ&ポジ☆ゆるるん日々記

SilverLilyの パワ&ポジ☆ゆるるん日々記

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

Silver Lily

Silver Lily

2006年11月01日
XML
カテゴリ: 四方山話
というか、忠臣蔵狂の人には周知の事実なんですが、

誤解を受けてる分もあるかな、
と思ってネタにしてみます。

いや、単に好きだから。
好きすぎて薀蓄語りたいだけなんで、
興味のない方は次にUPする通常版をお楽しみください。

さて、忠臣蔵と言えば「敵討ち」です。
つまり、赤穂義士たちはお殿様の仇をやっつけた!!

それだけではないんですね。

少なくても赤穂義士の筆頭である大石内蔵助は、
仇を討つのが第一ではなかった。

もちろん、殿の恨みを思えばその気持ちがゼロだったとは思えない。
お殿様も唯一の心残りは吉良に留めをさせなかった事、
と言い残しているし。

が、大石の主張は
「武家諸法度により喧嘩両成敗なのに、
 片方にだけお咎め(切腹)があったのは
 幕府のお手落ち(失政)だ!!」
と言うもの。


吉良に切りかかる際、
「この間の恨み覚えたか」と言っており、
それは周囲の他の大名も聞いていた。

だからこれは喧嘩なのです。
本来はお殿様が切腹であれば

それどころか吉良はこの件で幕府から「御見舞い」を貰っている。
その上跡継ぎに家督を譲って隠居生活だなどと言語道断。
吉良家が跡継ぎを許されるのならば、
浅野家だって再興されなければいけない、
というので大石は最初はお家再興運動をしたのです。
(そのために討ち入りまで1年余かかりました。)

武士としては、それは受け入れがたいもの。
「文」のみを重んじる綱吉に対する
武家社会である幕府の「武士道」を
問うものが「討ち入り」だったのです。

幕府が裁かぬのであれば
「武士として」自分達がやる、とね。

ちなみに赤穂義士が切腹に決まった後、
吉良の跡継ぎも蟄居を命じられ、
やっと喧嘩両成敗が適用されます。

大石は自分達の罪状として一番望ましいのが
武士としての名誉である「切腹」だと仄めかしていますし、
さらに吉良のお家がどうなるのか、
ということも気にしています。

浅野家が断絶の憂き目にあったのだから、
喧嘩両成敗で行けば吉良家も断絶してもらわにゃー、
ってわけですよ。
(実際には浅野家は殿サンの弟によって
 大名としてではありませんが、
 一応再興してます。)

あとねぇ、かーなーり昔に
女性からの視点から纏めた
「女忠臣蔵」というスペシャルドラマがあったんですけど、
これがとってもよかった。
あくまでもフィクションでしたけど。
(当時小学生位だったと思います。
 大原麗子の演技が泣けました。)

義士は討ち入りに際して、
妻を離縁するケースがありました。
子どもが女の子しかいなかったり、
子どもが居なかったり、
奥さんがどうしても同意しない場合を除いて・・・。

なぜかと言うと、
当時の刑法は本当「一族郎党」でしたから。
特に男の子の直系は無実でも連帯責任を取らされることが
武家の常でした。
義士達は親子や兄弟が多く参加しています。
お家断絶(これは今長男嫁さんを悩ませる跡継ぎとかよりはもっと重い意味)
を覚悟して参加していることが伺えます。
ワザワザ勘当した息子を許して義士に加わらせたケースもあるくらい。

離婚した上で、さらに義士の子供の男の子達(19人)の中には
討ち入り前に仏門に入ったりして
罪をかぶる事のないようにしたケースもあります。
(それでも島流しになりましたが。)
このことからも横暴で離婚したのではなく、
家族を思いやる気持ちから離婚したことが伺えますね。

大石も離縁した後に奥さんを気遣う内容の手紙を何度も送っています。

結果的には厳しくても島流し程度で、
(それでも島流しは過酷な刑なので、
 何人かが命を落としていますが。)
恩赦を受けて解放された後は
「あの赤穂義士の子息」ということで
数多の藩から就職の話が舞い込んだそうですが。

ちなみに、高禄取りといわれる今で言う重役クラスの
人々の多くは討ち入りに参加しません。
4人いた家老の中で、討ち入りに参加したのは筆頭家老の大石だけ、ですからね。
というか、赤穂義士=四十七士、
と言う時点でお分かりの通り、家臣の大多数は参加しませんでした。
赤穂浪士と言う場合もありますが、
それだと赤穂藩断絶になって浪人になった者の総称なので、
ここでは特に討ち入りに参加した浪士を赤穂義士と呼びます。

中には生活が困窮して討ち入り前に自害するもの、
父親に再仕官(今で言う再就職)を薦められ、
断りきれずに自害する人もいましたし。

討ち入り前に死んだ人に関しては
「美談」的エピソードとして忠臣蔵の中でも取り上げられますが、
忠臣蔵の中でも、実際でも、
討ち入りに参加しなかった浪士は
「不忠者」と後ろ指を指されて大変不遇の晩年を送ったそうです。

気の毒な気がしないでもありませんが、
食うや食わずの生活で、行き倒れ寸前で江戸に行った義士もいるのですから、
やっぱり不忠者といわれても仕方あるまいと思います。

赤穂は岡山よりの兵庫なので、
義士の多くは大阪や京都で浪人生活を送っていたのです。
江戸住まいの者は江戸で浪人してましたけど。
なので、討ち入り近くに少しずつ少しずつ江戸に向かったといわれています。

赤穂-江戸間のドラマは忠臣蔵の中にも出てくるので、
いつか、
江戸鉄砲州の赤穂上屋敷跡から赤穂城跡まで
往時の痕跡を探して旅するのも夢の一つです。

そうそう、これは赤穂城に限ったことではないのですが、
廃藩置県と太平洋戦争のおかげさまで
日本の城の多くが消失したのは、
本当に口惜しい事です。
太平洋戦争はともかく、
廃藩置県で城を払い下げて壊して売っただのとは
愚の骨頂。
残念でなりません。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年11月01日 12時02分40秒
コメント(4) | コメントを書く
[四方山話] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

カレンダー

フリーページ

サイト運営方針


ブログに関するお知らせ


5&6万HIT達成記念企画~産婦人科のetc


婚事記~出会いまで


出会いから結婚まで


泥沼新婚生活


嫁姑戦争vol.1


地獄の黙示録1


結婚式ドタバタ記


新婚旅行満喫記(画像あり)~編集中


登場人物紹介


同居→別居への道のり


母事記


コウノトリ、カモーン!!


妊娠前期


妊娠後期


出産


初めての子育て


仕事について


BABYグッズ覚書1


BABYグッズ覚書2


BABY関連ケアメモ


二人目妊娠への道


息子の手術:そけいヘルニア


2003年10月生まれ息子成長記録


二人目妊娠中の記録


本事記


私の本棚


2004年息子本棚


2005年息子本棚


2006年息子本棚


2006年欲しい本メモ


2006年欲しい本メモ2


旅事記


沖縄旅行 ~そこはかとなく準備編~


沖縄旅行徒然記1


沖縄旅行徒然記2


食事記


適当レシピ集 その1


お弁当リンク集


雑事記


100の質問vol.1 お嫁さん編


100の質問vol.2 主婦編


100の質問vol.3 ママ編


ダイエットの公約


憂国のひと時~記事リンク~


あほでもわかる!ラベル作成講座


あほでもわかる!!ラベル作成講座2_今空白


あほでもわかる!!ラベル作成講座3_今空白


バトンリンク(バトン記事へのリンク)


物事記


2006年夏版欲しいもの


映事記


長男嫁環境向上委員会


委員会名簿


リンク&バナーの張り方【初心者用】


バックナンバー

・2026年05月
・2026年04月
・2026年03月
・2026年02月
・2026年01月

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: