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フェスティバルホールからDMが届いてそのなかに8月のバレエフェス全幕特別プロ「ジゼル」のチラシが入っていました。一斉前売り開始は4月8日~とのこと(DM会員先行予約は4月1日からとのこと)です。まだまだ先のことのように思っていたけど(実際まだ5ヶ月も先の話)チケットだけは速くから発売されちゃう。私も一度はヴィシのジゼルを観てみたいと思っていたので多分チケット買っちゃうだろうと思います。せっかく大阪まで来てくれるんだからぜひともお客さん沢山入ってもらって大阪、というか関西でもバレエ人気は高い!ということをアピールしたいものですが(笑)、いやだけど冗談ではなくほんと~に切実な問題なのよこれは。バレエ公演東京一極集中の現状をなんとか打破して?もっと地方でも公演をしてもらいたいのよ。でなきゃほんとにお金が続かないもの・・とはいえ前回のマラーホフの贈り物・大阪公演も2階席はかなり空いていたそうだし(会場の客席数自体も多いのですが)う~ん、やはり無理だろうか?とは言えマラーホフはともかくヴィシニョーワが来てくれてしかも演目は人気の「ジゼル」とあれば、やはり結構な人気があるんじゃないか?などとも思うんだけれどもど~なんでしょうね?ヴィシニョーワのサイトでジゼルのお写真を見た限りでは、1幕での彼女が思ってたよりも可愛らしくてなかなか素敵だと思ったし(薄いピンク系の衣装が可愛い)狂乱の場と思われる写真もさすが「ドラマティック・バレリーナ」、と思わせられるような表情に見えたのでかなり期待できそう、と思っているのですが(私は映像でもこの2人の「ジゼル」は見ていません)。とは言えヴィシニョーワのジゼルは恋人に裏切られた悲しみのあまり死んでしまう・・なんていう状況があんまり想像出来ないな~。どっちかっていうとマラーホフの方が死んでしまいそうだもの(笑)。
2006年03月28日
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なんとかビデオが復活したようなので?今日ようやく「ラ・バヤデール」の映像を見ることが出来ました。またいつ見られなくなっちゃうかわからないんですけど。でね~、ビデオを3本ザッと見てみたんだけど(第2幕まで)いやはや、ロイヤルに客演しているアスィルムラートワとパリオペのゲラン、ボリショイのグラチョーワと、三人三様のニキヤ像があって非常に面白い。私は個人的にロイヤルのマカロワ版が一番好きで3本もある「ラ・バヤデール」の映像では一番ロイヤルの映像を見ていたせいか、先日から書いてるニキヤ像っていうのもこの映像のアスィルムラートワにかなり影響されているかもしれない。って言うか完全にアスィルムラートワのニキヤを頭に思い描いてそれに私個人の勝手な妄想が加わり・・ということになってたと思う。今回改めて映像で見てみて同じニキヤでありながらアスィルムラートワとゲラン、グラチョーワとではなんか全然印象が違うな~、と思った。アスィルムラートワのニキヤは恋の炎に身を焦がす情熱の女、といった感じ。迸る情熱が彼女の中では燃え盛っていて、今はソロルへの愛が全て、という感じ。まさに恋に生きる「女」そのものといった印象(を私は受けます)。なんかちょっとヴィシニョーワを思い出させるところがあるなぁ。ソロルとの密会の直前、ひとりで踊るところがあるでしょ、そこでの踊りなんて恐ろしく長い腕が雄弁過ぎるほどにそうした彼女の想いを語っているかのようで、あぁこの人は恋のためなら死ぬことだって少しも恐れたりしないんだろうな、ってことが感じられてその後の恋に殉じる運命だってある意味本望だったんじゃないか?とまで思わせられるような印象。いや~、とにかくこの人のニキヤは熱いわ。聖なる舞姫というよりは完全に「女」って感じだもの。で、この「熱い」ニキヤに対するにゲランのニキヤは随分としめやかな感じ。もちろんソロルを愛する想いの強さに関してはアスィルムラートワに負けないくらいのものを心に抱いてはいるんだろうけど、そういう気持ちをあまりあからさまには表に現してはいない印象。アスィルムラートワのニキヤはソロルのためなら命まで投げ出さんばかりの情熱を身体中から迸らせていた感じだけど、ゲランのニキヤはそれに比べると随分と大人しい。内に秘めた情熱というか、内面には熱い想いを溢れさせているのだろうけれど、それを決して安々と表に出したりはしないタイプ(のように私には思えた)。例えばニキヤが苦行僧に水を与えてその僧からソロルが待っているということを知らされる場面。アスィルムラートワのニキヤはその瞬間パッと顔を輝かせる。喜びをそのまま表に現すのだけどゲランのニキヤはそんなに顔を輝かせるなんてことはない。もちろん嬉しそうではあるのだけどその表情は「ああ、そうなのね、あの人が・・・」とでも言うような喜びとも幸福ともなんとも言い得ぬような、自分の内面にじわじわとそうした気持ちがしみ込んでいく、上手く言えないのですが、そういうような印象を受けました。このゲランのニキヤの方がバヤデールとしては正統派?の演技なのかも知れませんね。容姿もアスィルムラートワに比べると地味(すみません~)と言うかアスィルムラートワが華やか過ぎるのかも知れませんが、恋に破れて死んでいく舞姫、という筋書きからはゲランのニキヤの方がぴったしくるのかも知れません。もちろんそれはゲランのニキヤが弱くて、アスィルムラートワのニキヤの方が強い、ということでは全くなくてあくまで見かけ上の問題というか、各々強さはもっているのだけどアスィルムラートワのニキヤの方がストレートにそうしたものを表に現す、ということなのだと思います。ある意味ではアスィルムラートワのニキヤの方が性格がはっきり見えてきて面白い、ゲランの方は「あの娘、大人しそうな顔していながら・・」などという陰口を叩かれるタイプかも知れません。個人的には、ゲランのニキヤの方が私は好きかな~?あまりに一本気で直情径行なタイプのニキヤは個人的にはあまり好みではないわ。それはそれで面白いとは思うけれど私自身がそういうタイプではないからか、「恋は盲目」街道を一直線、というタイプには少々ついていけないところがある。またとてもストレートな彼女の感情表現(とにかく強気)を見ていると、これはガムザッティが殺してやりたいほどの気分になるのもむべなるかな、なんてことをつい思ってしまいますわ。恋する女は強し、なんだろうけど?そもそもニキヤはバヤデールなんだからね~。もうちょっと厳かな雰囲気が欲しいわ。良い意味での「冷たさ」というものかな。そう、故グレース・ケリーを評しての言葉だという?「雪に覆われた火山」、それだ~!私がニキヤに求めてるキャラクターっていうのは(笑)。だから火山が剥き出しになったタイプのニキヤにはいまいちなんか違う・・って気持ちを抱いてしまうんだわ。
2006年03月24日
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ニキヤ万感の想いを込めた彼女の舞、その舞に込められた真実の意味に気付いていた人物がひとりいました。ガムザッティです。彼女はニキヤとの第一の対決によって、ニキヤにより最大級の侮辱を受けたと感じていました。彼女にとってバヤデールに反抗され、あたかも自分と同等の存在であるかのように振舞われたことは、予想外の驚きでありかつまたこれまでの人生で経験したことのない珍事?でもありました。「なんてことなの!この私にたかがバヤデールのひとりにしか過ぎない者が反抗してくるなんて!こんな屈辱は初めてだわ・・絶対に許せない。あの無礼な女を生かしてなどおくものですか!この私にあんな振る舞いに出てどうなることか、とくと思い知らせてやるわ!」ガムザッティは怒りに燃えてこう決意します。決意したところでその気にさえなれば彼女はいつだってニキヤを殺してしまうことだって出来たはずですが、もちろん彼女も考えます。自分とソロルの幸せをニキヤにたっぷりと見せ付けてやること。あの無礼で高慢ちきな女(ガムザッティにはそう感じられた)にはそれなりの死に方をしてもらうわよ、ガムザッティは怒りに身を焦がしてこのように考えたに違いありません。婚約式のその時こそ・・ガムザッティもニキヤと同じくその日を待ちかねたことでしょう。ニキヤ、ガムザッティ、それぞれの想いを賭けた婚約式が幕を開けます。ニキヤは前述したとおり、ソロルへの想いの全てを賭けた舞を披露します。その美しく哀しく艶やかな舞姿は、ニキヤが予想したとおり、ソロルの心をかき乱します。全てはニキヤの予測したとおりに事は運ばれて行っている・・とニキヤには感じられました。そうよソロル、あなたの心は永遠に私のもの。そうでしょう?だってあなたはその事を聖なる火に対し誓ったのですものね・・果たせるかな、ニキヤのその想いに応えるかのように彼女に花かごが手渡されました。ソロルから、だと言って。ニキヤのその時の喜び!「ね、やっぱりそうだったでしょう!ソロルは私を愛しているのよ!たとえ別の人と結婚しても彼の心は私のものだってこと、彼自身が証明してくれたわ!」喜びのあまり彼女は嬉しさを隠しきれず、それまでの悲嘆一色に塗りつぶされたかのような踊りから一挙に喜びを露にした踊りへと移行します。花かごの踊り、それはニキヤのある意味「勝利」の舞でもありました。一方のガムザッティはどうでしょうか?彼女は気が付くのです。ニキヤの舞姿を見ているうちに、ニキヤがこの舞に賭けた想いの真実について。ソロルと違って冷静、というより冷ややかな眼で見つめていたガムザッティには、ニキヤの心中は手にとるように感じられたことでしょう。「この女~、私というものの存在を知っていながらいまだに諦めもせずソロルに色目を送ってるわ!」婚約式の最中だというのにいまだに諦めるということをせず自分の婚約者に色目を使っている、しかしそんなことよりも何よりもニキヤが自分の存在など眼中にもない、問題にもしていないというその事実の方にこそ、ガムザッティの怒りは向けられたに違いありません。彼女はまたもやバヤデールニキヤによってプリンセスとしての誇りを傷つけられてしまったのです。「バヤデールにとって、自分の存在が眼中にもないなんて!そんなことが!」プリンセスにとって、これ以上の屈辱があったでしょうか。ガムザッティはニキヤによってまたも冷や水を浴びせられたかのような気分を味わわせられてしまいます。最初はあの身の程知らずの無礼な女に、自分とソロルとの幸せを眼一杯見せ付けてやるつもりでいたのに、あの女はそんなこと全く問題にもしていなかったのです。ただただソロルへの想いを、ありったけの想いを、舞に込めて舞うだけ。ただそれだけ・・ガムザッティにはそんなニキヤの心中が手にとるようにわかる。そしてソロルがニキヤの舞姿にひどく動揺していること、ソロルがニキヤをいまだに愛していることも知った、ニキヤとソロル・・この2人は別々に引き裂かれてもなおお互いを想っている、自分の存在というものが、なんて小さく惨めに感じられることか!よりにもよって婚約式でこんな屈辱を味わうことになろうとは!それもこれも、何もかも、元はといえば全部あの女のせいよ!ガムザッティの無力感、絶望感はついにニキヤへの激しい怒りへと変わり、当初の計画通り、ニキヤへ花かごを渡すよう命じるのです。
2006年03月19日
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「ラ・バヤデール」の続きです。ニキヤとガムザッティの第一の対決の場。ガムザッティはニキヤに自分とソロルとの婚約を知らせニキヤにソロルを諦めるよう言います。ニキヤにとってはまさに晴天の霹靂!思いもかけない大ショックです。この場にいたのがニキヤじゃなくてジゼルなら(あり得ない事だけど妄想なのでお許しください・笑)まさに発狂してショック死してしまうことでしょう。しかしニキヤは衝撃を受けはするものの決して冷静さを失ってはしまいません。ガムザッティからなんと言われようと、絶対に信じている、拠り所とするものがあるからです。ソロルは自分への愛を聖なる火に対して誓っている、ということ。だから自分よりははるかに身分が上の雲の上の存在のようなプリンセスに対しても一歩も引くところが無い。堂々と、まるで対等の存在同士であるかのように振舞ってしまいます。ガムザッティにとってはこのニキヤの態度こそが予想外の驚きだったことでしょう。この国一番の女性である自分、生まれてこの方周囲から常に崇敬の対象として見られてきた自分に対して、たかがバヤデールのひとりに過ぎない身分のものがまともに立ち向かってきたのですから。ガムザッティにとってはこの点がニキヤに対する最大にして唯一の怒りとして感じられたことでしょう。「この女!一体誰に向かって物を言ってるの?何様のつもり?」ニキヤの、愛を信じているがゆえの毅然たる態度が何よりもガムザッティの癇に触れたことは間違いありません。彼女がニキヤを殺そうと決意したのは何よりもニキヤによって、その「誇り」を傷付けられたから、に他ならないと私は思います。プリンセスとしての誇りをたかがバヤデールのひとりに過ぎないものに無茶苦茶に傷付けられてしまった以上、その傷付けた相手を生かしてはおけないと考えるのは至極当然の成り行きのように私には思えます。だって、プリンセスの誇りこそ、ガムザッティが持っている殆ど唯一のものなのですからね。それを失ったらガムザッティなんて殆どなにものでもなくなってしまうものなのですからね。彼女が手にしているものなんて所詮、「虚栄・虚飾」でしかありません。「真実の愛」を手にしているニキヤと本当はどちらが強いのか弱いのか、「絶対の自信」「満たされた幸福」、真実の幸せを手にしているのはプリンセスガムザッティではなくバヤデールニキヤの方こそ、なんです。だからニキヤはガムザッティに対してもなんら臆するところが無い。強いのはニキヤの方こそなんですよね。ガムザッティにとっては自分の身を切りつけるようなことをしてくれたニキヤを生かしておけるはずはありません。この場においてソロルは殆どどうだっていいのです。ニキヤにとってはソロルは、殆ど全ての存在でしたが、ガムザッティにとってソロルは殆ど身を飾るアクセサリーみたいなもの。ニキヤとの対決があってから後は、ニキヤに対する意地からも絶対にあの男を自分のものにしなければ!との決意は固めたことでしょうが。一方のニキヤですが。彼女はソロルの自分への愛を信じきっていましたが、彼がガムザッティの言ったとおりにガムザッティと婚約することになったという話は当然数日のうちに知ったことでしょう。それを知った時、ニキヤは一体どんな気持ちだったことか?ソロルの自分への愛を信じきっていた、だからこそガムザッティを相手にしても一歩も引くことはなかったのに、その根底のところが覆されてしまったのです。それこそ天地が裂けるような気持ちがしたのではないでしょうか。しかもよりにもよってその2人の婚約式で彼女は祝いの舞を披露しなければいけないのです。絶対絶命のニキヤ!しか~し、です。ニキヤはこの祝いの舞を披露しなければならないという事実を前にして心中密かに期するところもあったのではないでしょうか。もちろんそれはソロルを前に舞を舞うことによってソロルの気持ちを揺るがせることが出来る、という目論見です。こう書いてしまってはニキヤがあまりに打算的で醜い心の持ち主のように聞こえるかもしれません。しかしそもそも愛とはそうした利己的な部分を含んでおり、またニキヤがあれほどソロルの愛を信じきっていたという事実、あの強さから考えるに、このように想像してみることもあながち無理があり過ぎるとも思えないのでは?と思うのです。むしろニキヤにとっては文字通り「最後のチャンス」だったのではないでしょうか。ソロルの眼の前で自分が舞を舞えば一体ソロルはどんな気持ちになるか?完全に自分のことなど忘れてガムザッティと婚約できたことを喜ばしく思っているのか、ガムザッティを愛しているのか、いえ、決してそんなことはないわ!という「自信」がニキヤには心のどこかにあった。ソロルを取り戻す、それはガムザッティとの婚約を破棄させる、ということではありません。たとえガムザッティと婚約しても彼の心は自分のもの、ソロルの心中に自分の存在を改めてしっかりと刻み付けておくんだわ!、そんな心境だったのじゃないか、と想像します。であるからこそ・・・彼女が披露する舞い姿はそれはそれは美しく、哀しく、そして不思議な艶っぽさを漂わせていたのではないか・・彼女は文字通り「全身全霊で」舞ったのです。彼女はこの舞に全てを賭けていた、と言っていいでしょう。彼女の目論見どおり、ソロルは自分の舞姿に動揺を隠し切れません。そう、それでいいのよ・・・ニキヤはそう思っていたに違いありません。しかし、です。このニキヤの舞姿を別の眼で見ている人間がひとりいることにニキヤは気付いてはいませんでした。もちろんガムザッティのことです。ニキヤにとってこの場面では、いえある意味最初から最後まで、ガムザッティはどうだってよかったのです。ニキヤが考えていたのは最初から最後までソロルのことだけであり、婚約者となったガムザッティのことではありませんでした。ソロルがガムザッティを愛して、その愛ゆえにニキヤを捨てたのだとしたら・・それならもちろんニキヤは、愛する人の心を奪ったガムザッティを、激しく憎んだはずです。嫉妬の炎に身を焦がしたことでしょう。しかし、決してそうではないのです。ソロルがガムザッティを愛してなどいないことを、ニキヤは確信していた。彼は今でも自分だけを想っている、しかし立場上ラジャの命令には背けないことをニキヤだって分からないはずがありません。ガムザッティとソロルが結婚するのはあくまで政略結婚、そのことを十二分に分かっていたからこそ、ニキヤはガムザッティの存在など問題にもしなかったのです。彼女が舞を舞ったのはあくまでソロルに対して、彼の心に自分の存在をはっきりと刻み付けておく為でした。最初からガムザッティは存在すれども存在せず、だったのです、ニキヤにとっては。
2006年03月16日
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NBSのサイトで発表になっていますが、私が観に行く予定でいる22日「白鳥」マチネ、ジークフリートはバール→モローに変更になったようです。サイトの写真で見た限りでは、モローは脚が細くてめちゃくちゃ綺麗ですね~。まるでバレリーナの脚のようです。別に私はジークフリートにこだわりがあるわけじゃないのでバールでもモローでもどちらでも構わないんだけど、このお写真見てたら俄然興味が湧いてきましたよ(笑)。だけど悲しいことにパケット君は別の公演に変更になっちゃいました。こんな美しいロットバルトってあり?って思ってかなり楽しみにしてたんだけど。でもまぁ仕方が無いね。でもって実は21日初日のチケットを購入してしまった・・一時完売になってたのがキャンセル分とかが戻ってきたみたいで先週末ぴあのサイトを覗いたらまだ発売されてたんだよね。で試しに席を見てみたらまぁ買ってもいいかなぁ、と思える席が表示されたので結局買ってしまった。なんだかんだ言いながら結局こうなっちゃうんだよねぇ。はぁ~、あんまり長いことバレエから遠ざかってると却って反動が来てしまう感じ。それにやっぱりアニエス&ニコラで観たい!という訳で結局3公演分もチケット買ってしまった。あ~あ。嬉しいやら自分が情けないやら・・・まぁ元々「白鳥」を2回観る、というのが当初の予定だったのが、思いがけないキャスティングで「パキータ」まで買うことになっちゃった訳だけど・・ドロテちゃんじゃなければすっぱり諦められるんだけどなぁ。
2006年03月14日
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ベルリン国立の「ラ・バヤデール」は「ラ・バヤデール」らしくなくって、あんまり好みではないなぁと言うことはかなりしつこく書いてきたことだと思うのでもうこれ以上繰り返しませんが(笑)、それでも「ラ・バヤデール」ってやっぱり面白い作品ですよねぇ。私がこの演目を初めて観たのは前回03年にパリオペが持って来た時。オスタ&ルグリの日を2回も観ました。今思えば一体なんだって同じキャストの日を2度も選んだのかが全くわからないのですが・・オスタあるいはルグリどちらかのファンとかいうなら話はわかりますが、私は2人とも観るのは初見だったし、映像とかでも見たことはありませんでした。なのになんで同一キャストの日を2度も観に行ったのか、いまの私には理解出来ません(笑)。多分チケットが入手し易かったんじゃないかな~?ということくらいしか想像出来ませんね。もともとオレリー&ルグリの予定だったのが?オレリーの降板で急遽オスタが代役出演、ということになったのでしょうか?しかしルグリも2度も出演する予定ではなかったんですよね?当日会場で配られたキャスト表にはルグリじゃなくてギョーム・バールって書いてあったのに開幕前にギョーム・バールじゃなくてルグリが出演します、っていうアナウンスがあって会場中がワァ~って、湧いたの。私にはなんで皆さんがこんなに喜んでいらっしゃるのかが全然判らなかったんだけど(今思えば情けな過ぎ・・)。多分あの時の私はキャストなんか全然わからなかったしど~でもよくって(笑)、ただただパリオペの舞台を観ること自体が目的だったんだわ。「ラ・バヤデール」っていう演目自体もよくわかんなくて、プログラムで必死にあらすじを掴もうと頑張ってたんだよね~。はぁ~、今から思えばほんと笑っちゃうけど。だけどそんな私にも「ラ・バヤデール」の面白さというのは充分に伝わりました。とにかく登場人物がみんな変(笑)。「白鳥」やら「眠り」やらの非人間的な王子様やお姫様とは違って、皆非常に人間的。恋はするわ(大僧正含む)、密告はするわ(←大僧正)、嫉妬に狂うわ(←大僧正&ガムザッティ)、人殺しはするわ、プリンセスとバヤデールが派手な喧嘩をやってくれるわ、とにかく1、2幕の現実世界での事の成り行きというのはバレエ=美しいおとぎ話(毒にも薬にもならない)、と思い込んでいた初心者の私にとってはビックリするようなことばかりで。まぁとにかくこんなバレエがあったとは!という驚きの連続。極彩色で彩られた想像上のインド、っていうのもこれまた今まで観たバレエではあり得ない世界だもの。引き込まれました。でね~、さらに驚いたのは第3幕です。言わずと知れた「影の王国」。あの場面は生で観ると何度観てもあきるということの無い「バレエ美の極致」みたいな世界だけど、初めて、予備知識無しで観た私には衝撃的でした。影たちがひとりひとりスロープを降りてくる、ひとり現れたかと思うとまた続いて、というのが延々と果てしも無く繰り返されるように思えて。うわ~、これは一体なんなの!前幕までの華々しい世界とは打って変わった静寂の世界。白一色の世界。白一色で染められたコール・ド・バレエの美しさはその美しさに殆ど酔うよう。この世のものとは思えない・・そんな思いで殆ど呆然自失。この現実世界と彼岸?の世界との対照は見事の一語に尽きますね。どちらの世界もこの作品の「核」となるものであり、「アイデンティティ」ということになるでしょう。どちらか一方の世界が欠けたならこの作品は成り立たないと言ってもいいでしょう。それくらい、この二つの世界の対置の絶妙さがこの作品の「命」だと私は思うんですよね。え~、もちろんこの二つの世界を対照させる、という手法はなにもこの作品だけに限ったものではありません。「ジゼル」「ラ・シルフィード」などはこういう手法がとられたもう一つの典型でもありますよね。だけど、やはりこの「対照」という意味においては「ラ・バヤデール」の方が数段優れている、と私は思います。「ジゼル」や「ラ・シルフィード」はそれぞれ現実世界が中世?ドイツとスコットランドということで、もう一つの世界を待たずとも最初から大変小綺麗な世界として幕を開けます。登場人物にしたって基本的に皆さん善男善女。私はアルブレヒトもジェームズも善男?だと思ってます。ジゼルはもう言わずもがな、ですし。「ジゼル」にしろ「ラ・シルフィード」にしろ登場人物はみな可愛いものです。「ラ・シルフィード」の方はもうちょっと複雑なような気もしますが?やはり「バヤデルカ」の登場人物に比べたらやっぱり皆「綺麗」ですよね。「バヤデルカ」の登場人物たちはちょっと見「綺麗」とはとても言えないでしょう。それどころかドロドロとした欲望に執りつかれていて「我執」の塊みたいな印象も受けます。ニキヤだって自分とソロルの愛は「絶対」だと信じきっているし、だから辛いけど自分から進んで身を引こう、バヤデルカのひとりに過ぎない自分なんかと愛し合っていたってソロルにとっては仕方が無い、ソロルはガムザッティと結婚した方が絶対彼の将来の為になるもの・・なんて健気な考えは起こしっこありません。ニキヤだってある意味とっても「傲慢」だと私は思ってます。決して、愛する人に裏切られた可哀想なニキヤ!などと単純に「犠牲者」として位置付けることは出来ないんじゃないかと。え~、もの凄く長くなってしまったので続きはまた次回に。なお、いつものことですが、上に書きましたようなことは全て私個人の「独断と偏見」のオンパレードでありますことを書いてる本人が一番良く自覚しておりますのでよろしくお願いします?←なにをお願いしてるんだか(笑)。
2006年03月11日
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「マラーホフの贈り物」大阪公演は、結局観に行けませんでした。残念だけどまぁ仕方が無いです。来月からの公演ラッシュに備えて、今は大人しくしておかねば。それにしても去年11月のシュツットガルトバレエ「オネーギン」以来、全くバレエを観ていない!来月のパリオペ公演まで5ヶ月ほども間隔が空いてしまうことに・・これって昨年と全く同じパターンだなぁ。昨年も1月にバレエを観て以来、なんと6月までバレエを観る機会が無かった。お陰で半年ぶりのバレエには随分感慨深いものがあったっけ。とは言えこの半年ぶりのバレエっていうのがベルリン国立の「ラ・バヤデール」で、これについては前々からいろいろ言ってるとおり演出面においてあまり自分好みではないところもあった為、心から満足!という訳には行かなかったんだけど。だけどもヴィシニョーワ、セミオノワのニキヤが観られたことは良かったです。願わくは今度はキーロフが採用してる版でヴィシニョーワのニキヤを観てみたいわ。キーロフといえばロパートキナのニキヤも観てみたい。ロパートキナと言えば前回キーロフ来日時に大阪での「白鳥」を観たんだけど、あの時はあまり集中して舞台を観ることが出来なかったんだよね・・なもんでロパートキナ自身は素晴らしかったんだろうけど、私自身の記憶にはあまり残ってないのよね。う~ん、勿体無い!けど、こればかりは「運」としか言いようの無いところがあるから仕方が無い・・今年の来日ではぜひぜひリベンジを!といきたいところではあるんだけど、果たしてその時までお金が残っているだろ~か・・・「ラ・バヤデール」といえばボリショイ来日も楽しみですね~♪個人的にはパリオペよりも楽しみなのよ。演目自体が大好きだし、大好きなザハロワで観られるし、やっぱボリショイだし。アレクサンドローワのガムザッティも楽しみ。グリゴローヴィチ版のガムザッティは登場時の衣装があまりに貧相なのがイヤなんだけどね~。プリンセスなんだからもうちょっとなんとかしてあげて欲しいものですが・・でもまぁその分婚約式での純白のチュチュが映えるという効果?はあると思うけど(え~、私が言ってるのはグラチョーワ&ヴェトロフによる映像を見た時の記憶からです←かなり曖昧なうえに今ビデオが壊れてるので確認が取れません。またあの映像は大分以前に撮影されたものだと思うので、以降衣装などに変更があるかも知れません)。「ファラオ~」は地元でルンキナ主演で見る予定。ルンキナが予定通りに来てくれますように!
2006年03月08日
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来週月曜のマラーホフの贈り物・大阪公演を観に行こうかどうしようか、すごく迷ってる。以前この日記で観に行くことにした、と書いてたんだけどまだチケット取ってなくて。当日券でも観られるだろうと思ってのんびりしてたんだけど、あれ以降パリオペのチケットを買っちゃうという想定外の事態(笑)が生じてしまった為、予定が狂っちゃって。正直マラーホフ公演はどうしても観たい!何が何でも観たい!という訳でもないから、これは4月まで暫く我慢、ということにしようかなぁ。先週イープラスで得チケが出てて、購入しようかすご~く迷ったんだけど、結局買わなかった。3千円という破格のお値段ではあったので本当に迷ったんだけど・・しかしあの得チケで一体どの辺りの席になるのか?2階席なのはまぁいいけれど思いっきり端の方の席だったらほんとに嫌だもの。あの横に広~いフェスティバルホール、端の方なんて絶対ヤダ!(東京国際フォーラムのホールAにちょっと構造的には似てるかも?あそこまで極端ではないけど)チケットは当日引き換えなので当日チケットが手元にくるまで席がわからないというのはやっぱりいやだなぁ。まぁ3千円というお値段なんだからどんな席だろうが観られるだけで有難いと思わなくちゃいけないんだろうけど。だけどそれだったら当日券で座席の位置を確認してから買った方がいいよねぇ、なんて思ってるとそもそも「どうしても」観たい公演じゃないなら潔く諦めて、春からのバレエ三昧の日々に備えなきゃいけないんじゃないの?な~んて気分になってしまって未だに観に行こうかどうしようか決めてない・・結局、当日の気分次第、ということになると思いますわ。東京でのAプロのご感想などいろいろ読ませて頂きましたが、やっぱりセミオノワの評判は高いみたいですね~。彼女の「黒鳥」は素敵だろうな~、と思います。去年全幕でニキヤを観ましたが本当に想像以上の素晴らしさにビックリしたので。「影の王国」での端正なとても美しい踊りには見惚れてしまいましたもん(ご興味ございます方は過去の日記をご覧くださいませ)。あの時彼女の「白鳥」をぜひぜひ観たい!と思ったものですが全幕だったら迷わず観に行くことだろうなぁ。今年はバレエフェスにも参加するみたいですね。一体誰と踊るんだろう?マラーホフはヴィシニョーワとでしょ?「ジゼル」のときだけ組んで他のプログラムではセミオノワと、というのもありかもしれないけど。でもセミオノワは背が高いからマラーホフと組むのはちょっとキツイかな~。マラーホフにとっては背の低い(セミオノワと比べたら)ヴィシニョーワと組んだ方が踊り易そうとは思うけど。近近ボッレとイタリアで「白鳥」踊るらしいけど、それならバレエフェスでもボッレと組んだらいいんじゃないのかな~。ボッレは背が高いしセミオノワと並んでもお似合いだと思うけど。バレエフェスといえば個人的にはコジョカル&コボーが楽しみなんですよねぇ。あの素晴らしい「マノン」を見せてくれた二人にまた会えるなんて♪←勝手に一緒に組むことに決めつけちゃってるけど、多分そうでしょう?もう一度「マノン」やってくれないかなぁ。
2006年03月02日
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