2004年06月19日
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右腕の傷が開かない程度にお豆腐をこさえたり洋服のデザインをしたり、花の世話をしたり、損害保険や前の会社に支払い請求するための書類を作ったり、オークションに出品したり、久しぶりに穏やかな時を過ごしている。


そんな中、ようやく冷静に母と話せるようになったので、私が男性を愛せない理由や、父との馴れ初めを語り合う。私の根底にはファザコンとブラコンがあり、父が亡くなってからも独立心を持たず、私に対してのみキレて暴力を振るうようになった長男に対する幻滅やら、言い寄って来てお情けで付き合ってやったのに勘違いしてきた野郎やら、女がいる前で平気で海外で女の子を買った話やデリ嬢にお金を注ぎ込んだ話をする、無神経男どもに対する呆れやら諦めやら色々。どちらにしろ、まだ子供を産める身体ではないので「結婚」どころじゃないってこととか伝えた。
その後でお見合い結婚なのに、再婚なんてこれっぽっちも考えられないほど、父を今でも慕えるのは何故だろうと聞いてみる。「見た目とかは関係なく、技術職同士だから気が合うと思った」と言うのは、父が死んだ直後に聞いたもので、今回は初耳かも知れない。
「あの人は父親を失っているから、失った物があるから、順風満帆に生きてきた人より優しいと思った」
失った物があっても優しくない人はたくさんいる、と言うことは、昨今の叔父の仕打ちに思い知ったけれど、末っ子で「いらない子供」と育ての親から言われ続け、大学も留年しながら、教授には死ぬまで可愛がられ、無くなって3年経っても東京から想い出を遺族に運んでくれるような友人に恵まれて、テナントビルで働いている年金暮らしのおっちゃんらにまで慕われていたあの人は、確かに優しくて、人を経歴や出身などで差別しない、正義と人情に溢れる人だった。それ故に総てを抱え込み、結果的に自分を殺した。

「あなた程度の挫折」と友人に言われたが、そういえば大学のサークルで引退時の寄せ書きに「悩み無さそう」と書かれたっけ。当初「そんなアホに見えるのか!?」と怒ったが、良い意味で取れば悩みそうなところが見えないと言うことになるので、そっちで取ってみればまあ、何事も平均以上に出来るし、表面は楽しそうに出来るし、容姿もセンスも人並みってとこか。
高校時代、大学時代、留年中、就職中に心身症で人並みに通学も通勤もできない、人付き合いも出来ないことにどれほどの自己嫌悪やもどかしさ、先の見えない不安を抱いたか。震災や従姉妹、友人、父の死でどれほどのものを失い、どれほどの精神・肉体的苦痛を受けてきたのかなんて、知らない人は知らないままで良い。
ただ、貴方が知るよりも大きな挫折も苦痛も、私は知っている。知っていると言うことを優しさと力に変えてみせる。






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最終更新日  2004年06月19日 18時42分38秒


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