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先週の日曜日、久しぶりにコーラスのステージに立ちました。前日のリハーサルでは大雨でしたが、本番の朝は台風一過の青空が広がり、気温も20℃以上と、とても快適でしたコーラス指導者は、高校時代の友人です。愛媛から出たことのなかった彼女が、結婚を機に、偶然、北関東の隣町に住むようになって以来、つかず離れずのお付き合いをしています中学の音楽教師を経てピアノ教師をしていた彼女は、引越し先でピアノ教室を再開し、地元の公民館で、小学生から年輩者まで幾つかの団体にコーラスを教えています市の文化祭の出し物で、それぞれの団体が、「いのち輝け」をテーマに、持ち歌や寸劇を披露し、最後は80人の大合唱「大地讃頌」で締めくくりました。一人で歌うのもいいけど、パートに分かれ、互いの声を聞き合いながらハーモニーを楽しむコーラスには、また違った味があります田舎町のサークルなので、コーラス初心者で楽譜が読めないという人も多く、カラオケの経験はあっても、ステージに立つのは初めてというおじさんやおばさんも珍しくありません。そんな人たちを一から指導して、舞台発表にまで導く彼女の手腕には、頭が下がります。3人の子育ての傍らピアノを教え、数年間は、一日がかりで声楽の先生の元に通っていたという彼女は、きれいなソプラノの持ち主で、いつも率先して歌いながら、きびきび指導します。なにぶん素人の集まりなので、なかなか自分の持つ曲のイメージには近づきませんが、うまくいかないと、すぐ中断し、その都度、的確な表現で、出すべき声や表現をイメージで伝えてくれます。私はいつも、たとえの上手さに「なるほど」と感心し、指導を受けた直後、みんなの声や表現ががらりと変わるのに感動していました。一人の力は微力でも、一人一人の意識が変わると、トータルでは大きな力になることを、つくづく実感し、コーラスはチームワークであることを再認識しました。おかげさまで、楽しいステージができ、お客様の評判も良かったようです想像力豊かでユーモアにあふれ、時に厳しく、時に温かい指導者としての彼女の一面を知ることができたのは、大きな収穫でした先日はユーミンのライブに一緒に出かけましたが、ずっと双眼鏡で見ていた彼女は、ステージの裏方仕事に釘付けだったそうです一人一人が、自分の仕事に全力を尽くして、最高のステージ作りに貢献している姿に感動したとの言葉に、指導者はクリエーターだということを実感しました隣町で再会できた運命に感謝しています。修学旅行の銀座で食べたピザの話を聞くのを忘れていたので、今度会った時に話そうっと。ライブハウス未体験の彼女と、いつか、六本木の「Cavern Club」に行くのが、ささやかな夢です今日の曲は、松田聖子ちゃんと郷ひろみファンの彼女(旦那様はひろみと同じ誕生日)の好きな「瑠璃色の地球」をプレゼントします。ピアノの先生だからパソコンのキーボードも得意かと思いきや、タイプは未経験、パソコンに興味がないのでインターネットもしないそうですこのブログは、多忙な彼女をずっと温かく見守り、支えてきて下さったダーリンが読んでくれるはずなので、この場を借りて、一言ご挨拶をば・・・「いつもお世話になってま~す。これからもよろしくね」この曲は、聖子ちゃんの懐妊中リリースされたアルバムに収録され、最近出た自選集にも入っている、隠れた名作です安定期に入り、さんまさんのテレビ番組にゲスト出演した時、たまたま見たのですが、まるくなったお腹をなでながら、「ここに幸せがいっぱい詰まってる。」と穏やかな表情で話していましたあれから21年。母となった後も歌手として現役アイドルであり続けるタフな聖子ちゃんは、スキャンダラスな面ばかり強調され、批判の声も大きい一方、自分の道を切り開いて行くたくましい生き方にエールを送る同性も多く、いつも注目を浴びています。年齢的には「聖子さん」だけど、デビュー曲からフォローしてきたミーハーとしては、やっぱり「聖子ちゃん」と呼びたいですね。 歌 詞 瑠璃色の地球 ピンクのモーツアルト 風は秋色 C M お ま け 1 お ま け 2
2007年10月30日
今日の曲は、北欧の国 ノルウェーが生んだロックスター、a-ha の Take on me です。医師のクリスチャン家庭に育ち、教会の聖歌隊で歌っていたという、ヴォーカルのモートン、薬剤師の息子で数学が得意なギター少年・金髪のポール(私のお気に入り)、そして、父はミュージシャンだったという、こちらも金髪で芸術家肌のキーボードマグネの三人組です'82年にグループ結成、'84年に「Take on me」をリリースしましたノルウェー国内ではヒットしたものの、国際的には無名だったこのグループを一躍有名にしたのが、翌'85年に、アニメと実写を融合させた、画期的なプロモーションビデオです。私も、MTVで初めて見た時から、ノリノリの曲と楽しいPV、3オクターブの音域を誇るモートンのファルセットボイス、そして可愛いポールの顔が気に入りました。でも、ビデオに録っただけで、レコードは持っていませんバンド名の「a-ha」は、誰もが簡単に分かってくれる国際的な名前にしたかったから、とのことです。英語で「あ、そうか 」とか「なるほど~」「へぇ~」ってな感じでしょうか。最近話題の脳科学者茂木健一郎さんの提唱する「アハ体験」は、そのまんま「aha experience」というらしいですその後も'87年に「007 The Living Daylights」の主題歌を担当、アルバムやシングルもコンスタントにリリースし、'91年にはライブ動員数でギネスブックに載ったそうです。(このあたりになると、私はout of 範疇です)'94年からそれぞれソロ活動に入り、2000年にバンドを再開し、発表した「Minor Earth Major Sky」はヨーロッパでプラチナアルバムを獲得したそうです(これまた知りませんが・・)メンバーは皆40代後半となり、それぞれティーンエージャーの子がいるそうですが、親父バンドとなった今も活躍中で、'05年に出したアルバム「Analogue」をひっさげ、欧米ツアーを行ったとのこと。来日しないからといって、「あの人は今」になったわけではありませんので、そこんとこ、誤解なきようお願いします。(実は私がそう思っていたんです。a-haの皆様、ごめんなさい、あはっ) 毎度おなじみ ポールが映らん 名 曲 で す 主題歌担当 ノルウェーと言えば 歌 詞
2007年10月25日
早いもので、10月も残すところ1週間余りとなりました10月の異名は神無月(かんなづき、かみなしづき)全国の八百万(やおよろず)の神々が、来年の天候、農作物や酒の出来不出来、人の縁結びなど諸々の相談のため出雲へ出払う月と言われています。一方、神様ご一行様のイベント会場となる出雲の国では神在月(かみありづき)と呼ばれ、大にぎわいとなるとか。門前はさぞかし大にぎわいとなることでしょう今日の曲は、本部・出雲大社の門前で、創業130年という老舗旅館竹野屋 を営む竹内さんちの三女・まりやさんが生んだ名作「駅」です。カラオケ好きの女性なら、一度は歌ったことがあるかもしれませんねまりやさんは、フランス映画のイメージでこの曲を作ったそうで、'87年、松坂慶子さん主演の映画「グッバイ・ママ」の主題歌となりました。ちなみに、出払った神様の留守番係は、七福神の一人で商売繁盛の福の神、そしてビールでお馴染みの恵比寿(えびす)さんだそうです 歌 詞 はい、どうぞ テーマ 駅 1 駅 2
2007年10月22日
天高く、行楽にはうってつけのシーズンとなりましたが、皆さん、修学旅行はどこに行かれましたか四国・愛媛出身の私は、小学校で高知、中学で長崎・熊本、高校は宇高連絡船で本州に渡り、信州・東京・日光でした。ジョンとヨーコがショーンを連れて出かけた、浅間山の鬼押し出しにも行きましたジョンの存命中だったので、もしや、接近遭遇してたかも・・・旅行の帰りは船中泊。瀬戸大橋ができる前、四国から本州へは、船か飛行機しか海を渡る手段はなかったのですえ?泳いで渡る?地球規模で方向音痴のドーバー海峡スイマーなら、ビートルズ映画「Help!」で見かけたけど、瀬戸内海横断スイマーの話は、聞いたことないような気がする・・本州で生まれ育った人間はあまり意識しませんが、他の島出身の友人達は、いろいろな呼び方をしていました。愛媛ではシンプルに「本州」と言いますが、北海道の人は「内地」奄美大島の人は「大和(ヤマト)」沖縄の人は「本土」と呼んでいました。なんとな~く、日本の歴史を感じますね他にも本州の異名(?)をご存知だったら教えて下さ~い高校の修学旅行時期が夏休みだったので、8月1日生まれの友人の誕生日を、東京の旅館で祝った記憶がありますでも、夜になって発覚したので、ただ「おめでとう」とみんなで言っただけですけどね都内の自由行動では、親戚や兄姉など、現地に引率者がいる人は共に行動をし、いない人は友人同士で出歩くというものでしたネットも携帯も東京ディズニーランドもない時代に、一時間に一本しか汽車(電車ではなく、単線の「汽車」)がない地方から出てきたおのぼりさん達は、電車一つ乗るにも一苦労でした。夜、全員が戻った部屋では、乗り換えを間違えたり、「◯◯方面」がよくわからなくて反対方向に乗ってしまったりといった失敗談に花が咲き、自分たちが田舎もんであることを、しみじみ実感したのでした私にとっては二度目の東京でした付き添いがいないので、東京デビューの友人達と、有楽町から銀座まで歩き、4丁目交差点の三愛ビル近くにあった「森永ラブ」で、生まれて初めてピザを食べたのを覚えています。今でこそ地元にもマクドナルドやミスタードーナッツができたけど、昭和50年代は、松山にできたマック(関西はマクド)が話題になるようなレベルだったので、とにかく珍しかったんです田舎の女子高生にとって、銀座で食べるピザは、まさしく都会の味でした…と言う割に、感動するほどではなかったみたいで、覚えてません今は実家近くのスーパーでも売っているし、宅配もあるようです。これも時代だなあ・・・妹弟の修学旅行では、ずっと私が案内役でした。下の妹の付き添いで登った、池袋サンシャインビルの展望台からの眺めが、悪天候で最悪だったことや、弟と一緒に新宿のデパートでビートルズ展を見て、コピーバンドの演奏を聴いたことも、今ではいい想い出です進学で上京して以来、ずっと関東在住なので、友人・知人の大半は全国区です。修学旅行で京都・奈良を経験した人が多いようですね。北海道出身の友人は、青函連絡船で内地に渡り、遠路はるばる京の都を訪れたそうです。関西出身の方は、どこに行かれましたか?最近の修学旅行は飛行機の利用も増えたようだし、私立だと海外に行くことも多く、贅沢になったなあ、と思います。行く方はいいけど、親は積み立ても大変ですよね今日は、関東エリアの人が聞くと、思わず京都に行きたくなる、パブロフの犬のような曲をご紹介します。JR東海の京都キャンペーンソングで、映画「The Sound of Music」の挿入歌「My favourite things」(わたしの好きなもの)です。主人公のジュリー・アンドリュース演じる、家庭教師のマリアが、嵐の夜、雷を怖がって眠れない子供達に、ベッドの上で明るく励ます歌です嫌なことや悲しいことがあった時は、自分の好きな物をあれこれ思い浮かべると、気が紛れるよ、という歌詞で、クリスマスの時期によく歌われます 歌 詞 まずはこちら 何が好き? ジュリ~! オンデンさん提供 行った気分で・・ R40おまけ
2007年10月18日
秋晴れの今日は、外出推奨系の歌にしてみました。'73~'93まで放送されていた子供番組「ひらけ!ポンキッキ」は、'93年10月「ポンキッキーズ」に変わり、'01年3月まで放映されたようです。私はちょうど子育て時代で、上の子は毎朝、通園前にコニーちゃんとじゃかじゃかじゃんけんをしていました出演者は、テクノバンド「電気グルーヴ」のピエール瀧さん、ラップグループ「スチャダラパー」のBOSEさん、鈴木蘭々ちゃん&ソロデビュー前の安室奈美恵ちゃんのシスターラビッツ、ガチャピン、ムックのジョンとポールコンビ、「P」「ピ、ピー」でお馴染みのPちゃんがレギュラーでした。フジテレビの8チャンネルを前面に出し、毎朝8時8分には、ラップのリズムに乗せ、「8時、8時、8時、8時、8時、8時~8分!」と時間を知らせてくれました8月8日のフジテレビの日には、たしか企画があったような気がするちょうど、ラジオ体操が夏休みに全国を回り、早起きな◯◯市の皆さんと◯◯公園から中継していたように、全国キャラバンで、鹿賀丈史さんの「Ja-nay(ジャナイ)」を地元のちびっ子達と系列の局アナが「ジャナイ~ジャナイ~イイジャナイ~」と踊っていました。番組では、大江千里(百人一首じゃない方)、矢野顕子、山下達郎などの曲が流れ、子供より私の方が喜んでいたかも・・・今日は、「さあ冒険だ」です。作詞・森高千里&糸井重里(当時、ポカリスウェットCMコンビ)作曲・カールスモーキー石井(米米CLUB)歌・和田アキ子という豪華キャストです。 茨木月季さん ありがとうございました 鮎 レディ? 列 郷 ~ お気に入りでした 一寸桃金太郎 お帰りは徒歩で 歌 詞
2007年10月15日

先月、ユーミンのライブ「シャングリラ3」に行って来ました。私は、デビューアルバムからリアルタイムで聴いてきた世代なので、ユーミンといえば荒井由実です。名字が変わったあたりから、歌詞も曲も、だんだんカラフルでゴージャスなアレンジになり、ユーミンがだんだん遠のいていく気がしました。バブル期は、毎年クリスマスに合わせ、新譜が発売されるので、まるで風物詩のようでしたねアルバムの発売時期から逆算して曲を作るので、秋冬の歌を夏に書いていたそうです。映画「私をスキーに連れてって」で、雪山を車で疾走するシーンに使われていた、「Blizzard」(猛吹雪)は、夏に、夫(正隆氏)の仲間達とポルシェを連ね、山中湖に向かう途中、河口湖インターを下りた一般道でできた曲だとか。夏にブリザードを想う・・・うん、納涼にはいいかもいつの頃からか、ユーミンのライブチケットは「プラチナチケット」と呼ばれ、入手困難で有名になっていました。外タレの日本公演には気軽に出かけていた私も、なぜか彼女のコンサートは敷居が高く感じられ、未経験でした歌とサーカスをコラボレートさせたステージ「シャングリラ」を始めたのが'99年。今年のシャングリラ3では、シンクロナイズドスイミングの世界チャンピオンを招聘したという話に、私のミーハーアンテナがピピッと反応しました。「行きたい!!」シャングリラが最後になるかもしれないと言われる今回ばかりは、「行ける時に行っておかないと、後悔するかも・・・」という思いがあり、プリリザーブチケットを入手しました。今は、メルマガでお知らせが来て、パソコンの画面に入力するだけでチケットが取れるので、以前のように何時間も電話をリダイアルし続ける必要もなく、とても助かります。当日は、友人と、おのぼりさん気分で、十数年ぶりに原宿や表参道を歩きました。それまでぽつぽつ降り始めていた雨が、会場の代々木体育館前で並ぶ頃には、「マジで?」と言いたくなるほどの土砂降りになり、瞬く間に靴の色が変わっていきました。記念グッズの特設テントに向かう勇気もなく、ただひたすら傘の中で縮こまり、順番を待つばかり会場は大相撲の国技館のような配列で、客席の中央にステージが据えられていました。場内は薄暗く、ひんやりとしていました。今回のテーマは人魚姫の夢。水の底で王子様が現れるのをずっと待ち続けている人魚姫の、哀しい夢の物語です。主役の人魚姫役に、シドニーオリンピックのシンクロナイズドスイミングメダリストで、世界水泳選手権3連覇の偉業を成し遂げた、フランスのヴィルジニー・デデューさん。共演者には、ロシアの選抜チームと、日本を代表するシンクロメダリスト 武田 美保 さんに、国立モスクワグレートサーカス団、と、超一流のアスリート達が芸術的な演技でユーミンの歌を支える・・というより、むしろ、極上のサーカスとシンクロのBGMがユーミンの生歌、といった方が近い、贅沢な内容ですそれは驚きと感動の連続のライブでした。たった今までユーミンが立っていたステージの中央部が、一瞬にして、水たまりになったり、深いプールになったりすることには度肝を抜かれました。幻想的な光の中で繰り広げられる綱渡りや空中ブランコで、上の方に気を取られているうちに、下では、いつのまにかシンクロチームが水中ダンスをしている・・・といった具合で、「聴いた!」じゃなくて、「見た!」の方がしっくりきます。ピアノを弾くユーミンごと宙づりになって天井に上がっていった時には、「どうやって下ろすんだろう?」と、その行方が気になりました。でも、確認したくても、数メートル下では、曲芸やシンクロのみごとなパフォーマンスが展開されているので「ま、いっか。次、いってみよう」と、安易に目は移動。なるほど、リピーターが多いのも、わかる気がしました。曲目は、ユーミンのピアノ弾き語りで グレイス・スリックの肖像 に始まり、Happy Birthday to You〜ヴィーナスの誕生ようこそ輝く時間へハルジョオン・ヒメジョオンインカの花嫁朝陽の中で微笑んで時のないホテルBABYLON12階のこいびと別れのビギンDelphineNorthern Lights時はかげろうSave Our ShipSHANGRILAをめざせ真夏の夜の夢 そして、メンバー紹介の後、新曲 人魚姫(ドルフィン)の夢 で幕を閉じました。時のないホテルや昨晩お会いしましょうなど、'80年代前半のアルバムからの選曲が多かったように感じました。数あるアルバムの中で、ヒットの陰に隠れた、地味だけど独特の彩りを持つ渋い選曲が、荒井由実時代(特に「ひこうき雲」「MISSLIM」)が好きで、バブリーでキラキラしたユーミンソングに距離をていた感じていた私には嬉しく、落ち着いて聞けるラインナップでした。ややマニアックなセットリストですが、ショー自体が素晴らしいので、曲を知らない人でも充分楽しめます。シンクロのデデューさんの詩情豊かで優雅なパフォーマンスには、ただただ見とれるばかりでした。モスクワサーカス団の面々も、難易度の高い演技を次から次へと美しく披露、空中ブランコでは気品さえ感じられるほどでした。さすが本物志向のユーミン夫妻だけあって、スケールが大きく、めちゃくちゃハイレベル。収益の大半を次の公演に費やし、ファンに最高レベルのライブステージを楽しんで貰えるよう、努力を惜しまないと聞きましたが、その神髄を見た思いでしたユーミンは少し肉が付いたのかな、という印象はありましたが、歌いながら階段を上り下りしても息が切れず、50人以上にのぼる、ロシアのサーカス団やシンクロニスト達の名前を完璧に覚え、フィナーレで、一人ずつ紹介するという記憶力には、会場からも驚きの声があがっていました。ツアーまでの合宿中は、みんなと行動を共にし、名前を覚えなければ失礼だからと、常に顔写真入りのファイルを持ち歩き、顔と名前を一致させるようにしていたそうです。ファーストネームが「アナスタシア」さんだけでも6人ぐらいいたし、◯◯スキーだの◯◯チョフや◯◯スカヤ・・ロシア語のわからない私には、違いがわからない名前と顔を覚えようとする気持ちが、若々しさの秘訣かなと思いました。パフォーマーも裏方もみんなプロ意識の塊で、妥協を許さず、日夜、目に見えない努力を続ける人達なのでしょう。「サーカスやシンクロの人達が、肉体の限界に挑戦し続ける姿を毎日見ていると、自分は何もできないんだなあ、と思う」と語るユーミンの発言にも驚きます。(だって、ユーミンが何もできないんだったら、うちら一般ピープルって、一体、何?みたいな)パワーがパワーを呼び、大きな力となって会場を包み込んでいるように思えました。シャングリラ(桃源郷)の住人となった私達は心地よい歌と見事なステージに陶酔し、静かに感動が広がる・・そんな夢の世界でした会場を出る頃には、帰宅後の段取りを考えるという現実に戻ってしまったのですが、周りは、私同様、携帯を手に家族と連絡を取る人達が多く、みんな、日常から離れ、夢を見に来ていたんだなあ、と感じました。素晴らしいステージを提供してくれたユーミン夫妻とスタッフに感謝し、心からの拍手を送ります。ライブDVDが発売されるそうなので、今から楽しみです ※ 上書きしました。
2007年10月12日
3連休明けの関東地方はぱっとしないお天気です。ちょっと前までは、東京オリンピックの開会式を記念した10月10日が体育の日だったのに、今年は昨日がその日で、10日は平日です。東京生まれの知人は、ジョンが24歳の誕生日を迎えた翌日'64年10月10日の朝、ブルーインパルスが、空に五輪の輪を描くのを見たそうです。ビートルズがアメリカ上陸で大成功し、グラミー賞の新人賞を受賞したこの年は、デビュー映画「A Hard Day's Night(ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)」も、できたてのほやほやでした。ジョン最後の誕生日となった'80年10月9日、ニューヨークの青い空には、オリンピックの時のように、「HAPPY BIRTHDAY JOHN+SEAN・LOVE YOKO」と、飛行機雲で描かれたそうです。仕掛け人は、もちろんヨーコ。父子にとって、最高のプレゼントだったのではないでしょうかプレゼントは、たしかに、貰うのも嬉しいけど、贈る相手を思いながら、選んだり作ったりする時間や、あげた時の反応を見るのも楽しいものです手元に渡るまでの行程や気持ちも含めてのプレゼントじゃないかな、と思います。「喜んでもらえてよかった」という嬉しさ。おそらくヨーコも、ジョンとショーンが、どでかいサプライズプレゼントに喜ぶ顔を想像し、ニコニコしながら飛行機の手配をしたんじゃないかな・・・ジョンの35歳の誕生日に、まるでバースデープレゼントのように生まれたショーンは、今日で32歳になります。ジョンが存命だったら67歳。欽ちゃんの1コ上ですね。同じ1940年生まれには、リンゴの他に、ブルース・リー、ディオンヌ・ワーウィック、トム・ジョーンズ、アル・パチーノ、ジェフリー・アーチャー、星加ルミ子、王貞治、大鵬親方、ウィッキーさん、板東英二、ゼンジー北京、たこ八郎、麻生太郎、鳥越俊太郎、津川雅彦、浅丘ルリ子、中村敦夫、ジェンキンズさんetc.(敬称略)ショーンのタメである'75年組には、タイガー・ウッズ、チェ・ジウ、ベッカム、シューマッハ、アンジェリーナ・ジョリー、ドリュー・バルモア、ケイト・ウィンスレット、谷亮子、川口能活、米倉涼子、波田陽区、神田うの、高橋由伸、上原浩治、山田花子、坂口憲二、aiko、持田香織(ELT)、本上まなみ etc.(ああ、ミーハーが止まらない)第二次大戦中、空襲のサイレンが鳴り響く中、イギリス・リバプールの病院で生まれたジョン。船乗りの父親と初めて会ったのは、なんと5歳の時でしたが、まもなく両親は離婚。父の留守中に、五人姉妹の末っ子だった母・ジュリアは恋人を作り、子育てを放棄。彼は生後まもなく、長姉であるミミ伯母さんとジョージ伯父さん夫妻に引き取られます。伯父さんは温かい人でしたが、ジョンが14歳の頃、急病で亡くなりました。伯母さんはしつけに厳しく、口うるさい人で、彼は頭が上がらなかったようです。プロデビュー後も「ジョン、ギターでは食べていけないのよ」が口癖だったそうですが、息子を持つ母の気持ちとしては、わからなくもないですガキ大将だったジョンは、伯母さんの家にいる間も、母親の新しい家族とたまに会っていたようです。やがて、ユーモアのある音楽好きな母と心情的に相通じるものを感じた彼は、バンジョーの手ほどきを受けたり、レコードを聴いたりするのを楽しみに、ジュリアの元に通うようになりました。ロックンロールの洗礼を受け、通信販売でギターを手に入れ、ポールに出会って曲作りに励んでいた17歳の夏、母は交通事故で亡くなります。享年44歳でした。彼は、母を二度なくしたと言っています。最初は、ミミ伯母さんに預けられた時。二度目は、母が星になってしまった時7歳年上のヨーコは、ジョンにとっては、妻であり、母でもあったのではないか。ジョンは淋しかった子供時代の穴を埋めるかのようにヨーコに甘え、ぴったりくっつき、じゃれあい、他愛もないおしゃべりをし、包み込んでもらっていたんじゃないか・・・私は、出産・育児を通じ、母親の視点からジョンとヨーコをなぞるようになりました。「Let it be」の映画で、二人の世界に閉じこもっていたジョンとヨーコ。ハネムーンの後、一週間もベッドの上でインタビューを受け続け、世界にどんぐりを送ったり、大きな袋の中にすっぽり入り、くすくす笑いあっていた二人。大人の目には、変人達に映ったかもしれないけれど、子供の視線に立てば、感性の合う仲良しカップルが、いろんなアイデアを出し合って、面白がって遊んでいただけの話かも・・・歌詞に母の名と「Ocean Child(洋子)」が出てくる「Julia」に、「Oh Yoko」に「Dear Yoko」・・・どの曲からも、「ママ」「ママ」と、どこまでもくっついてくる幼児のように、寂しがり屋で甘えん坊のジョンの声が聞こえてくるようです。今日の曲は'70年12月にリリースされた、初めてのソロアルバム「John Lennon(ジョンの魂)」から、1曲目の「Mother」です。 歌 詞 J u l i a 思い出の地 行かないで IMAGINE PEACE Oh Yoko 主夫生活 大きくなったね
2007年10月09日
今日は何の曲にしようっかな~、と、自分のブログをボーっと見ながら脳内検索をかけたら、出てきましたキーワードは「101」・・・とはいっても、わんちゃんの数じゃありません前回書いた「A Whole New World」が、ちょうど100回目。そして今日が101回目の日記なんです101といえば、武田鉄矢さんがダンプカーの前に立ちはだかり、「僕は、死にまっしぇ~ん!」と訴えるシーンが有名な、「101回目のプロポーズ」お見合い歴100回にして0勝100敗という、さえない40男の武田さん(役名忘れた)が、101回目に出会った、浅野温子さん演じる美人チェロ奏者(薫さん)に、果敢にもアタックし、成功を収めるという、おとぎ話のようなドラマでした'91年に流行語大賞の大衆部門賞を取った、この台詞は、もともとは「僕は死にません」だったのですが、武田さんの熱演で、博多訛りになったとか。たしかに、号泣で顔はぐしゃぐしゃでした命がけのプロポーズで泣きじゃくる武田さんと、こちらも号泣の浅野さん、「美女と野獣」というよりも、「美女と金八先生」って感じあれから16年、おそらく奥様の尻に敷かれているとは思いますが、つつがなく暮らしていらっしゃることでしょう。でも今聞くと、かなり違和感のある台詞は、これも時代でしょうか?「ぼくが幸せにしますから」「私を幸せにして下さい」そんな一方的な関係は、お互い疲れるんじゃないかなあ・・・ま、いいけどテーマソングの「Say Yes」を歌う「チャゲアス」こと、CHAGE and ASKA は、一応デビュー曲から知ってましたが、ずっとチャゲ&飛鳥だと思ってたら、いつのまにか、横文字に改名していたんですね二人は福岡出身。高校・大学が一緒でバンド仲間だった「CHAGE」の柴田くんと「ASKA」の宮崎くんは、'79年、大学在学中に、ヤマハポピュラーミュージックコンテスト(ポプコン)で入賞し、「ひとり咲き」でデビューしました。ちなみに、この年の新人賞は「私のハートはストップモーション」の桑江知子さん、レコード大賞は、ジュディ・オングさんの「魅せられて」、その他、細川たかしさんの「北酒場」さだまさしさんの「関白宣言」西城秀樹さんの「ヤングマン(YMCA)」サーカスの「American Feeling」などがヒットしました。グラミー賞は、アルバム部門がビリー・ジョエルの「52nd Street(ニューヨーク52番街)」、楽曲ではThe Doobie Brothersの「What a fool believes」、新人賞がRicky Lee Jonesなど。チャゲアスデビュー時のキャッチコピーは 「九州から大型台風上陸!熱い喉が衝き叫ぶ!」 ちょっと、ひく・・・当時は、フォークなのに演歌みたいな、いわゆるひとつの堀内孝雄的ワールドでしたが、サウンドも、次第にポップス系に変わっていきました。チャゲアスは、香港・シンガポール・台湾・韓国など、アジアでも大人気で、来月は中国の上海でも公演を行うそうです 歌 詞 え?ムード歌謡? 命 令 か い? パーなら勝つと思う・・ スタレビとコラボ 涙の流行語大賞
2007年10月07日
今日、久しぶりに大手スーパーに行ったら、家電売り場にはこたつ、台所用品コーナーには土鍋とカセットコンロが並んでいました。食欲の秋、そろそろ鍋物の季節到来でしょうか今シーズン、鍋デビューをした方は、いらっしゃいますか?子供の塾や仕事で夕食時間がバラバラな我が家では、揃って鍋を囲む機会も減ってしまいました。スーパーやコンビニでは、アルミホイル容器に入った、一人分の鍋セットも売られていますね。鍋物だと、野菜がたくさん摂れ、栄養のバランスも良いのですが、一人のためだけに具材を少しずつ揃えるのはけっこう割高です。残った葉物や根菜が最後まで使い切れなかったり、手間暇がかかることもあって、夫も独身時代はよく買っていたそうです。「鍋奉行」なんて言葉が存在するほど、作り方は家庭や個人によって、十人十色。テレビ番組で、いくら科学的に正しい方法を解説されても、あまりこだわらないメンツの揃った我が家では、「へえ~」で終わり、ほとんど実行には到りません結局、慣れ親しんだ(=テキトーな)やり方で、お鍋は続くよ、どこまでも。笑顔がご馳走だから、うんちくや堅い話は抜きで、最後の雑炊まで、楽しくいきましょうやその昔、さんまさんも歌ってました「幸せ~ってなんだ~っけ、なんだ~っけ。ポン酢醤油のある家(うち)さ」まあ、なくても幸せは来ますけど、我が家が売り上げに貢献したせいか(?)ポン酢醤油のキッコーマンさんは、来月、ポップス界の大御所・キャロル・キングさんを呼ぶそうです。コーラやお菓子みたいに、ポン酢のラベルにキャロル・キングのコンサート応募券が付けば、まとめ買いしたかも・・・今日の歌は、お鍋とは全く関係なく、スーパーのBGMで流れていた「A Whole New World」です。この曲は、アラビアン・ナイトをベースにした、ディズニー映画「アラジン」のテーマソングで、'92年、アカデミー賞最優秀主題歌賞及び作曲賞と、グラミー賞の Song Of The Year 賞に輝きましたディズニー映画では、どんな物語も、夢のようなハッピーエンドに終わりますとはいえ、「めでたし、めでたし・・ happy ever after」の後の数十年の方がはるかに長いわけなので、まあ、鼻白む方もいらっしゃるかもしれませんが、そこは、夢と魔法のディズニーワールド。楽しんだもん勝ちです。安心して見ていられるし、何より、楽曲が素晴らしい。大人も楽しめる、味わい深い音楽は、何十年経っても古びることなく口ずさめます。若者に大人気・ジョニー・デップ主演の「パイレーツオブカリビアン」三部作も、ディズニー作品です。ランプの所有者によって、悪の手先になったり、アラジンの召使いになったりと、コロコロ変わる魔人ジーニー(英:ロビン・ウィリアムズ、日:山寺宏一)の、表情豊かな七色の声に爆笑です。指導者によって、部下は善にも悪にもなることを、ジーニーの変化する身体の色を使って、子供にもわかりやすいように表現しています。 歌 詞 魔法のじゅうたん 君も飛べるよ 海の底では おこしやす
2007年10月04日
先週も30℃近い日があり、今はもう秋、誰もいない海・・のはずだよね?(古くてどうもスミマセン)と、ぶつぶつ心の中でつぶやいていましたが、さ~すが10月一気に涼しくなりましたね。昨日なんて、小雨模様で寒いくらいでしたよ学校の制服も冬服に衣替え。カレンダーも薄くなり、いよいよ、秋本番です。そろそろ、元気の出るドリカムの曲にしようかな、と思っていた矢先、ヴォーカル・吉田美和さんのパートナーが、空の星になったというニュースが飛び込んできました。末田健さん、享年33歳映像ディレクターとして、浜崎あゆみさん、大塚愛さん、EXILE、イ・ビョンホンさんなどのビデオ映像を手がけ、美和さんとはPV制作を通じ、知り合ったとか。来年のドリカム結成20周年に向け、ドキュメンタリーを制作中だった8月に倒れ、全国ツアー終了直後の9月26日に亡くなったそうです。詳細は、もう一人のドリカム、作曲とベース担当の中村正人さんが書いたドリブログをご参照下さい。高校時代、同人誌で小説を書いていたという、中村さんの文章力には定評があり、最近はブログ本「俺もドリカムだっ!」が出たそうです。先日、好きな女性アーティストNO.1にドリカムが選ばれ、男子としては、複雑な心境だったようでもありますが、紅白歌合戦では、たしかに紅組で出てたような・・・道産子で、アメリカの雑誌「TIME」の表紙になったこともある、吉田美和さんのソウルフルなヴォーカルは、心に届きます。ライブでは、いつも元気と感動を与え、オーディエンスは「Dreams Come True(夢が叶う)」パワーをたっぷり浴び、夢心地となって家路につくそうです。今回のツアーでは、そのバックステージで、必死に看病をしていたとのこと。病気を公表せず、ブログもツアーも休むことなく敢行してきた二人の胸の内を思うと、涙せずにはいられません。心からご冥福をお祈りいたします。今日は、小出恵介さん・成海璃子さんの主演映画のテーマソングとして6月にリリースされた、「きみにしか聞こえない」をお聴き下さい。合掌。 歌 詞 聞こえますか? 何度でも Lovex3 未来予想図II
2007年10月02日
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