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ボートでトンネルに入ると、水路の両側には、世界各国の民族衣装を身にまとい、母国語で、「小さな世界」を歌う人形達が見えてきます。
観光バスのように、右を見たり左を見たり、時に天井を見上げたり、指差したり、と、おのぼりさん状態で約10分間の「きょろきょろタイム」です
トンネルの中では、この歌がエンドレスで流れているので、何カ国語かで書かれた「さようなら」の壁をくぐり抜け、外に出る頃には、頭の中で「It's a small world after all」がグルグル渦を巻いている、そんなアトラクションです
年齢を問わず、ボートから降りてきた人達の何人かは、必ず歌を口ずさんでいますから、今度行く時は、さりげなくチェックしてみて下さいね
混んでいる時は、列に並んでいる間、動物の形に刈り込まれた植木を眺めたり、世界の歌が流れてくるのに耳を傾けたり、人間観察をすると、時間をもてあますことはないでしょう。
もっとも、子供が小さいうちは、とてもそんな余裕はありませんでしたが・・・
このアトラクションは、'64年にNYで開かれた世界万博で、ユニセフのパビリオンとして発注を受けたウォルト・ディズニーが、ユニセフの思想をふまえたアトラクションとして考案したそうです
平和な世界とは一体どんな世界なんだろう?
ディズニーは、いろいろ考えた結果「子供達の世界」ではないかとひらめきました。
子供の頃は、肌の色が違っても、言葉が違っても、今日出逢って一緒に遊べば、皆仲良しになれた。ケンカをしても、次の日には、また仲良くできた。
でも、大人になると、なぜ、友達になれなかったり、仲直りができなくなってしまうんだろう。
この発想は 「Ebony and Ivory」
や「We are the World」「世界は一家、人類は皆兄弟」に通じるものがありますね。
初めて行ったディズニーランドは、カリフォルニアのアナハイムで、まだ東京にはなかった頃です。「スモール・ワールド」や「カリブの海賊」は、アメリカ人にも人気のアトラクションでした。
'83年に東京ディズニーランドができる時、テレビでスタッフ募集のCMが流れていました。
巷には「東京じゃなくて、千葉じゃん・・」という意見も多かったですが、今やその名称は、しっかり定着していますね
開園して間もない頃、友人達と遊びに行きましたが、平日だったせいか、どこもガラガラで、列に並ぶためジグザグに張り巡らされたバーの間を駆け足で進み、スペースマウンテンも乗り放題。
ちびっ子が滑り台を降りてきたかと思うと、また階段を駈けのぼる、そんな感じでした。
今ではとても考えられない、閑古鳥の鳴くディズニーランドの昔話です
広大だった土地に、スプラッシュ&ビッグサンダーマウンテンやスターツアーズ、ミクロアドベンチャー、トゥーンタウン、クリッターカントリーなどが、少しずつ作られていきました。
独身時代や、子供が小さい頃などは、年に1~2回のペースで行っていましたが、ディズニーシーに1度だけ行ったのを最後に、ずいぶんご無沙汰です![]()
子供も成長すると、友達や、彼氏・彼女と行く方が楽しいだろうし、もう、親の後をついて回る年でもありません。
家族揃って行く機会は、もうないかもしれません。
あ、でも、娘となら行くかな![]()
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