1

明日からセパンでモトGPのテストが始まる。噂ではヤマハの中須賀がM1に乗るらしい。現地は雨だが、晴れて欲しい。全日本ではハルクの若い衆がケニロバさん宅でダートトレーニングに励むらしい。羨ましい。。
Jan 31, 2011
閲覧総数 2
2

生麦事件参考館・館長 浅海 武夫氏に御縁あってお話を直接伺う機会がありました。浅海さんの話は頭の中で映像が浮かんでくるようです。もし、僕が映画監督ならこれで映画を一本創りたいと思うでしょう。薩摩藩士のしたたかさ、イギリス人の日本に対する見方、幕府の弱腰な対応が伺う事が出来ます。興味ある方は是非、覗きに行って下さい。行くなら是非、アポとってからにして下さい。生麦事件参考館神奈川県横浜市鶴見区生麦1丁目11045-503-3710 ☆19歳の浜田彦蔵は船で難破。2ヶ月太平洋を漂流した後、アメリカの船に助けられる。彦蔵は英語の上達が早かった。猫の絵を書いてアメリカ人に見せる”キャット”犬の絵を見せ”ドッグ”、そうやってひとつひとつ英語を覚えていった。鎖国の日本では彦蔵は帰国する事が出来なかった、帰化してアメリカ国民になり神奈川領事館通訳として念願の帰国を果たす。のちに彦蔵は日本で最初の日本語の新聞と言われる英字新聞を日本語訳した「海外新聞」を発刊する。生麦事件は薩摩の大名行列を横切った4人のイギリス人が切り捨てられ、ひとりが死亡した事件である。薩摩の大名行列は4人のイギリス人に遭遇する前にひとりのアメリカ人と遭遇していた。アメリカ領事館の書記官ヴァン・リードであった。ヴァン・リードは知っていた。”大名行列が威厳の象徴であり、その列の先を横切った者が容赦なく斬り捨てられる。”漂流民 浜田彦蔵より得た知識であった。彼は帽子を脱ぎ、膝を突いて礼をつくした。薩摩の大名行列はヴァン・リードを横目で観ながらも彼の前を立ち去った。対して、4人のイギリス人は違った。さとされても馬を下りる事なく薩摩の大名行列を対向から通り過ぎようとした。大名行列は最初は2列だが、中ほどでは4列になる。狭い道、行く手を阻まれたイギリス人の先頭はUターンしようとしてと、馬にまたがったまま大名行列の中に入ってきた。その振る舞いを見た薩摩藩士はついに抜刀した。リチャードソンは切られた腹から臓器を落としながらも必死で逃げた。・・がついに落馬し、薩摩藩士が駆け付けた時には虫の息だった。武士の情けと薩摩藩士はリチャードソンにとどめを刺した。薩摩の大名行列は逃げるように迅速に行動した。薩摩は幕府に届けを出した。「足軽の岡野新助が、異人を斬って逃げた。岡野は依然行方不明である。」岡野新助などという薩摩藩士は存在しなかった。イギリス人を切りつけた4人の薩摩藩士はいずれも有能な人材だった。彼らの未来を案じた老中板倉のデタラメな報告だった。イギリスの艦隊が続々と極東の国、日本へ集結してきた。イギリスは江戸幕府に罰金10万ポンドを求めてきた。(現在の価値で150億円だったと・・思う・・)イギリスの交渉人は幕府が罰金の減額を求めてくるだろうと多少多めの金額でふっかけたが、幕府は減額を求める事なく丸々10万ポンドを支払った。ここからも当時の幕府の諸外国に対しての弱腰の対応が見て取れる。対して薩摩藩、罰金2万5千ポンドを要求されたが、しらんぷり・・払う姿勢を見せなかった。ついに7隻のイギリスの軍艦が薩摩に向けて出港した。対して薩摩は約80門の砲台を設置、しっかり訓練も行いイギリス艦隊を待ち構えた。薩摩に到着したイギリス艦隊は嵐に乗じて薩摩藩の最新型蒸気船3隻を拿捕。乗務員の命は助けたが、薩摩藩虎の子の最新型蒸気船3隻を海のど真ん中で燃やしてしまった。怒った薩摩藩、イギリス艦隊に砲撃を開始する。イギリス艦隊、旗艦の応戦砲撃が戦闘開始から2時間後から開始される。何故2時間も応戦が遅れたのか・・江戸幕府から受け取った罰金10万ポンドが弾薬庫の扉を塞いでいたからであった。イギリスは最初から戦闘する気がなかったという事がこのエピソードからも伺える。大艦隊を観ただけで、薩摩も慌てて罰金を払うだろうと・・イギリスは踏んでいたのである。日本の砲弾はいわゆる砲丸、イギリスの砲弾は最新式の炸裂弾、戦力の差は歴然としていた。この戦闘の一報を聞いたイギリス女王は怒ったという。日本の砲撃があった段階で何故、船を湾の外に出さなかったのか。1500人もの民間人の犠牲を出す事はなかったと・・。この戦闘の後、薩摩はイギリスに対して罰金2万5千ポンドを支払う事になった。この罰金にも薩摩藩士のしたたかなエピソードが残っている。薩摩藩は罰金2万5千ポンド、丸々幕府から借金した。返済期間はなんと250年。ここからも幕府の海外だけではなく薩摩に対しても弱腰の対応がみてとれる。ちなみに借金の返済は明治4年以降、現在まで支払われていない。そして、イギリスに罰金を支払う際、薩摩はイギリスに対して”最新の機織り機に興味がある。アレを何とかして頂けないであろうか?”イギリスも薩摩の要求に応えるのである。
Jun 28, 2010
閲覧総数 965