†World of Azure†

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『神落屋』




「…少し出掛けてきます。留守番お願いできますか?」
「何処行くつもりだ?“遊烏ちゃん”」
走り去っていく龍生の姿を窓越しに見送ってから遊烏は立ち上がって前掛けを外す。いつもと違って笑みさえ浮かべない横顔を眺めながら神威は目を細めて少女の名前を呼ぶ。
「…買い物ですよ」
「嘘吐き」
逡巡の末、遊烏が笑顔付きで返した答えに更に目を細めた神威は立ち上がり、少女の手首を掴んでから耳元で言った。耳をくすぐる男の吐息に少女は顔を真っ赤にして固まってしまう。
「俺様にホントのコト言えよ」
少女の腰を抱きながら神威は甘い声で囁く。
「…これは…私たちの仕事ですから。『神落屋』の仕事は先生も知ってますよね?」
耳まで赤くし、俯きながら遊烏は呟くように言った。青玉色の瞳は躊躇ったように宙を泳いでから神威の顔を見上げる。
「あぁ。さっきも言ったが、俺様はお前たちに興味を持ってこの国に来たし、街の人間の噂を調査してお前に行き着いた時、お前は『神落屋』の仕事中だったからな」
納得するまで放さないつもりなのか、しっかりと遊烏の腰を抱いたまま神威はニヤリと笑う。紫水晶色の瞳は真っ直ぐに少女を捉えていて逸らされる事はない。
「『神落屋』の事について話しておいた方が良いかも知れませんね…」
視線を逸らす事が出来ずに、見つめ合ったまま遊烏は小さな声で呟くように言った。
「神落屋は…私達の復讐の為にあるんです」
「どういう事だ?」
「私達の両親は私達が幼い頃に…魔物に襲われ殺されました。…父も、母も…そして目の前で、祖母も曾祖母も」
「お前たちのファミリーネームが違う理由を聞いた時に…お前以外の家族は殺されたと龍生に聞いた事があったが…そうか…怪物に殺されたのか」
頷いた神威を見て、解放された遊烏は店を閉めてからカウンターの席に腰掛けて話し始めた。
昼下がりの日差しがうっすらとテーブルやイスや骨董品を浮かび上がらせ、不思議な雰囲気を醸し出す。隣に腰掛けた神威はカーテンの、薄い川蝉色に染められた少女の白銀の髪に指を通しながら呟く。
「はい…突然の事だったので成す術もなく…」
神威の呟きに遊烏は俯いたまま小さく頷く。
「春臣の一族は霊力が高く、その身を喰らうと不死の体になるだとか、己の力を高める事が出来るとか…そんな言い伝えがあって、昔は死んだ人間の体の一部を食べるという風習があったそうです。それは魔物に対しても同じ事…魔物は私達を喰らう為に襲ってきた…んだと思います」
「カニバリズムと人喰いのファントマか…」
床に伸びる時計の影を見つめながら遊烏が更に続けると、神威は今にも動き出しそうに揺らいでいる骨董品の影たちに視線を落としながら少女の髪に指を通したまま頷いた。
「鬼子と言って私を忌み嫌っていた祖母は…最後の最期で私を守ってくれました」
表情を変えずに遊烏は淡々と話し続ける。青玉色の瞳は前髪に隠され、その色は窺えない。
「その後の記憶はありません…翌朝目が覚めるとお兄ちゃんと私は警察に保護されていて…家族は夜盗に殺された、そう教えられました」
「その後親戚をたらい回しにされたワケだな」
膝の上に置いた拳を握り締めながら絞り出すように紡がれた言葉に微かに眉を顰めてから神威は遊烏の顔を隠す前髪を長い指でかき上げた。
「はい…長い年月を掛けて、お兄ちゃんと私は、家族を殺したのが贄の亜種である『閻羅-エンラ-』という魔物だという事を知りました。贄退治は昔から春臣一族が密かに生業としていたもの。私達は仇を討つ為に帝都に来て…復讐の為の贄狩りを始めたんです」
「それがいつの間にかあんな都市伝説になって、俺様の国にまで噂が流れてくるようになったってワケか」
そこで漸く顔を上げた遊烏は泣きそうな瞳で神威を見上げながら首にかけていたペンダントを取り出し、握り締めた。男はそれに視線を遣ってから優しい顔になって少女の頭を撫でる。
「この店と隣の黄昏館は…お兄ちゃんが壱拾八になる年に遺産を使って建てたものなんです。誰にも頼らず、自分たちだけで生きていく為に…。『神落屋』という名は『天月の樹』の一族に関する言い伝え…“神をその身に落として、闇を喰らう”から付けました」
「『天月の樹』?」
力無く微笑んでから遊烏は話を続け、『神落屋』の名前の由来を語る。それを聞いた神威は少し首を傾げてから少女の瞳を覗き込む。
「…遠く、小さな島国にひっそりと住む一族です…」
「なるほどな」
それまで詰まる事なく遊烏は一瞬言い淀んでからまた言葉を続ける。殆ど言葉を挟む事なく話を聞いていた神威は頷いて、少女から手を離してから煙草を銜えた。
「何故、『神落屋』の話が都市伝説で留まっているか知っていますか?」
イスを回し、灰皿を引き寄せてから遊烏は男に微笑みを向ける。何かを含んでいるような、妖しい笑み。
「…物の怪の存在が知られていないからか?」
「それもありますね。でも、それより、この街の人間が私の事を忌み嫌っているから、と言う方が大きいと思います。関わった事を誰にも知られたくないから口外しない…だから噂程度で収まっている」
銜えた煙草を再び指に挟んでから神威は考え込む。整った横顔を眺めながら少女は一瞬悲しそうな顔になり、それから再び笑みを作って答えを出した。
不意に少女は抱き締められる。切なげな顔をした神威が煙草をカウンターの上に置き、両腕をしっかりと遊烏の背中に回しているのが、置時計の硝子に映る。
「…ねぇよ…」
「せ…んせ?」
状況が飲み込めずに遊烏は戸惑ったような声を出す。
「お前のそんな顔見てらんねぇよ…」
「あ…の…」
抱き締めたまま、切なげな声で神威は呟く。耳を擽る男の吐息に遊烏は顔を真っ赤にして、微かに身動ぎした。
「楸…」
時計が動く音だけの静かな空間に神威の真剣な声が響く。男は少女の頬に手を添えて、上向かせる。近付いてくる男の美貌に遊烏は思わず目を閉じる。

二人の顔が近付き、唇が触れそうになった時、突然、ドアを激しく叩く音が静かな空間に響いた。
「チッ」
一度は無視して唇を重ねようとした神威だったが、あまりの騒々しさにムードをぶち壊され、舌打ちをしてからドアを開ける。
「なんだ、いたんじゃないか。大変だぞ」
「なんだよ龍生…」
「欅新聞社の社員が殺された。手口は炎樹華弥のと全く同じだ…冬宮の相方だったらしい」
そこには肩で息をする龍生の姿。溜息混じりに神威が問うと、鉄色の髪の男は遊烏の持ってきた水を一気に飲み干してからそう言った。
「…犯人に遭遇したんだろうな」
「そうかもな…ところで、店閉めて何やってたんだ?」
腕組みをして考え込んだ神威が呟くと、頷いた龍生は目を細めて二人を見る。
「さっき冬宮さんが言っていた“依頼主”を調べに行こうと思ってたんだけど…」
「都市伝説の記事は手に入ったのか?」
一瞬、顔を見合わせてから遊烏が言うと、神威は腕組みをしたまま尋ねた。
「あぁ。それで欅新聞社に行ったら大騒ぎだったってワケだ」
袂からメモ帳を取り出した龍生は、それを神威に手渡しながら肩を竦める。
「…帝都警察の調べが終わったら欅新聞社で葬儀を出すそうだ。身寄りがなかったらしいから…な。葬儀はヒトウさんの所でやるらしい」
神威がメモ帳に挟まっていた記事の写しに目を通し始め、少女が青玉色の瞳を向けると、龍生は優しい笑みを浮かべ、遊烏の頭を撫でてから溜息を吐いた。
「おじさんとおばさんは葬儀屋さんだもんね…」
「あぁ…葬式続きで嫌になる。それじゃあ、お兄ちゃんはもう少し情報を集めてくるよ。…別件もあるしな…気を付けるんだぞ?」
苦笑しながら遊烏が言うと、龍生はそう言って少女を軽く抱き締めてから店を出て行く。
その後姿を見送ってから、神威と遊烏は顔を見合わせて、頷き合った。


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