2003年02月05日
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さて、HPのトップに「ミカンと中国の話題です」と掲げてあるtetywestが、このまま新宮市を素通りするはずがないと訝ってらしたアナタ・・・鋭いです(笑)

せっかく新宮市まで来て「徐福」のことに一言も触れずにホテルへ着くわけにはいかない。

徐福伝説とは、紀元前219年、秦の始皇帝の時代に童男童女500人を含め総勢3000人の集団を引き連れ、仙人と不老不死の仙薬を求めて中国大陸から東方の桃源郷日本へ旅立った一団がいた。それを先導したのが秦の始皇帝からその命を受けた「徐福」だったというものだ。

この伝説の根拠になっているのは、中国の最も古い歴史書である「史記」にこの一団の話が書かれているからだ。「史記」は紀元前100年頃に完成されたもので、非常に高い学術的権威をもった大著とされている。徐福の事件は「史記」の完成わずか100年前の出来事である。「史記」には「徐福または徐市(じょふつ)は斉(せい)の国琅邪(ろうや)の人なり」と書かれている。

徐福が実在したかどうかは日本では確認不可能だろう。何しろまだ文字がなかった時代なのだ。中国でも今まで調べられたことはなかった。しかし1982年、徐福の子孫が住む「徐福村」(現在の中国江蘇州かん楡県徐阜村)が発見されたのだ。これによって「徐福」は伝説の人から歴史上の人物になった。

「徐福伝説」は日本各地にあるようだが、新宮市には江戸時代に造られた徐福の墓がある。それに日本最初の歴史書である古事記には「神武天皇が八咫烏(やたがらす)に案内されて熊野から大和に入った」と書かれている。そして、その後の天皇の「熊野詣」と来れば、tetywestの想像力はいやがうえにも膨らんでしまう。

以下は勝手なtetywestの空想の世界である。

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今から2200年程前、中国から亡命集団が南紀熊野に漂着した。そのリーダーは徐福だった。徐福は医者だった。秦の始皇帝から不老不死の薬を探すように命じられるほど優秀だったが、徐福は始皇帝の圧政に批判的だった。

しかし、徐福は用意周到だった。一人で逃げたところで所詮野垂れ死にするのは目に見えている。そこで一族を説得し、みんなで新天地を目指したのだった。ちょうどメイフラワー号に乗ってUSAへ最初に入植したピルグリム・ファーザーズ のように・・・

徐福の一族は南紀熊野一帯を基盤として次第に繁栄し、何世代かが過ぎていった。そこへやって来たのが若き神武天皇だ。大阪の地方豪族に負けて怪我をしていたのかもしれない。医者の血を引く徐福の子孫なら、神武天皇を介抱しただろう。神武天皇も怪我の療養中に、この地方に今まで見たこともなかった文明が存在することに驚く。医学はもとより、政治学、農学、土木工学、そして儒教に基づく社会秩序もあったかも知れない。孔子は徐福より300年も前の人なのだから・・・

そして神武天皇は、日本統一という自分の夢を一族に熱く語っただろう。そのためには徐一族の助けがどうしても必要だとも。一族はその理想に共鳴し、協力を約束する。

怪我も回復して元気になった神武天皇は、熊野から大和を目指すのだが、何しろ険しい山ばかりなのだ。どこをどう進んでいいのか全く見当がつかない。そこで早速、徐一族は道案内を引き受けるのだ。八咫烏(やたがらす)は古来中国から伝わった鳥で、帰化人のシンボルのようなものだった。

こうして、神武天皇は日本統一を成し遂げ、大和朝廷が生まれる。もちろん、それ以後も国政の運営には徐一族の知恵が大いに役に立ったことだろう。徐福は秦の始皇帝の中国統一を知っていたのだから。徐一族は都に招かれ、手厚い待遇を受ける。

この神武天皇と徐一族の話は代々天皇家に極秘に語り継がれ、「熊野」は天皇家にとって聖地となるのだ。後の天皇が何度も「熊野詣」に出かけるのも、そう考えれば納得できる。聖徳太子と京都の秦氏(はたし)との友好関係は有名だが、くしくも「秦」は始皇帝が創った国の名前なのだ。さらに進んだ中国の文明を取り入れたいという聖徳太子の願望によって、小野妹子が隋へと派遣されるのだった。

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最終更新日  2003年02月05日 20時40分10秒
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