言葉の花束・愛といのちの770章 その4
読書というものは、その時に応じて読み方に深浅がある。自分のその時に置かれた環境で、読み方が深くなったり、浅くなったりする。 〈わが青春に出会った本〉
〔その本を読んだときの年齢、生活環境、精神の追い求めるものなどによって、得るものは違う。人間の熟練度によっても、目に映る光の加減は変わってくる。さらに、シンパシーを持つ、心の友がいれば、共鳴の度合いも大きく変わる〕
私たちは、誰に会うこともない一日というのを暮らすことがありますが、誰に会うこともないそのときの自分を大切にしないで、真実に生きるということはできないのではないかと思います。「雑事」という言葉がありますが、雑にやれば雑事なんですね。私たちはどんなに立派なことをやっていても、それが心のこもらない雑な心でやったことは雑事で、きょう一日雑事で終わり、次の一日も雑事で終わり、一生雑事で終わったという一生になりかねない。恐ろしいものを一人のときというのは持っていると思います。 〈愛すること生きること〉
〔一日の活動のほとんどはルーチンワーク(決まっている日常作業)かもしれない。それでも積極的な動機を持てれば、些事においてもアグレッシブに取り組むことが出来る。それには、誰かのため、という奉仕精神が有効である。自分ひとりの中で完結してしまう作業は、孤独であり虚しさが染み付いている〕
何十億の人に、かけがえのない存在だと言ってもらわなくてもいいのだ。それはたった一人からでいい。
「あなたは、わたしにとって、なくてはならない存在なのだ」
と言われたら、もうそれだけで喜んで生きていけるのではないだろうか。 〈三浦綾子-文学アルバム〉
〔物理的な見返りはいっさい期待しない。純粋に、尽くせる相手がいることは幸せである。憧れだけでも出来るかも知れないが、やはり心の反応があったほうが嬉しいに決まっている。なくてはならない存在は、精神の一部であり、肉体の一部である〕
私たちは許しあわなければ生きていけない。そういう人間であることを認識する、それがとても大事なことだと、最近特に考えていますね。だから、人のしたことをいろいろ批評する前に、人間なんだもんな、という一つの共感を持って、そしてわかってあげられるようになればいいなと思うんです。 〈希望、明日へ〉
〔人間だもの、失敗もするさ、間違いもあるさ。それが許せないと言う人は、どういう人なのだろう。自分を優位に置きたいがために、他人の過失を詮索しているのだろうか。他人が失敗するのを望んでいる、そんな下劣な企みは軽蔑しなければならない〕
「自分の非を素直に認めたり、まぬけさを客観的に笑えたら、これは立派だよ。人間、立派ということは、こういうことじゃないかな。ここには劣等感も傲慢もない。あるがままの自分を見つめる澄んだ心だけがある。 寛 い心と言ってもいいね」 〈死の彼方までも〉
〔おしゃべりをしていて楽しいのは、自分のドジ話。みんなが愉快になって、ちょっと教訓にもなる。人に好かれたいと思ったら、失敗談を面白く話す能力を鍛えればいい。人は他人の失敗が大好きだから。何より、自分の失敗を笑い話に昇華させれば、心の痛みはだいぶ癒されるだろう〕
愛情とは、肉体が触れることによって汚されてしまうような、そんなもろい弱いものなのだろうか、そのようなものによってもなお微動だにしない、すべてを超えたものではないだろうか、真に愛することであれば、肉体的な結合のときにおいても、「動物的」でないおもいやりや愛情によって「人間」であり得るのではないだろうか。自分の欲情さえも、そうした本能的なものさえも、愛情によってコントロール出来るものではないだろうか。なぜ私達は、私達の肉体を軽蔑しなければならないのだろう。 〈生命に刻まれし愛のかたみ〉
〔性欲は脳幹が支配する。脳幹とは、人間(ホモサピエンス)の脳の一番古い、爬虫類時代から存在する脳だ。本来はDNAを伝達する、つまり生殖欲である。しかし、人間には進化した大脳があり、大脳が理性で行動を抑制している。けっして欲望のなすがままにはしない。が、ここに理性と欲望の葛藤が生まれる。人の心の奥底に住む悪魔は、実は爬虫類の本能にしか過ぎない。欲望に振り回されるのは、頭が爬虫類だということだ〕
待つということは、すごいエネルギーが必要だと思うの。
一体になりたいと思って一体になるエネルギーの何倍もエネルギーを必要とすると思うの、その思いを制するんですから。そうしたつよさね。そのつよさが、長い一生を築くためには、本当に必要だと思うのよ、わたくしは。パッと発散する、行動するということには、それほどの精神力は必要としないわね。 〈愛に遠くあれど〉
〔待つという行為も理性に支えられる。冷静な判断力も必要になる。自分の存在を正当化する哲学もあればいい。イライラしたり、ふてくされたりするのは、自分を 貶 める態度である。辛抱強く待つということは、人としては崇高な姿といえるのだ〕
人間という者は、人からどれほど愛を受けても、恩を受けても、それをしっかりと受けとめることはできないものだ。愛をうけとめるということ、恩を受けとめるということ、これは、愛し返せばよい、何かをして恩を返せばよい、というような安手なものではない。受けとめるということは、その人の生きたように、自分もまたその生き方をうけつぐことである。 〈天の梯子〉
〔先祖代々DNAは受け継がれるが、人間のすべてがDNAで創られるわけではない。基本は受け継がれるが、成長させるのは自分である。無数に近いDNAのスイッチの、どれをオンにするかは、自分で決められる。自分がなりたい姿のスイッチを入れればいいのだ。その時に、自分の望む姿を描く際に、他人から影響を受ける。心底影響を受けたい人に対して、愛を感じるならば、愛は人生の根幹となる〕
私たちは「愛を追い求める」ということを、「愛されることを求める」ことであると、まちがってはならない。「愛を追い求める」とは、人を愛する自分でありたいと願うことであり、祈り求めることである。 〈明日のあなたへ〉
〔自分を愛してくれる人を愛したいとは、打算である。愛は見返りを求めるものではない。その人に尽くして、お役に立てれば、満足は得られる。他人の幸せを自分の幸せとすれば、幸せは地球規模で広がり続ける〕
私は肉体に重点を置こうとは思わない。なるほど肉体というものは魔物で、精神を食べてしまうおそれはある。しかし「愛」を食べてしまうほどのものではないだろう。むしろ真実の愛においては、肉体は従順な 召使 になるのではないだろうか。 〈生命に刻まれし愛のかたみ〉
〔爬虫類の脳により 蹂躙 されるか、人間の脳により 尊厳 を保てるか、欲望と理性は交錯する。本当にこの人を愛しているかという"踏み絵"にもなる。相手を傷つける愛など存在しない〕
「理解してほしい、認めてほしい」という、人から受ける姿勢から、「理解してあげたい、慰めてあげたい」という、与える姿勢に変わる時、悩みのほとんどは解決していることを、わたしはその時から今まで、何十回となく経験させられてきたのである。 〈あさっての風〉
〔こんなに頑張っているのに、なぜ誰もわかってくれないのだ、という心の苦悩が僕の精神を破壊した。壊れたのは精神だったが、異常が表れたのは体だった。眠れず、心臓が締め付けられ、嘔吐した。苦しみから逃れるには、死ぬしかないとまで思った。
それが、人を助けることで、生き甲斐となり、心が解放されるという発見をした。振り返れば、運命的な出会いであった〕
私たち人間がもし世の中を創ったら、きっと丈夫な者ばかり、頭のよい者ばかりを創って、その結果、ぎすぎすとした、うるおいのない、優しさのない、もっと 殺伐 なこの世をつくったかもしれません。コピー人間の発想にも、そうした愚かさを私は感ずるのです。優しい心を持たぬ科学は原子爆弾を生みました。原子力を平和産業にと利用しつつも、その汚染におののき、その廃棄物の処理に苦慮しています。「役立つものを求める」のはよいとして、そのあまり、人間はしばしば利欲に目がくらみ、人間の持つべき最も大切な愛を忘れます。 〈藍色の便箋〉
〔「最も優れた人間がこの地上を獲得し、地球内外の諸領域で自由に活動できる」ようにするため、「遠い将来人類に生ずるであろう諸問題の克服のため、最高の人種だけが、全地球上のあらゆる手段と可能性に支持されて、支配民族たるべく招かれている」「世界史上最も偉大な民族であるゲルマン人による人種革命」―アドルフ・ヒットラー『わが闘争』
ナチズムはドイツ民族の過ちであったが、個人の心の中にも、選民思想が垣間見える人々がいる。己の優位にばかり腐心し、他人を蔑む態度の人は有害である。世の中が、自分のような人ばかりだと幸せなのに、と思える人を目指そうじゃないか〕
今の君にぼくが贈るのは、
「われわれ人間はすべて、弱さと過ちからつくられている。われわれの愚かさを許し合おう。これが自然の第一歩の 掟 である」
という言葉です。この言葉を、真剣に考えてください。 〈帰りこぬ風〉
〔自分勝手に映るかもしれないが、僕を許してほしい。僕も、すべてを許すから。お互いに許しあって、はじめて真実の愛に到達できる。僕たちの心は、宇宙と同じ広さの包容力がある。愛は永遠であり、無限だ〕
空の青さをしみじみと見つめながら私は思った。空の色と不調和な色があるだろうか。山も、建物も、木も、花も、人間も、電柱も、雀も、鴉も、なんと空の色に調和して美しいことだろう。空の色はすべてのものを受け入れ、すべてのものの本来の色の美しさを引き出してくれる。言ってみればそれは「愛」と言っていい。 〈この病をも賜ものとして〉
〔愛の広さは、宇宙の広さに等しい。森羅万象すべてを愛が包み込む。それくらい大きなものなのだ、愛とは。では、その愛はどこにあるのか。愛は、一人ひとりの心の中にある。ゆえに、心は、宇宙である。
宇宙の広さを感じていれば、世の中のせせこましい悩みなど、関わりあっているのが愚かしくなるだろう。愛の深さを信じれば、すべてを許すことで、真実の幸福に包まれるだろう〕
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