太陽と土と水を
作詩:中村八大 作曲:中村八大
人様は力があれば幸福が
つかまえられると考えた
力をたくわえた
人様は力があれば幸福を
つかまえられるとやってみた
力は消えうせた
力は知恵に負けた
力は消えた
力は知恵に負けた
力は消えた
人様はお金があれば幸福が
つかまえられると考えた
お金をたくわえた
人様はお金があれば幸福を
つかまえられるとやってみた
お金は消えうせた
お金は知恵に負けた
お金は消えた
お金は知恵に負けた
お金は消えた
人様は知恵があれば幸福を
つかまえられると考える
知恵を働かす
人様は知恵があれば幸福を
つかまえられるとやってみる
知恵はただひとつ
太陽と土と水を
この手でさがそう
太陽と土と水を
この手でさがそう
太陽と土と水を
この手にもとう
太陽と土と水を
この手にもとう
画像の曲は坂本九バージョンですが、もともとは46年合歓ポピュラーフェスティバルにて、作曲家中村八大自身の歌で参加したものでした。
出発 の歌』で、上条恒彦が強烈なデビューを果たした年でもありました。
ポピュラーフェスティバスは、後に「ポプコン」と呼ばれるようになり、中島みゆきや八神純子、世良正則&ツイスト、渡辺真知子、長渕剛、チャゲ&飛鳥など早々たるミュージシャンを輩出し、ニューミュージックの登竜門と称されるようになります。
中村八大も、44年の第1回に『涙をこえて』の作曲でグランプリを受賞しています。
『太陽と土と水を』は、僕はずーと永六輔の作詞だと思っていました。
永六輔と中村八大は「六八コンビ」と呼ばれ、数々のヒット曲を世に送り出していたので、その中の一曲だと思っていたからです。
『黒い花びら(歌:水原弘・第1回レコード大賞受賞曲)』『こんにちわ赤ちゃん(歌:梓みちよ・第5回レコード大賞受賞曲)』『帰えろかな(歌:北島三郎〉』『おさななじみ(デューク・エイセス)』『遠くへ行きたい(歌:ジェリー藤尾)』等々、当時の黄金コンビでした。
さらに坂本九が加わると「六八九トリオ」となり、代表作の『上を向いて歩こう』は、全米チャート1位になった世界的名曲です。
さらに詞の雰囲気も、イメージ的には永六輔テイストだったからですが、長く一緒に組んできたことで考えることも似てきてしまったのでしょう。
ざっと調べて限りでも、中村八大の作詞はこの曲だけでした。
僕がこの歌を好きになったのは、まさにこの詞で、なんとなくギリシャ哲学っぽいところが当時(高校1年)の背伸びしたがりの気持ちにはまったのでした。
父親が本好きであったために、僕も本が友達でした。
愛読書の1冊に自由国民社の『生きている世界の名文句』という故事名文句集があり、その中のギリシャ哲学編が大好きでした。
ソクラテスからプラトン、アリストテレス、ディオゲネス、ピタゴラスと、2500年以上昔の哲学者が、宇宙・自然・人間について、科学的にここまで極めていたのかと驚きの限りでした。
ギリシャ哲学(イオニア学派BC.6~5・ソクラテス以前の哲学)では、太陽・土・水・空気・火を万物の起源であると考えていました。
世界中のどの民族宗教もこれらの自然を神として崇めていましたが、ギリシャ哲学のすぐれていたのは、これらの自然現象の相関関係を分析しているところで、あきらかにここには科学の芽がありました。
ここを基点に、自然の発展的創造物である“人間”についての哲学的考えが及ぶのです。
自然の中で生まれた人間は、自然の恩恵を供することによって、存在ができます。
GDP1%の農業が壊滅したって、他の産業で儲ければいいのだという論理(TPP推進論)は、自然の摂理から言っても間違っているのです。
エネルギーも自然の恵みをいただいて、活用するのが道理です。
太陽光・地熱・水力・風力を活用させていただいて、生活するのが正しい選択です。
原子力は、自然の中の人間と言う範囲を、明らかに逸脱したものでした。
福島原発事故を経験し、失敗することで真理にたどり着いたのなら、方向を転換することに躊躇する必要はありません。
今すぐ幻想を解き、自然の力を借りたエネルギーに全面転換するべきでしょう。
「♪太陽と土と水をこの手にもとう」とは、40年も前に今日の日本を予言していたようです。
安倍政権が高支持率を保っています。
金融緩和や財政投資(震災復興として)は僕もこのブログで訴えていたことなので歓迎しますが、原発推進は呑めません(TPPの反対ですが)。
この矛盾を次の選挙でどう表現すればいいのか困惑しています。
→やはり目先の“欲”にとらわれてはなりません。
さて話は逸れましたが、中村八大がこの思いに至ったのは、ギリシャ哲学ではなく世界一周旅行の途中で立ち寄ったネパールでした。
当時の売れっ子ぶりがすさまじく、逃げるように飛び立った世界旅行でした。
そこで、人間のあるべき姿に目覚めるのです。
ネパールといえばエベレスト登頂の玄関口であり、幸せの国ブータンの隣国で、お釈迦様の生地でもあります。
最近では、昨年無罪判決が確定した「東電OL殺人事件」で、冤罪を受けたゴビンダさんの故国でもあります。
TV取材で現在のゴビンダさんを訪ねた際、美しい自然に恵まれた住まいが映し出されていました。
自然と共に生活するネパール人と暮らし、悟ったことがあったのでしょう。
人間の知恵が行き着く所は、自然だったのです。
それを日本に帰って訴えたのですが、高度成長期に突入した日本人には届きませんでした。
人類の歴史は多くの間違いを繰り返しましたが、それを教訓として次の世代に伝えていくことで失敗は生かされるはずです。
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