空を見上げていたい

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ちょめり

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2008.02.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
本日2回目の日記です。



年賀状で、東京時代の親友の第2子誕生を知りました。


今は京都に住んでいますが、4年前は東京に住んでいました。

ママ友達がいなかった私は、歩いて2分の区のセンターで彼女と知り合いました。
娘と1ヶ月違いの男の子のお母さん。
彼女はとても明るく、そして気遣いの上手な人です。

何人かママ友はできましたが、彼女はお互いに特別な存在でした。



私達はたちまち仲良くなり、家族ぐるみで付き合うようになりました。
毎日の楽しい生活。

私達は自分達の過去の話から、育児についてまで色々なんでも話しました。
彼女も苦労して育ち、お母さんとご主人、そしてRくんと4人で暮らしていました。

お母さんとはよく喧嘩をしていたようですが、
ご主人と離別後、1人で3人の子供を育てた彼女のお母さんは




『核家族でご主人も殆ど家にいない彼女がどんなに大変なのか、あなた分かるの?』



そうお母さんは言ってくれていたそうです。
でもね、彼女は分かっていてくれていたんですよ。

そして、母と同居するのがどんなに大変か、父が養子だった私はよく知っていました。


ひどい風邪で寝込んでいた私に、食事を届けてくれたのも彼女で
お母さんもそれをしたらどうかと話してくれたのです。
本当に色々助けてもらいました。


初めてうちに彼女のご主人が来た日、ご主人は酔っ払って我が家で寝てしまいました。
それほどうちの主人とも打ち解けてくれたんです。
彼女は怒っていましたが、私がとても嬉しかった。



そうやって、私達は親友になっていきました。






本当にショックでした。
どんなに2人で泣いたでしょう。



そして私は親友を作るのが怖くなりました。

『またいつ転勤するのか分からない、こんな思いはもうしたくない…』

私は京都に来ても、人と仲良くするのを無意識に避けていました。



親友とは、お互いの家族で京都・東京に行きあいっこをしました。
そして、私は鬱になり、連絡する事をしなくなってしまいました。



そして、今年の年賀状で娘さんが産まれたことを知りました。
本当に嬉しかった。自分の事のように嬉しかったんです。

その頃、ちょうど息子が自閉症ではないかと疑いを強くしていた時期。
確信に変わって、動揺していましたが、お手紙と出産のお祝いを贈りました。


お礼のメールに「早く帰って来てね♪」と書き添えられていました。

私は
「ちょっと色々あって、帰れなくなってしまったの」
と返信しました。




一番にあなたに相談したかった。
でも子供を産んだばかりのあなたに、それを話すことはできませんでした。
いつか話す日が来るでしょう。
あなたと一緒に泣きたい、そして理解してもらいたい。
あなたはきっと理解してくれる。
そう確信しているからです。



今日、内祝いの紅茶が届きました。
子供達は紅茶が大好きです。


彼女の赤ちゃん、元気にすくすく育ってね。
本当に心からそう願っているちょめりでした。





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Last updated  2008.02.01 19:39:57
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