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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。時に時間は、空のように大きく、海のように深く人を包んでくれるのかもしれません。先日、亡くなった友人の母から、お供えのお礼の電話をいただきました。友人の母は、最後に「ようやく、息子をお墓に入れることができました。」あれは、四十九日が終わった頃でした。仕事で近くにきたついでに、お線香をあげさせてもらおうと思い、寄らせてもらいました。すると、まだお骨箱が飾ってありました。こちらでは、大体、四十九日を機会として、お墓に納骨される方が多いのですが。私の視線に気づかれた友達の母は、「お墓に入れないといけないのにねぇ。 分かっているんだけどねぇ。」私は、墓地を探しているのだろう。と、あまり気にもとめていませんでした。そして、一回忌の時に訪れてた時にも、まだ、飾ってありました。私は、そろそろ納骨された方がと思っていましたが。口には、しませんでした。彼女は、彼女なりになにかお考えがあるのだろうと。それが、三回忌を過ぎても、まだ飾られているではありませんか。そして、今も亡くなった息子に話し掛けながら。周りの方にも言われたのでしょうか。私に話してくれました。「お兄ちゃんは、お墓に入れないといけんのんかねぇ。 まだ、そばにいるような気がしてならんのよ。 どうしても、できんのよ。」私は、この仕事がむいていません。こんな時、普通は納骨を勧めるのでしょう。本人の為にも、1日も早く心の整理をすることが、故人の供養になると。私は、なにも考えず、答えていました。「いいじゃあないですか。 心の整理がつくまで、そばにいて貰えば。 彼がもう、いいだろう。って云うまで。」おばさんが、どんな気持ちで私の言葉を聞いていたのか。葬儀屋の一社員としてなのか、息子の友人としてなのでしょうか。おばさんの半分しか生きていない私が、それも、自分の子供を失う経験もない未熟者が、偉そうに、分かったような顔をして・・・・。あれから、ずっと気になっていました。私の無責任な一言が、おばさんを苦しめていないだろうか。せっかく、親戚や知人のおかげで息子の死を受け入れようとしていたのに。先日、亡くなった友人の母からお供えのお礼の電話がありました。最後にありがとう。と。おばさん。ありがとうなんて、言わないでください。あなたを5年もの間、心の整理がつけれなかったのは、私のせいかもしれません。ようやく、おばさんは、歩き始めた。人生より難しき芸術はなし。他の芸術学問には至るところに師あり。
2005.05.31
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。それは、冗談から始まったようです。。2ヶ月前に私の友人が結婚しました。(年下ですが。)その時、記念にと友人同士、お金を出し合って、なにか送ることとなったのですが。私の別の友人が選んだものは、宇宙戦艦ヤマトのプラモデルなんです。1メートルもするものでした。彼が好きだったことは、知りませんでした。今、彼は、それを作り終え、それにまつわる他のものまで作っています。そして、CSからテレビシリーズを録画して、毎日のように観ています。ひとがハマるということは、恐ろしい。彼は、また、コンビニで売られている、お菓子のおまけにも集めてみようと言っていました。ここまでくると…。少し、うらやましく思いました。だって、夢中になるってことは、人よりも、深く考え、広く知ろうとする姿勢の表れですから。そして、どんなくだらないことでも夢中になれる人は、きっかけさえあれば他のことでも夢中になれるものだと思います。何事にも冷めた目で見ていると、いつか、私のように大切なことも見えなくなってしまいますよ。もちろん、過ぎることも問題かもしれませんが。微熱と熱病。オタクとストーカー。夢中と盲目。百薬と肝臓ガン。運動と疲労。皆さんのハマっているもの。教えていただければうれしいです。どんなものでも、ほどほどに。人生における大きな喜びは、君にはできないと世間がいうことをやることである。
2005.05.30
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。いかがでしょうか。私の底の浅さが、お分かりいただけたと思いますが。そして、私自身も改めて考えるいい機会でした。私が幸せについて考えれば、答えの出ぬまま、人生が終わってしまうような気がします。かの有名なベートーベンは、死ぬ直前にこう、話したそうです。「諸君。拍手したまえ。喜劇は、終わった。」(ほんとかどうか定かでありません。)あれだけの障害にも負けず、偉大な足跡を残しながら、自分の人生を喜劇と言いました。私は、いままでを振り返ってみますと、あらゆる選択に自分は、真剣に考えていたのか。と。いつも、急がされいつも迷って、逃げ出して。坂道を駆け下りながら、落ち着いて考えようとしても、もう、止まれるスピードではなく。そんな時に、誰かに背中を押される。そんな毎日だったような気がします。そんな私が今に至ることは、自然の流れ。当然のことなのでしょう。この日記を通じて、ようやく、自分について考えられることができました。言い訳もしませんし、後悔もしていません。まだ、始まったばかりですから。幸せの形は、健康であること。好きな人がいらっしゃること。なにかひとつのことに打ち込むこと。人それぞれ、いろいろあります。そして、幸せに気づかないことが幸せ。そう、考える方も。才能のない私が、あれこれ望んでも仕方ありません。人生は、プラスマイナス、ゼロ。そう云われますが、せめて、少しだけ幸せの多い人生であるよう努力しなければ。皆さんに教わりながら。喜劇にさえならぬ、寸劇であったとしても。そして、いつの日か、あなたにはい、幸せですよ。と答えられるように。人生は道路のようなものだ。一番の近道は、たいてい一番悪い道だ。 貧乏父さんのおすすめ。 商品 バナナもビックリ!朝の快通!!あぁ~腸うれしい菜♪1箱(35個入り)からご購入できます。 スタート価格: 51円 (税込53円) 送料別 bydemerara
2005.05.28
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。もう一人の私の師。大人になると、親しい友人ができない。よく、そう言われます。しかし、私の友人の何人かは、30歳を過ぎてからの付き合いで、とてもお世話になっています。彼は、私から見ると、とても信じられない人なんですよ。例えば、彼の庭でバーベキューをしょうとすると、私は、いつも手伝うつもりで1時間前に行くのですが、いつも終わっています。人数分の椅子やクーラーボックスに氷とお酒まで用意して。初めは、びっくりしましたが、彼の性格なのでしょう。この前は、ピザ屋を始めました。というメール。行ってみると、彼は、前日から生地をつくり、寝かせ、私達家族が来る時間に合わせて、焼き上げるんですよ。彼は、ディズニーランドの研修でも受けてきたのかと思うほど。いつも、嬉しく、楽しい時間を過ごさせてもらっています。もちろん、彼は、料理や後片付けもやります。彼の奥さんとお話すると、初めは、無力感を感じていたそうです。彼とは、喧嘩にならない。とのこと。いつも、彼女が一方的に言って、彼は、頷くばかり。私も、何年か付き合ってきて、少しだけ分かりました。彼は、心から好きなのでしょう。してあげることが。彼にとって、難しい話など必要ないのかもしれません。幸せとは何か、とか。夢とは何か、とか。自分らしい生き方とは何か、とか…。彼に夢は。と聞けば、きっと、子供の成長だ。と答えるでしょう。そして、幸せとは。と聞けば、子供を寝かせるために傍で横になり、そのまま寝てしまう。そんなことだと思います。彼にとって、輝く都会で描かれている夢や、トレンディードラマに出てくるような幸せなど興味のない話でしょう。私は、彼と会うたびに教えられます。幸せについて。周りの人には、興味のないことですが、私には、そのありきたりな幸せ、ありきたり過ぎて、輝くことのないことがとても素晴らしく思えます。以前、それらしい話をしたことがあります。すると、彼は、貧乏父さん(名前)の方が知っているよ。絶対に違う。私は、君に教わっているのですよ。今の人間は偉大なものの「あらさがし」をしては喜んでいる。偉大なものを攻撃すれば、その分、自分が偉く思われると信じているのだ。ばかばかしい!偉大なものを尊敬してこそ、その分、自分も高まるのだ。
2005.05.27
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。幸せについてお話するならば、私よりも皆さんの方がよく分かっているでしょう。これは、嫌みでもなんでもなく、心からそう、思っています。38歳にもなって恥ずかしい話ですが、私は、幸せがなんなのか、わかりません。昔、私の妻のご両親に挨拶をしに行ったときのこと。話がこじれまして。彼女の父が、「私の娘を幸せにしてくれるのか。」と聞かれ、私は、わかりません。と答えました。彼女の父としては、嘘でも、言って欲しかったのか、はっきり言えない人間に幸せになれるばずがない。そう、考えていたのかもしれません。いまなら、父の気持ちも、少し分かるようになりましたが。でも、私は、答えられなかった。私自身、幸せがなんなのか分からないんです。育った環境が関係しているのか・・・・。私の両親は、物心がつく頃から仲が悪かった。そして、学生の時、母が家を離れた。その時から私は、女性との付き合い方も、愛し方も分からなくなりました。まして、幸せなんてわかるはずがない。私は、父から、どんなことをしても生きる。ということは、学びました。ご両親のいらっしゃる皆さんは、気が付いていないだけで、自然に学んでいるんですよ。喧嘩をした時の仲直りの仕方とか、上手くいかす為のお互いの引き際とか、どういったことが家族の幸せなのか。夫婦の愛し方とか・・・・。妻の両親には、申し訳ありませんが、私の正直な気持ちでした。今も、私には、答えが出ていません。あの時、彼女がこう言いました。「私は、自分が幸せになる自信がある。そして、彼も。 私達は、お互いに相手にすがって幸せにしてもらおうとは、思っていません。 もし、幸せになれないとわかれば、私達は、別れます。」私の気持ちは、その通りでした。でも、彼女にとってのあのときの言葉は、私を助けるためのことなのでしょう。両親に愛されて育った、彼女の幸せは、私の幸せとは違うはずです。私の幸せが、彼女の幸せそして家族の幸せにつながるのか。それはわかりません。間違っているのかもしれません。しかし、私は、彼女に教わりながら幸せについて改めていこうと思っています。そして、いつの日か私の幸せが家族の幸せとつながることを願っています。そんな私が、ひとつだけ言わせていただくならば、私達夫婦は、それでいいでしょう。私の両親も、そういった意味で、別れたのかもしれません。しかし子供は。最近、世の中ではシングルマザーや、シングルファザーが多くなっているそうです。私は、決して片親の人達を中傷するつもりは、ありません。いろんな幸せのかたちがあるでしょうし、片親だからといっても、幸せに暮らしている人は、いっぱいいらっしゃるでしょう。だいいち、幸せでない親の顔を見続けることは子供にとって、最も避けなければならいことだと思っています。私が言いたいことは、確実に子供は、親の気づかない荷物を背負います。私は、親もその同じ荷物を背負うべきだ。と考えるのですが。私の子供が背負う荷物。それは、私の幸せとどちらが重いのか。云うまでもない。この日記において、心を害された方。そんなつもりは、ありませんでした。心よりお詫びいたします。この世で生きている以上、あらゆる者が無傷ではいられない。
2005.05.26
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。バレてしまいました。私の心が。知り合って1ヶ月位の大切な方に。私は、この日記に素晴らしいことを書こうとか、いい言葉で感動させようなんて考えていません。四十前の貧乏父さんが、仕事が終わって自分の庭の縁側で、ぼーっと空を見ながら物思いにふけっている。そんな日記です。私の妻は、興味がなく見ることもありませんので、ただ、ひたすらに正直であろうと。正直であればあるほど、私は、この時間が好きになっていたのですが。まさか、その正直さがこのようなことになるとは。わずか1ヶ月の大切な友人にバレてしまうとは。二十年以上の友人にも知られることのないことです。あなたは、ほんとうに幸せなのかな。私は、気づかれた友人に感心するとともに、自分の底の浅さに呆れてしまいました。わずか、70位(くらい)の日記で分かってしまうような人間です。でも、彼からの問いかけに私は、答えてあげなければ。そう、正直に。たとえ、あなたが遠ざかることになろうとも。何の目標もなく生きるほど人生は長くない。人生に目標を持つと、生きる張りが出る。そして毎日が楽しくなる。
2005.05.24
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。書き始めた当初に褒めて頂いた、20歳以上違うある方に。心が壊れてゆく音が聞こえたような気がします。少女は、とても優し過ぎた。そして、とてもおとなし過ぎたことがいけなかったのか。彼女は、イジメを受けていた。カバンに机にノートに。人間を否定され、罵倒された言葉を書かれていた。周りには、無視されいつも独りでいたという。小さな心には、あまりに大きな傷。想像すらできない。先生は、気づかなかったという。ならば、親が。彼女は、とても優しい人だから、親に心配させてはいけないと、考えたのでしょう。家では、いつも明るく、笑っていたそうです。両親も気づいてあげれなかった。それにもまして、彼女は、登校拒否という選択さえ、選ばず元気に家を出ていたそうです。1日、2日ではなく、何年もの間。わずか十年ちょっとしか生きていない人間が耐えられる訳がない。小さな心に負った痛みを理解するには、私の人生をはるかに超えている。幸いなことに、彼女は、死を選ばなかった。幸いなことではない。彼女は、私が到底追いつくことのできないくらい強かったのだ。そう、信じています。そして、ご両親がちゃんと教えていたのだと思います。決して、偶然や神様の仕業などではなく。彼女は、今、新しい学校で本当の学校生活を送っています。 失った時間を取り戻そうと、頑張っているのでしょう。強いものが太陽の光を浴び、弱いものが大切な時間を失う。世の中、なにかが間違っている。私の子供の運動会は、いつも雨です。(もっとも、まだ3回目ですが。)ここに、その時の写真が数枚あります。どれも、笑顔はありません。雨だったからなのか、途中で中止になったからなのか、それとも一番になれなかったからなのか。そして、私の前で笑っているのは、妻が見に行ったからなのか、母のお弁当が美味しかったのか…。もしかしたら、私は、こんなことをしている場合ではないのかもしれません。独りでパソコンの前に座っている場合では。不器用な父と不器用な子供。私がしてやれる事といえば、傍で話を聞いてあげることしかない。このサイトを更新したい気持ちはあるのですが、日記や皆さんのコメントの御返事が、理由なく遅れる場合があります。ご理解いただければ、幸いに思います。子供の教育について最悪の間違いは、親や教師が、誤った道にさまよっている子供らに向かって、悪い結末を予言してやることである。
2005.05.23
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。私の小さな庭には、飾り程度の畑があります。この畑に私は、たくさんの恩恵にあずかりながら、私は、手をかけたことがありません。もちろん、水やりと草むしりぐらいはやりますが。おおざっぱな育て方は、子育てと似ているのかもしれません。まあ、趣味ですから。いままでに収穫したものは、ジャガイモ。これは、私の妻が冷蔵庫で腐らせたものを植えたら、いつの間にかできてて。これがまた、放っておいたら、毎年成るんですよ。そして、カボチャ。これは、生ゴミを堆肥させ、畑に撒いていたら、これまた勝手に蔓を伸ばし、できていました。その他、知り合いから貰った苗でできたものは、枝豆、スナックエンドウ、きゅうり、ナス、。果物では、イチゴ。これは、失敗。鳥や虫に食べられ、2、3個しか採れませんでした。自然てすごいなぁ。何もしていなくても、力強く芽を出し、実をつけようとする。その努力に自然は、適度な光と水を与えてくれる。なんて、素晴らしいバランス。人間のすることなんて、これらに比べれば、ちっぽけなものなのかもしれません。そして、子育ても。自然がしてくれることに比べれば、子供は、育てるものではなく、育つものなのかもしれません。自然がしてくれることに、親は、大きく育つように、少しだけ、正しい方向に向けてあげる。それだけでいいのかも。なまじ、大きく育つように、土の中の石をとったり、過剰な肥料を与えたり。そんなことをしなくても、子供は、土の中に石があろうと、養分が足りなかろうとくさることなく、そして、負けることなく、自分の全てを使って、力強く根を伸ばすことでしょう。間違っているかもしれませんが、そう、願います。そんな私がこの度、メロンの苗を頂きました。(いままで、メロンって北の方じゃないと出来ないと思っていました。)これって、放っておいてできるものなのかなぁ。カボチャみたいなもの?やっぱり、植える時期とか、水の量とか、メロンにあった肥料とか、病気に気を付けたり・・・・。いい物を作るには、手をかけるべきなのかなぁ。人間も。うーん。わからない。鳥は、自分が飛べることを信じて疑わない。魚は、自分が泳げることを確信する。もしも、疑う気持ちがあれば、鳥は、落ち、魚は溺れてしまう。
2005.05.21
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。最近、くしゃみが多くなりました。何か、目もしょぼしょぼと。もしかして、花粉症?私の妻に相談してみると、「花粉症じゃないよ。ただの噂じゃない。 あなたは、いつも気にし過ぎるのよ。」病は、気から。そんなものかと私は、信じています。話は、変わりますが、今日は、暑かったですね。私は、暑いのは、だめなんですよ。遊ぶなら、好きなんですが、仕事となると、汗だくになってバテるし。虫は、多いし。どこにいても息苦しくて。今日も、そんな1日でした。これも、気のもちようなのかなぁ。暑くない。暑くない。・・・・・・。汗暑いんだよ。暑いの!体が壊れているんじゃああるまいし、どう考えても、暑いものは、暑いの。あーあ。夏が始まりました。皆さんも、暑さに負けないでくださいね。安禅(あんぜん)必ずしも山中をもちいず、心頭滅却(しんとうめっきゃく)すれば火も自ら涼し。
2005.05.20
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。先日、テレビで日立電鉄線の廃線のニュースをしていました。日立電鉄線(常北太田駅~鮎川駅間18.1km)は、1961年の717万人をピークに利用者は激減。平成17年3月31日をもって、77年間の歴史に幕を閉じました。私が心をとめたことは、涙でした。運転手さんではありません。運行が終わり、最後の駅で運転手さんと駅員さんが、花束をいただき、挨拶をしていました。でも、これで全てが終わりではないんですね。ニュースは、この日立電鉄線で働く、二人の整備士の親子のお話でした。親子二代に渡ってこの日立電鉄線の整備に携わっていたということ。決して、表に出ることのない世界。もし、出るとすればミスや故障、事故が起きた時でしょう。表に出なくて、当たり前の世界。父は、退職し、息子は、新しい職場につきます。ここでも、やはり光の前には、出てくることはないでしょう。光をささえていた影達。運転手さんに花束を渡しているその隅で、自分の気持ちを引き締めている。彼が電車を車庫へと運ぶわずかな時間。彼は、運転室の中で、独り、暗闇である遠い先を見つめていました。頬をつたう涙を拭おうともせず。あらゆることには、光と影が存在しているのかもしれません。影となって支えてきた彼等にもまた、影となって支えてくれる人がいらっしゃるのでしょう。私の光をささえてくれている人達。私もまた、その全ての人の影となって、支える欠片となっていることを信じています。ありがとうございます。親や家族。友人や知人。そして、あなたに。我々人間というものは馬鹿だから、足元に転がっている幸運は見過ごしてしまう。そして、手の届かないようなものばかり追い求める。
2005.05.19
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。私の妻と子供を起こさないように、そっと、家を出た。空は、ぐずついていたが、かまわない。雨が降り出せば、帰ればいい話だ。車を走らせると、この街もまだ眠っているのか、空気が冷たかった。私は、海に向かっている。通勤の車とすれ違うと、いつも、私を横目に休日を愉しんでいる人達。今度は、私の番だ。自然と笑みが出てくる。平日に街を離れるのは、気分爽快です。多くの人が街へと向かう中、私のミラーは、次第に街を離れてゆく。少しだけ、落ちこぼれたような、社会にはみ出されたような不安を残しながら。いかん。また、マエナス思考がちらちらと。10分も走ると、山道に入ります。私は、そんな気持ちを振り払うようにアクセルを緩めます。すると、一台。また一台とつぎつぎと私の車を追い越してゆきます。かまいませんよ。どうぞ、追い越してください。私の休日は、始まったばかりですから。車から、流れている曲は、いつもは、私の選りすぐりの最新ヒットナンバーなんですが。(いつも、私の妻は、懐かしすぎて、大笑いされますが。)今日は、なぜか、吉田 拓郎です。(でも、いい曲が多いんですよ。)車の数が、少なくなると、溝(ドブ)のような香りがしてきました。私の海の香りです。魚の餌を買って、お酒を買って。そろそろ、海が見えてきました。車の窓を開けて、からだいっぱいに、海の香りを吸い込むとどこからか、声が聞こえてきます。気楽にいこうよ!先は、長いんだから。さあ、魚を根こそぎいただきだ。砂浜に着くと、雨が降り始めた。暗がりの所にばかりいると、心までいじけてくるものさ。
2005.05.18
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。私は、前回の日記でお話したように、釣りが好きです。夏になると、よく出掛けます。ても、ほんとは、好きではないのかもしれません。始めたのは、最近ですし、雨が降ってまで行こうとは思っていませんし。なにより、釣ろうとする魚にこだわっていませんし。じゃあどうしてと思われるかもしれませんが。んーっ。きっと、あの時間にこだわっているのかもしれません。私は、いつも私の妻には、絶滅させてくる。と言って出掛けるのですが、結局、なんの殺生もせず帰ることが多いです。つまり、業界用語で坊主です。でも、あの時間。釣れるまでのあの時間が私には、苦痛なのです。いままでいつも、なにかしていないと気がすまなかった。なにか損をしているというか、自分だけつまらない人生を送っているような気がしていました。釣れるまでの時間。最初は、魚の気持ちを考えます。そのうち、耐えられなくなります。我慢する。でも、釣れない。まだ、我慢する。ピクリともしない。それでも、我慢する。すると、今、自分は、なにをやっているのだろう。と自分に問いかけ始めるんです。こんなとこで。帰って、テレビが見たい。パソコンがしたい。読者をしたっていい。そのうち、全てをあきらめます。すると、いろんなことが頭に浮かびます。今日は、いい天気だということ。海は、青いということ。この前の失敗。あのときの喜び。いままでの自分。これからの自分。いつも、答えなんてでてきません。でも、少しだけ気持ちがすっかりします。なにもしない無駄な時間。このひとときを楽しむことができたら。私は、自分らしい生き方に一歩近づく。私の妻に魚を絶滅させてくると言った、後ろめたさを残しながら。自慢話、声を大きくして話すのやめよう。苦労話、つらく話すのやめよう。 貧乏父さんのおすすめ。 商品立ち仕事が多くて足が疲れる・冷え性で冬場に足が冷たい・最近なんだか疲れぎみ。そんな方にぴったりなのが従来の機能にジェットと赤外線フットヒーターが追加され更にパワーアップしたフットバス アルファ。価格:10,500円(税込) bydemerara
2005.05.16
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。おそらく多くの方が、私のタイトルに騙され訪れたことでしょう。すみません。そして今日も、たいした事を書いていません。今日は、仕事日和でした。と思っているところへ、「天気が良かったので、釣りに行ってきました。キスのいいのが釣れたので、今夜は、刺身と天ぷらです。」と友人からのメール。あーっ。行きたかった。仕事をしている私を横目に釣りだなんて、さぞ楽しかったことでしょう。釣った魚を天ぷらに。ほくほくとしたあの美味しさ。そして、労うようにお酒をぐびっと。こんなにいい天気に仕事をしていたなんて、残念でなりません。キスの季節になりました。皆さんは、このいい天気にどんなことをしていたのかな。釣りの好きな人も、そうでない人も、この天気が、あなたにとっていい一日であったこと。私は、願っています。人生にはただ三つの事件しかない。生まれること、生きること、死ぬことである。生まれるときは気がつかない。死ぬときは苦しむ。そして生きているときは忘れている。
2005.05.15
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。今日、みのさんの番組で、綾戸 智絵さんが出演されていました。。ジャズシンガーの方なんですが。観ましたか?私は、釘づけになってしまった。まさに、私の心です。彼女の人生そのものが、どんな物語よりもどんなすばらしいお話よりも、私の心を震わせました。感動とゆうより、同じ感性をもった人が私の他にもいるんだ。って意味で。私の今までの日記で、言いたかったことをけろっと言ってのけた。私は、あんなに苦労して考えたことを。観ていなかった人に、私は、話して差し上げたいのですが、私には、無理です。未熟すぎて、上手く伝えることができません。彼女の子育てや、人生観について。そして、ゲストの方が口々に、「いいお子さんに育ちましたね。 苦労もあって、大変だったでしょう。 綾戸さんの選択は、正しかった。」って、涙を流しながら答えていました。まだ、始まったばかりですよ。彼女は、そう言いたかったような気がします。選択が正しかったとか、いい子供に育ったとか。そんなことは、最後の最後に分かることなんじゃあないかと。人生において、正しい答えなんてないんですよ。人生は、算数のように決まっていないのですから。間違っているかもしれないが、懸命に生きる。その後姿を純粋な子供が正直にみている。そうゆうことかもしれません。そして、さらにこれからも、苦労するでしょう。小学生のように間違え、学んでゆく。彼女は、笑ってこう答えるでしょう。かまいませんよ。たまたま付けたテレビなのに。子育ては、ドアの鍵を開けるようなものです。あせっていては、上手くいかない。無理やり押せば、倒れるだけです。
2005.05.13
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。前回のでのコメント、大変ありがとうございました。そして、言葉が少し足りなかったようです。そこで、今回は、皆様の知恵をお借りしたいと思っています。「今度の土曜日、・・・が食べたいなぁ。」「時間があったらね。」「私も手伝うから、一緒に作ろうか。」「うれしいけど、父さん手伝うと段取りが悪くなるからいいよ。 また、今度作ってあげるよ。」「君は、作る気になれば美味しいんだから。」「気が向いたらね。」「じゃあ、・・・・をしとくから。」「いいよ。 結局、父さん大ざっぱにして、結局、私がやり直すことになるんだから。」どうやら、私は、家では役立たずなのでしょう。どんな言葉が彼女を作る気にさせるのでしょう。子供の力を借りると、「いやなら、食べなくてもいいよ。」私は、作ることのなくなった料理が食べたいんです。ねっ。私にとって贅沢と書いた意味が分かってもらえたでしょうか。作れ。って云うことは、簡単です。そして、作ってくれるでしょう。でもそれでは、作る方も食べる方も意味が無くなってしまう。大体、美味しいはずがない。私には、難しい。でも、私は、確かに彼女を愛しています。綺麗じゃなくなったいい。スタイルがよくなくったっていい。世の中に女性がいくらいたってかまわない。私は、彼女がいいんだ。私は、彼女でなきゃあ、いやなんだ。
2005.05.12
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。私の妻の料理は、美味しいです。適当と言っている彼女の料理の秘訣は、きっと、愛情なのでしょう。そうに違いない。ところが最近、私の妻が凝った料理をしなくなりました。コロッケ。ロールキャベツ。餃子…。もう何年も、食べてないなぁ。付き合った当時は、「今日は、何が食べたい?」って毎日聞いてくれていたのに。それに、彼女の作った料理に私は、いつも感動していました。男親で育った私には、小皿に盛り付けられたサラダなんて見たこともなかった。まして、プチトマトやかいわれ大根など、私には、存在しませんでした。それが、小さなお皿のサラダの上に乗っかっているんですよ。ささやかな愛情がほんとにうれしかった。生まれて初めて食べた料理もいっぱいあります。そんな彼女が凝った料理をしなくなった理由は、簡単です。手間がかかるからです。子育てに家事。やらなければならないことがいっぱいあるからでしょう。分かっているだけに、私は、なにも言えません。それに、毎日、ちゃんと食事の支度をしてくれているのですから。感謝していますよ。いや、感謝していないのかなぁ。彼女が作るのをやめた料理。どんな高級なレストランへ行くことよりも、どんなにおいしい料理をいただくよりも、私には、贅沢に思えます。彼女の作ったオレンジケーキ。どこかの店に置いてないかなぁ。ラブレターを書くには、まず何を言おうとしているのか考えずに書きはじめること。そして、何を書いたのかを知ろうとせずに書き終わらなければならない。
2005.05.11
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。以前、私は、自転車が欲しかった。今の自転車は、妻が高校の頃、使っていたものでとても古くかっこ悪かった。私は、いろんな自転車屋さんを周りました。クロスバイク。知っていますか?MTBほどオフロード用ではなく、ママチャリより軽く、乗りやすいんです。ある自転車屋さんで見た真っ赤なクロスバイクがとても私の心をそそられていました。そんなとき。私の自転車が盗られてしまいました。鍵もかけていたのに。もちろん、探しましたよ。でも、見つからなかった。くやしい半面、新しいクロスバイクを買うふんぎりがついたというか、処分してくれた。って気持ちもありました。すると、次の日、家の近所のゴミ捨て場に自転車が、捨ててあるではありませんか。盗られたものではありませんが、「ごみ! 処分します。」って張り紙が。よく見ると、盗られた自転車よりも、錆がひどく古そう。前後のタイヤも、裂けてて、パンク状態。直そうと思ったら、安い自転車が買えそうです。新しいクロスバイクか、我慢して拾って直すか。迷いました。でも、その時、思ったんです。使えないことはないよなぁ。おまえも、社会から、いらないって言われたのかぁ。私も、今の仕事に就く前は、いっぱい面接して、断られて。社会から、いらないって言われたも同じだったなぁ。私が拾わなければ、きっとスクラップになるんだろうな。まだまだがんばれるのに。そう、おまえも、誰かの役に立ちたいんだろ。気づいたら、持って帰っていました。あれから、3年。今も、私のいきたい所へ連れて行ってくれます。ぼろっちぃいせいか、もう盗られる心配はありません。費やしたお金は、そろそろ、クロスバイクに手が届きそうですが。やろうと思えば、まだまだ。おまえは、だめだなんて、勝手に決めるなよ。私の自転車は、そう、言っているような気がします。そして、いつもこう答える。大丈夫。私もおんなじだから。人はなぜ泣くのか?それは、きっと、あまりに激しく感情が高ぶって体が追いつかないんだ。心を突き動かすうねりに負けて、体が泣くんだ。
2005.05.09
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。あなたは、人間関係に困っていませんか?そんな悩みは、誰でも持っているのかもしれません。私の勤める会社は、職人さんばかりで、口が悪いです。ダメージも計り知れないものがありますが。うちの会社の社長の母親も、輪をかけてというかオイルフェンスのようにケタ違いに輪をかけたものがあります。お客様を怒らせることもしばしばですが、当の本人も気づいており、自分は、変える気がないと開き直っています。私は、よく意見の衝突をしてしまうのですが・・・。私が言いたいことは、気持ちが連鎖してしまうことです。私から、身近な家族へ。力の弱い子供へ。大好きな友人へと。そんな覚えは、ありませんか。それは、いかん。自分で止めなければ。どうして、自分が。って、当たり前ですよ。好きな人が離れていくのは、つらいですから。でも、この気持ちを止める力は、半端ではありません。凄い力が必要ですね。皆さんは、スポーツをしたり、楽しいことを考えたり、お酒を飲んだり、歌ったり。それぞれの力で頑張っているのでしょう。私は、この力について考えます。怒りの気持ちが強ければ強いほど大きな力が。今回は、また、今までにない力が必要だなぁ。でも、好きな人を失いたくないし、どうにかせねば。……。そんな力、未熟者の貧乏父さんが持っているわけがない。馬鹿らしい。(笑)笑ってしまうと、あまり大したことに思えなくなって。そんなことよりも、周りの人に気づかれなければいい話だ。いつも以上に、笑わせてあげよう。そんなことなら、簡単な話だ。私が少しだけテンションが上がっている時、きっと、周りを幸せにしているはず。私の最高の冗談に付き合わされる私の子供は、苦笑いを覚えた。人間の尊さは自分を苦しめるところにあるのさ。満足はだれでも好むよ。けだものでもね。
2005.05.07
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。四日の日、会社からお休みをいただきました。ゴールデンウィーク突入です。日帰り温泉の企画は、友人からのお誘いで簡単に中止となりました。しかし、或運動公園でのバーベキュー。集合時間の二時間前に着く私達家族を友人家族は、笑っていましたが、私は、待てないんです。せっかくのお休み。ぼちぼちと昼前に出発だなんて、もったいなさすぎる。一緒に来た友人家族と支度をしながら、あーでもない。こーでもない。幸せだなぁ。お酒をいただきながらのバーベキュー。最高です。かたずけが終われば、子供達と野球です。四十前のご老体に鞭を打って、やっていましたが、子供達は、疲れを知らない。ついつい、夢中になってしまいました。気がつくと、夕暮れ。それじゃあ、また。って別れるとまた別の友人家族から、今、キャンプをしているから。とのこと。うれしい悲鳴。それから、また、一時間かけて、砂浜でキャンプをしている友人家族のとこへ。余った材料と追加のお酒を差し入れに。かんぱーい。花火まで楽しんで、帰れば、十時。運転を代わってくれた私の妻に感謝。私の休日に付き合ってくれた友人家族に感謝です。未だにからだが痛いです。子供相手に調子に乗り過ぎた。頭がぼーっとしている。40前になると、二日酔いは、三日目にくるんです。(知らないでしょう。)お酒の飲み過ぎだ。ゴールデンウィークの終了です。私達は踏みなれた生活の軌道から放り出されると、もうダメだ、と思います。しかし、実際はそこに、ようやく新しい良いものが始まるのです。生命のある間は幸福があります。
2005.05.06
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。前回の日記に訪れていただいた皆さん。そして、やさしいコメントまでしていただいたあなたへ。こんな言葉じゃ、伝わらない。街を歩けば、そこらじゅうに転がっている。ありきたり過ぎて、言葉が、輝かない。あなたも、きっと、聞き飽きている。こういう時になんて言ったらいいのか。貧乏父さんは、下手くそです。伝えたい気持ちは、いっぱいあるのですが。私の父親がよく言っていました。誠意には、誠意をもって。こんな優しい言葉をかけていただいた皆さんに、私は、なにがしてあげられるのでしょう。なにも思い浮かびません。月並みな言葉が、こんなにも大切だったなんて。ありがとう。ただ、今は、ありがとうの気持ちだけでも伝われば。十六歳で美しいのは自慢にはならない。でも六十歳で美しければ、それは魂の美しさだ。
2005.05.05
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。私は、この時期になると少し不思議な気持ちになります。彼は、誰からも好かれる人ではありませんでした。現に、今でも悪く言う人もすくなくありません。彼が嫌われることをしていたのも事実ですし、もし私がされていたら、親友と呼べたかどうか。でも、私にとっては、いい奴でした。いつも私を気にしてくれていました。言い争いもたくさんしましたが、次の日に見せる照れくさそうな顔がどうしても憎めませんでした。何度も、街を離れると言っては、送別会をやり、結局、どこにも行かず、笑って済ますような人でした。私が東京で、独り生活をしていたときは、毎月のように手紙で、街の様子を教えてくれていました。私が、地元に帰り、プー太郎をしていたときも、缶コーヒーを持って訪ねて来てくれて、話し相手になってくれていました。彼が仕事の関係で、街を離れてからでも年に1、2度ひょこっとやって来ては、子供の相手をして、じゃあ、またな。って言って帰っていくような人でした。そんな彼が、この世を去って5年になります。縦隔とゆうところにできた癌でした。私たちの中では、一番女好きだったのに、結婚もせず、大好きな子供も作らず...... 。彼が好きだった曲、サザンオールスターズのYa Ya (あの時代を忘れない。)に包まれながら、棺を見送った日は、今も忘れられません。私は、毎年、彼の母宛てにお供えを送っています。こんなこと、したくはないのに。逢おうと思えば、逢えない距離ではありませんでした。いつのまにか、身近な人間は、永遠に生きるものだと勘違いしていました。常識知らずにも、ほどがありますね。あまり逢わなかったからでしょうか。私は、この時期になると思うんです。彼は、この空のどこかで、今日も私を心配してくれているのではないかと。そして、彼があんなに生きたがっていた明日を。私は、他愛もなく無駄に過ごしている。あたかも良く過ごした一日が、安らかな眠りをもたらすように、良く生きられた一生は、安らかな死をもたらす。
2005.05.02
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いつも、私のつまらない日記を読んでいただいてありがとうございます。私の街に大型ショッピングセンターがオープンしました。「オープン時は、人が多く私は行きたくない。」というわがままは、私の妻には、通るはずもなく、人ごみに輪をかけてきました。ゴールデンウィークに急いで合わせたのでしょうか。スタッフ同志、上手くやりとりが出来ておらず、店のスタッフが注意されていました。上司に。誰も見ていないと思ったんでしょうか。確かに、その方には、ミスをした時点で注意することはいいことかもしれませんが、お客は、ひいていました。もはや、上司にもスタッフにも笑顔が戻ることはなく、気まずい雰囲気がそのフロアを包んでいました。オープンしたてだから。お客様は、神様ってよく言われますが、本当のサービスってなんか違うような気がするなぁ。私は、3月に旅行をしたディズニーランドを思いだしました。あのディズニーランドで、私は、自分が神様と思ったことはありません。絶妙なるサービス。私は、とてもいい時間を過ごさせてもらいました。たまたま、私が気づかなかったのでしょうか。そして、前日に泊まったコンチネンタルベイホテル。ここがまた、素晴らしかった。あの時、私達は、場違いでした。インターネットでたまたま安かったので予約をし、来てみるとビックリ。スーツをビシッと決めた外人さんがロビーで集まっているんです。そんな中にくたびれたジャンパーとジーンズの私達家族。地雷を踏んだような気分でした。半分、やけくそ気味に入ってみると、中の雰囲気が全然ちがうんですよ。さりげなくポーターの方が笑顔で近づいて、フロントまでエスコートしてくれるんです。私の妻が手続きをする間、手持ちぶたさで座っていると、さりげなく話かけてくれました。それがまた、嫌みがない。「もし、よろしければ眺めいいお部屋がたまたま空いておりますのでそちらへ移られては、いかがでしょうか。もちろん、こちらからの申し出ですので料金のほうは、変わりません。」断る理由がありません。でも、どうして私達家族に?そこまで。私達家族は、最低料金のはずですよ。紹介していただいたお部屋は、とても素晴らしかった。眺めも最高で部屋の設備も最高。二度と泊まることは、出来ないでしょうね。(いや、絶対にもう一度、泊まってやる。)チェックアウトの時も最後まで気持ちよく接していただき、本当にいい時間を過ごすことができました。私達家族をそんな気持ちにさせてくれた人達も、お客様の見てる前で、注意したり、叱っているのかなぁ。もちろん、時と場合によるのだろうけど、なーんか違うような気がするなぁ。ただひたすらに、お客様に気持ちよく過ごしてもらうことを追求するプロ達。そこから生まれるものは、お客様からの感謝だけではない。オープンしたこのショッピングセンターが、お客様に気持ちのいい場所になることを私は、祈っています。パリを去るのはつまらない。友達と別れなければならないから。といって田舎を去るのも辛い。自分と別れなければならないから。
2005.05.01
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