空が好きのひとりごと

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March 24, 2009
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カテゴリ: 信仰について
祝福というのは、ただの結婚ではない。

条件的であっても、原罪をぬぐうために全人類が受けねばならない儀式だ。

私はこの価値観を捨てた。

人間の罪の根が淫行ではないからだ。

聖書に記述されていない部分を想像して天倫の秘密を明らかにしたと大ほらをついて多くの人を惑わしてきた原理には人を生かし、癒す力もなければすでに生命がそこに宿っていない。

祝福を否定することは、自分の人生すべてを否定することだと譲ろうとしない彼と前面衝突が始まりました。

あれは1月1日の神の日のこと。
今年この行事はチョンピョンではなく所属協会で行われることになった。

せっかくの週末を信仰のことで争いたくなかったし、第一子供たちを前にけんかする姿を見せたくなかった。
私の心とは反対にただ流されるまでの時間でした。彼の立場上、私が落ちたなんてありえない話。振りをするほうが楽だった。黙って座っていれば誰にも何も言われることなく静かに自分も回りもごまかせたから。
でもこの神の日はそうできなかった。
祭壇の前で敬礼をしなければならなかったのだ。
私はうろたえ迷った。
ついこの間まで、平気でできていたことができなくなっていたからだ。

ここで礼拝しているのは創造主ではないという括弧とした確信。

哀しくそして抑えることのできない怒り。

アーメンの代わりにアージュということもイエス様の名ではなく祝福家庭の自分の名で祈ることもわたしには、恐ろしくて罪の上塗りをするようでできない。
もう後には引けない。
愚かな鳩のように何の知恵もなく祝福を受けて喜んでいたあのころに戻ることはできない。


これから起こるであろう彼との関係を思うと心は重くなるばかりだ。
しかし今ぶつからなければ、ことはもっと難しくなるだろう。
いずれ子供たちともぶつかるはずだ。
原理の呪縛から彼を解く事が永遠の命を得ることが神の真理に対する愛だと私の魂が叫んでいる。





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最終更新日  March 28, 2009 12:47:43 AM
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