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2007.08.19
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テーマ: 韓国!(18210)
カテゴリ: 韓半島
「反日・親北」韓国の暴走


める盧武鉉(ノムヒョン)大統領とその時代背景について
、呉善花さんの『「反日・親北」韓国の暴走』
(2005年)によって、紹介します。

盧武鉉政権になってからの韓国は、金大中
(キムデジュン)政権時代よりも親北傾向を強めている。
2004年7月8日、金日成(キムイルソン)が亡くなっ
て10年目にあたる日、韓国の親北民間団体のホームペ
ージで、金日成の死を悼み、生前の「業績」を賛美する

類歴史で金日成主席様におかれまして、別世されたとき
ほど悲しみと悲哀に溺れて涙の海をつくったことはなか
った」という文章があった。政府の国政公報庁のインタ
ーネット・ニュースサイトには「金日成主席十周忌の弔
問団を政府と民間が共同で構成し、最低限の道理を示さ
なければならない」という文章が掲載された。

盧武鉉大統領と与党ウリ党の政治姿勢は、親北朝鮮で一
貫している。たとえば、盧武鉉政権下の「疑問視真相究
明委員会」は、北朝鮮から南へ送り込まれたスパイと反
政府共産ゲリラの未転向長期囚に対して「韓国の民主化
に貢献した」という判定を下している。与党ウリ党は、

はなく、当時の韓国政府(全斗煥政権)の陰謀という説を
支持している。

学校教育でも親北教育が顕著である。金星出版社刊行
「韓国近現代史教科書」では、朴正熙元大統領のセマウ
ル運動(農村の近代化・農家所得の増大・農業生産力の

非難する一方で、金日成の千里馬運動(社会主義的集団
農業作業体制の確立)については「社会主義の経済建設
に大きな役割を果たした」と高く評価している。しかし
実際は、セマウル運動が大成功をおさめたのに対し、千
里馬運動は農村の疲弊を深めた。

2001年に全国教職員労働組合(全教組)が発刊した
「統一教育指針書」は、「朝鮮戦争を民族和解の立場で
教育するために」、北朝鮮が韓国を侵略したのかどうか
に焦点を置くのではなく、「この戦争を通じて、分断克
服に必要な歴史的教訓を得ることに焦点をあてなければ
ならない」とし、朝鮮戦争で「外国勢力(アメリカや日
本)は肥え太り、民族は焼き尽くされた」ことに重点を
置いた教育を主張している。

北朝鮮は、国際テロ・核兵器開発・兵器密輸・日本人拉
致・麻薬密売などに手を染めてきた、横暴な世襲独裁者
をいただく世界有数の危険国家である。にもかかわらず
、なぜ韓国は親北朝鮮になったのか?

そのきっかけとなったのは次の4つだというのが私の考
えである。
(1)冷戦体制の崩壊、
(2)北朝鮮情報の公開、
(3)自由主義経済への絶望、
(4)左翼民族主義政権の誕生。

冷戦体制終結後の盧泰愚政権末期からの韓国では、国内
に向けて北朝鮮情報を次第に開示していく政策がとられ
た。それは金大中政権から急加速され、2000年の平
壌での南北首脳会談を決定打として、世論もマスコミも
政治もほとんど親北朝鮮一色といってよいほどの現在の
状況となった。この流れは一見すると、韓国の政治が文
民政権の登場で、より民主的なものになっていくなかで
の、急速なリベラリズムの広がりという印象があるかも
しれない。しかしそれは表層だけを見たものにすぎない


長らく米ソ両体制の代理対立の関係にあった韓国と北朝
鮮で、その代理性が消失していくなかで、それまで封じ
込められてきた「民族こそ国家」の意識が噴き出してい
ったのが、この流れの本質である。そもそも民族主義は
「我々は世界に冠たる優秀な民族だ」という他民族に対
する優越意識がその出発点にある。冷戦体制の終結で、
韓国と北朝鮮はようやくその出発点に立ち戻れる可能性
をつかんだ。そこから、テーマは、国家のあり方よりも
、民族のあり方となっていった。韓国は、民族に向けて
国家を開く政策を前進させ、北朝鮮も、韓国からの多大
な支援資金・支援物資の流入とともに、さまざまな機会
をとらえて韓国の期待に応え、民族に向けて国家を開く
姿勢を推し進めてきた。

韓国で開かれた2002年アジア大会、2003年ユニ
バーシアード大会にやってきた北朝鮮「美女軍団」に対
する韓国人の熱狂的な歓迎ぶりは、現在の韓国人の対北
朝鮮認識を端的に表すものだ。私には、韓国国民が北朝
鮮に惹かれていくその心理・心情はとてもよく理解でき
る。

私は全斗煥政権時代の1983年に来日するまで、金日
成親子の写真も映像も見たことがなかった。自分が受け
た教育からイメージしていた北朝鮮は、悪の権化の金日
成を頂点に諸悪を凝り固めてつくった国家であり、人間
らしい気持ちをもって生きる者が一人として存在しない
世界であった。

私が日本で金日成の写真を初めて見て感じたことは、な
んてハンサムで穏和な顔をしているのだろうかというも
のである。この体験以後、北朝鮮について知ることが増
えていけばいくほど、韓国政府が国民に植え付けてきた
北朝鮮イメージが、いかに極端で子どもだましのデタラ
メなものだったかを思い知らされた。歴代韓国政府は、
韓国国民が北朝鮮に対して、国際的な視野に立ち、その
うえで客観的かつ冷静に批判していく道を固く閉ざし続
けてきたのである。

その反動から、「北朝鮮の脅威は、まったくの幻想だっ
た」という正反対の幻想が、あっという間に国内に拡大
していくことになってしまった。北朝鮮情報が小出しに
オープンされるようになり、北朝鮮に実は同じ民族の血
が流れる同胞たちがいたのだと実感できるようになり、
北への安心感が少しずつ根付いていくなかで、金泳三政
権下では、戦後韓国の二大国是「反日・反共」から「反
共」が消え去り、「反日」だけを残すようになった。

たとえば、北朝鮮の幼児たちのあの見事なまでに画一的
な「お遊戯」と、自然さのかけらもない人工的な笑い顔
である。大部分の日本人は、一種ぞっとする感覚ととも
に、悲しく痛ましい思いをもたずにはいないだろう。し
かし韓国人はそうではない。その統一ぶりには「よくそ
こまで訓練されたものだ」と感心する者が少なくない。
また、教えによく従う古典的で素朴な子どもぶりが感じ
られ、心情的な親近感も高まっていく。

統一的な街並みと威風を誇る建築物を林立させ、人工的
な見栄えのよさを徹底して押し出した平壌の都市景観に
ついても同じことがいえる。日本人はそうした見せかけ
だけで中身のないものを嫌うが、大部分の韓国人は外観
の立派さに圧倒され、ソウルと比較して、うらやましい
思いすらもつのである。そこでも伝統的な朝鮮の美意識
が感じられる。

2000年6月13日~15日、平壌で南北首脳会談が
実現した。空港で金大中を出迎えて笑顔で接見する金正
日(キムジョンイル)の姿、初めて耳にした肉声の歯切れ
のよさ、自ら先頭に立っての歓迎ぶり、会見でのユーモ
アと人情味に溢れる言葉、年長者をたてる礼儀をわきま
えた態度。韓国人には最初から最後まで驚くばかりの好
印象が続いた。金正日が自ら演出するその外面的体裁は
、李朝の支配層・両班(ヤンパン)に象徴された「朝鮮的
大人の風格」を備えたものといってよかった。

韓国人に特に人気があるのは、金正日の対米姿勢である
。――金正日は一小国の指導者かもしれないが、アメリ
カ大陸にまで届く核搭載ミサイルの保持をちらつかせる
ことによって、世界一の大国アメリカに対して一歩も退
かない態度をとっている。彼のように自立的な態度を世
界に対して堂々ととれる指導者は、韓国からは生まれよ
うもない。北朝鮮への危機意識のない若い世代のなかに
は、金正日を民族の英雄と見る者が増えてきている。以
後、韓国では、金正日を「金正日国防委員長」と呼ぶよ
うになった。

私は2002年9月29日~10月14日に釜山で行わ
れた第14回アジア大会に前後して2週間ほど韓国に行
っていたが、そのときの韓国では北朝鮮選手団と女性応
援団(美女軍団)の話題でいっぱい、「北朝鮮歓迎」ムー
ド一色だった。日本では9月17日の日朝首脳会談を経
て、拉致問題が連日のようにトップニュースとなり、多
くの人々が北朝鮮の脅威を日々実感的に深めていた時期
である。

10月15日の日本人拉致被害者の帰国の様子は、韓国
のテレビと新聞では、簡単に事実だけを伝えるニュース
報道と、小さな情報記事以外には見あたらず、詳しい様
子を知ることはできなかった。それが数日後に日本行き
の飛行機に乗るや否や、機内のテレビでは帰国時の映像
が繰り返され、新聞は帰国者の記事で溢れ返っているで
はないか。日本であらためて、帰国した拉致被害者たち
の姿を見て、彼らが歩まされてきた不条理な人生に目を
つむることなど到底できないことを、私は深く実感させ
られた。これほど日韓で「世界が違う」と感じたことは
かつてなかった。

一方、経済の面では、韓国は1997年11月の通貨危
機で国家倒産の危機に追い込まれ、IMF管理下で経済
再生が図られていった。従来の政府主導による保護政策
に代わって、「規制なき自由競争」の市場原理に基づい
た政策への転換が強力に推進された。2002年には、
韓国経済は成長率も外準備高も良好となり、企業や金融
機関の不良債権も大幅に減少した。

しかしその一方で、失業、所得格差、貧困などの問題が
いっそう深刻化することになった。韓国の一般家庭が抱
える債務は、97年末の211兆ウォンから、2002
年末には420兆ウォンへと倍増。金融自由化政策が推
進されたため、安易なクレジットカードやキャッシュサ
ービスの利用が急増し、年収とほぼ同額の借金を抱える
までになってしまった。

2004年5月末の時点で、全国で電気料金を支払えな
い世帯は89万3272世帯にのぼり、14万世帯が長
期間の料金滞納によって電気、水道、ガスの供給を止め
られている。ソウルの公立高校では14.4%の生徒が
授業料を支払えない。2003年の離婚件数が16万
7000件と、前年比で2万件以上増加しているのも、
家計崩壊が離婚の要因となっているからだ。ソウル駅や
都心の地下道で夜を明かすホームレスや無料給食所に集
まる失業者の長い行列は、見慣れた光景となってしまっ
た。

2003年8月と2004年2月に4年制大学と短大を
卒業した者の就職率は66.8%。大学生は、かつての
ように大学教育に自分の将来を託せなくなっている。ま
た、20~40代の高学歴者や技術系の人材の移民が急
速に増加している。

韓国の大多数の庶民にとっては、この数年間の構造改革
は、将来的な経済生活への絶望感を年を増すごとに深め
るものだった。現在の韓国に急激に広まっているのは不
信と絶望のムードなのである。韓国の、アメリカ離れ、
日本離れ、中国接近、親北朝鮮という傾向は、この不信
と絶望に大きくかかわっている。

大部分の韓国人は、北朝鮮が核兵器を保有していること
を恐れていないし、武力南進の危機も起きないと思って
いる。心底恐れているのは、北朝鮮が崩壊し、2000
万人を超える北の一大貧困集団を丸ごと抱え込んでいか
なくてはならないということである。北が崩壊しないよ
うに体制を支えていくしかない。それが圧倒的多数の韓
国人の考えである。

金大中政権の親北「太陽政策」を引き継いだ盧武鉉政権
は、北の体制を支えていくにとどまらず、北朝鮮へ大き
く歩み寄ることで本格的な南北統一へ向かうための政策
を次々に打ち出している。韓国の北朝鮮化とすらいえる
ほど、盧武鉉が親北姿勢を強めている背景には、韓国国
民の親北心情の広がりだけでなく、市場経済に対する国
民の絶望的な思いが深く横たわっている。盧武鉉政権は
、反市場主義情緒に乗って、親北姿勢を強めることがで
きているのである。





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Last updated  2019.05.13 22:02:41
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