81歳のブログ

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2013.01.08
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しばらく前に北方謙三の「水滸伝」を読んだ。面白かったので、引き続き「楊令伝」を読んだ。

しかし、楊令伝は途中で読むのをやめた。理由は、何処まで行っても同じと感じたこと。何が同じかというと、ストーリーは展開していくが、お話の雰囲気が同じ。話はどんどん展開はしていくが、何処まで行っても似たり寄ったりの話だと感じた。

次に読んだのは宮城谷昌光さんの「香乱記」。この本の内容は、秦が滅んで世の中が再び群雄割拠となり、その中で斉の田一族、特に田横がたどった栄枯盛衰を描いたもの。このお話の中では、田横を中心に田一族を立派な人物として描いている。

宮城谷さんの小説では「香乱記」に限らず、主人公は皆大変立派、高潔な人物として描かれる。また、血筋をとても大事で価値あるものとする。

この点に私は引っかかる。例えば、田一族は斉の王室の血筋を引いている。しかし、斉という王室自体にどれだけの絶対価値があるのか。その後の漢にしても、宮城谷さんの三国志では漢の末裔は尊いとする。

しかし、漢を起こした劉邦は田舎の不良だった。その不良が興した漢も何百年経つと尊い血筋だという。これはおかしいと私は思う。

さて、昨日司馬遼太郎の「項羽と劉邦」を読了した。この小説を読むのは3度目だ。1回目は完全に忘れているが、今から26-27年前である。この本が新潮文庫で発刊され2年経った昭和61年の第14刷を買ったのだ。だから、この本はもう全体が茶色に変色している。

2回目は数年前に読んだと思うのだが、やはりほとんど忘れていた。そして、今度3回目に読んで、やっぱり司馬遼太郎はすばらしいな・・・と思った。

ちなみに「香乱記」に描かれている斉の田一族のお話は「項羽と劉邦」の中で数ページ触れられている。それは、「香乱記」の顛末は「項羽と劉邦」の時代の一部分にすぎないからだ。



その点、司馬遼太郎の小説から受ける様々な印象には柔らかな深みが感じられる。

司馬遼太郎さんの本はたいてい読んだが、また、読み直してみたいと思う。
何年か先には「項羽と劉邦」の4回目を読もう。





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最終更新日  2013.01.08 10:43:42
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