2009/03/22
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カテゴリ: 古代史系の妄想

古代史妄想へようこそ

誇大史妄想ともいうかもしれませんが・・・

以前当ブログで蘇我入鹿=いりかすみ=泉蓋蘇文=淵蓋蘇文説を支持しました。

ところがその説の弱点は蓋蘇文の没年が665年であることでした。

だとすると、小学生でも知っている大化の改新

(有名中学入試ではこんな易しすぎる問題は出ないと思いますが、かと思うといい大人が知らない・・・ああ格差社会・・・)

は645年でなく、665年ではないかと妄想をいだくようになりました。

結局高句麗という国は、蓋蘇文死後、息子たちの内紛で唐・新羅連合軍に滅ぼされます。

なんか今のどこかの国と似てませんか?

ということは蓋蘇文は後継者の指名もできず急逝したのではないでしょうか?

私の勉強不足かもしれませんが、蓋蘇文は665年に死んだとしか記録がありません。

まして弟が新羅に亡命しているのです。

蓋蘇文=入鹿は新羅王金春秋=天智に暗殺されたのではないでしょうか?

え?金春秋の没年は661年だって?

ばれたか・・・・

でも天智天皇は671年崩御です(苦しい)

ともかく、金春秋が蓋蘇文を暗殺した事件が、日本人の手によって「大化の改新」に脚色されたのではないでしょうか?

日本書紀の編者は665年でなく、645年(乙巳の年)にする必要があったのでしょう。 






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Last updated  2009/03/23 03:09:50 PMコメント(0) | コメントを書く


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