2012/07/08
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カテゴリ: 古代史系の妄想
のっけから、高圧的断定的な表題でした

持統天皇の父親は孝徳天皇である
そして、母親は乳娘(チノイラツメ=のちのオチノイラツメ)
詳しくは以下の過去の私の日記をご覧ください

2009年3月4日の日記です

http://plaza.rakuten.co.jp/systemwelware/diary/200903040000/

私の仮説では、倭国最後の男王の孝徳天皇とチノイラツメとの間に生まれたのが持統天皇ということになります。

乙巳の変(大化の改新)は645年と習いました。
持統天皇こと?野讚良は645年生まれ何月かは不明ですが、


正式見解では、オチノイラツメは644年以前に中大兄皇子に嫁していたことになっています。
ただ正式記録には見当たりません。
?野讚良の実の姉にあたる大田皇女はもっと前に生まれたことになりますから、どうも腑に落ちません。

やはり孝徳天皇崩御後、(または生前?)中大兄皇子がチノイラツメを娘ごと引き取ったとしたほうが、すんなり説明できるからです。

継体天皇の持統天皇も「倭国大王」の血統をつなぐために功績があったので、このような謚になったのであると私は確信しています。





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Last updated  2012/07/09 01:20:12 PM
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