2017/03/16
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カテゴリ: 古代史系の妄想
約1年ぶりの気まぐれ復活です。
若干のネタバレになりますが、小松洋二氏は、文武天皇と新羅文武王は同一人物ではないけれど、
同時期に日本におり、文武天皇を陰から支えたのが、新羅文武王だと言及しておられます。
以前私も同様の妄想をし、「同一人物」説には無理がありますと、あまり突っ込んで調べようとはしませんでした。

https://plaza.rakuten.co.jp/systemwelware/diary/200903170000/

ころで文武天皇の和風諡号は二つあり、「倭根子豊祖父天皇 」(やまと ねこ とよおほぢの すめらみこと、旧字体: −豐祖父 )と、『続日本紀』797年( 延暦 16年)に諡された「 天之真宗豊祖父天皇 」(あめの まむね とよおほぢの すめらみこと、旧字体: −眞宗豐祖父 )があります。

小松洋二氏は25歳で崩御した文武天皇の和風諡号に「豊祖父」とつくのに違和感を覚えると言及しておられます。これは新羅文武王を意識した諡号なのだと。
私も文武天皇と文武王が同一人物であるとは思いませんでしたが、文武朝における陰の為政者であるという小松氏の仮説には気づきませんでした。

小松氏と私で意見の違う部分は、氏は天智天皇を百済系渡来人の可能性が強いと言及し、私は天智天皇=新羅武烈王と比定しているところです。


新羅文武王は新羅武烈王の息子ですから、私は日本国を建国もしくは大国にした父の後を追い、密かに日本を訪れ時の文武天皇にアドバイスを与えていたとなれば古代史のロマンが広がります。





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Last updated  2017/03/16 11:14:40 PM
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