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ふと思い出して、このブログを久しぶりに検索して読んで、せがれ語録が結構おもしろかったので、せがれにLINEでリンクしてやると、最初からずっと読み返して笑いながら、なつかしい!とか、もうこの時間ですよ。きみきみ、受験生ですから~わたしも明日は仕事ですから~これアップしたら、せがれカテゴリ、200記事目だわ。あれよあれよと見上げるほどに背が伸び、鉄道もとっくに卒業し、モテたい年頃の大学受験控えたそこのきみーあんまり変わってないとか言ってる場合とちゃいますよ😱
2018.09.10
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気がつけば今年もカレンダー残り2枚、ぺらぺらと頼りないなぁ・・何も予定のない休日が平日に二日続くのは滅多にない。なんか脱力してるので、久しぶりに更新。育児期に比べ、日々に追われるというほどに忙しいわけでもない。仕事にも慣れ、精神的にクタクタになるほどのこともない。ただ、月日の過ぎる速さはどんどん増してる気がする。後、数カ月もすれば、せがれも中学生だ。もうすぐの誕生日が来れば、12歳。この一回りの間の成長というと。女とすれば背が高い方なわたしとほぼ変わりなく、半年もすれば追い抜かれるのは間違いない。生意気盛り!自立心旺盛!いい加減さに拍車がかかり・・親にずけずけと物言いをし・・好きな趣味は相変わらず。でも外面は良く、生き生きと、プライドもそれなりに持ちながら飄々と頑張っている様子。平日は下校も遅いし、帰宅すれば塾に習い事。ない日は友だちと外へ遊びに出かけてしまい、休みの日は遅くまで寝て、のんきに自分の趣味に興じてるし、わたしと出かける機会もめっきり減った。ゆえに関わる時間も少ない。わたしの役目と言えば…日々耳の痛い小言を吐いてはうるさがられること、炊事洗濯、聴き役、話し相手、そんなもの。ほんと子育てってあっという間だなぁ。小さい頃は日々何かに追われ、必死に悩み、真剣に子どもの事ばかり考えていた。今からでも進路とか色々心配したりとあるんだろうけど、人間の根本を育む時期はわーっと過ぎ去ってしまった気がする。ああすればよかった、こうすればよかったはいくらでも思いつくけれど、決して遡れないのが時間。この先は、ほぼ子ども自身が先行きを決めていくから、親は必要とされる部分だけサポートすることしかできない。母子一体感が薄れ、分離し、客観的に見られるようになってきたのが、すごい変化だ。あと5年ほどもすれば、せがれもほぼ大人だな。それまでに・・自分自身がこの先どんな風に生きていくかを具体的に考え、そのためにはどんな風に動いていけばいいのか。できることしかできないし、どんどん年齢とともに選択肢が減ってるし、でも考え願わなければ何も変わらない。頑張ろう・・
2012.11.07
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金環日食に続いての、天体ショーを心待ちにしていたせがれ。曇りがちな朝の空、一瞬の晴れ間に手持ちで撮った一枚。小さい太陽に、更に点のような金星。でも一応写ってるかな??
2012.06.06
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普段はなんでも面倒がる、反抗期まっただ中のせがれ。しかしこういうイベントは何も言わなくてもやる気満々。朝早よからベランダに出て、三脚とカメラでスタンバって撮影。最初こそ晴れていたが、雲にかぶさられてしまった。5分おきに撮影してマメなことこの上ない。晴天の下では日食レンズ越しに。 曇天下では、そのままでも映ったらしい。ほぼ金環状態。てるてる坊主を前夜こしらえて待ちかねていたので、何とか撮影に成功!?我が家はベランダからの観測ができたけれど、近所の人々はレンズ片手に公園などへ出ていく人も多かった。さすがに関心が高いね。わたしは流星群とか夜の天体観測の方がロマンティックだし、もともと蝕は不吉の兆しなんて迷信もあったくらいだから、最初に三日月状のを見たら満足して、いつもどおりに朝食を取ってたんだけどね。こうしてあとで写真を見せてもらったら、生で見たら良かったかも~
2012.05.21
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500円の海鮮丼と汁物のセット。たまたまイベントで安かったみたい。かなりのボリュームがあって新鮮でおいしかった。やはりこの場合は日本酒でないかい。呉春という池田のお酒。お酒もいくらだったか、かなり安かったような。
2012.02.28
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いつも、仕事帰りは昼下がりなんだけど、昼抜きで帰って遅い昼御飯を家で食べる。不規則な時間かつ、かなり遅い昼になるので、致し方ないけど、太る元…低血糖なので、空腹すぎると気持ちが悪くなったりするので そんな時にはひとりランチして帰る。ひとりだと寂しいけど、でもなんだか、大人になった気がする。やっぱ誰か連れがいた方がいいけどね。連れはなくとも、アルコールが入れば楽しくなる♪おやじ化しているとは言わないで・・・おでん屋さんでちょい飲みセットなるものを頼んでみた。おでん6種と冷酒のセット。値段もリーズナブルだし、生ビールでも燗酒でもいい。個人的には、おでんには日本酒が合うと思うんだけど。
2012.02.28
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何年もずっと同じネイルサロンにお世話になっていたんだけど、少し遠いので最近は仕事も忙しく、スケジュールも立てにくいので会社に近いサロンに一度行ってみた。値段も安いし早いし近いし、いいかなぁとも思ったけど、やはり施術の丁寧さが違うのか。元のサロンだと爪は伸びるから根元が空いてきて、見た目はいまいちになってくるものの、もちとしては1ヵ月以上は全然大丈夫だけど、安い早いだと、2週間ほどすると根元から少しリフトしたり、劣化が気になる。。でも、通うのも面倒・・それに、こんな風にしたい!って思ってても、人にしてもらうと意見を聞いて迷ったり、気がつけば違う方向性に行って、完成してからなんか違うと思うことも多々ある。となると、前々から少しは興味があったけど、セルフネイルデビューしてみようか!何年も目の前でやってもらってるんだから、大体の手順はわかるし、基本シンプルなデザインのが好きだし。予約の折衝やら、通う手間やら、話し合う必要もなければ、劣化しても自己責任だし。となると、まず、形から入る性格なので、機材の選定。ライトのデザインがかわいいのと、なんとなく国産信仰と、ランプ交換不要にひかれて。セルフネイルのブログの口コミやらも参照のうえ決定。シャイニージェル・スターターキット後、オフが面倒なのは1度試してよくわかってるので、その機材も購入。 ミニローロRooro...後は細かい装飾のために、シールとか、ホロなども購入。ジェルを何色も買うのは費用がかさむので、染料を何種類か揃えて、自分で調合することに。赤・青・茶・白があれば大体の色は作れるだろう。後シルバーとゴールドのラメもいるな・・・細筆・・・買い足すとそこそこ費用がかさむ。でも何回か自分ですれば、通うよりかは安上がりなはず。はじめてつかう機械の説明書読んだりしながら、恐る恐るやったので3時間くらいかかった。サロンでもそれくらいかかるときあるし、初回だから仕方ないけど。初回は茶色と白を混ぜて、ベージュにしようかと思ったけど、ちょっと赤も混ぜたらサーモンピンクのような、コーラルピンクのような微妙な色になった。無謀にもいきなり、フレンチネイル用のブラシもないのに、フレンチに挑む。左は人差し指と小指、右手は親指と薬指だけ全塗り。サロン通いだと、根元が伸びるとみっともないので、長持ちするように、あまり全塗りにはしなかったけど、自分でやるなら、関係ないし。手順が飛んだり、作ったカラ―ジェルが足りなくなりそうになったり、想像以上に効き手じゃない左手で右手を塗るのは難しかったりで悪戦苦闘。シールも、もうちょっとずらせばとか、なんだかいろいろ思うけど。見れば難はあるけど、シンプルで色もかわいい感じで、悪くないかな。写真がピンボケで色見も飛んでるけど。帰ってきたせがれに自分でやってんと見せると、おお、やるやん!と言ってくれた。今回の施術の教訓は、カラ―ジェルはもう少し多めに作る。ブラシは2本では不十分。
2012.02.20
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どんだけ放置してたんだ~もう帰ってこないと思っていた人が多いかと思われます。いえ、実際わたしがすっかり忘れかけていた感じで。。すみません。しかーし。元気に多忙にわたしは生きています。どれくらいのかたが、この日記を読んで下さるかはわかりませんが、改めまして、新年明けましておめでとうございます!どうぞ、今年もよろしくお願い申し上げます。ブログの更新を継続的にやっていけるかどうか、自信はありませんが、ぼちぼちでも再開できたらなぁって思います。近況報告をとりあえず。2011年の始めに勤め始めた会社、まだ続いてます。いやーーーあまりにもわたしにとっては難易度の高い内容で、ずっと目が白黒な状態が続いていて、やっと最近少しは慣れたかも~と思うけれども、納得いくほどには成長してないので、更なるスキルアップを目指してます。せがれも5年生になって、すっかり生意気…いや、反抗期…いや、突如自立宣言して一切甘えなくなって、風呂も就寝も全く一人でするようになりました。あれほどママ大好き!最高!と絶賛してくれていたのが、手のひらを返したように、うるさいとか、ほっといてとか言うからかなりショックな感じだったけれど、親のことも客観的に見られるくらいに内面の成長をしたんでしょう。かといって、手がかからなくなったわけでもなく、おおざっぱなところには輪がかかり、言うことも聞かないので、日々イライラさせられるんだけど、あのマイペースさはもう、どうしようもないなって感じ。でもせがれなりに頑張ってるらしいので、ほんと本人に任せるしかないな~というあきらめ半分な境地。いや、でもつい、叱ってる、怒ってる。なので、今年は穏やかに過ごすを目標に。いつぞや書いたような気がしますが、元日に怒ると1年怒って過ごすらしいので、特に、今日は。今日だけでも怒ったりイラつかないように気をつけようっと。なんだかんだ、面白い人間に育ってると思うけれど、この先どう成長するかはまだまだ全然想像もつかないので、楽しみにしよう♪みなさんにとっても、わたしにとっても、より多くの楽しみに満ちた1年になりますように☆☆☆
2011.12.31
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もうすぐ引越しして1年~早っ!ハウスメーカーの11カ月点検も済み。さて、1年たって今更ながら、我が家のキッチンの記録を。システムキッチンはヤマハIランド型。ちょっと変わったL型のファミリーシンクを選択。シンクの形は一目見てこれがいい!と即決。蛇口をふると、3方向から使えるし、水切りかごをシンクの上にかけて使っても、邪魔にならないのが素敵~シンクが広々使えて作業しやすい。色は悩んだんだけど、レモンイエローに。好きな色だし、明るい色で気分が上がる。マーブルシンクという素材のシンク、手入れしやすくキズつきにくい。キッチンの高さはわたしの背に合わせて、高めの90cm。作業がしやすい~蛇口はTOTOがヤマハの標準だったけど、INAXのを施主支給でつけてもらった。このカランは上の黒い部分に手をかざすと自動で出したり止めたりできる。タッチレス水栓ナビッシュ手が汚れてても触れずに水が出せて、好きな水量にカランを調整しておけば、常に同じ水量や湯温で出せるのが便利。濡れた手で触ることがないので、シンクとの付け根の接地部分が濡れることもなく汚れない。つまみ部分も常にきれいで、手入れが楽。シャワー切り替え、ホースを伸ばす事も可能。アルカリイオン整水器もビルトインで設置。手洗いせっけんと食器洗い用洗剤は、無印のプラスチックラックにディスペンサーを2つ並べてセットしてシンクの傍らに置いている。斜め置きのスポンジラック・クリアースポンジは斜め収納で水切れ良いこのラックをひっかけて、宙に浮いた状態かつ水滴はシンクに落ちるよう工夫。ブラシもひっかけて同様に。これの状態だと、すぐに乾燥するので衛生的で良い。どこにでも移動させられるというのが、案外便利。ラックやボトルもさっと拭いたり、洗えたり、スポンジなど乾いている時はシンクから離れたところに置ける。まな板ラックの下にセットできる、キッチン付属の洗剤スポンジ用のワイヤーラックが実は用意されていたが、それだとシンクにずっと設置したままとなり、乾燥しづらく水がはねてぬれたりと、常に湿気た状態になりがち。それにシンク側に出っ張る為、取り外してしまうとシンクが広くなり、見た目にもスッキリした。毎日、食器や鍋を洗う時についでにスポンジでシンクも洗ってしまう。ゴミの受けかごやそのカバーも毎日洗って乾燥させている。そのため、ゴミ受けは同じものをもう一つ購入して、日々入れ替えてセット。このアイディアは↓の本を参考からいただいた。kakoさんのすっきり、心地いい暮らしの作り方毎日の終わりに排水口もきれいに洗い、乾燥したきれいなゴミ受けをセットすれば、ぬめり汚れなどもつかない。排水口は前のキッチンの用に深くなく、掃除しやすい。毎日のひと手間次第で、大がかりな掃除をしなくて済む~面倒なことはキライなので、なるべく楽に済む方法が好き。水回りは毎日のさっと簡単な手入れが大事だってことは、前の家で痛感させられた。それなりに掃除はしてるつもりでも、ポイントを外すと後が大変ーーー蛇口やカランや排水口やシンクの隅々など。時々磨くより、毎日拭く方が楽で毎日キレイでいられる。今回は気を付けているので、1年たっても入居時と変わらない状態を維持している♪マンションの時に設置したかったけれど、出来なかったミーレの食洗機。ハウスメーカー選定段階から、どうしてもつけたいと頼むほどにこだわっていたため、オプション対応してもらい、無事設置出来た。扉材をキッチンに合わせて施工するタイプもあるけれど、敢えてステンレスのタイプに。こだわったミーレ、見える方がいいのではと、コーディネータの方などにアドバイスされ。ライン取っ手やIHもステンレス基調なので、案外違和感なくなじんでる気がする。mieleビルトイン食器洗い機 G1534SCu(ステンレス)60cm幅引出が3段、一番上はカトラリートレー。これがとても便利。箸やスプーン類小物や包丁など、たくさん並べてセットできる。一番下の引出は鍋やフライパン、かなり背の高いお皿やグラスや水筒もセットできる。ワイヤーラックは、色々配置換えできる工夫がされており、便利。タイマーセット可能なので、深夜電力の時間に合わせてスタートさせられる。洗浄力も素晴らしいし、こだわって良かった。シンクや食洗機などに比べて、コンロはあまりこだわらず。日立製。相変わらず鍋でご飯を炊いているが、左右のコンロに3合までの自動炊飯がついてて便利。トップテーブルが白いものも好き。汚れが目立つので、ちょっとでも汚れると気付けてさっと拭き掃除。汚れをためないのが一番きもちいいし、楽~お湯を沸かし用に、シラルガンのミルクポット購入。出してても嫌じゃないデザインを求めて、いろんなヤカンを見たけど、注ぎやすく、手入れしやすく、選べる色、甘すぎないデザイン、色々検討してこれを選択。セラミックガラスの遠赤効果でお湯もおいしくなる。重いのは難点だけど、気に入っている。味噌汁作りや炊飯も出来ると万能。 シリット・シラルガン・ミルクポット
2011.02.10
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久しぶりに仕事も予定も、何もない土日~♪ゆっくり起きて、だらだら過ごしてる^^;毎月通っているネイル、最近は写真も撮っていなかった。。前の職場も今の勤務先もネイルOK。今の職場は、ネイルしてる人が多いので色々見られてなんだか嬉しい。今月は柄にもなく、ちょっと甘めのピンク色と白のマーブルネイル。携帯カメラであんまり色が出ずに映ってますが、かなりピンク。薬指だけピンクラメ全塗りでキラキラ。ほとんどデザインもお任せな感じだけど、色々埋め込まれ、凝ってくださってる~色白できれいな肌だと映える色なんだろうけど、わたしかなり黄色味の強い肌だし、冬なんでかなりカサカサしてるし、ちょっと浮いてるような。。ま、でもピンクで気分だけでも春っぽく、女らしくなりそう~と、自己満足☆
2011.02.05
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年末年始、ご挨拶もせぬぬままにブログ放置したきり、お友達のブログへもたまにお邪魔したとて、コメントも残さず、不義理な状態ですみませんでした。更新したい件もいくつかありますが、たまに立ち上げても、久しぶり過ぎてかせっかく書いたのに内容が消えてしまったりで、落ち込むことしばしばです。今度こそはと、重い腰を上げて、メモ帳で書き起こしています。今年も頻繁に更新できずぼちぼちかと思いますが、よろしくお願いいたします。勤務先は年中無休体制、まさに今が繁忙期とあって、年末年始気分はほとんどなく。それでも大晦日と三が日はお休みいただけたものの、年末に1日は簡単な掃除程度と新年を迎える準備で終わり、正月3日は例年通りお互いの実家へあいさつと初詣で過ぎ去ってしまい。それ以降は怒涛の忙しさのスタート。というのも、今月半ばより、新しい会社の研修に参加しているせいもある。急な展開は、ふと年末に開いた求人誌で、今より条件も待遇もやりがいもありそうと思える募集を見つけ、電話したら次の日面接がありますがと言われ、ちょうどその日はたまたま会社が休み、これも縁かもと、応募したら運よく採用された。元の会社には事情を説明して、1月の決まっていたシフトで研修と重ならないところは今まで通りの出勤で、後はお休み頂けると、寛大な了承をいただた。しかし、2社かけもちは、体力的にも頭の切り替え面でも、さすがに厳しい。想像以上に研修内容は難易度が高く、求められるレベルも高く、覚えることも多く、進むスピードも速く、目が白黒なっている状態。同じ業種でも会社が違えば、こうも違うものか。。元の会社の仕事も精神的にハードだったり、ややこしい内容ではあるけれど、それなりに業務をこなせるようになったし、慣れてスムーズにできるようになった。なので、そこそこ違う会社でもやっていけるだろうと、多少は自信が出てきた。そして春ごろには新しい勤務先を見つけるべく就職活動するつもりだった。理由は、納得行かない業務体制だと感じる部分が多く、慣れたところで、これ以上のスキルアップだとか、自分の努力次第で何か認められるということもない。ただその日その日の仕事をミスなく終えるだけで、充分と思うなら充分なんだけど、もっとお客さんに対して満足度を上げるとか、自分のスキルを上げるとか、目標設定したり評価される部分もなければ、穏便に済んだところで、つまらない。。それ以外にもいろいろ思うところもあったけど。新しい会社は、企業モラルとか、顧客満足とか、スキルに対する評価システムが厳しく、けれど、きちんとなされているので、日々レベルアップが求められるが、もしかすると評価されてもっとやりがいを感じられるようになる可能性もある。もちろんその反対もあって、続けていくのがしんどくなる可能性も高い。退屈どころか、日々冷や冷やして、スキル向上に励まなくちゃならない環境と言えそう。どこまでやれるかわからないけれど、がんばろうーーーきれいな若い女子も多い職場なので、日々目の保養にもなり、自分もそこそこきれいにして行こうという気分にさせられる面でも、向上心を持たされる。今年の目標は、仕事頑張る、自分磨きもしよう、と言うところ。せがれは相変わらず、まったりとマイペース。でも、どんどん反抗期まっただ中な雰囲気になってきた。これからは、親がどうこうしてやろうと思っても、あちらが受け入れてくれませぬ。もう、子離れしなくちゃなーーーと切実に思っている。もちろん表面的には今までとそう変わらないけれど、これまでと同じように扱うと反発されることがいっぱい出て来て、なんで?って戸惑うのは親の方。今までこうだったのに、と、そこで争い続けても、何にもいいことはない。変わらない部分と、変わりたい部分、都合のいい自立心に思えるけれど、それって子供の特権なんだろうなぁ。絶対こうした方がいいのに、とか、将来を心配してこうしてあげたい、とか、親心という正義で立ち向かって言っても、それはきっと子供のためのほんとの正義じゃないんだろう。せがれが、自分自身で経験して、失敗して、そこから見極めていく、限界を知る。あーあと思う気持ちをぐーっと抑えて、というか、そうさせるしかないんだから、わたしの気持ちがそこに向かないように、平気な顔で、向き合うしかない。今まで何度も繰り返して同じようなことを書いてきたけど、いよいよ、ほんとに、そんな時が来た!って感じ~もちろん善悪とか、絶対的なことは教えなくちゃいけないと思うけど。でも、そんなことは今まで言ってきたことで、おそらく充分わかっているはず。そこからはみ出してしまっても、それはきっと自分で修正する能力ももっているはず。それくらい信用して任せる気持ちじゃないといけないんだろうーーーほんと、親って大変。めんどくさい。でも、頑張らんと。そうやってる内に、せがれも大人になって、色々わかってくるやろ。どんな大人になるんやろー怖いけど、楽しみだ。そういえば、身長もどんどん伸びて、わたしのあごの下くらいにせがれの頭頂部が来る。ここ1年は胴より足が伸びたのか、上半身のサイズは変わらないのに、すそ丈だけどんどん短くなって、サイズが変わる。その前はしばらく、ボトムは買い替えなくても良く、上ばっかりサイズアップしてたし。せがれだけなのか、それとも成長するのって足と胴が交互に伸びるのかなぁ。赤ちゃんからしばらく、上半身ばかり成長して、足が妙に短く思える頃があったのに、ある時から急に足ばっかり伸びてった時期があったように思う。なんか面白い。その点、わたしはどんどん体型が中年化していて怖い。20代後半が女性として一番細くて、30代、40代と、年代によってどんどんふっくら体型も変化するらしいが、まさにここ2年ほどはびっくりする位、変化してますがな。こっちの変化はちっともおかしくもなんともなく、ただただ、恐怖。子供からは自立し、切実な自分にこそ、目を向けてやらんといけないのかも。
2011.01.18
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平日の休みは、いい~天気が良ければなお良し。朝から何回も洗濯機を回したくなる~我が家は3階建て。1Fに脱衣所兼ランドリースペースがある。で、干すのは3F。小さいホームエレベーターがランドリーのそばにあるので、洗濯物を上下させるのは大変ではない。足の悪い親がウチに来た時のためにと思って設置したが、自分のためにも、意外と重宝している。3階の寝室と、ホールの天井に昇降式の室内物干しを設置している。電動タイプもあるが、我が家のは手動式。紐を引くと、バーが上下する。パナソニック【室内物干し】ユニット ホシ姫サマかなり下までおろせるので、腰かけたままで、洗濯物を干す。という、横着なことも可能。でも、体調が悪い時には、とても助かる。ハンガー類を収納するラック。干すものに応じてハンガーを使い分けるので、種類別に収納しておくと、干す時にさっさと取り出せて楽。旦那のでかいシャツ類、下着類、モノによって使い分けている。後ろにはたたんだ、ピンチハンガーも2台、収納できる。洗濯用品整理ストッカー天気のいい日も、外に干す前に、室内でハンガー類にかけて、室内物干しに全部掛け終えてから、まとめて外の物干しに出す。室内で干す準備をしておけば、外に出る時間短縮ができ、紫外線対策や暑さ寒さ対策になる。雨が降ってきた時にも、窓際にあるので、さっさと、室内に取りこめられるので便利。取りこんでまたハンガーを分類して、室内に収納しておくと、雨にぬれることもないし、汚れないから、室内干しにも使えるし。2Fにもベランダはあるけれど、外からも見えやすい場所だし、室内からも洗濯物が見えると、生活感が出るので、干すのは3階だけ。外からはほとんど見えない。ただ、冬など暖房していて、何か干すと乾きやすいかもとか、加湿になるかと考えて、一応室内にも物干しできるようにはしてみたが、洗濯物に使ったことはない^^;天井に2か所、丸い出っ張りがあって、そこにフックを差し込み、竿を通して使う。アイロンはテレビ見ながら2階でかけるので、これを準備しておいて掛け終えた物をハンガーにかけて吊るす時には便利。ランドリースペースは、造作で収納スペースを後で作ろうと思っていたので、何もない空間で設計してもらったのだけれど、なかなかうまく考えがまとまらずどうしたものかと考えていたのだけれど。ぴったりの奥行きの収納ケースを見つけたので、それを購入して、前の家から持ってきたプラスチックの収納ケース類と、ランドリーかごを3種類おけるような棚を旦那のDIYで作ってもらった。見た目はごちゃっとしているけれど、とりあえずそれで今のところ、よしとしよう。うまく写真に写らないが奥行き浅いプラケースが10本、深いのが8本。不思議とみっちり収まった。家族みんなの着替え類、タオル類、3分類の洗濯かご(色物・白物・タオル類)、洗濯グッズ体重計、ゴミ箱、なんかが全部収まっている。奥行きもあるし、たくさん引出があるので、細かく分類出来て、使い勝手が良い。着替えの収納場所をひとまとめにしておくと、整理する時も、一気に片付けられるので楽。広めの机のようなスペースも作ってもらったので、整理する時の仮置きや、入浴時に着替えを机部分に出しておくのに使えて、便利。バスタオルを掛けたり、しわになりやすいものは洗濯してすぐハンガーで掛けられるよう、突っ張り棒も設置。浴室内にも洗濯バーを2本設置してもらった。洗濯だけのことなのに、考え過ぎか、思い込みが強すぎるかも。でも毎日のことだし、ちょっとでも、家事ストレス解消にと考えて、自己満足。。3Fの2か所の室内物干しに掛けておくだけでも、1日でほぼ洗濯は乾く。1Fの浴室乾燥もあるし、洗濯機も乾燥機能付き、少々雨が続いても、困ることはない~でも、やっぱり晴れの日の外干しが一番好き♪
2010.10.06
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先週、こども落語大会があった。2年前に落語を初めて、2か月ほどで初めて出場し、入賞~去年は3位入賞~今年は欲が出たのか、優勝したい~なんて大口をたたいていたせがれ。8月にワッハでやったのと同じのでいいやん、と決めたものの、10分という時間制限に合わせるために、ぶつぶつとあちこち話を切って短縮するが、なかなか枠におさまらない。結局半分くらいの短さにまとめて、ギリギリ時間におさまるようにしてみたものの、流れで覚えているので、言い間違いがあちこちに出てしまう結果に。新しい流れに修正出来るほどに、練習もしないし、毎度のことながらやきもきさせられるばかり。勢いつけてやれば、面白くできるんだけど、間違わないようにと思いつつ慎重にやると、全然面白くないし。落語って難しいもんだなぁ。それでも、練習ではそこそこいい感じになってきたかなと思ったりしたけれど、前の週にあった、サークルのおけいこでは、緊張もしたらしく、グダグダな出来だった。もう少し前は緊張とかも分からないような心の幼さで、ばーっと勢いつけて出来てたのに、心の成長とともに、余分なアクも身についてくるのよね。で、いざ本番、とにかく勢いつけて出来たらと思ったけれど、最初からあんまり声が出てなくて、従って勢いもなくて、なんとか間違えずにはやってて、途中でちょっと乗ってきたかな?と思ったところで、突然詰まってしまった。「何やったっけ。。」とぼそっと呟いてから、我に返って、最後まではやりきったけれど。今までは間違ってでも、流してやれてきたのが、思い切りぶった切ったね。そのあとのインタビューでもしどろもどろだったし、やっちゃったねぇ^^;中入りの時に、わたしと顔をわせるなり、手を合わせて「ごめんっ!失敗した!」っておがむ、せがれ。そう言って、なんとか、自分のショックをごまかしてるんだろうなって思った。自分の事で、自分が失敗して、残念なのは自分なんだから、謝らなくていいよ。としか言えなかった。失敗した時点で覚悟してたんだろうけど、入賞を逃した結果を聞いて、やはり、せがれはさらにショックを受けたみたいで。終了後、わたしの母が、「でも上手だったよ!」とか父も「全然気にしなくていい!」とか声かけして慰めてくれてたんだろうけど、言われるほどに、どんどんせがれの機嫌が悪くなった。一番ダメだったことは、本人がわかってるからなーこういうときの慰めって、結構残酷。。去年も出ていた子は、みんなこの1年で目覚ましい成長をしていたことを思えばせがれの練習不足とか、それほど成長していない点は明らかだったし。年齢に応じて求められるものは、どんどん高くなる。逃避とか落ち込みとか、それぞれの気持ちはわかるけど、もっと本質的なことに気付いてほしいなって思った。正直子供が傷ついたり、落ち込んだりしてるのを見るのは、自分が痛みを感じるよりも辛いってことを、味わわせてもらった。親は、なるべく苦労させたくないし、成功させたいって、子供に対しての欲があるもんで。でも、嫌なことから目をそらせばいいとか、何かのせいにしてごまかせばいいとか、そんな人間になってほしくない。人生ってそんな簡単なものじゃない。今までの幸運な経験よりも、今回の失敗の方が、断然、得難い人生の経験にはなってるはず。 生きてると、マイナスの経験が次々起こるけど、ひとつ乗り越えるたびに、何かを学んで、強くなれるから。辛い経験をした分、人の気持ちがわかる人間になれたり、失敗を恐れず、失敗から学ぶ姿勢を身につける機会にもなる。まぁそれは、またわたしの親としての欲でもあるんだけど、子供の経験は、つまり親のわたしの経験でもあるのね。子育てして学ばされることも多いなーとつくづく思う。わたしなりに思ったことを伝えて、せがれも色々考えたらしく、ちょっとは前向きになれたみたいで、また落語の練習も頑張るそうな。わたしはせがれのサポーターだから、やりたいことはやればいいし、やめると決めたら、それを支持するだけ。
2010.10.01
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まだ若干の宿題を残して、せがれ大丈夫なの~?と思いつつも、出勤の毎日なので、せがれには自力で頑張ってもらうしかない。毎朝、出勤頃、うちに父が来てくれて、昼は実家で食べさせてもらっている。本当は実親とは言え、長い休みずっとのこと、世話になると気を使うので学童に行ってほしかったけれどせがれは嫌だと言うし、一人で留守番と言っても、ごく近所に親がいるので、どうしたって家にいるならと見に来てくれるし、お昼代として少しは実家に入れさせてもらってまぁ面倒を見てもらっている。あーでもあとわずかな夏休み。例年夏休みと言えば、ゆっくりと寝て過ごしていたせがれだけれど、今年はわたしが朝から出勤なので、いつもどおりに起きて、午前中に宿題をしたり、手伝いをしたり、規則正しい生活で過ごしたので、曰く、「全然夏休み気分じゃなかった」らしい。毎日朝の食器などの洗いものはせがれがやってくれている。食洗機任せとはいえ、汚れを落としてからセット、鍋は洗って、シンクも磨いてくれる。帰ってきてキッチンがきれいなのは気持ちがいいし、ありがたい。花や木の水やりはたぶんしてくれているのだろうけれど、この酷暑でかなり傷んでる~ベランダ栽培のミニトマトは、育ってはいるが収穫量が少ない^^;ブラシの受粉ではダメなの~?植え込みには、花の代わりにキノコがにょきにょき生えてきたり、なんだかな。。水蓮鉢のメダカはなぜか全滅して、ミナミヌマエビだけが繁殖してうじゃうじゃと数を増やしている。土日もお盆も関係ないシフトで連休もあまりなかったので、旅行も行かなかったし、1日だけ、わたしもせがれの習い事も何もない休みの日があったので、どこか日帰りの遠出に連れて行ってやりたいと思ったけれど、せがれはサイクリングしたいと言うので、近場で数駅分くらいの範囲で、記念館とかをめぐって終わった。あ、造幣局の見学会も旦那とわたしと友達家族も一緒に行った行った。遠方の友達が家に遊びにきてくれたこともあった。それはとても嬉しかった。実はお盆に旦那の実家に帰っていない^^;1日は休みがあったのだけど、その日ちょうどにワッハ上方でサークルの落語発表会で出させてもらえるという、おいしい話があったので、それにのらない訳にいかない!と言うことで、旦那だけお盆に帰ってもらった。文句言われるかと思ったけど、案外何もお叱りはなかったので、ま、孫かわいさで許してくれたのかしら~?あきらめられてしまったのかしら~?旦那が防波堤になってくれたのかな~?お彼岸に出た時のビデオを持って帰るから許してくだされ。。2週間で仕上げたネタをかけるという暴挙に。。冷や冷やしまっせ~そういえば、同じサークルの子がテレビに取り上げられて、せがれもちらっとだけど、映ってた、なんてこともあったな。海にも旦那と実親が連れて行ってくれたし、鉄道模型展にも父に連れて行ってもらってたし、ゲゲゲ展は父母に、甲子園へ阪神の応援へ近所の友達と行ってたし、結構近場で楽しんでたのではなかろうか。(どれもわたしは一緒に行けず。。^^;)ま、特別なことはないけれど、夏休みは終わって行く。せがれの靴のサイズもまたアップしたので、25.5cmの上・下靴を購入して、新学期の準備は万端。家族旅行は秋以降になるなーーーすでに行き先や経路はせがれによって計画されている。「せがれの背より長い旅行計画表が完成しました♪」とブログに書いて載せるようにと、せがれから指示があった。自分でせがれって言うのか。。2泊で乗るすべての電車の絵が細かく書かれてある。見ただけで腰が痛くなる~
2010.08.26
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学校の懇談があった。5月末頃の家庭訪問で、「学習面もそれ以外も特に問題ないです」との言葉をもらっていたので、すっかりそのままかと思っていたが。。きっちりでもないけど、宿題は普通にやってるし、テストの点もまぁまぁだし、なんて安心していると、ぽっかり落とし穴を作ってくれるのが、せがれだ。学校ってのはきっちりしないといけないーーーテストやドリルは間違えたところをちゃんと直して、再提出したり、授業の中の提出物もちゃんと出さないといけないんだな。当たり前なんだけどね。ちゃんと整理できてないところとか、たまに意識が飛んでしまうところとか、最近せがれの良くない方のマイペースがどんどん出ちゃってるらしい。親としても分かっちゃいるし、指摘をするし、言い聞かせるけど。でも、せがれ自身が納得して。自覚して。これではいかん。と思えるまでは、変わらないヤツなんだよな―――怒るとか、そういうのも効かないしーーー 言い方次第で、何か響けば、せがれの中で採用されて変わこともあるんだけど、どう言ったら響くのか、わからない。ほんと、難しい。どう導いてやればいいのか、本当に悩む。失敗も経験のひとつ、って塾の先生が言っておられたけど、自分で体験、実感しないと、無理なんだろうなぁ。成長するなかで、わたしにできることがどんどん減ってきてる気がする。でも、自分の力で出来ることしか、この先は通用しなくなるんだから、歯がゆくても、結局は見守るしかないんだろうな。。いや、出来る限りのことは、するけど、実際ほんとに。ほんまに。。わたしに、もう少し、なんか気の効いたこと言える力があればなぁ~職場で同僚の女性から「えっ?お子さんいるんですか?20代と思っていました~」なーんて声をかけられて、ははは、そりゃないやろう~しかし、これはネタとしてもらった!と思った。まず、実家の両親にこんな風に言われたよーってにんまり笑って言ってみた。母は、なんと、「まーーー良かったやん。わかるわぁ。」と、無邪気に反応。父は、一時停止後、新聞から顔をあげて、「おい。。そのひと。。目が悪いひとなんか?」って、真顔で言った。わたしは父の反応にうけて、爆笑してしまったが、母は真剣に「ひどいわーお父さん!実の娘になんてこと~」って怒ったので、なおのこと爆笑!家で、せがれに伝えると、「ママー僕もそう思うよ―――」と、まだまだ、ママ派は健在だな。旦那は余計なことを言わず、黙って笑ってた。
2010.07.14
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どっぷりご無沙汰しておりました~ふと、わたしの都合にあったゆるい勤務スケジュールの仕事の募集を見つけて。引越後の家はかなり落ち着いたし、ちょっと時間の使い方をうまくやって、なおかつお金も稼げたらいいなーなんて思い立って応募したら、うまい具合に採用され、仕事を始めて、約1月。かれこれ10年ほど専業主婦生活にどっぷり漬かっていたので、は、働けるのか?わたし。。と、不安いっぱいで臨んだ、久しぶりの仕事~満員電車に詰め込まれつつ、ポマードの臭いさえ懐かしい。。なんて思ってしまった^^;昔バイトで携わったことがあるような業務なんだけど、その当時とは社会情勢も全く違うし想像以上にややこしい仕事に、悪戦苦闘。。でも、社会人として、会社の人やら、お客さんとやら、普段とは全然違う自分で話をするのは充実感が伴う。まだ全然一人前には程遠いけど、少しずつ、戦力になって色々お伺いを立てなくても、仕事をサクサクこなせるようになりたいなーーーが目標。今のところは、一回り以上若い社員さんに、丁寧に仕事を教えてもらいながら、悪戦苦闘中。なかなか頭の切り替えがうまくいかず、ブログの書き方さえどうだったっけ。。^^;状態ですが、またボチボチ再開したいと思います。よろしくお願いします~~~
2010.06.17
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見つけて以来、数日どうしようかと迷ってたんだけど。今日はとても暑かったんで、ついポチッと。いいのかどうか。。どこのショップにもほとんどレビューもない時点で思い切って。一番の不安は音だな。しかし、こういうちょっとひねりの効いた家電とか、アロマも楽しめるとかプラスアルファに弱いわたし・・・現物みてないんで、ちゃっちぃかもしれないけれど。要は扇風機というか、エアサーキュレーター的なものだけど、この形や機能、面白い!ネーミングの掛け合わせもなんだか。ちょこっと棚の上に置いてとか、ドアや窓を細く開けて首だけ出して排気とか、面白い使い方も出来るんでなかろうか。アロマ対応サーキュレーター「YUEN'TO ユエント ELE-FAN エレファン」扇風機この会社の企画商品はどれもユニークでツボ。ダイソンのこれ↓も前から気にはなってたけれど、値段高すぎ!これはプラスアルファというより、デザインがダントツネタになりそうな。ダイソン 羽根のない扇風機 エアマルチプライアー扇風機って静電気でほこりがついて羽が結構汚れるんでお手入れが大変だけど、これならつるっと拭くだけだなので良さそうだけど、音がかなりするらしい。現物をコストコで見たけど、ざわざわしてたし、それほど気にならなかったけれど、誰もが手を突っ込んで、ビックリした顔してたのがおかしかった。買うか買わないかはともかく、こういうの見てると飽きないなーーー
2010.05.04
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ここしばらくわたしの頭を痛くするようなことがあって、そのことでわたしがもやもやしていると。せがれが、「まぁまぁ元気出して~」と慰めてくれる。で、わたしに贈る言葉を書くから、さぁ声に出して読んでみて!と言う。どれどれ。。人 間人間は、いやな人がいる。その人と、いっしょにいるのはつらい。けど、どんな人にも命はある。その人は、その人で自分の好きな人生を送っている。いやな人とは、どうせ別れる。どんな人にも自由がある。しんどければ三日ぼうずでもいい。人間関係はそううまくいかない。でも自由はある。いろんないやなことがなければ、人間なんて生きているいみもない。いやなことは、自分を強くしてくれる。だから人間は美しいのだ。がまんはひとつの花だと思う。人生を、よく考えよう。よく考えると、人生は楽しいよ!いや、人間関係で悩んでるわけではないんだけど~三日坊主でもいいけれど、我慢は花だったり、おかしいね。人生いろんな方向性ってことかーせがれが以前の人間関係で苦しんでるときによくかけたような言葉もあちこちに入っている。どこかに記憶されてるんだねぇ。最後まで書いて、顔をあげて、「ケルルンクック、ケルルンクック」も書いとこか?ってにやっと笑いながら言うので、妙におかしかった。学校で習ってる、草野心平の「春のうた」のくだりやんか。ケルルンクック!ケルルンクック!あははと笑ったら、考え込んでることも、大した問題でもないように思えるもんだ。
2010.04.23
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庭とも言えない、まさに猫の額ほどの植栽スペースがある。手入れをする自信がないので、植栽スペースは無くていいかと思いつつ、旦那やせがれがそういうスペースも欲しいと言うので一応作った。旦那は田舎の人なんで、鬼門には南天やヒイラギを植えるべきと思っていて、実家にたくさんあるので小さいのを移植しようと思っていたらしいが。。先日帰って旦那実家の庭木を見たけれど、どれもこれも大きいし、あまりにも“和”な感じのものばかり。我が家にはちょっと違うんじゃないだろうか~と選びきれず。植栽スペースが土だけという状態を見かねた母が、一緒にホームセンターへ買い物に行った時にやっていた植木市で、これを植えなさいと選んでくれた。いかにもな青々としたヒイラギよりも、我が家にはいい感じなのでは。足元がさみしいので何かを植えたい。どんなのが合うかしら~?そしてその左にひっそり木がちらっと見えてるのだけど、それは南天。実家からの株分け。すぐに大きくなるので、これで充分と言われたが。現時点では、木の棒が2本と言った風情。放っておくと、どんどん花好きな母の趣味で植えられまくりそうなので、自分の好みのものを選ばなければ。。植木市で斑入りヒイラギもいくつかあったんだけど、わたしが選ぶものはことごとく母に却下された。お店の人も一緒に選んで、これがいい!と言ってくれたものが、なんとなく言いようにわたしも思えたのだが、母曰く、「店の人が勧めるものは絶対あかんで!服も植木も一緒。売れ残りそうなものを勧めるのが常識やからね」だそうな。ほんまかいなーそうかいなー店の人に勧められていらんものを買ってくる母の割にこういうときは強気だな。
2010.04.22
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先日楽天で買ったオーナメント。crystal string オーナメント手元に届いたら、クリスタルガラスの飾りがテグスのような糸で等間隔に繋がれてるだけで、ひっかけ金具も付いてなくて、どうやって飾るの~と悩んだ^^;結構重みもある。でも、なんとか朝日の入る窓に吊るしてみると。。 光の粒がこぼれたみたい~見えにくいけど、虹のラインがあちこちに葉っぱの影も光の3原色に彩られ天気の良い朝には、あちこちの床や壁にキラキラと光りの模様が作られてなんだか部屋が異次元空間ぽくなる。せがれや旦那も結構嬉しそうに見ている。風水的にモービルとかこういうものを吊るすといいと聞いたことがある。縁起担ぎみたいだけど、生活の中に気分を持ち上げるようなものがあると楽しい。130cmほどもあるので、切り分けてあちこちに吊るしてみてもいいかなぁ。面倒でそのままにしてそうだけど。。
2010.04.22
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2年ほど前に金魚すくいでもらって来たのが、成長して。。体調10センチほど、立派に成長した、出目金と赤い金魚。新居にも一緒に引っ越してきて、水槽も新しく大きくしてやった。砂も水草もなく、ちょっと淋しげだけど、背後にせがれの愛のメッセージ。赤いのは活発で気性が荒く、黒いのは動きも気性ものんびりさん。なんと、この2匹の間で何があったのか、どっちがどうなんだかわからないけどある日、突然、水槽に無数の卵が散らばっていて。。しかもしっかり受精していたようで、卵の中にだんだん目が。。そのままでは親が卵を食べてしまうらしいので、なんとかせねばと小さな孵化用ネットを買って来て、水槽の中に設置、スポイトで卵を集め入れたら。。あれよあれよと言う間に、みんな孵ってしまった!100匹以上いるのでは。さぁ、これからどんな風に成長するのか、せがれも楽しみにしているようで。旦那はこんだけみんな成長したら、金魚すくいやるしかない、とか言ってるけれど~ちゃんと育てられるんだろうか~
2010.04.19
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以前の住まいは、ガス湯沸かし器だったけれど、新居はエコキュート。調理器具もガスコンロから、IH調理器になったので、最初はかなり戸惑った。お湯がタンクにずっと貯まってるって全部使い切らなかったら、どんどん古いお湯が残って、傷まないだろうか?なんて思ったので、関電の人に聞くと、温度が高いお湯は常にタンクの上に貯まって、そちらから給湯されるので、中のお湯はどんどん新鮮なものに変わっていくので大丈夫です。だって。なるほどーーーお風呂の水も上はあったかくても下の方が冷たいってことあるもんね。追いだきはどうするかって言うと、給湯とは別の追いだき用の配管が高温タンクの周りに設置されていて、そこをぐるぐるっと冷めた湯が循環すると、再加熱されて戻ってくるそうな。なので、それを使ったままにしておくと、追いだきの配管に風呂の水が残ってしまい、配管に汚れや水垢がつきやすくなるし、次回の給湯の時にそれが出てきてしまうので。追いだきをした後は、配管洗浄の操作をしたほうがいいと教えてくれた。うちの操作盤で言うと、差し水ボタンを長押しすると、「配管洗浄します♪」と言って、じゃーじゃーと捨て水しながら洗浄してくれる。もったいないような気がするけれど、見えない部分が汚れるってのも気持ち悪いし。追いだきボタンを長押しすると、再熱の配管に回わさず、タンクの高温の湯を差し湯して、追いだきしてくれる。その方がいいのかと思ったり。いずれにしろ、説明書を読んでもなかなかわらりづらいことよね。最初から配管洗浄ボタン、とか高温差し湯ボタンがあればわかりやすいのに。その辺も順次改良されるのかな。日々のわがやの使用量を勉強して貯湯量や温度もいい感じに合わせてくれるらしいけれど、たまたまたくさん使ってしまったりすると、湯が足りなくなったり。新しいものは使い方がややこしい~IH調理器も実家が数年前にリフォームしたときに買った時より、さらに進化しているし、やたらおしゃべりだ。「右ヒーターの加熱が終わりました」「操作パネルの上に物が置かれています」「炊飯が終わりました」「ヒーターが適温になりました」あれこれ言ってくれるのはいいんだけど、何言ったか、聞き逃すことも多い。しかし、そう思えば聞き直しも出来るボタンも付いている。いろんなモードで自動調理してくれるし便利だなぁ!と思えば、天板のタッチパネルがフラットなんだけど、わたしの乾燥した荒れた指先に全然反応してくれなかったりして操作出来ないことも多々ある。そうなると逆に不便だったり。関電のはぴeプランだっけ、オール電化の住まいだとお得になるという料金プランもややこしい。午前10時~夕方5時までの工場が稼働するような時間帯は割高で、午後11時~朝7時までは、格安。それ以外の夕方5時から11時、朝7時から10時までは、やや割安。土日休日は、朝7時から夜11時までずっと、やや割安。となると、その電気代のお得な時間帯に合わせて活動したくなるわけで。昼間夕飯の準備をするはずが、いやいやもう少し夕方になるまで。。とか、もっと遅くなってからアイロンがけ。。とか、貧乏根性が出てしまい、日常生活がやりにくくてしょうがない。太陽光発電を付けたので、電気の発電具合が分かるパネルがついている。発電した分をすべて電力会社が買い取ってくれるならわかりやすいが、自家発電した分を、まず家で消費し、余った分だけを買い取ってくれる。発電するのは、お日様にパワーがある時だけなので、つまりは日中。電気代が割高な時間帯。割高な時に自宅で作ればお得という考え方もあるが、発電価格の方が今は、買電価格より高いので、少しでも売った方が得。なるべく日中は使いたくない気持ちになってしまう。。せこい自分がいや~左のランプが青く光ってるときは、消費量より発電量が多い。逆に消費量が増えて発電を上回ると、ランプが黄色くなる。青いとハッピー、黄色いとヤバい、みたいな気持ちを煽ってくる。。電灯ひとつ消すと消費がわずかでも減るとか、お湯を沸かすとランプが黄色くなったとか、ささいなことに一喜一憂せねばらなん。さらには天気がいいとウハウハ、天気が悪いとガックリ。。てなことになるのだ。いくら発電したとか、最高記録達成!とか、節約しなくちゃ!とか旦那もせがれも日々パネルを覗き込んであれこれ思うのも楽しいようなので、いいと言えばいいのだけれど、ずっと家にいるわたしはなんとなく息苦しい。でも発電うんぬんを差し引いても、前の住まいよりは光熱費は安い。前の住んでた辺りのガス料金が高かった分がゼロ。さらに電気代もエアコンなどを付けてる日も多い割に、前より安い。 光熱費ではないけれど、水道料金も前の市より、今の方が格段に安くて、使用水量はほぼ同じなのに、半額以下。マンションから戸建てに変わると、割高になると思っていたのでその点は意外だった。
2010.04.18
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結婚以来使ってきたテレビを、引越しを機に買い替えることに。新しいテレビが配達された時、前のが運び出されていくのを見て、まだ壊れてないけれどー今まで見られたのにーとちょっと切ない気持ちに。結婚以来11年お世話になりました。。と言う気持ちもつかの間、運び込まれた新しいテレビにワクワク^^;しかし、テレビの設置作業中、せがれがいない。。どこ行ったんだ―と思ったら外に運び出されたテレビを激写しているなにしてるん?と聞くと。今まで楽しませてくれてありがとう、さようなら~リサイクルして生まれ変わるんだよ~というお別れの気持ちを伝えつつ、思い出のために。生まれてからずっとのお付き合いだったんだから。って。相変わらず心の中はメルヘンだなぁ。去りゆくテレビ。。それはさて、新しいテレビは旦那が選んだ。わたしは大きくて薄型で、テレビが見られればなんでもいいーって感じだけど、旦那にはそれなりのこだわりがあるらしい。わたしにはよくわからない。しかし、旦那はあまりテレビを見ないんだけど~REGZA 【55ZX9000】買いに行ったのが3月末ごろだったので、決算とエコポイントの切り替えとでお客さんが殺到している時期。なんばのヤマダ電機へ行くと、ただいくらかと聞くだけで100組200分待ち!とか言われて気が遠くなる。。やっと順番が回ってきて聞けば、納期まで、1か月!値段もちっとも安くない~結局はビックカメラで、納期2週間弱、もう少し安い値段で購入。さて、本題のテレビボード。新しいテレビのサイズにあったテレビボードも買わなくては、テレビを載せるだけなんだから、そうこだわらなくても、と思いつつ、いくつか家具店を回ったけれどなかなか気に入るものがない。キッチンやらの収納の打ち合わせの時に、大藤木工さんにテレビボードのことをちらっと聞くと、収納に金具を取り付けて、壁付けもできるし、配線もスッキリボードに隠せるようにできると聞いて。薄型テレビでも、脚があると壁にぴったりくっ付けられない。ギリギリまで壁に寄せられるような工夫をされた機種もありそうだけど、旦那が選んだのは、結構な奥行きがとられるもの。壁かけにすると、ずいぶんすっきりする。ただ左右に振ったりはできなくなるけれど。木目調の扉材がいいかなーと思ったけれど、結局キッチン収納と同じもので作ってもらった。すっきりシンプルに仕上がったので、嬉しい~☆上棚は奥に鏡を取り付け、扉はガラス。何を飾ろうか。両脇のスピーカーはとりあえず、ミニコンポのをテレビにもつないで上に置いてみた。別に音にこだわりはないので、5.1chとかじゃなくてもいいけど、やっぱり薄型テレビは音が弱いし。白かシルバーのスピーカーが欲しい。こんなのもいいな。【送料無料】タイムドメイン・ミニオーディオは下の乳白ガラスの中。見えない方がごちゃごちゃしなくていい。ガラスの透け具合も選ばせてもらえる。そして閉じた状態でもリモコンはちゃんと反応してくれる。扉はガラスだけどゆっくり開く金具になっているのでバタンとならない。こういう細かい部分の配慮が嬉しい。横からはこんな感じ。壁の方にとった厚みの中で配線して、下のオーディオスペースにも届いているので、最小限の線しか露出しない。たくさんの機器の面倒な配線作業もコツコツやってくださった。天板の角を丸めたり、シンプルな取っ手を選んでくれたり、大藤さんのデザイン。作ったご本人も、仕上がりを見てとてもうれしそうな満足そうな表情をしておられてなんだか嬉しかった。ちなみにわたしがお願いした最初の図面。壁かけにできない場合を考えて、脚を無理やり押し込んだ形^^;幅もテレビに合わせて大きくしてもらったり、いろいろ変えて出来上がったものはこの怪しい図面からは想像つかない。オーダーして良かった。32型から55型へ買い替えて、さぞ画面が大きく感じられるかと言うと、案外そうでもない。というか、あまりテレビを見る時間がない。。でもやはりデジタル放送は画質がいいな。録画ができたり、他のHDDもリンク操作出来たり、ネットにつなげたり、時代の進歩はすごい。使いこなしたりゆっくり見る時間がなかなかないのが残念~たくさんの親切な工夫をしてくださった、大藤木工さんに感謝☆既製品では買えない満足感でいっぱい。作っていただいた家具をもっときれいな画像でHPに。ほんとはランドリーや他にもお願いしたいところもあるけれど、今は予算が枯渇しているので、いつかまた機会があればお願いしたい!
2010.04.15
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リビング壁面にもオーダーで収納を。ハウスメーカーで、天井から床までのクローゼット扉をつけてもらった。折りたたみ扉が3枚、レールで自在に左右に動き、寄せられるもの。何の飾り気もなく、金具もなく、シンプル。中はがらんどうのままに。そこに、デスクと棚を大藤木工さんに設置していただいた。扉の中に施工するのは大変そうだった。。<(_ _)>扉で一部見えないけれど、左部分はデスク、真ん中に細長い収納、右側は全体的に棚。幅をたっぷりとったデスクの下に引出、上に棚。縦長の収納は、モップとか、折りたたみの椅子などを収納。せがれはダイニングで勉強することが多いし、自室へ一人でこもるのはまだもう少し先だろうし、旦那も仕事を持ち帰ることがあるし、わたしもミシンをかけたり(滅多にないけど^^;)とか、みんな共有のスペース。下半分は棚の奥行きを若干控えて、アイロン台を立てられるようにした。アイロン・ソーイング・薬箱・文具品・説明書・雑誌・新聞・・・日常身の回りで使うようなものがまとめてここに収納できてしまう。統一感のない前からあるかご類や箱類もそのまま使って、扉を閉じたらスッキリ。片付け下手、インテリアに疎いので、これが一番~
2010.04.13
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時がたつのが早い~お彼岸が過ぎ、春休みが終わり、花見も終わり。いまだになんだかんだと、毎日忙しくて更新もコメントも出来ず。。<(_ _)>しかし、今月になって、オーダーしていた収納が完成!山積みの段ボールもとりあえず、LDKに関してはすべて紐解いておさめられてかなり生活も快適になり、ららら~♪な感じで。作ってくださったのは、大藤木工さん。前のマンションでもダイニング収納を作っていただいたんだけれど、その時は数社でプランニングしてもらって、わたしの希望をすべて取り入れてしかも無理そうなところも、目からウロコなアイディアを出して解決してくれるし、扉材や金具もいろいろ選ばせてもらえるところが素晴らしいと依頼して、思い通りの収納家具を作ってくださった。でもって、お値段もとても良心的。マンションのリビングにもテレビボード兼収納家具を作ってもらいたい、なんてひそかに思っていたのだけれど、突然の引越し、そちらで、またお願いするしかない!キッチンメーカーで収納をそろえるのも統一感があっていいのかもしれないけれど、わたしは、電子レンジやコーヒーメーカーとかも日常は見えないように、食器の収納は全部引出しに、パソコン収納スペースや神棚も一体化したい。そういった要望を取り入れてもらうのは、既製品じゃ無理。オーダーすることによって、目隠しできるようにとか、引出の深さも思い通りに、パソコンやプリンターなど内部で配線してしまって一体化することまで可能になる。壁も床もみっちり仕上げてもらうと、掃除も楽だし、地震も安心。ただ、どんなのを作ってほしいかを伝えるのって、なかなか難しい。納めたいものをリストアップして、どんな風に配置したいか、各部どれくらいのサイズにしてほしいかを、自分で計算したり、書き上げるまでが、楽しいけれど面倒な作業だった。最初は自分でこんな感じで考えてみたのだ。。わたしの落書きのような図を送ると、それに基づいて大藤さんが具体的な図面に起こして見積もりを送ってくださる。材料の板の厚みや、金具の取り付けの具合なんかも、細かく計算した図面は、わたしの浅はかな図面とは全く違うしっかりしたもの。扉材や金具など、細かい選択が出来るので、それによって値段も変わるんだけど、その辺もきっちりと提示してくださるので気持ちがいい。大まかに決まったところで、取り付け場所を採寸に来てくださり、詳細の打ち合わせをする。こういう風にしたいとか言うと、いろんなアイディアを出してくださる。どんな扉材にするか、膨大なカタログの見本は小さくてよくわらないので、よさそうなものをいくつかピックアップすると大きめの現物見本を送ってくださる。そこから選んで、詳細まで詰めて、製作をお願いして1カ月ほどたち、わたしも、大量の段ボールに詰められたモノたちも、待ってましたの据え付け工事。冷蔵庫脇から、横の壁までおよそ3mくらいの何もないスペースに。。天井から床までみっちりと収納スペースが。神棚部分のみオープンその下の電話台スペースはガラス扉家電収納部は扉を持ち上げて、ぐいっと押しこんで、オープンにできる。最初は引き戸で考えたけど、こっちの方が、面もスッキリするし、個別に開けて便利。大藤さんのアイディアはさすが♪置いてる台部分はスライドテーブルになっており、湯気や熱が出る時や、使うときは引きせるので、便利。扉の裏と、上部分に調湿・耐熱素材を張っているので安心。こういう細やかな配慮も嬉しい♪引出はそれぞれ深さが異なり、お皿やグラスや鍋など、納めるものに対応。ドイツ製の金具を使っていて、閉めるときはゆっくりと引きこまれるようになっているので割れ物を入れていても、大丈夫。最下段の深引出は、棒を立てて区切れるようになっているので、フライパンや蓋など大きさがまちまちの物も、無駄なく収められる。ノートパソコンも持ち上げ式の蓋をあけて、スライドテーブルで引き出せるように。LANや電源やプリンターとの配線も内部を通してあるので、スッキリ。電子レンジの台もスライドするけれど、その下も引出に見えてスライドトレー。電子レンジからものを出し入れするときや、冷蔵庫にものを出し入れするときの一時置き、ラップかけるときなどに、ちょこっとおけたりが重宝。最下段はプリンター、これもスライド台に乗っけて、コピー取る時やインク替えの時、便利。扉は使うとき邪魔にならないように、開き戸が押し込めるようになっている。この縦列は上から神棚・電話台・電子レンジ・パソコン・プリンター収納と言うオーダーでないとありえない並び~扉の表面は写真では分からないけれど、キッチンと合わせて、オフホワイトでうっすら木目が入っていて、横にも若干光沢のある筋が入っており、鏡面素材。これがなかなか思った以上にわたし好み。取っ手もキッチンと合わせてアルミのラインで。いくらでも入りそう~と最初は思ったのだけど、納めてみると持ち物がちょうど過ぎるくらい、ぴったり、みっちりと。計算通りなのか、もの多すぎなのか!?でも、扉を閉めてしまえば、スッキリ。このおおらかな包容力たっぷりの収納。大藤木工さんなくしては、ありえない。感謝☆感謝
2010.04.12
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先月末に怒涛の引越しをして、早2週間。まだ開ききってない段ボールが多数。。というのも、諸事情で1か月引越しを早めたもののキッチン・リビング・テレビ関係の収納家具を注文してはいるけれど、当初引越し予定の3月末まで製作にかかるため、据え付けてもらうまで、たくさんの日常生活に使う物を納める場所がない^^;さしあたって使うものだけ出してなんとか生活をしのいでいるけれど、段ボールに囲まれたままというのは、家が新しくったってなんとも貧乏感漂う暮らしぶり。。外構の仕上がりも勝手に変えられてしまっていて、またやり直しすることになりあっちもこっちもこれから。電話やネットもなかなか開通してもらえず、なんだかんだ大変だった。何事も簡単には行かないものなのだと、思い知った。引越し疲れで、体もクタクタなのか、あちこちに支障が出てきてしまった。でもせがれは新しい学校へすんなりなじんで、友達も出来て毎日楽しそうに登校している。家のことより、そっちの方が気がかりだったので、何より。実家が近いのでなんだかんだと、両親が世話を焼きに来てくれるのもありがたい。今までは具合が悪かろうと、這ってでも、自分一人で子供の世話をするのが当たり前で、何かを手伝ってもらうということに慣れなくて、とにかく申し訳ないような恐縮気分に。今まであった距離が縮まった分、気持ちの上での距離感の取り方も慣れるまでは難しい。それでもまぁとにかく、住む場所が変わって心機一転、今までのしがらみを脱ぎ捨てて、ずいぶん気持ちは軽くなった。ちょっとでも居心地の良い住まいになるように、ちょっとずつ工夫したり、揃えてみたりその辺を楽しみにしようと思っている。
2010.03.15
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引越しや転校に関して、せがれは淋しがりはするものの、案外前向きに受け止めてくれている。学年最後まで過ごしてからと思っていた引越しが今月末になっても、あっさりと構わないよと言ってくれた。結婚するまで引越しも転校経験なく過ごしてきたわたしにすれば、ものすごい環境の変化に巻き込んで申し訳ないような。転校と聞いただけであれこれ想像してドキドキしてしまうようなわたし。ただ人見知りなわたしと違って、せがれは恥ずかしがりではあっても、人見知りはしないので、その辺楽天的に考えられるのかも。大好きな友達もたくさんいて、先生のことも尊敬していて。習い事がない日は友達と約束していつも自転車であちこち遊びに行く。毎日楽しそうに過ごしていたので、新しい環境でも同じように過ごせるようになってほしいものだ。転校以外でも、何年も通い続けた習い事をやめなくちゃいけないのも残念。せがれはいい先生たちに恵まれてきた。年長から始めた公文、先生はせがれの個性を大事にして可愛がってくださっていたし、勉強以外のことでも、何かあると先生に愚痴を聞いてもらったり、励ましてもらったりしていたらしい。毎日の宿題をするのもさせるのも大変だったけど、一度も行くのが嫌だと言わなかった。公文の国語は解くよりも、いろんな文章を読むのが楽しいらしく、変な雑学もついて、せがれには合っていたようだ。漢検も毎年受験して、今年は1学年上の7級を受けた。せがれがわたしにも受けろと言うので2級を受けようと思ったが先生に、案外難しいので最初は手堅く行きましょうと準2級を勧められた^^;結果待ちだけど、二人とも合格してるといいな。英語は始めて1年半ほど、最初はイラストがほとんどの遊び半分みたいな教材、CD聴くのも楽しそうだったけど、だんだん文字も細かく、イラストが減り、今ではカラーからモノクロに、書きこむ文章も難しくなってきた。そうなると絶対面倒がると思っていたが、そうもならず、勧められるままに1月に受けた英検5級に合格してビックリ。算数は学年以上に進むこともなくポツポツやっている。公文と言えば算数だと思うのに、英国ばかり先に進んでこれいかに。。単純計算がたぶんせがれに合わないんだろう。週2回、お昼から夜の9時までの教室に、自由な時間に行って終わって、のんびりせがれは行ってしまうと何時間も帰るコールもなくいつも夜になってから帰ってくる生活だった。置いてある文庫をのんびり読んだり、たまには机で寝てたりしたらしい。そんなせがれでもおおらかに受け入れてくれた先生、友達もたくさん通っていたし、勉強半分、遊び半分だったのかな。公文ならどこにでも教室はあるんだろうけれど、先生との相性が大事だと思うので引越し先ではどうだろう。。空手は2年生から。戦いごっこも争いごともキライなせがれだけど、近所の子らにやられまくってるのでこれは鍛えてもらわねばと思って勧めてみたら、やる気になった。お坊さんの道場なので、命や人の心の大切さや、世の中のこと、折に触れていろんな話もしてくださって、精神的にも鍛えられたよう。いじめられて自分が嫌いやとマイナス思考になっていたことも、自分は自分のままでいいねん!という気持ちにしてくれたらしい。昨年秋に昇級試験を受けて色帯に変わったしちょっとだけ、強くなったような気がする。。?同じ系列の道場が大阪にはないので、この先はどうしたものやら。エレクトーンは2年生でグループから個人の先生に移り、好きな曲を好きなよう自分ペースで弾かせてもらえるようになってあまり上達もしてないようだけど、楽しげにやってきたなぁ。引っ越すことを学校や習い事の先生に連絡して、それぞれ、惜しんでくださるお声をかけてくださるとますます淋しいし残念な気持ちになる。だけど、それも仕方ないんだものね。引越し先にどんな習い事があるのか、何をするのかわからないけどいい先生との出会いがあって学校以外にも楽しみが出来るといいな。習い事の日々はわたしの送り迎えの歴史でもあった。18で免許を取って以来のペーパードライバーだったわたしが、必要に迫られ運転するようになり、方向音痴と戦いつつ、細い道、山道、いろんな所へ日々送り迎えしているうちに、人並みにはできるようになった。大阪では道路事情も違うし、徒歩・自転車でたいていの用事は済むので機会は減るだろうけど忘れない程度に運転したいな。落語サークルは逆に近くになるのでいいんだけど。最近日常に追われて練習に付き合ってやってないなぁ。新しいネタも全然覚えてなさそう~3月に発表会みたいなのがあるみたいだけど大丈夫なんだろうか―こればっかりはわたしがいくらハッパをかけてもしょうがないんで。本人のやる気次第だなぁ。。。
2010.02.15
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先だ先だと思っていたけれど、新居完成、引き渡し完了。引き渡しは単に鍵の受け取りかと思って気楽に到着すると、玄関までレッドカーペットが敷かれていて、テープカットまで用意されていて、面映ゆかった。インテリアコーディネーターさんに、設計士さんに、現場監督さん、担当営業さんお世話になった方が揃ってくださり、そのハウスメーカーのCMと同じ音楽が流れる中、ジュースで乾杯という儀式もなんだか恥ずかしいけど嬉しかった。まだ何も揃ってないがらんとした新居でとても我が家との実感は湧かないけれど、図面で考えたものが、ちゃんと立体的に出来上がって、中に入れてることが不思議。精一杯考えたつもりでも、やっぱりここは、こうしたらよかったって部分はすでに多少ありつつも、満足な部分の方が多いかな。実際に生活してみたらどうなんだろう~そして学期末が終わってからに引越しを予定していたけれど、実務的にも金銭的にも早い方がいいと判断して、今月末に引っ越すことに変更したのだけど、想像以上に引越しって大変かも~~~と、今更ながら半ば呆然としつつ思う。引っ越すことを告げて、身近な人が惜しんでくれたり、淋しがってくれるとまた、気持ちが揺らぐけど、もうここまで来たらどうしようもないものね。頑張るしかない。せがれの宿題の日記に、引き渡しのことが書かれてあった。テープカットしたことと、プレゼントをもらったことの後に。『プレゼントはフライパンで、「ママが買わんでええわ―」と喜んでいました』って。なんか、がめつい感じで恥ずかしいやん。せがれが家の模型が欲しいって言ったから、作ってくれたこととか書けばいいのに。そこをスル―して、わたしに振らんといて~
2010.02.15
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月の上でウシとのんびり散歩してたら、3秒後にトラに変身。下(地球)を見ると境内に人がいっぱい集まってカウントダウン。年が変わってみんなバンザーイ。せんとくんがあっかんべーしてた。トラが追いかけてくるから、シカせんべいで気を引こうとして失敗。食われる寸前、若田さんと野口さんに助けられた。という、ゆうべのせがれの夢。
2010.01.28
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長々書いてきたけれど、書いてるうちにどんどん心が軽くなった。全部が全部、思いきれたわけじゃないんだけど、でも振り返ってみて、変な罪悪感を感じる必要も、被害者意識を持つことももう何の意味もないことがわかってきた。なので、最初に書きだしたときより、すっかり気持ちが落ち着いてしまった。引越しのことが、1年前、2年前、結婚当初、別のタイミングで起こっていたらきっとわたしが心配したような騒動になっていたんだと思う。だけど、ここに至る、一つ一つ何かが起こるたびに、お互いに何かを譲ったり、あきらめることを学んできたのかもと、整理してみてわかった。いろんな過去の出来事の結果が、今に繋がって来たんだろうな。引越しすることがいいことなのかどうなのかは、まだわからないけれど、このタイミングがあってこその話、いろんなものに感謝しつつ、新しい生活に踏み出さなくちゃ。棟上げ報告後、旦那は義父のところへ時々顔を出して、詳細を伝えていった。わたしが義父と顔を合わせる機会には、引越しの話題が全く出なかったので、どこまで言っているのか、どこまで伝わってるのか、よくわからなかったけれど。しかし、義父が義姉にはその話をちらっと伝えたのか、一度旦那の携帯に義姉から電話があり、引越しの話を聞かれたらしい。するよ。くらいしか答えない旦那にたぶん、義姉はじれったい思いをして、直接会って話を聞かなければと思ったんだろう。それで、正月の対面となった。今までの経験では、義姉がいると義父は妙に強気になるというか、あえて物事が大きくなる傾向があるので、会うのが怖かった。旦那実家に着いて、顔を合わせるなり挨拶もそこそこに、「引越しするって??いつするん??」と前のめりな感じで聞かれて、きたーーーと思ったけれど、旦那は返事もしないので、わたしが引き気味に答えておいた。座敷に上がってからも、家の場所や、どんな家か、マンションはどうするのか、根掘り葉掘り聞くので、旦那頼む。。と思うのに、また反応せず、義姉はわたしを凝視して質問攻めにしてくるので、どこから答えたらいいやらと思っていると、せがれが、勝手に答え出した。「場所はねぇ、大阪のばあばの家の隣の隣の隣の隣の隣の。。。。。。。。(エンドレス)」義姉が「近いのか遠いのか良く分からへんねぇ」と苦笑い。それから、どんどんせがれが中心となって家について語ってくれた。せがれには、義父も義姉も突っ込みようがないようで、和やかに話が進むではないか~子供に救われるとは情けないような気もするけれど、助かった。。それから、すっかり大きく成長した姪っ子たちの近況などの話題や、今住んでいる場所のことなどにそれとなく、話を振ってみると、自分のほうのことになると、義姉はあまり乗ってこないので、姪や義兄が答えてくれた。なんとも微妙なバランスだなぁ。お互い自分のことには実に消極的だ^^;義姉が旦那さんの転勤で、どこかへ引越しするという話を義父から聞いていたんだけど、転居案内が来ず、旦那も詳しく聞いてこないので、年賀状も前の住所のままに送って、まだ年賀状も届いておらずわからなかったけど、聞くと去年春までに引っ越していたらしい。今までのことを思えば、そう嫌味なことも言われず、喧嘩腰にもなられず、ドキドキしていたことは杞憂に終わって良かった。。これでわたしが思い悩んでいた障害はなくなったわけで。胸のつかえが下りた思いで、新しい家のことを考えられるようになった。わたしの愚痴や過去へのこだわりで長々とした話になりましたが。読んでくださったり、コメント頂いた方々に、とにかく感謝感謝です!頂いた言葉から、気持ちを軽くしていただいたり、新たな気づきもありました。また、ぽつぽつかもしれませんが、まったりと更新していきたいと思いますのでよろしくお願いします~
2010.01.22
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日にちが開いてしまって、どこまで書いたやら。。いったん最後の方まで書いたもののパソコンがフリーズし、飛んでしまったので、改めては、気が遠くなってしまって。途中で下書き保存をせにゃならん。しかし、それをついつい省いてしまうのがO型~?しかし、力尽きている間に、友達から電話をもらったりして。身近な友達にはブログのことなんぞ言っていないのだけど、もともとブログを始めるきっかけとなった友達と、遠く離れた地に住んでいる友達だけは知っていて。転勤で何度も引越しを繰り返しているその友達とはなかなか会えないので、ここで近況を知ってもらえるのは、なんとなく嬉しい。読んで時々電話をくれるのも、嬉しい。どんなに離れてても、つながりあってるんだなって。その電話をくれた日も、なんとなく話をしたいなーと頭に浮かんできて、でも、とてもいい天気だったので、子供と公園におでかけしてそうだし、別の日にしようと思ったら、彼女の方から、かけてきてくれた!友達のいる方の空は今にも降り出しそうな天気だよって言われて、あーそっか。こことそっちは、距離があるんだな。って思い至った。なんでも、自分基準でものごと考えてたらいかんいかん。でも、嬉しい偶然だった。わたしが思い出してるときに、相手もわたしのこと思い出してくれてるなんてね。電話と言えば、父がわたしに電話をしてきて。そういえば、母が一泊旅行へ行くって言ってた日だったので、留守番中になんとなく寂しいのか電話をかけてくることがあるから、そうなのかなって思ってたら、違った。急なお通夜に参列をしなくちゃいけなくなって、次の日の母が帰宅する頃に、不在にするけど母が鍵を持ってでかけてるかどうかわからないから、どうしようと。出かける前に、宿泊先のパンフレット置いとこうか?と母に聞かれて、なんもないやろうし、いらん!と父は言い、携帯を貸してやろうかというと、いらん!と母は言ったらしい。あの夫婦らしいやりとりだが、油断大敵だな。前の旅行の時にも鍵を持って出なかった母が、父の帰宅が遅くなってしまって、家に入れず、近所の公園のベンチにぽつんと座って待っていたらしい。その時の教訓を生かしてちゃんと鍵を持って行ってくれればいいけど、うっかり屋の母だし。鍵を置いて行ってるかどうか、わからないの?と聞いても、そんなもんわからん!って。。旅行会社だけは、書類が残っていて分かるというので、聞いてみたら?と電話するように言ってみたものの、時間外でつながらないと。翌朝もう一度時間内に電話したらいいやんと言うと、仕事だしそんなことはせん。忘れてたら、忘れてたらで、待っとけばいいねん。いい薬になるやろうなんて言う。冬に外で待ってろとは薄情な~~~とあきれた。仕方がないのでわたしが朝電話して聞いてあげると請け負った。旅行会社に電話し、急用で連絡が取りたいのですがと依頼すると、もしも調べがついてわかれば、添乗員に連絡をとって、電話出来るかもしれませんと言ってくれた。かかってくるかなーーーーーと待っていると、小一時間後、電話が鳴った!出ると、大声で、受話器の向こうから、せっかちに「何?何の用か早く言って!電話借りてるの!!添乗員さんの電話でっ」え、お母さん?と聞き返すと、「tacoちゃん?良く聞こえへん!早く!何?どうしたん。はっきりいいなさい!」言うも何も、話す隙間っちゅーものを与えてくれ。。ほんま、母のこういう物言いにはうんざりする~とにかく、負けじと声を張って「○○さんが亡くなって、今晩お通夜にお父さん参列するって。。」と言いかけると、さっさと、「あーあーそう。鍵持ってるわ。じゃ。」で切られちゃった。知りたいことはわかったものの。普段はあれこれ必要以外に話が脱線する母なのに、なんとそっけない。ほんとに、まったく。感謝してくれとは言わないが、もうちょっと愛想ってないの。やれやれ。。と次は父に電話して、「連絡付いたよ。鍵持ってるから大丈夫だって」と伝えると。「あーそうか!ならいいな。ありがとう~」と。ちょっとだけ報われた。。いつも振り回されてバカを見るわたし。しかし、そんな勝手な母も変なところは気ぃ遣い症で。手料理をふるまってくれて、手土産ももたせてくれて、こっちが恐縮しなくちゃいけないのに「なんもお構いできんでごめんなーーー」と、帰った翌日あたりに電話が来たりする。その割に、こっちが気を悪くするようなことをしても、しれっとしてる。何か気が焦っている時や、余裕がないときは、超身勝手、炸裂。帰ってその後も全く連絡はないし。全くなんとも思ってないんだろう。父は父で子や孫や自分の身内には非常に寛容なのだけど、母には常に俺様なので、その間に挟まるわたしは非常に疲れる。ちょうど間をとって、普通にふるまえないのかなぁって、いつも思うけど、ずーっと関わってきて変わる様子もないので、変わらないんだろう。ま、子供は親を選んで生まれてくるらしいから、わたしはこの両親を、旦那はあの両親を、そして、せがれはわたしたち夫婦を、選んで来たということで。子供からすれば、親に感じる不条理は宿命なのかな。幼い子供は無条件に親を愛するものね。親は子供を産み育てる責任を感じて、理屈や感情に左右されながら、子供を可愛がるけれど。親はとかく、子供が親に苦労をかけて、子供が大人になっても変わらず愛してるって、思い込みがちだけど、案外そうじゃないのかも。子供の方が親に深い愛情や、切れぬ縁を感じるってこともあるんじゃないか。結局は、親も子も、お互いさまなんだろう。自分以外の人は変えられないと、まず思い知るのが、自分の親との関係からかなと思う。これを前提に考えれば、人とのかかわりもずいぶん楽になるのでは。閑話休題。。またまた振り戻って、秋に大阪で地鎮祭をした。その時にハウスメーカーさんが自社ラベルの酒をお供えしてくれて、それをおさがりとして頂いて帰ったものを携えて、旦那は義父へ家を建てることを報告に行った。わたしからすれば、順番が全然違うのでは。。と思うのだけど、旦那は義父の性格上、物事が中途半端に進んだ状態で言うと、あれこれと文句を言ったり反対するので、きちんと決めてから、言わないといけないと。今まで散々小さいことでもなんでも、決めごとの度に揉めるのを見たり、巻き込まれたりしてきたわたしには、どうしたら最善かなんてさっぱりわからない。わたしが何か考えたり、アドバイスして良くなった試しもない。世間一般とか、わたしの常識とか、そういうものはどこにでも通用するものじゃないともう充分思い知っているし、生まれてずっとのお付き合いしてる旦那がそう思い、自信があるなら、それに任せる。わたしが選んで今一緒にいるのは、旦那なわけで。それについていくしかない。旦那が選んだ親なんだから、旦那と親との間にわたしが何を口出しできようか。で、旦那の考えが正しかったのか。わたしが想像したような、怒られる、大反対されるとかとかはなかったそうで。旦那がどんなふうに説明したのか非常に知りたいけど、無口で口下手で、根掘り葉掘り聞いても、事細かに説明してくれないから実際どうなのかわからないけど。。とにかく反対されなかった、喧嘩にならなかった。という結果だけを喜ぶべきだな。旦那曰く、一度にあれこれ言っても理解しにくいだろうから、小出しに話をしていくつもりらしく、また後日詳しく言うわ、てったって、棟上げしてたら建ててるってことだもんね。事情は伝わったんだろう。今までは何かあると、たちまちこちらに電話がかかってきて、あれこれ言われたりした経緯があったので、またそうくるかと、数日はおびえて過ごしたけれど、それもなく。なんだか拍子抜けな打ち明けとなった。
2010.01.21
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長々と過去に振り戻って、ねちねちとどうにもならないことを書いているのだけど、書いているうちにどんどん、混沌と考えてきたことがクリアになってくる。クリアになったものを見据えると、それほど深刻なことでもないように思えるけれど、その時その時には、恐ろしいほど追いつめられた気分で日々を過ごしていた。でも、過ぎて見れば、嫌な経験からも学ぶところは多かったと思っている。それでもたまに胸の奥で古傷が痛むと言うか、何かのきっかけで振り戻ってしまって、モヤモヤとした気持ちが湧いてくることがある。それって完全に今までのことを手放せていないからじゃないかと思う。きれいごとなく、ここで一気にぶちまけて、こだわっていたことを手放して、ぐだぐだ悩んでた自分におさらばしたい~深く悩まない、人を悪く思ったりしない、ねちっこくない、鷹揚なところが自分らしさだとずっと思ってきたのに、ここ数年で真逆になってしまっていたよ。もうすぐ環境が変わるんだし。どんどん背中を押されるように進んできた。発端は、昨春のある日。落語サークルのおけいこ帰りにわたしの実家へ寄った時、近所にあった大きい駐車場が整地され、分譲地としてのぼりが立っているのを見かけた。古くからの住宅密集地で、住民の出入りは少なく、売り物件はほとんどない地域なので、珍しいことだ。旦那は見たとたん、俄然興味を持ったようで、実家に着くなり折込チラシを探してすぐに電話をかけ、不動産屋に話を聞くことになった。チラシを入れた途端、半分ほどの区画は売れたという。旦那もいきなり買う気満々で、残っている場所で気に入った土地を押さえておいてと頼んでしまった。わたしもややこしいバックグラウンドがなければ、買ってもいいかな?と思うくらい、交通至便で、学校も近い、実家も近い、生まれ育った地元で勝手も分かっていると、何かと安心で魅力的な土地ではある。が、旦那は田舎の長男で、義父は一人暮らしで、こっちに引っ越してくるなんて、無理なことはわかっていた。わたしの両親だって、そんなことしたら、うちが呼び寄せたみたいに思われると困るし、わざわざ買わんでも、今のマンションで充分だろうって反対した。が。普段無口で温厚そうな旦那だけど、思い込むとものすごく頑固で絶対に譲らない。その辺、義父の血が流れてる~って思わずにはおられない。旦那は家を建てることに最初からこだわっていた。、結婚すると決まったら即、自分の実家の土地に家を建てるつもり満々で、いそいそと住宅展示場周りなんかして。間取りをどうするとか、設備がどうとか、そういうことを考えるのが大好き。が、義父に同居もしないで別宅を建てるのはあかん!と却下されたので、方向転換し、とりあえずマンションで生活をスタートすることになった。それでも10年ほどここに住んだ先には、家を建てたいなぁとはずっと話していた。わたしはマンションでもいいから、出来ればもっと旦那の会社の近くとか、そうでなくてももう少し大阪に近い便利なところがいいなーなんて思っていた。義母が亡くなって、同居案もご破算になってからは、ずっとここで住み続けるしかないなとわたしはあきらめてしまって、それまでチェックしていた不動産のチラシも全く見る気にもならなくなってしまっていたけれど。旦那はそれでもあれこれチェックし続けていたので、あきらめ悪いなぁとあきれていた。そんなところへ、降って湧いたようなこの話。旦那の実家からも、この県からも離れて大阪へ、しかもわたしの生まれ故郷へ、わざわざ土地や家を買って引っ越すなんて、どう考えてもありえない。わたしの友達ですら、そんな話をすれば、まず第一声に「お義父さんは?」と聞く。「こっちの家はどうするん?」と聞く。それが一般的な道理なのだ。でも、旦那の道理では。いくら土地が旦那実家にあると言っても、今の自分にはどうしようもない。古いしきたりで固まっている今は、あそこには住むのは嫌だし、義父もわたしたちの思うような家を建てることは反対なので無理。ローンを組める年齢に限界があるので、建てるなら早くしなくては。だからこそ、気に入った土地が売りに出ている、このタイミングを逃す手はない。せがれだって、少しでも小さいうちに転校した方がなじみやすいだろう。義父に分かってもらえるようには、自分が責任を持つから。そう言われても、やっぱりどうなんだろう。本当にいいんだろうか。わかってくれるんだろうか。自分の地元に新居を構えられるなんてと、何のしがらみもなければ嬉しい話に思えるが、周りの人の反対とか考えるととても喜んで受け入れる、そんな気になれない。その頃、あれこれと悩んで落ち込んでるわたしを心配してくれた人がいて。その人に、思っていることを打ち明けた。すると、今どうにもならないことに束縛されたままずっと生きてるつもり?このままだったら義父に何かあってからしか、動けないよ。それをずっと待ってるつもり?と言われた。なるほど。確かにそれを待っているだけになってしまっているかも。今はどうにもならない。どうにかなるまでは、どうせずっとこのままいるしかない。そう思ってきたのは確かだ。なんだか、ひどいこと考えてたもんだ。そんなの一体いつのことだかわからないよ。その前にこっちがどうかなっちゃうかもしれないよ。旦那さんが、自分の親のこともわかった上で、家族の幸せをちゃんと考えてくれて、今が変わるチャンスだと言ってるのに賛成しないでどうするの。親に何かあった時は助けてあげたらいいけれど、今はその時期じゃないんだから、考えたって仕方ないよ。旦那が言ってたことと同じだ。こっちが動いたら、あちらも動かせるようになるかもしれない。わたしの方も旦那の方もどっちの親のことも気になるし、今は旦那側は動かせないからまずはこっちから環境を整えて置いた方が先のためになると。何事もタイミングが大事だと言うことだ。とにかく土地はすぐにでも手を打たなければ売れてしまうので、契約すると旦那は決断した。土地を契約すれば、次は家を建てることへと進んでいく~突然の決断で、ハウスメーカーやらとの打ち合わせがが始まって忙しく過ぎながらも、ずっと気になり続けたのは義父に了解してもらえるかということ。旦那がどんなふうに話を切り出してくれるのか、それで喧嘩にならずにちゃんと納得してもらえるのか、ずっと心配で仕方なかった。
2010.01.09
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旦那実家での悶々もそうだけど、問題は住処にもあった。マンション内にはせがれの同級生が数人いる。一人の女の子を除けば、違う保育園や幼稚園通っていたので、関わる機会が少なく、戦いごっこ、ゲーム、サッカー好きが集まっていて、兄弟構成も似た家庭が多く、一人っ子のせがれとは興味が全く違うので、遊んでもお互いつまらなそうだった。小学校へあがってからは、集団登下校で、ただ一緒に行って帰ってくるだけのことだと思うのに、それがトラブル続きの日々の始まりで。自分たちと違う趣味だったり、思う通りにならないこととか、最初のうちはそんなささいなことがきっかけでちょっかいを出してきたんだと思う。その子たちは、列で歩くのを好きな順番に入れ替わったり、走ったり、道草したり。せがれは、決められた順番を守りたいし、歩いて、道草をしたくない。テレビ番組の話や、流行りの歌なんか大声でしてる子たちに加わらず、落語の練習を一人でしてるせがれ。兄弟がいる子たちと一人っ子のせがれ。何か自分たちと違うせがれが、だんだんうっとおしいと思いだした子たちは押したり小突いたりから始まって、それにせがれが反発すると、どんどんエスカレートして、蹴ったり叩いたり、エレベーターに乗せないようにもみくちゃに嫌がらせをしたり。その子たちは、親や先生の前では実に狡猾で、口裏を合わせ、せがれが悪いとしか言わない。全治数週間の大けがをさせられたこともあって、その時は周りの子の証言もあり、一応親子で謝りに来たけれど、そのときでさえ、子供は黙りこくっているし、親だって責任の元はそっちにあると言うような口ぶりだった。その後も嫌がらせが続き、どうしてそういうことをするのかと理由を聞くと、歩くのが遅い、一人で落語を喋って気持ち悪いとか言う。わたしはトラブルの元をなくせばいいのかと思って、人が嫌がることはしないように、スピードも合わせて、うるさいと言われないよう黙って歩くようにと言い含めた。そうしたところで、また何かと難癖をつけては、嫌がらせは続く。せがれも頑固だから、弱い立場でも理不尽なことに対して決して屈しないので、間違ったことに対して、黙っていない。余計に相手もエスカレートして、何度もけがをさせられ、毎日帰宅しては泣いていた。小さなマンション、親もお互い知りあってるので話をしては見たものの、とにかく自分の子供の言うことしか聞かないし、立場にたたない。個人では、ちょっと引け目を感じてる人も、自分が仲間内で悪い立場になるのが嫌で話を合わせているのがわかった。学校の方でも注意はしてくれたし、わたしもなるべく目を配っていたけれど、人目のあるところでは手を出してこなくても、子供たちだけになると、やってくる。せがれもいろいろ考えて、一人ずつと話をすれば、その時は悪かったとかごめんと言うのだけど、数の力、仲間といると変に強気になるというか、止められなくなる。親も子も家族ぐるみでのつながりがあって、その輪の力を大事にまとまっている。そしてある日、マンションの中で、数人がかりであんまりひどくせがれに手を出しているところを見て、わたしが叱った。子供たちに話をしていると、母親たちも出てきたので、毎日続く出来事を言って、本当に困っているということを伝えたのだけど。このままだと、またいつか大けがにつながるかもしれない。今までも何度も言ってきたことだけど、普通に何事もなく行き帰りするだけのことがどうして、そんなに難しいことなのか。自分がされて嫌なことは人にもしないで欲しい。危ないことはしないで欲しい。ということを頼んでみたのだけど。しかし、親は、子供の話を鵜呑みにして、元々のきっかけを作るのはせがれ。男の子は元々やんちゃなもの、多少手を出したとしてもそれは仕方がない。けがをさせられるのが嫌なら、毎日わたしが付き添って送り迎えをするか、集団登校をなくすように学校へ申し出ろ、と父親まででてきて言われた。まるでどこかの国のように、少しでも謝った方が負け。自分たちの立場さえ良ければ、間違ったことをしても構わないという理屈。そもそもせがれ自体が変わり者だからと人格を否定するようなことまで言ってきた。でも、逆にそこまで言われたことでわたしも何か吹っ切れた。表立ってトラブルになってるのが、うちとの間だけと親たちは思っているのかもしれないが、実のところ、子供たちは学校でも同じようなことをしている。いじめられて登校拒否寸前になってる子が学校へ相談していたり、その子たちが悪さしてることことをよそからも聞いたことがある。地域の活動などでも、自分たちに都合のいいように勝手を通してると、他の保護者は不満を持っている。仲間内で固まってなあなあで通していけているから、自分たちがなんでも正しいと思い込んでいるが、他の人たちは面倒にならないようにと、表立って言わないだけで、実は反感を持っている人だって少なくない。せがれがおかしいなんていいますけど、学校ではみんなと仲良くできてます。でもあなたの子が学校でも同じようなことをして、困ってる子は他にもいますよ。と言ったら突然顔色が変わって、黙って逃げるように帰ってしまった。その後、ご近所では、父親まで出てえらい剣幕でどなり散らして逆切れしていたといううわさが立って、友達に大丈夫だった?と気の毒がられてしまった。学校にも、今までのこと、言われたことをまんま伝えた。集団登校の廃止とか、学校の決まりごとの是非にまで言及されていましたが、わたしとしてはうちの子に普通にトラブルなく登下校してほしいだけなんです。学校側は、登下校の方法を変えるつもりもないし、相手の親に話をしますといった。その話の詳細は聞かされなかったけれど、とにかく、手を出されることはなくなった。たぶん、親も人並み以上に世間体を気にする人たちなので、うち以外にも問題があると聞いて、旗色が悪いのを察し、はじめて子供たちに怒ったか、言い聞かせたんじゃないか。学校でも先生が子供たち同士で話し合いをさせて、お互い嫌なことをしないという約束をしたらしい。本心から反省したわけじゃないと言うのがわかるのは、それ以来、直接暴力的なことは、してこないけれど、ものすごい目つきで、わたしやせがれを睨んでくる。マンション上層の廊下から、歩いているのを見てたりしても、気がついて、目配せしあって、睨んでくるのがわかるくらい~今までだってそうだけど、挨拶しても返事もないが、睨みだけはしてくる。いくら言っても分かりあえない相手がいるということを、今回のことでわたしも学んだ。この10年ほど普通にご近所づきあいしてきて、多少調子のいいところがある人たちだなと感じるふしはあったけれど、それなりに物が言える関係を築いてきたつもりだったのでこっちの道理が通じる相手だと思い込んでいた。だから、せがれの気持ちや良さもいつかあの子たちもわかってくれるんじゃないかって、せがれも自分のことを認めてもらいたいって言っていたので、それに近づく日が来るかもと期待して見守ってきたんだけど。でも、それはまずあり得ないことだと、理解した。で、せがれにも、そう教えた。子は親の鏡、あの親の理屈で育った子供たちは、どうしようもない。あの子たちが悪いというよりは、親が悪い。正しいことを教えてもらっていないのに、理解するのはまだ無理だろう。いくら学校や周りに教えてもらっても、子供のうちは親の影響が強い。もっと成長して自分なりの判断力がついて、変わる日が来ないとは、限らないけれど。たまたま近所にそういう子が固まってるのは残念だけど、危害が及ばない限りのことは目をつむりなさい。今までなんと言っても納得しなかったせがれも、親たちの様子を見てやっと理解ができたようで。学校の方でも親同士が揉めるのは困るようで、今まで以上に気にしてくれ、その子たちの兄らが卒業して、公平な目を持つ上級生がリーダーになってからは、並び順や歩き方もせがれが正しいと認められて、普通に登下校できるようになった。今は淡々と振り返られるけれど、その頃はほんと、なんとも言えない真っ暗な毎日を過ごしていたもんだ。。
2010.01.08
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旦那の決断に至る、1か月ほど前。旦那実家で法事があったので、旦那とわたしは準備や当日の手伝いで動いた。法事や墓参りの後には、食事までのつなぎにせがれが落語を披露して喜んでもらい、義父もご機嫌になって飲んだり食べたりしていたし、親戚たちも帰って、片付けて。と、滞りなく終わって、ほっとしていた。用事でわたしとせがれが自宅へ帰ってる間に、旦那から電話がかかってきて、義父が市役所で、うちの何やら証明書を取ってこいと言ってるぞと。そんなもの何に使うの?と聞くと。山を買って、その名義はせがれか旦那にしてやるから、そのために使う書類って。山!?なんじゃそれーーーーーーそんなこと今までちらっとも話に出てないのに、意味がわからない。先祖代々の田畑山林だけでも、すべて活用も管理も出来てないのに、さらに買い増す?聞くと、知り合いから買ってくれと頼まれたそうで、材木として使えそうな立派な木が育っていて、今後家を建てるとかにも使えるから、お前らの財産にしてやると。そんなもんどないするねん。今ある分でも持て余してるのにって断ったけど、聞かんねんと。とにかく今聞いて、はいわかりました、なんて受けれる話じゃないしと旦那実家へ戻った。旦那実家は、築年数が3けたというような、古民家。しかも建築当時のまま、ほとんど手を入れぬままに存在している。元は立派に建てられた家と言えど、さすがに経年し、いろいろ現在には無理がある。義姉もリフォームでもいいから使い勝手良くしたらと帰省の度に言っていた。義母は生前、暖かい家に住みたい。。と漏らしていたらしい。が、義父には、所有する山で育った木を使って、立派な家を建てる夢があって、今の家をリフォームするとか、自分が満足行かない家を建てる気は全くなく、家族になんと言われようと、そのこだわりを頑として譲らなかった。しかし、突然の不幸で一人暮らし生活になり、寂しいと口癖にしていたのが気の毒でもあり、周りからも同居するのが人の道とも言われ、それならば、ちょうどせがれが小学校へあがるまでの1年足らずの期間で、同居できる家を建てようと提案した。その時点では親戚の人と、洋風の家でもなんでも、同居するなら、若いもんのいいようなのを建てたらいいなんて、調子よく話していたのを聞いていたので、わたしも普通の家を建てていいもんだと思っていたし。家で法事から葬儀が営めないといけないという、義父のこだわりを取り入れ、1階に広い二間続きの和室があり、義父の寝室、みんなで使うLDKにトイレ・浴室、2階にわたしたちの寝室と子供部屋、家相にも配慮した間取りを旦那がハウスメーカーに相談して作ったものを見せると。義父は即、こんな家は、あかん!と却下した。まず、家の中にトイレや浴室があるなんてだめ。(昔は臭いとか、衛生面やらのことで、外に別棟であるべきものだったのだと思うけど。。)そもそも、うちの山の木を使わんで建てられんような家は絶対あかんと。一般的なハウスメーカーや工務店では、工法や保証などのため、自社の規格にそって加工した材料を使って、家を建てるようになっているので、材木を施主支給するなんて無理。一本一本品質のばらつきがある木をうまく使ってくれる技術を持っている大工さん自体少ないし、職人の技を駆使して、コツコツと長い期間かかって建てるとなると、どれほど費用がかかることだろうか。木を切り出し、運搬、乾燥させて、加工して、と木材に加工するまでの費用だって一体どれほどかかるやら。なんて話をすると、お前らの甲斐性がないだけや!となぜか怒られてしまった。家族の思いや一人暮らしの寂しさより、自分の理想がまずありき、なのだ。。そして、同居は実現せずに話は終わった。山を買うことにわたしたちが、すんなり賛成しないものだから、どんどん義父の機嫌が悪くなって、いらんってことは、この家を継ぐ気がないのか!義姉の名義で買って、全財産もそっちに継がせてやってもええんやぞ!変に薄笑いさえ浮かべて、罵倒する勢いになってきた。いい加減にしてほしいと怒りたい気持ちもあったんだけど、旦那がもう怒ってるし、せがれが目の前にいて、大人げなく言い争うのも嫌だったし、なんと言っても納得しないだろうと思ったので、とにかく帰って、また旦那と話あっておきますと言って逃げた。なぜか最後に、お前の両親にも話しておけ。誰に言っても、わしが正しい。お前らが非常識なんじゃと締めくくられた。旦那にしてみれば親で、わたしにしてみれば婚家で、ほっておけないから気にしたり、来ているだけ。せっかく一仕事終わってほっとしたところだったに、ねぎらいどころか文句ばっかり。ただ悲しいというか、情けないというか、やるせないというか。法事に来もしない義姉や、無関係なうちの親とか、そんな人まで引き合いに出して何なんだ。。その頃は、近所の子とせがれとのトラブルが日々続いて悩んでいたころで、(2009.3あたりの日記にちらほら書いてるけれど)身内にまで理不尽に辛く当たられ、気分が落ち込んで仕方なかった。でも、わたしが落ち込むと、せがれも連鎖して暗くなるし、トラブルの方もどんどんエスカレートして相当な修羅場に発展していった。そっちの対処に気をとられて、それきり、義父からも音沙汰なしだったので、わざわざこっちから首を突っ込む話でもないしと、放置状態になってしまった。
2010.01.06
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今年もぽつぽつ、まったり更新になるかもしれませんが、いや、間違いなくそうなりそう。がしかし!どうぞよろしくお見限りなく、お付き合いくださいませ。毎日宿題に追われていたけれど、やっと終わって七草がゆ食べて学校へ送り出して、ほっ。。年をまたいで、お互いの実家を反復。高速を使えば、1時間前後で行き来できる距離。事故渋滞で3時間近くかかった時もあって、うんざりしたこともずいぶん前のことのように感じる。手伝い、顔見せ、墓参り。こっちでついた餅やら野菜やら米やらをあっちへ。あっちでこしらえたおせちやらお酒やらお菓子やらをこっちへ。またあっちゃ行って初詣。こっちゃ戻れば仕事始め。正月よあれよあれよという間にさらば~例年通りの過ごし方ではあったけれど、イレギュラーもあった。義母の四十九日以来、3年ぶりの義姉一家全員との再会。義姉の常にわたしたちのテリトリーにずけずけ切り込んでくる姿勢が苦手。お義兄さんは気さくだし、姪っ子たちは可愛いんだけど。。義姉がわたしたちにわざわざ、久しぶりに会えるタイミングを図って来ている理由はわかっていたから、内心は穏やかではなかった。いまだに義母の四十九日の朝、「わたしはもうここの人間と違うから、一切関係ない」と言われたことは、胸にグッサリ刺さったまま。にもかかわらず、何かの度に、面と向かっても、わざわざ電話をかけてきても、細かいことに難癖つけてきたり、嫌味を言われたことも絶対忘れられない。別所帯の義父を義母が亡くなってすぐに同所帯として考えることが、おおげさながら、『人間として当たり前』と親戚や近所の人に言われて。ならばと気の進まない旦那を説得して同居計画も練ってみたけれど。わたしなりにあの家を良くしようと思って頑張ってみたけれど。結局まったく何も変化させられないまま、勝手に傷ついて挫折感を味わっただけだった。一般的な道理が通用しない、あの家なりのバランスがあって、そこは嫁の気持ちが受け入れられる余地がないことを思い知った。義母もたぶんいろんなことをあきらめていたんだろうなぁと思う。でも、受け入れられないなら、無理して行くことはないってことで。義母が元気だったころと同じ関わり方でいいってこと。ほどほどの距離感で、こっちはこっちの所帯、あっちはあっちの所帯。周りの人になんと言われても、思われても、道理がどうでも関係ない。今まで通りイベント事や農繁期の手伝いだけに行くので構わないってことね。善意の押し売りを勝手にしていたのかもしれない。わたしにとっての今の所帯は、旦那とせがれとの3人家族であって、それを一番大事に、無理をせず暮らしていくことだけ心掛ければいい。そう心の中で、納得してからは、随分気が楽になった。周りに対しても、変な罪悪感とか言い訳とかを持ち続けていたのを、手放してみた。だって、わたしにどうしようもないことに対してまで、責任持てないから。そうやって、またしばらく平穏な日々がつづいていたところへ、旦那がとんでもない計画を立て始めた。わたしはそれに最初は賛成できなかったけれど、何度も話し合って次第にその方がいいのかもしれないと納得できたから、それに乗ろうかと思った。でも、どうしたって、親戚とかに、良くは思ってもらえないことだから、本当は嫌だった。今でもわたしの中には、いろんな気持ちが織り交ざって複雑だけど、そんなこと語っても、誰も何とも思ってくれないこともわかってるけれど。
2010.01.05
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今年もこの時期がきた~3年生になれば落ち着いてくるかと思いきや、ますますハイテンションに迎えるクリスマス☆もう、一日中、大声でクリスマスソング歌いまくっちゃってるし。そうならば、わたしもサポートするしかないよね。24日は、頑張ってプレゼントを配るサンタさんのおやつと手土産にとクッキーを焼いた。プレゼントをお願いする手紙と一緒にクッキーの注文書を入れていたらサンタさんもちゃんとそれに応えてオーダーしてくれていた。今年は、オールドファッションクッキーで。プレーン・チョコチップ・黒ゴマ・ココアアーモンド材料無塩バター(室温で) 170gグラニュー糖 150g三温糖 90g卵 1個薄力粉 100g全粒粉 20gベーキングパウダー 小さじ1ベーキングソーダ(重曹) 小さじ1オートミール 80g手順◎粉類は合わせてふるっておく◎オーブンを170度に余熱1 バターをボウルに入れて、クリーム状に練り、 砂糖類を数回に分けて加えなめらかになるまで混ぜる。2 1に卵を加え、もっとなめらかになるまで混ぜる3 粉類とオートミールを加えてよく混ぜ合わせる4 天板にクッキングシートを敷板上に、生地をスプーンで丸めて落とす 焼けると生地が溶けて広がるので十分な間隔を空けておくこと5 余熱しておいたオーブンで170℃ 10~12分焼く 焼きたてはべちゃっとしているけれど、冷めるとサクサクになるプレーン以外の味や材料を混ぜ込む時は、その分生地を取り分けておいて、各々に混ぜ込んで作るオーブン8回まわして焼いた焼いた。それでもまだのこってる生地は、冷凍しておいた。チョコレートケーキの台も焼いて、翌日デコレーションするように準備。オートミールやら小麦胚芽で薄くてザクザクっとした食感。いやしかし、お菓子作りをすると、バターやら砂糖やらダクダクに使うので、見てるだけで胃がもたれるよ。。わたしは辛すっぱ党だから、甘いもん見たら、梅干し頂戴って言いたくなる!クッキーをサンタさんへのおみやげに包んだのと、その場で食べれるのも並べ、コーヒーも魔法瓶に入れたのと、マグを置いて、手紙を添えて就寝。朝。目覚ましより早く飛び起きて、枕元のブーツの中をごそごそしている。ちゃんとサンタさんからのプレゼントと手紙が届いていたらしい。クッキーもお持ち帰り頂いたようで、コーヒーも飲んだ跡が。去年まではひらがなばかりだった手紙も、漢字交じりで書かれていた~プレゼント、ややこしいものを頼んでいたので、サンタさんちゃんと持ってこれるか心配していたけれど、希望通り届けてくれた。Bトレインショーティー 12系客車2両セットこんなマイナーで千円そこそこのものを、何故頼むんだろうと不思議に思った。が、前から持っているEF81で引くものがないなーと思っていたところ、連結にふさわしい12系客車が12月発売と知り、これだ!とひらめいたらしい。自分のお小遣いで、もう1セット買うと言っていたので、祖父母からもらったクリスマスお小遣いで買ってやった。プラモデルのようにバラバラの細かいパーツを組み立てて完成させる。以前はパパに作ってもらっていたけれど、いつの間にか自分でちゃっちゃと組み立てられるようになっている。手前の先頭車両がEF81、後ろ4両がクリスマスプレゼントの12系客車奥は阪急電車たちLaQで作った跨線橋、マグネットブロックのホーム最初から2箱サンタさんに頼めばいいやんといったけど、欲張らへんねんだって。イヴのシャンパンで酔っ払い過ぎたので、クリスマスは梅酒とビール。チョコレートケーキはわたし好みに、かなりビター味。クラッカー鳴らして、せがれ自作のビンゴ大会。パパと入ったお風呂では、「クリスマス終わったから、次はお正月やなーそれも済んだら成人式か。。」と言っていたらしい。切り替え早ーい。
2009.12.25
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学級閉鎖の影響で、終業式前日と終業式当日は午前授業のはずが、弁当持ちで7時間授業。閉鎖していた分の授業を詰め込むために、各授業の間に休憩5分、昼食30分、昼休みなしという鬼のようなスケジュール。しかも2日間で、お道具箱・絵の具セット・習字セット・体操服・ピアニカなどなど持って帰ってこなければいけないので、帰宅後は疲労困憊、ものすごく機嫌が悪い。せっかく久しぶりに友達に会えても、遊ぶ暇もないから欲求不満でもある。そんな中、お弁当だけが楽しみだそうで。今までのお弁当箱では物足りない、これに詰めて!とパパのランチジャーを指差した。それはちょっと多すぎでしょーーーと言いつつ、もう一回り大きな保温弁当箱が家にあるので、そっちをパパにあてて、終業式の日、せがれもランチジャーに詰めてやった。朝炊いた3合のご飯が二人の弁当箱にきれいに吸い込まれてしまった。はたして全部食べきって帰ってくるだろうかと思いつつ。。お弁当持ちに関して、面倒ーとか、大変ーとか言う人が多いらしく、先生が用意お願いしますと電話をかけてこられた時、ものすごく恐縮されていた。確かに普段より手間はかかるけど。元気に行ってくれて、学校でみてもらえるなんて、ありがたいことで。お弁当くらい作ったってどってことないのにね。さすがにランチジャーのお弁当は目立ったらしく、先生にも食べれるんかいな?と驚かれたらしい。先生は家から皿に盛り付けたカレーを持ってきていたと言ってたけど、ほんまかいな。帰宅して、「今までで一番おなかが満足した昼ごはんやったわ」と。が、しかし宣言通り完食していた。おやつもいらんくらい、満足したようで~2学期もなんとか、無事終わった。
2009.12.22
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一日目(土)今朝、熱が出ていました。11時くらいに医者に行きました。二日目(日)だいぶ治ってきました。このままでは、火曜日には行けそうです。三日目(月)今日は、万が一のためにいちよう休みます。平熱なので明日は学校に行けそうです。 4:00「ピーンポーン」○○さんが休みの人への手紙を持って来ました。明日から学級へいさでした。残念です。いちよう、いや、一応、3年生の日記なんだよねーーーおーい。最後オチみたいじゃないの。そんなわけで、せがれ、久しぶりの発熱後、すぐに元気になったもののしばらく休みが続くわけね。。
2009.12.14
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2学期に入って下校時間が変則的だったり、インフルエンザで突然下校時間が早まったり土日もなんだかんだバタバタしているので、ネイルサロンから遠ざかっていた。でもやっぱり何もネイルがないのは寂しい。。で、自分でマニキュアなんぞを塗ってみてもやはり強度不足だし、つやもいまいち。。ソニプラで、UVライトなしでジェルネイルの艶という売り文句のモノを買ってみた。GEL LOOK TOPCOAT使用方法通りの2.3度塗りしたくらいではそれほどの艶がない。謳い文句は嘘か―と思っていたけれど、5回くらいたっぷり重ね塗りすれば、それっぽい艶が出たような気がする。ジェルネイルにはとてもかなわないけれど、オフはアセトンで簡単にできるし、値段もそう高くないし、手軽ではある。ホロとかも入れられるのだけど、ジェルネイルと違って、塗って間もなく固まってしてしまうので、細工するには時間との戦いだ。。ソニプラで買ったものにはラメやハート型のホロがおまけで付いていた。ピンクなのであまり目立たなかった^^;ゴールドラメのマニキュアでフレンチぽくラインを入れた上に段差が気にならないようにしっかり重ね塗り固め。ラメが入ると強度も上がって一石二鳥。完全に固まった後なら、水仕事には強いし、触ったりこすってもよれもない。けれど知らぬ間にどこかでぶつけてちょっと傷がついたりはがれたりすることはやはりある。少しくらいの傷ならまた重ね塗りすれば最初からやり直すこともない。臭いはかなりきつい。。まぁしばらくはこれでもいっかーなんて思ってる。
2009.11.12
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せがれ9歳の誕生日だったこの日、落語会の前座に出していただく機会に恵まれて。早口に回りすぎていたけれど、練習と違ったアドリブ的なことも入れたり、その場の雰囲気で自分なりに変えていた部分には感心した。もっといい時もあるけどなーって正直残念に思ったりもしたけれど、落語って同じネタを何度も繰り返してやっても、その場限りというか、一期一会というか、まったく同じ出来になることはないものだ。とにかくこのタイミングで高座に上がらせてもらえたことがありがたいことで、落語前に「今日でここのつになりました~」とあいさつして、お客さんにたくさんの拍手を頂いちゃったり、せがれは幸せ者だなぁ~と感動した。生まれて○年も経ったんだなーと、母親としては誕生日ごとにしみじみするもんで。まだまだ、産んだ時のことがそう昔のことでもないように思えるけれど、ほぎゃーほぎゃーと、ただか弱く泣いていた赤ちゃんが、笑った、首が座った、寝返った、喋った、立った、歩いた、そんなことで一喜一憂、その辺の時間の流れが変化に富みつつ、一番長かった気がする。幼稚園に入ってからも思い出そうと思えば、いろんなことが段階を踏んで出来るようになったことは豊富にあるけど、赤ちゃん期の頃のような感慨が少ないのは何故だろう。出来るのが当たり前、なんで出来ないの?なんて焦ったり、怒ったり、叱ったり、周りやせがれや自分と戦いながら出来るようになってきたからかなぁ。今にして思えば、もったいないことしてきたなぁって思う。あーだこーだ余計なことを思わずとも、いつの間にか成長していくものを。もっと楽しんで子育てしたらいいのにって、昔の自分には思うけど、いまだにあれこれとせがれに、小言を言わずに、いらいらせずにおれない日は少ないくらいだから、もう性分なのか、母親に課せられた宿命なのか。。いくら口を酸っぱくして言っても、良くないところが変わらないところもあるけど、それはもう、頑固な個性としか言いようがない。変わらないと感じてるけど、わたしが気づかないくらい、ゆっくりな動きで変化してるんだろう。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ。つの付く年までは手がかかるそうな。この1年で“つ”が外れてしまうせがれ、ほんとに手がかからなくなっちゃうのか、どうかはわからないけど。大きく成長する1年になりますように。まだまだなところばっかり、フォーカスして見てしまうけれど、物事の善悪やモラルはしっかりと持っている。思いやり、やさしさ、ユーモアもたっぷり。せがれのいいところ、いっぱい見て楽しまねば。遊びは変わらず鉄道三昧。誕生日プレゼントの希望は、やはりプラレール。いっしょにひろげよう!トミカとプラレールのロータリーセット「わー!!すごい!わぁ、歩道がいっぱいついてる、やったー!ちっちゃい踏み切りもー」箱を開けて何やら出すたびの歓声をあげて、一人盛り上がる様子はまだまだ幼少期から変わらない。どれが新しいセットやらわからない広げよう。。
2009.11.08
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最近めっきり更新をしておらず、あちこち訪問のみさせていただいたりで失礼しております。。まだここには書いていないけれど、ちょっと身辺で慌ただしいことがあったりして、落ち着いてパソコンに向かう余裕がなかったり。。書きたいなーってネタはちらほらあって、書きかけてみたりするものの、なんだか注意力散漫気味で、考えがまとまらなかったり。。そうこうしている内に、日々が流れていく~という感じです。でも、ま、家族みんな、いたって元気に過ごしているけれど、この辺りにも、ひしひしと新型インフルエンザの足音が近づいてきたようで校内で数名の患者が出たそうで、突然学校がしばらくお休みになり、子供たちは一歩も外出まかりならん!というお達しがでて、せがれも監禁生活に入っています。買い物にもおけいこごとにも連れだせないので、この秋晴れのよい気候の中、腐る腐る^^;たまたま、Wii Fit Plusを購入した矢先のことだったので、毎日ゲームでストレス発散。こういうときに、家の中で体を動かせるゲームがあるっていうのはありがたい。普段、ゲームには興味がないせがれも、これは体を使うのが面白いらしくって、大量の汗をまきちらしながら、頑張っている。おかげで運動不足だとなかなか寝付かないせがれも、ちゃんと寝てくれるってものでぼちぼちと、また日付を遡ってみたりで、更新していこうと思ってます~♪
2009.10.30
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去年に続き、大阪くらしの今昔館で行われた、子ども落語大会にせがれが出場した。去年は初めてで右も左もわからぬままの参加で緊張したけれど、 今年は今年で、去年の大会のすごさを知っているだけに余計に緊張する。。 のは親だけで、いつもどおりせがれは、あっけらかんとしたもので。 差し迫っても、ちっともおけいこしないんだから、もーーー 前日におけいこをして下さった先生は、最初のお辞儀の仕方をしっかりね!と、力を発揮できるおまじないを教えて下さっただけで、落語の方はいつも通り、そのままで大丈夫☆とおっしゃって下さった。おおらかで好きなようにさせてくださる先生は偉大だ。わたしは、心配症でいつも自信がなく、おろおろしてしまうし、ここはもうちょっとこうしたら?とか、そんなんで大丈夫?っていつも粗ばっかり気になってしまう。親も先生のように、信じて好きなようにさせる気持ちでいなければいけないんだろう。楽屋ではいつもながら、ゆかたを着せようとしてもじっとしていないし、 はだけないように、変に動くなと言うと、余計に変に動くし。。 着せたらたちまちどこかへ遊びに行って、行方不明~ 必死に着付けているわたしをよそに、カバンの荷物を放り出して、 荷物をかき集めていたら、肝心の扇子が見当たらないことになって、 開始前から血の気が引く~ 結局放り出していたために、他の子が間違えて持って行ってたと わかったけれど、落ち着けせがれーーー 持ち時間10分以内・30組、今年は小噺わずかで、ほぼみっちり落語。 4時間ほども狭い観客席で聞くのは、大変だった。でも、みんなそれぞれの個性たっぷりの熱演、わたしの知らない落語もたくさん演じられていて聞きごたえもあるし、面白かった。勉強になるなーーー出演する子どもたちは座敷に座って観覧している。親やギャラリーは、縁側の外、庭のようなところでの観覧。せがれは座敷の最前列にいるようで、頭だけたまにちらっと見えるだけなのだが、観客席最後尾のわたしのところまで、ヤツのげらげらと笑う声が聞こえてきていた。「もしも繁昌亭出演できなくても、みんなの応援に聞きに行く~」と言っていたくらい、みんなの落語を聞くのが好きだからねぇ。去年は幸運なことに、入賞記念の繁昌亭にも出られたので、 今年もどうか、そのメンバーに入れればいいなーと、期待をしたものの、 今回落語大会に出場することすら、希望者が多ければ抽選と言われていたし、今昔館のこの舞台に出られるだけでもありがたや~ 聞いてあれだけ笑わせれもらってたら、ええか~ 同じサークルの子が5人出たのだけど、みんな練習以上に上手にしていたので、感心。 大舞台で普段以上に力を発揮できるなんてなーーーすごい。 わたしなんて、数人の前で喋るって言うのでも緊張するのに、覚えて、演じて、人前でって。ありえない~自分の子以外の子たちの頑張りぶりなら、ドキドキしながらもまっすぐ見れるけれど、 もう、せがれのなんて、自分がやるわけでもないけど、変な汗が出てきて、逃げ出したくなる。。いつもより出来がいいのか悪いのかも、余裕がないのでわからない。とにかくマイクが邪魔なくらい、大きな声だったことだけはわかったけど。。結果発表になって、最初に4人、入賞として繁昌亭に出られる子の名前が呼ばれた。が、せがれの名前はなく、がっかり。。次に審査員の落語家さん各々の特別賞3人の名前が呼ばれた。ここで、サークルのお友達二人が入っていた。すごい!でも二人ともとても上手だっただけに、もっと上位に入るかなーと思っていたので逆にますますせがれは、ダメだったかーーーとショックが。館長賞の一名も発表され、あとは1位から3位までの発表だけ。もう諦めた気持ちで聞きいていたら、なんと3位でせがれの名前が呼ばれた!こんなことがあっていいのーーーというくらいのビックリだった☆2位もサークルの子から選ばれて、さらに嬉しい驚き!!優勝は、ワッハ上方の落語大会でも優勝したという、小学1年の男の子。去年の優勝の女の子もそうだったように思いだすけど、見ているだけでお客さんが楽しい気分になるような、風格と言うか、独特の雰囲気を持っている子。いやーーーしかし、何事も結果が出る前にあきらめてはいけないと言うか、親なのに我が子をもっと信じてやらないといけないなぁって嬉しいだけじゃなく、とても反省させられた。結果よりも大事なものを教えてもらった。後でビデオを改めて見ると、せがれもいつも以上に熱中して演じていたし、ヤツらしいノリが出ていたような気がする。審査員の人の笑い声もところどころで起きていた。せがれ以上に上手だったり、すごい子はもっといたと思うけど、せがれらしい何かを気に入ってもらえて、評価してもらえたことがとても嬉しいし、幸せ。
2009.09.17
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長い休み明けはいつも学校用の靴のサイズが変わってしまうので、この夏休みが終わる少し前に、洗っておいていた上靴やらを履かせてみたら、やはり「きつい。。」と言うので、ワンサイズ大きなものを近所のスーパーの割引がある日に買った。が、家に帰って履かせてみるとまだきついという。あらまーと思いつつ、もし合わなかったら交換しますと言ってくれていたので、今度はせがれを伴って、スーパーへ行った。夏休み前まで24センチだったので、買ったのは24.5センチだったけれど、その次の25センチとなると、上靴や体育館シューズはあっても、キッズのスニーカーではサイズがなくなってしまって、一般用のスニーカーしかありませんと言われてしまった。せがれにとって、やっかいな問題はひも靴になってしまうということ(T_T)不器用なせがれ、ちょうちょ結びはうまくできない。まぁなんでも練習すりゃできるようになるって!と言っても、もうすでに気負けしてひも靴なんて無理。。とべそをかいている。体はどんどん成長するけれど、その辺まだまだ幼いのよねーないものは仕方ない!と言って、家で特訓が始まった。正直わたしもあんまりちょうちょ結びってキレイに結べない^^;縦結びになったりすることも多い。結び方を教える前に、わかりやすい説明はないものかと色々調べてみると。。こどもにはわかりやすいかもしれないが、ちょっと邪道?なるほど、ゆるまない結び方。使えそう~とても早い。が、この結び方はわたしが何度やってもできない。。色々教えてみて、結べるようになったものの、靴ひもをぎゅーっときつく結ぶのはなかなかうまくいかないので、運動会の練習などで走り回るこの時期、すぐにほどけたり、ゆるんだりしては大変。。。何かいい方法はないものかと調べているうちに、こんな便利な靴ひもをネットで発見☆キッズ ゴムシューレース 85cm [ホワイト]..翌日が新学期だったので、規模の大きなスポーツ用品の店舗へ行き、購入した。見た目は全く普通の靴ひもでありながらゴムなので、いい具合に調整して結んでおけば、ほどかずに履ける。ゴムなので、きつく結んでおけば滅多にほどけることはない。動画の緩まない結び方でしておいたので、かなり万全。1か月近く経ったけれど、1回結びなおしただけで済んでいる~
2009.08.31
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朝一に朝食のバイキングを済ませて、早々にチェックアウトして、向かった先は黒部ダム。単に電車ばっかり乗ってても、せっかく遠くまで来ておいて、観光もなくちゃつまらないとわたしが行きたいところと、行程を考えつつ練った寄り道計画。ケーブルカーやロープウェイを乗り継ぐアルペンルートもあるけれど、スケジュール的に無理なので、一番短時間で行き来できるルートで。信濃大町からバスで扇沢まで行き、そこから、今やここでしか乗れないという、トロリーバスで黒部ダムまで行くことができる。パッと見、普通のバスのようだけど、架線からの電気で走るので、分類上は鉄道だそう。立山黒部アルペンルート、関電トンネルを通って黒部ダムへ。長いトンネル内の走行も排気ガスが出ないのでクリーン、架線から電気を取り入れるのでパワーも充分。地下駅、黒部ダムから220段の階段を上って展望台へと向かった。途中湧水を飲む休憩場が。まさに天然アルプスの水のオアシス~冷たくておいしい!あいにく小雨が降っていたけれど、放水量はかなり多く、ダムは迫力満点!が、トロリーバスには興味津々だったせがれも、ダムには興味乏しいようで、さっさと帰りたがる始末。。またトロリーバスで扇沢駅へ戻り、信濃大町駅から、電車の旅に戻る。。黒部ダムまでは綿密に時刻表も調べて計画を立てていたんだけど、混雑具合やダムでの滞在時間が読めなかったので、その先ははっきり決めていなかった。案外あっさり信濃大町に戻ってきてしまったので、さてどうしようかなーーー時間があるならば、もうひとつ気になっていた場所を目指して足を伸ばすか。。大糸線の松本駅までE126に乗って。JR東日本篠ノ井線に乗り換えて、115系に乗車した。篠ノ井線に乗って目指した先はここ、姨捨駅↓↓ここからの景色はなんでも日本3大車窓だとか。駅のベンチも電車側ではなく、景色をゆっくり見られるように外向きに設置されている。遥か高台にあるこの駅から、盆地を見下ろせるのだけれど、昼より夜景の方が綺麗だそうで、フォトトレインやナイトビュー列車が運行されることもあるそう。しかし、景色よりもせがれを喜ばせたのは、この駅を出発してから。いったん逆行して、スイッチバックしたからなのだーーー初スイッチバック体験にせがれ、興奮!姨捨駅まで来たら、電車の本数が少ないので戻るのも難しく、長野駅までそのまま乗り続けた。途中見た機関車にも、感激していた。ED10EH200ブルーサンダー・タンク車長野駅について、駅前周辺は想像した以上になんだか良い雰囲気がある。ここまで来るつもりはなかったので、さてどうしたものか。。やはりここは善光寺参りと行くべきか。参道には素敵なお店がたくさんあって、目移りする。。途中で栗ソフトクリームを食べたら激ウマ☆お土産屋さんも雑貨屋さんもかわいい。ここをゆっくり歩いて、色々買い物したい。。が、そういうわたしが好む場所はせがれには退屈なので。。何か気に食わないことがあったらしく、すねているせがれ。。二人で写すことは少ないのに、こんなんだしーーーともかく、立派な善光寺にも行けたことでわたしは満足。後は、383系の特急しなのに乗って帰路に着くのみ!早目に駅に着いたので、自由席で向い合せに座席確保できた♪後は名古屋までらくらくと座っているだけなので、車中で缶ビールを飲んでうまうまー長野新幹線E2系もチラリ。碓氷峠を越えないといけないので、車両もパワフルだそう。長野駅ではしなの電鉄も見られた。線路も電車も、JRから第3セクターに引き継がれたものだそう。さすが長野、りんご畑が広がる~すれ違う電車もJR東海に変わり~飲んで食べて暗くなって見るものもなり、睡魔にやられた二人。名古屋で、近鉄電車に乗り換えて、アーバンライナープラスに乗車。そして、家へ。たった一泊の旅ながら、距離的にはかなり遠くまで行って帰ってきた。未だに楽しかったと、旅行の思い出を話しているし、細かく乗った電車や行った場所も覚えているので、連れて行った甲斐があったというものだ。しかし、この旅の運賃をトータルすると相当なものだろう。。^^;
2009.08.13
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今年は諸事情があって、なにかと忙しく、家族旅行の計画ができずにいた。前々から四国へ行きたいと言っていたせがれも、今年は忙しいからと話していたので、夏休みに入ってからは何も言わないので、あきらめているのかと思っていた。が、突然何やら熱心に書きだして、そして、「はい!」とわたしに紙を渡した。へーいろんな電車の絵を描いたねぇ。と反応してみると、「ちがう!旅行の計画を立ててみてん。どう?つれてってーーー」夏休み前から四国行きたいと言っていたはずが、なぜか富山に変わってる。なんでじゃーと思いながら、画像では省いたけれど、最寄駅の電車から、綿密な乗継計画を立てて、細かく車両が書いてあったので、ちょっと感心した。でも行ける日がないのよねーと返事をしたけれど、ふと1泊だけなら12日・13日で予定が取れるかもしれないなーと思い付いた。その1週間前のこと。今からそんな日程で泊まるところとか取れるのかなぁと思ったけれど、ネットで検索してみると、ないこともない。よし、せっかくだし、計画を練ってみよう!と、突然やる気になって、ネットで乗り継ぎや、宿を調べて、旦那に了解を取って。行ける!とわかったらもう、指折り数えて、わくわくして待っていたせがれ。せがれが一番のお目当ては、『サンダーバード』と『富山ライトレール』。とすると、サンダーバードで、一気に富山まで行くのが一番だな。その他に、非電化のディーゼル区間に乗ってみたいと言う。ふむ。時刻表で乗り継ぎの計算をして、効率よくせがれの希望を叶える計画を共に立てた。☆ 1日目 ☆富山駅まで特急サンダーバード 左が乗車した683系8000代サンダーバード右は同じ形式のしらさぎ号前と後ろで顔が違うのが面白いサンダーバードの座席は実に快適だった朝からますのすしと焼きサバ寿司の駅弁を食べた^^;富山駅下車して 富山ライトレール 始発終点間を往復実にモダンな外観 芝生に線路 車両は全部で7色赤に乗れるとラッキーと言っていた、鉄道マニアなサラリーマン風のお兄さんは青が来てくやしがっていた。。床が車と同様の低くさで乗りやすいガラス窓も大きく、車がよく見えてなんとも不思議な感覚車庫のグリーン車両終点 岩瀬浜駅から海岸まで徒歩10分くらいなので、足を伸ばしてみた富山でよく見かけた信号機に疑問。。昼食をとったレストランから駅前が眺められて富山地方鉄道の路面電車が見られた富山はなぜか路面電車がたくさんあるようだ 富山駅~糸魚川駅 北陸本線 165系各停に乗車 糸魚川駅~南小谷駅糸魚川駅のホームから見える赤レンガ車庫新国鉄色のキハ52に乗車ディーゼルカーなので、当然、パンタグラフがない勇ましい音を立てる(せがれ目線)けたたましい音と振動(わたし目線)車内はなんだか懐かしい雰囲気だったきっと子供の頃、こんな車両に乗っていたんだろう窓枠の下に小さなテーブルと引っかけ式のせん抜きが付いていたすれ違った、旧国鉄色のキハ52うっすらディーゼルのばい煙が見えるJR東日本 大糸線 電化区間 E126系南小谷駅~信濃大町駅信濃大町駅からは、タクシーで宿泊の立山プリンスホテルへ。部屋はかなり古びていたし、食事もまぁこんなものか。。という具合だったけれど、温泉があったので、骨休めになった。電車に乗ってる時間があまりに長い旅だったので、わたしは寝たり、DSでドラクエしたり。旦那はビデオを撮ったり意外と電車に夢中な感じだった。せがれはもう、ほとんど立ってすれ違う電車や、駅に浮足立って飽きることもなく、ひたすら楽しんでいたよう。楽しむせがれを見て満足する旅だった。田園風景、アルプスの山々や川、湖、景色はどこもよかったけれど、車中から見るだけってちょっと物足りない。天気はママは晴れ女なので大丈夫!とせがれが勝手に決め付けてくれた通り、かなり良かった。この夏はあまり晴れた空と言うのを見ることがなかったので、それは気分が良くて♪前日に大きな地震があって、どうなることかと思ったけれど、それも行った先では影響を受けずありがたかった。電車のことは詳しくわからないので、せがれの受け売り解説を元に書いたので実際合っているのかどうか保証はできません。。あしからず~
2009.08.12
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気がつけば、8月半ば近く。スカッと晴れることもなく、夏休みも折り返しを過ぎ、立秋も過ぎ、お盆も間近~あまり暑くない夏だけど、雨が多く、湿度が高いので気持ちが悪いこと。今朝は地震の気配で、揺れる前に目が覚めた。勘が良い訳ではないけれど、天災に臆病なので、そこは敏感に反応してしまう。大雨の被害があったり、地震が来たり、安心できないなぁ。。話変わって、ドラクエ9を楽天で予約して、発売日に届き、最近クリアした。今回のドラクエは悩むところもなく、単純に進めていけるので、やりこめば数日で終わるような内容だったけど、メインストーリー以外の遊び部分でちょろちょろしてるといくらでも時間がかかる点が面倒。と思いつつ、やっぱり寄り道してしまう。DSとだと、画面は小さいけれど、どこででもできるし、セーブ出来るところまで必死に進めなくても構わないので楽。でも楽すぎて物足りないというジレンマも。次はどうしたらいいのー?とか、ボス強すぎ!とかもなく、つっかえずに死なずに、あっさりとエンディングを迎えてしまった。。エンディング後の世界もあるけれど、そこまでやるかなぁ。。通信できるったって、至近距離でだけのこと、家の中ではすれ違いようも、友達も集められるわけないから、どうしようもない^^;いっそネット対応してくれればもっとハマれたのになーと、内容の薄さに物足りなさもあるけれど、夏休み中ずっといるせがれの前ではやらないから時間も限られるし、ちょうど良かったのかも。そういえば、少し前に、ネイルチェンジもしたんだった。今回夏休みなので、学校の間に行くということもできず、せがれ同伴でお邪魔した。夏休みはネイルなしでもいいかと思っていたけれど、ネイルの工程が見たいし、電車も乗りたいせがれが、やたら勧めてくれるので、少しでも時間短縮できるように前日に自分でジェルオフしてから行った。ストーンやラメをしっかりくっつけてくれているので、オフはさすがに大変。夜中までゴリゴリゴリ。。でも、一応自分できれいにオフできたので、自己満足にうっとり。これができればセルフネイルもそのうち挑戦できちゃうかも?なんて野望も芽生えたりして。もともと自爪の白いところが気になるタチで、そこがなくなるようにどんどん深爪してしまって、汚い爪だったわたしーネイルをするようになってからは、白い部分が見えないから気にならず、変にいじらないし、ジェルで形を補正される効果もあってか、どんどん指の先端までピンク部分が伸びて、平坦だった爪も、アーチ型で立体的な爪になってきた。爪自体が細くまっすぐな形に整えられつつあるという、意外な効果もあった。ハンドは、お盆に親戚やらと会う機会もあるので、あっさり控えめにしてもらった。細かいホワイトのパウダーラメを散らして。薬指だけ、イエローラインラメ、花シールを入れてもらった。初のフットの方は、その分、派手目にしてもらった。汚い足でお恥ずかしいが、ちっちゃく記録として~ちょっと紫がかった赤ラメに、赤ホロをのっけたので、ギランギランの艶に。ハートや星のラメもさらにちょこちょこっと。やりすぎたか。。と後で思ったけど、まぁいいか!靴下さえ履けば隠せるからね。せがれは、ちょこちょこ工程を覗きにきて感心したり、持参した雑誌とお絵かきグッズで自分の趣味に没頭したりで、両手足けっこうな時間がかかったけれど、おとなしく待ってくれていた。そして、普段は使わない地下鉄の路線にも乗れていたく満足していた。
2009.08.11
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終業式も終わり、夏休み。今週だけ、早朝のラジオ体操があり、早起きして規則正しい生活ができていたけれど、来週からはどうだろう~^^;午前中に宿題もぼちぼちやって、昼前にはプール開放へ行き、結構あっという間に午後になってしまう。今週は日食もあったので、一緒に見れればと、簡易観察グッズを作っていたのだけど、曇っていてそれではうまく観察できなかった。それに一番食が進む時間帯はプール開放で、わたしは留守番だった。。でもせがれはプールに浮きながら、日食が見れたらしい。友達とワイワイとみられたのはきっと、いい記憶となって大人まで残るんじゃないかな~学校での自主勉強会も1日あり、結構宿題が片付いたよう。その日は、プール開放と合わせて、2回も学校までの道を往復した。暑い中、汗だくで帰ったと思えば、昼食をかきこんでまた、学校へ。せがれは律義なので、言われたとおり徒歩で行き帰りするし、勉強会に行く服装は普段着と手提げでいいんじゃないの?と言うのに、なぜか制服にランドセル!!と言い張って、その姿で出て行った。。夏休みの閑散とした道を行くその姿、かなり違和感が。。案の定、帰宅して聞くと、その姿で来ていたのはせがれだけだったらしい^m^みんな普段着だったけど、まぁええやん♪と本人は周りと違っても全然気にしないからいいのか。せがれの友達は、せがれに何で行くの?と電話してきていたので、制服と手提げ姿だったらしい。二人だけ制服で、なんか話ししなかったの?と尋ねると、「あーーーみんな。。アレやな。。」と顔を見合せて、一言だけ。だって。アレって!わたしは爆笑したけど、それだけで済むような友達関係だから、いいわー3年生の1学期終わりになって、ようやく友達と約束をして、遊びに出かけることが多くなった。最初は心配なこともあったけれど、そうやって一人で色なんところへ行ったり友達と密に遊ぶ時間って大事だって思うから、信じて送り出す。門限にはちゃんと帰ってくるし、たまに連れてくる友達も時間や節度を持ってる子たちなので、心配はしない。近所にそんな風な友達がいればいいけれど、少し遠い子ばかり。でも、ちゃんと自分に合う友達を見つけて、イキイキと楽しそうな様子を見ると嬉しい。楽しい夏休みになりますように☆
2009.07.24
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気がつけば7月!今年の下半期に入ったということで。早っ^^;「あー今日から7月だねぇ。えぇっと6月は水無月だったけど、7月ってなんだったっけ?」とふと思い出そうとしたけど、思い出せない。なんとなく、せがれが興味を持てばと、一月は睦月、二月は如月、三月は弥生・・・と月の異名を去年はカレンダーに書いておいたけど、今年はやっていなかった。が、せがれがさらっと、「7月は文月やで」というので、ビックリ。何で知ってるのー?と言うと、「七夕に短冊を書くから文月やで」ほんまにーーー何で知ってるのーー??と聞くと、「そう書いてたから」と、せがれの部屋に貼ってある大きなカレンダーのところへ連れて行かれた。旦那がどこかでもらってきたそれには、大きな日本地図や電車の路線が載っていて、せがれが好きそうだなと思って貼っていたけれど、他にもいろんなうんちくが細々と書かれていたのを読んで覚えたようで。そういえば、小さい頃はあいうえお表とか、漢字表を貼っておいたら、教えなくても、知らぬ間に覚えていた。大きくなってから、すっかりそんなことを忘れていたけれど。せがれは集中力がないので、机に座ってもぼーーーっとよそ見をしていたり、本ばかり眺めていて、コラコラー!と思うけれど、そんな中にも何か意味があるのかとふと思わせられた。まぁ覚えてほしいことや注意してほしいことを貼っておいたら覚えてくれるかと言うとそうではなくて、自分が興味があることとか、たまたま的に覚えるだけなのよね。ごちゃごちゃ貼りすぎるのも余計落着きがなくなっちゃう。でも、勉強勉強というより、自然に興味を持って覚えたり学んだりという方がきっとせがれには合ってるのねーーーなんていうのも、ほんと、勉強に関しても、ものすごくマイペース。。気分にムラがものすごくあるので、アホみたいなミスをしたり、きったない字を書いたり、見ているとイライラする。なんとか気分を乗せようとしたり、線路を引くと、そこからたちまち脱線するか、Uターンしてガハハと去っていくのがせがれなのよね。。じゃあと、放って置いても、進むべきルートから脱線しまくるけれど、無難に辻褄だけは一応合わせてくるのが腹立たしい。結論はいつも同じ、本人に任せるしかないんだよね。。はぁ。
2009.07.01
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ネイルサロンへ行く前に、いつも次はどんな感じにしようかなーっと家族に聞いてみる。旦那が金運アップに黄色はどうかと言っていた。せがれは水色はどう~?と言っていた。わたしは暑くなってきたので、ちょっと涼しげな感じにラメにしようかなって思っていた。意見をミックスしつつ、親指は七夕が近いし、☆ホロ入れてもらえたら~と、ネイリストさんにお願いしたらこんな感じに~かなりピンボケのため、わかりづらいけれど^^;薬指はイエローならぬ、ゴールドラメ。親指は水色とゴールドのミックス、☆型のホロどころか、いろんなネイルストーン、短冊ならぬ細いホロなどたくさん盛ってくださって、キランキラン♪せがれに見せると、即、「わぁーーー七夕にしたん!?」わかってくれたのねん。旦那に見せると、「色々楽しめてえーなー、それにひきかえ、いつも変化ないな。。」と自分の指と見比べている。そ、そんなこと思うのね。。なんとなく、プールや海に行きたくなるような、ネイルだわ。。行かないけど^^;
2009.06.25
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毎年、半袖の季節になると始まる。せがれの二の腕祭りが始まる。なんということはない、ちょっとたぷっとしたわたしの二の腕が、なぜそこまでせがれに好まれるのかはわからないけれど、わたしの二の腕は日々せがれに触られ、くっつかれ、そこを見る目はあぶない。暑苦しいので、早く卒業してくれ。。と思うけれど、今年もまだ現役だった。そういえばわたしも子供のころ、母親の二の腕を触るのが結構好きだった。腕の内側のサラサラっとした感触、ぷるんぷるんと柔らかい感触、熱のこもらない脂肪のひんやり感。一緒に歩く時にたまに触って、なんだこの不思議な感触はー思ったけれど、母ほどわたしの二の腕はぷるんぷるんではないけれど。せがれは実にこまめにわたしの二の腕を触って癒されている様子。二の腕はニセおっぱい感触なんだろうな^^;しかし、外では恥ずかしいので触ってくることもないし、くっついてくることもない。が、この間、参観の後、ふいに背後から二の腕をもみっと握られたので、ぎょっ!と見ると、せがれの友達だった。あどけない笑顔で、「せがれくんのお母さん!」と絡んでくれるのはいいけど、ちょちょっとなんだか複雑な気持ちだった。。せがれも苦笑いしつつ見ていたけれど、ボクの二の腕。。とばかりに、さりげなく反対側の腕に、そっとくっついて去って行った。なんと罪な二の腕だこと。。
2009.06.18
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