人生・・愚痴あり後悔あり。それでも前に進まねば。力を抜いて・・自分流
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7月7日は二十四節気の一つ「小暑」本格的な夏到来。暦の上での話。暑中見舞い出さないと…勿論出しますよ。ハガキは出さないけど、アドレスの解ってる人にメールで。なかなか逢えない人…大切な人…世話になった人…そういう人にだけですが。……………ホントに事件が多くて、テレビで知る度に手を合わせる毎日になってしまってる。(こんなこと言ってても、私は宗教家ではないですよ)何なんだろ…この現象。そういう人たちが口をそろえて言う言葉。誰でもいい…殺したかった。世の中…或いは人に冷たくされたから…いじめられたから…構ってくれなかったから…etc。殆どすべてが人のせいにしてる。以前…体罰って言う言葉が蔓延した事がある。確かに、先生方が悪かった場合もあるだろうけど、叱るという行為に対して全て先生方の責任って事にして、我が子をかばうと言うか溺愛する親が続出した時期があった。(今もその傾向はあるけど)そういう育てられ方をした子供は、何かしても誰かがかばってくれる…相手のせいにすれば自分は無罪放免っていう考え方に慣れ親しんでしまって、そのまんま大人になってしまったかの様な…。自分で考えるっていう事を止めてしまって、何かをされたら、なんで自分はそうされたのか…とか、これをしたらどうなるか…とかいう事を考える思考回路が、子供の頃に除去されて、代わりに埋め込まれたのが責任転嫁、要領の良さ。ユダヤの格言にこんなのがある。人が転べば坂のせいにする。坂が無ければ石のせいにする。石が無ければ靴のせいにする。人はなかなか自分のせいにしない…と。責任転嫁は人の常…。けど、転んだ原因には自分も関わっている事に気がつかないと、いつまで経っても転ぶことになる。わざわざ坂を登ろうとしたのは自分の意思。石に躓くのは自分の不注意。合わない靴…壊れた靴を履いたのは誰…?ってことになる。所謂自業自得。…あ…自業自得って言っても、本来の意味はここで使ったようなものだけじゃない。良い事も悪い事も、全て自分のところにはね返って来るという意。釈尊が…「湖に石をいれて、それが浮くように皆で祈ったとする。石は浮かぶだろうか」と、問いかけたら、人々は「勿論浮くわけがありません」と答えた。「では、油を湖に投げ込み、油よ沈めと祈ったら?」「沈むはずがありません」という答えが返ってきた。釈尊…「一生悪い事ばかりしてきた者は、いくら祈ってやっても浄土には行けないし、逆に善行を重ねた人を、皆で地獄に落とそうと呪っても、地獄に落ちることはないのだ」…というのが本来の意味らしい。尤も、一生悪い事ばかり…でなければそうはならない…と信じたい。そうでなければ…私も救われないから。これに似た言葉で、因果応報っていうのがある。いろんなサイトでいろんな意見がありますよ。それらに振り回されないでおこうと思うと、かなり努力が必要ですね。因果応報…善因楽果悪因苦果っていうことらしいです。確かにそうですよね…親切にすれば喜ばれるし、自分自身も気持ち良くなれる。けど、叩けば…叩き返されるか恨まれるか…。良い種も悪い種も…刈るのは自分。今から良い種を蒔いたら…私でも良い収穫出来ますかね…神様
2009.07.07
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