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もう随分前の話だがクレタ島に一週間滞在したことがある。
エーゲ海には立派なクルーズ船が行き来しているが
クレタには見るべきものが多くあり、
乗客は狭いキャビンからゆったりしたホテルで
何泊かするツアーがあるらしい。
この間の空き船を利用したクレタ島からサントリーニ島への
デイクルーズを町の観光社で見つけて前日予約した。
翌朝まだ日の出前に出航し、5時間以上かけてサントリーニに着く。
キャビンにはクルーズ客の荷物などあるためデイツアーの乗客は
キャビンエリアには立ち入り禁止である。
しかしレストランやバー、ラウンジ、デッキなどは自由に使える。
多くの客はプールとデッキでの日光浴が目的であるが
我々2人の日本人には強すぎる光量である。
ラウンジで座り込んでいると小学校低学年生くらいの
日本人らしき少女が恐る恐る近づいて、
はっきりと ”こんにちは” と挨拶してきた。
”こんにちは” と返事して話しかけると日本語は分からないらしかった。
英語で話しかけると彼女は能弁に自分を語り始めた。
”ママは日本人なの、だけど死んじゃったの”
”今日はパパとパパの妹と一緒に来てるの” とのこと。
ややあって父親登場。
”私は軍属で今はギリシャの基地に勤めている。
日本の基地にいたときこの娘の母親と結婚しましたが、
この子がまだ小さい頃アメリカで病死してしまいました”
”今は夏休みでアメリカの田舎に残してきた この娘を
私の妹が夏休みに連れてきてくれたのです”
”さっきから盛んにあなた方は日本人だろうかと
聞くので「こんにちわ」と言ってごらん日本人だったら
きっと分かってくれるよ”
と言うと この娘は勇気を振り絞って話しかけたのです。
それから我々は紺碧の地中海航海、何度かの食事
サントリーニ島のロバ乗り、プラトンのアトランティス大陸
とも言われる夢のような景色の中で夜遅くまで
物理的には長い、しかし私達5人にとっては
あっという間の時間を過ごした。
彼女は幼児のイメージに残る日本人の
母親の面影を妻に見たのか妻を慕ってくれた。
もうあれから20年も過ぎてしまった。
音信は途切れてしまったが
あの子ももう母親の面影を追う ことも少なくなり
立派な大人になったことだろう。
あるいは優しかった母親の愛を
自分の子供に注いでいるのかもしれない。
いまだにはっきり思い出すことが出来る。
あの子も我々にも大きな想いを残してくれたのであった。
Oxford運河の旅5 2020.09.20 コメント(2)
Oxford運河の旅 3 2020.09.19