愈々庵気まぐれ日記

愈々庵気まぐれ日記

2010.01.17
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アメリカの大学卒業式

春分の日を中心に今週から来週は大学の卒業式が盛んに

執り行われ、ホテルのロビーは謝恩会で袴やカクテルドレスの

お嬢さん、スーツ姿の青年で賑わう時期である。


アメリカでは卒業式のことを commenncement と言う。

これは「始まり」という意味、日本では卒(業)であるがあちらでは

社会生活の「始まり」なのだ、彼我の認識の違いを感じる。

アメリカ東部私が住んでた頃のの六月、空はあくまでも青く晴れ

わたりアメリカ全土で学校の卒業式が行われていた。何校かの

式典を垣間見る機会が有ったがすべて野外での式典である。

Harvardに行くと世界一とも言われたワイドナー図書館の円柱

階段では学生たちが校歌を歌っていた。良く見ると合唱者は

バラバラみたいだが指揮者は礼服でタクトを振っている。

まあ卒業式を祝っているのだろう。

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Memoria lChurch前の芝生広場にはステージに天幕が張られ

Commenncementがとり行なわれようとしていた。

教授達、卒業生とその父兄しか入れない式場に一寸した理由で

私は入場券を手にした。会場の椅子席の周りにはわが子の

晴れ姿を見ようと全米から父兄(母)が集まってごった返している

皆立ち席で頑張っている。ややあって礼服姿の職員にガードされて

された式場に黒いガウンの上に色とりどりのフード、房を垂らした帽を

冠った教授連、続いて同じくガウン姿の卒業生の入場行進が始まった。

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下の美人は大学院の卒業生である。なぜならば1960年代

Harvardの学部はまだ男子だけであった。隣にRadcliff 

Collegeがあり、授業や殆どの学生活動は一緒であるが

入学と卒業は別々であった。例えは悪いが昔の北海道の

温泉みたいに入口と出口は別だが中は一緒であった

(こんな例えが通じるのはどんな年代の人までだろうか?)。

もちろん今は共学(懐かしい言葉)になっているだろう。

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教会前のステージにそこだけ張られたテントの下で総長が

祝辞を述べるが、それに続いて誰がCallされるかが多くの

人の関心事。それまでは発表されていない。

その人はその場で名誉博士号を授与され、記念講演をする。

通常は世界中の人がだれでも知っている人物である。 そこで

地元の新聞は前日ボストンの空港にどんなVIPが降りたかを

知る為に張り込んでスクープしたりすると聞いた。そして翌日の

新聞では多くの有力新聞がその講演内容を報じる。アメリカでは

6月になるとやれ下院議長が、やれ国防長官が、やれ参謀議長が

どこそこの大学の卒業式でこのような講演をしたと言う記事が

日本の新聞にもよく出るが、これは卒業式で名誉学位を贈られ

記念講演をするのである。大学にとっても宣伝になり、高官に

とっても自己宣伝と名誉学位は箔付けにもなると言う、悪くいえば

馴れ合い行事だろう。私が参加した時はアメリカ国連大使で

時の人で、当時渦中のベトナム戦争について私見を述べていた。

かって日本でも南原、矢内原などの東大総長の式辞が詳しく

報道された時代もあったのだ。東大の卒業式で南原総長が

講和を論じて政府を批判した、当時の首相吉田茂は南原を

「曲学阿世」の徒と呼んで非難した。また、矢内原総長が

卒業生に「君たちは太った豚よりは痩せたソクラテスたれ」と

檄を飛ばしたりしたのはもうはるか彼方の時代、多くの人が

食には困っていても大きな志を持ち合わせていた時代である。

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Harvardは私学であるため校友会は重要であり、卒業式

ともなると古い卒業生が招待され、卒業年度を記したリボン

付きのカンカン帽を冠って出席している。まあ相当寄付を

した人たちなんだろう。この日のボストン界隈のレストランは

世界中から集まった卒業生の家族達の笑顔に溢れいるはずだ。

 アメリカ大陸の6月は雨が降らずどこの大学でもこのように

屋外での式開催となる。万が一雨になったらどうするのだろうか。

もちろん大雨でも無ければ河童もどきのアメリカ人には関係が

無いのだろう。 かくして多くの女子学生たちはこの日を待ち

切れずにJune Brideとなって屋外で披露宴を催す。恋人が

Smith Collegeを卒業したテキサス出身の友人が招待状を

くれたが交通費と礼服が無いので断ってしまった。牛の丸焼きを

何頭も出すと言っていたのを思い出す。テキサス人の云うことは

十分の一に聞けとよく言われるが真偽を確かめる機会を逸して

しまったのは残念である。

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バクという動物は夢を食べて生きている、年取ったホモサピエンスは

思い出をビタミン剤にして生きていけるみたいだ。

諸般の理由で我々の旅行もこれからは国内に限ることにした。それを機会に

最近妻がアルバムの整理をし始めた。つられて私も40年以上省みられ

なかったスライドをスキャナーにかけてみた。そんなわけで時々我が

過ぎし方を思い起こす写真をこのブログに登場させる。

これは私がビタミン剤を摂取する過程なので諸賢には無視していただいて

何の不都合も無い。






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Last updated  2010.03.17 16:51:50
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