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御茶の水・ニコライ堂
昨日午前の鍼治療の 後4時から御茶ノ水で所用があった。
帰宅 してもまたほどなく出かけることになるので
周辺で時間を過ごすことにした。
JR御茶ノ水駅の聖橋口 を出るとそこはもう聖橋の袂である。
御茶ノ水へは所要でもう2,3百回は来ていると思うがこの出口
から降りたことは数回に過 ぎない。ここから100mくらい先の
ニコライ堂もいつもやり過ごしていたのでここで時間を使う
ことにした。東京は坂の街とも 言われるが、紅梅坂と言
名前の坂道に接してニコライ堂がある。
ニコライ堂はニコ ライ司祭の努力によって主としてロシア正教
の信者の寄進によって建てられた。ニコライは最初函館のロシア
領事館付の修道司祭 として1861に来日。上記募金などのため
のロシアへの帰国を除いて1912年に没するまで日露戦争中
でも日本に滞在し続 け、谷中墓地に埋葬された。1970年整地
のため掘り起こされた不朽の遺体は現在、谷中墓地、東京
ニコライ堂、函館ハリスト ス正教会に分祀されている。
太平洋戦争後敷地を一部売却せざるをえず広さに欠けるため
広角レンズ無しのコンパクトカメラでは 全体像を収めることが
出来なかった。 ロシアの建築家シチュールポフの原案、イギリス
人建築家コンドルの実施設計によるこの 建築はロシア正教の
教会に似ている。
下の写真は先年モスクワ・サンクトペテルブルク間をクルーズした時
多く目にしたものの一つであるが、俗に言うビザンチン様式であろう。
300円の志納金 を納めると由来書とキャンドルを頂けたので
灯明台にかざすことが出来た。堂内は撮影禁止なので示せないが
キリスト(ロシア語 でハリストス)正教(オーソドックス)なので
勿論イエス・キリストやマリア様の像は無く、イコンの祭壇である。
イコンもロシア の教会でよく見かけたように天井まで届くような
一面イコンの祭壇ではなく、いわば日本の屏風を広げたような
ものである。
本館内は撮影禁止で あるがロシア正教特有でクレムリンの
建物でもおなじみの玉ねぎ屋根の脇礼拝堂は外に面して
いるので祭壇の写真を載せておく。
ここには聖母マ リアとイエスキリストのイコンと共に二種類の
十字架が描かれていた。中央のは下部が欠けているが
ニコライ堂では一番多く見ら れるもので、八端十字(ハッタン
ジュウジ)と言い、屋根の上にはこの十字架が掲げられている。
前述したロシアの クルーズで訪れたキジー島の墓地で見た
墓標の十字架もこの形で別名ロシアンクロスとも称される
そうである。墓標にはこの十字 架に屋根が加えられていた。
その意味についての調査結果は別稿で披 露することにする。
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