愈々庵気まぐれ日記

愈々庵気まぐれ日記

2016.08.08
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カテゴリ: 主張
リオデジャネイロでのオリンピックゲームが開幕した。
マスコミのはしゃぎを横目に無関心を装ってきたがいざ大会が始まって
荻野選手が出場する場面を見て感動した一人である。
これからの2週間はテレビや新聞はオリンピック一色なのでまた見とれ
日本選手への応援を繰り返すことだろう。
これを機にオリンピックについて考えてみることにする。

1964年東京オリンピックは今でも語り継がれる記憶に残る大会であったらしい。
「らしい」というのは私がこの年9月に渡米してその感動を肌で感じていないからだ。
アメリカの新聞ではもちろんスポーツ新聞や一般紙のスポーツ欄では
大きく報道されていたが、一般紙にとって国連やワシントンの動向が
スポーツの祭典よりは重要であり、第一面を飾る記事にはなりえなかった。


(1952-1972)で、選手が企業から支援金を貰ったり、ユニフォームに
小さな企業マークが付いているだけで選手は失格になった。

少なくともこの時期まではオリンピックはスポーツの大会であった。
ところがサマランチ会長(1980-2001)時代になると商業主義に移行し、
企業からの賛助金やテレビの放映権を優先するようになった。
この時点でオリンピックはスポーツの祭典というよりは商業的興業に変化した。
この興行化を招いたのは大会の肥大化とテレビ放映である。
テレビ画面を通してスポンサー企業は世界中にCM画面を流すことができるので
格好の標的となってしまった。

もう一つ決定的なのは衛星放送による電波伝達の発達である。
新聞では写真の電送は始まっていたが
テレビ映像はテープに収めた映像を航空便で送るのでだいぶ遅れてしまう。
これでは臨場感が全く味わえず視聴率は上がらない。
現在はテレビ中心で一番放映料が稼げるアメリカのゴールデンタイム
に合わせて日程が組まれるため日本時間では午前中の競技がほとんどである。

「体育の日」10月10日は東京オリンピックが開かれた日である。
過去の統計を見て運動に適した季節で晴れの特定日であるこの日を選んだ。
今は夏休みであることが最優先で2020年には8月の東京でマラソンをすると言う。
気象予報官(官僚ではないので予報員)は危険報を出して外出するなという
この時期にスポーツ大会を開催するのは人類の健康にとって危機なことは明白。
かくして現代のオリンピックは没文化的、健康阻害的商業イベントに
なり下がったことは否めない。

それでも人々は大型化したテレビ画面で大いに楽しんでいる。
商業主義の犠牲になった選手諸君は気の毒だが茶の間には大きな娯楽を届けている。
やはり選手の団体がIOCに対して競技に適した健全な大会運営を訴える
アピールを出すべき時期に来ているのではないだろうか。
オリンピックは6-10月で開催地にふさわしい時期に
北半球で夏の大会を南半球で冬の大会を開催する。
これを実現するため中小都市でも開催できるように
現在の規模を縮小し施設も既存のものを利用するようにすべきである。













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Last updated  2016.08.09 17:29:10
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