愈々庵気まぐれ日記

愈々庵気まぐれ日記

2016.08.10
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オリンピック憲章には

1)オリンピズムはスポーツを文化、 教育と融合させ、生き方の創造を探求するもの である。
2)ドーピングに対する戦いを主導し、 いかなる形態の競技の不正操作、 および関連する
  不正 行為に対抗する行動をとることにより、 クリーンな選手とスポーツの高潔さを保護する。
3)スポーツと選手を政治的または商業的に不適切に利用することに反対する。
4)オリンピック競技大会は、 個人種目または団体種目での選手間の競争であり、 国家間の
  競 争ではない。 大会には NOC が選抜し、 IOC から参加登録申請を認められた選手が集う



乖離しいるかにつき検証した。
本ブログでは項目(4)についてさらに考えてみる。
この条項を空文化しているのがオリンピック大会そのものである。
まずメダル授賞式での国旗掲揚、国歌演奏。
これほどナショナリズムを鼓舞しているものはない。

メダリストが国旗をまとってグランドを駆けまわる行為は
憲章違反の最たるものである。
次にメダルの色がいけない、マスコミはなぜか金メダルだけにこだわる。
今大会でも何人かの日本人柔道選手が銅メダルに終わり、しかめっ面で
「金だけが欲しかったのに」とうそぶく姿は滑稽である。
銅メダルは世界三位なのだ。もっと堂々と喜びを表してほしいものだ。
競技をするためではなく金だけを取りに来たようでみっともない姿である。
  「優勝」「準優勝(二位)」「次準優勝(三位)」で良いではないか。

近代オリンピックの父クーベルタン男爵が言ったとされる
「オリンピックは参加することに意義がある」の意味を考えてほしい。
メダルも大切だが少なくとも競技を戦った外国の仲間を
仲間と思える交流を育み楽しんだだろうか。
大会後メールを交換する同志・友達は増えただろうか。
それこそ巨費を投じて≪平和の祭典≫を開催する意味なのだ。

表彰は古代オリンピックに倣って月桂樹の冠が良いが、月桂樹の
育たない国もあると思われるので金、銀、銅メッキの冠にすればよい。
大体今も金メダルなど無い、あれは「金メッキメダル」で、
金は1%も含まれていない鍍金の偽金メダルである。

 そこで私の提案:
(1)メダルはサイズを小さくして純金、純銀、準銅とする。
  オリンピックのメダリストが年を取り、大会後も社会に貢献した場合年金を出しても
  良いことにし、褒賞一時金を禁じる。これを貰った場合メダルをはく奪する。
(2)国旗掲揚・国歌演奏はやめる。憲章では国旗掲揚・国歌演奏は決まっているのだろうか。
  かって東西ドイツや南北朝鮮が統一選手団を送った大会では旗は忘れたが国歌の代わりに
  ベートーベンの第九交響曲が演奏されたことを思い出す。





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Last updated  2016.08.10 15:46:22
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