愈々庵気まぐれ日記

愈々庵気まぐれ日記

2017.01.09
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カテゴリ: 都内散歩
両国の東京江戸博物館は我が家から都心を挟んで対角線上にあり直線で15-6kはある。
興味ある展示が多いが見逃がしてしまうことが多く、先日もシーボルト展を見逃してしまった。
両国は葛飾北斎がその生涯をこのあたりで過ごしており、江戸博物館から
北斎通りを経てほど近いところに新しく北斎美術館がオープンした。
そこで1月5日(木)新しい美術館に行っみた。

入館前の腹ごしらえに入ったパスタ屋で窓の外を見ると隣の小さな社が目に入った。
お店の人に聞くと「野見宿禰神社(ノミノスクネジンジャ)という相撲の神様で、
ちょうど今朝相撲協会の方々や若い衆が大勢来て祭祀が行われていました」と教えてくれた。
そういえば3日後からはすぐ近くの両国国技館で初場所が始まっている。

食後外に出てみると美術館の開館に合わせて整備された≪北斎通り≫に真新しい案内板があった。
知らなかったが野見宿禰神社は相撲の神様として敬われているとのこと。
早速WIKIで調べてみると、野見宿禰神社とは出雲の人で、
第11代 垂仁天皇 の御前で大和の国の勇者と相撲を取り、打ち負かして敗者の国を
与えられ以後天皇に仕えた。そんなわけで相撲の神様として崇められた。

野見宿璽神社は兵庫と東京隅田にあり、後者は国技館にも近くこの神社は
日本相撲協会が管理している。年3回の東京場所の直前に協会幹部出席のもと
出雲大社東京支社の神官により祈願祈祷が行われる。
その祭りがこの日有ったということらしい。
新しい横綱はまずここで土俵入りをするそうだ。


私としては偶然の大発見である、神社の玉垣には相撲協会をはじめ歴代横綱の名が刻まれている。


春日野、立浪、

時津風、出羽     それぞれ一門の名前が残っている名跡である。

小さな社であるが背の低い門扉が閉まっているので引き退散しようとしていたら、
通りかかったおばさんが「正面の扉を開けて入れますよ」と声をかけてくれた。
社の正面に回り拝礼しようと思ったが扉が閉まっており、神社の必須アイテムお賽銭箱もない。
祭祀の時だけ開けられ、あとは協会で管理しているみたいである。


本殿正面には歴代横綱の石碑が立っている。初代は明石志賀之助で46代朝潮太郎まで刻まれ、


さらに第二の石碑には47代柏戸剛から71代鶴竜までの名が刻まれている。
それでもまだ下段が開いているのであと25人分は空いている。
この次の横綱の名は下段から始まることになる。
私は36代羽黒山から知っているので歴代横綱の半分を知っていることになる。
ということは昔は横綱は例外的に強い力士の称号で、今みたいに安売りはしなかったらしい。
石碑を見ると日本人横綱はなんと≪若の花・貴乃花≫が最後である、日本相撲協会の名は
あまりふさわしいとは言えなくなった。冗談であるがアメリカのメジャーリーグが勝手に
ワールドシリーズを戦うように、国際相撲協会としたほうが相応しいのかもしれない。


ずいぶん前の私のブログにも記したが、横綱の石碑は富岡八幡宮にもあり、
また相撲に関する石碑は江戸時代相撲興業が行われた近くの回向院にもある。
いづれも寺社の境内に設置されたものであるが
この野見宿禰神社は≪ 相撲の神様 ≫を祭るのであるから格が違う





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Last updated  2017.01.13 15:20:00
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