愈々庵気まぐれ日記

愈々庵気まぐれ日記

2017.11.29
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カテゴリ: 紅葉
前後の日々はすべてドン曇りのなか11月27日の天気予報はつかの間の晴れを予告した。
今年の都内の紅葉は散々だったので最後の望みをかけて大宮氷川神社に出かけた。
特に確信があったわけではないが、春の桜の賑わいを見て
隣接する大宮公園にはモミジの何本かはあるだろうと期待しての探訪である。

大宮氷川神社は武蔵の国一之宮と言われ、我が家のある町内の昔の氏神様の総本社である。
かって武蔵の国一之宮は今の多摩市にある小野神社とする説もあったらしいが
少なくとも江戸時代以降はその規模においても格違いで
関東に200社以上も末社がある氷川神社がその影響力に於いて比較にならない。
大宮という地名も大きな神社の存在に基づくということことである。
土着の氏神は別にして日本の神社には出雲系と高千穂系があるが
氷川神社は前者に属しているらしい。


参道は一直線で2キロに及び三つの鳥居があるが今回は電車を大宮駅で降り、
二の鳥居から神社に向かった。
参道には欅の古木が多いが紅葉も植えられており、ちょうど良い色付きであった。
こんな長い直線の参道は珍しく、なんでも日本一長いともいわれている。


三の鳥居に近づくと参道には延々と続く絵巻が掲げられており、さらにその先には
参道の両側に無数の提灯が飾られている。説明版を見ると明治元年に明治天皇の行幸があり、
先月28日にはその150年祭が執り行われたとのことである。
道理で春の桜の時期には絵巻も提灯もなかったことを納得した。

明治天皇は明治元年10月13日江戸城に入都、同17日に氷川社を武蔵の鎮守とし、
同28日に氷川神社に行幸・参拝したのだそうだ。
京都から東京に遷都しその15日後に大宮参拝したわけで、明治天皇としては
新都の安寧を願っての最初の皇居外公務だったのではなかろうか。
官軍、公卿、神官、高御座、お供などの一人一人が克明に描かれている。
歴史に詳しい人であれば各人を同定できるのであろう。


そして提灯はこの150年祭に際して応分の寄付をした人や会社なのだろう。


さらに進んで俗界と神域を分ける池をまたぐ赤い橋の向こうには赤い総門が見える。


門の中の神域や社は拝殿・社殿とも神社らしい佇まいである。この日は月曜日が休みの
お父さんに合わせて少し遅れ気味の七五三のお参りをしている家族を多くみかけた。



赤い橋を境に神池の反対側には公園風の池があり、その中の島ではメタセコイヤの紅葉が進んでいる。



神域に隣接する日本庭園が解放されており、ここではモミジの紅葉が見事である。



神仏混淆時代の遺産であろうか寺に多い多宝塔がモミジに似合っている。



個々のモミジの紅葉は一本一本彩付き度が異なり見事なグラデーションである。






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Last updated  2017.11.29 11:32:36
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