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2007.12.15
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カテゴリ: 読書/歴史系
今回は、第8章です。

楚(項羽軍)VS漢(劉邦軍)の戦いは、戦では圧倒的な強さを誇る項羽軍が連勝しますが、
なかなか決定的な勝ち戦とならず、劉邦はうまく逃げ回ります。

しかし、その戦いを決定づけたのが、斉王・韓信の参戦。
張良の策略により、韓信を味方につけることが出来た劉邦は、韓信に兵の指揮を任せ、
韓信は、有名な「四面楚歌」で項羽を追い詰めます。

「四面楚歌」は、楚の歌を兵に合唱させ、楚の国の人である項羽軍の士気を下げさせる、
いわば心理作戦です。

故郷の歌を聴かされ、すっかり弱気になってしまった項羽軍はバラバラになってしまい、

紀元前202年のことでありました。
陳勝・呉広が兵を起こして(紀元前209年)から、7年後のことです。

ちなみに紀元前202年といえば、ローマでは、スキピオがハンニバルを破ったザマの戦いがあった年ですね。

結局、項羽は、自己顕示欲が強く、自分のことしか考えない人間でした。
対する劉邦は、史記にも「仁にして人を愛し、施しを喜む」と書かれているように、
人徳のおかげで、わが身を犠牲にしてまでも劉邦を救おうとした部下に恵まれました。

こういう結果になってしまったのは、当然といえるのかもしれませんね。。。

劉邦は、一旦洛陽を都に定めるものの、張良の進言により、長安へ都を遷します。
ようやく漢帝国の始まりです。


小説十八史略(2)


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最終更新日  2007.12.15 10:42:39
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