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写真は“がんバレージャンプくん”へさらに坂道を下っていく。「この坂を『月見坂』というのか」そして、坂から周りの様子が見ることができる。そこから新幹線・高速道路が見ることができる。まさかこんなところに、見ることができるとは・・・昔と今を感じさせられた。そして、中尊寺の入口にたどり着いた。櫻が綺麗に咲いている。徳島は、3月下旬には、散ってしまった櫻だがこのあたりは満開だ。『奉丁墖』と明記してあるが意味は分からない。
2013年06月30日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ『薬師堂』前で拝み、『地蔵堂』前を通り、やって来たのが『弁慶堂』だ。「ここで、しっかり拝んでおこう」と思うが同じような方もいて参拝客でいっぱい。しかし気分的に嬉しくなると同時に、歌舞伎の『勧進帳』を思い出す。「義経もすごいが弁慶もすごい!そして、義経ゆかりの地である徳島の“勝占神社”を思い出す。その近くに“弁慶餅”と言う物を売っている。食べてみる。なかなか美味しい!これは食べるべきだ!
2013年06月30日
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【映画「真夏の方程式」】予想通りの展開だった。従って、特に面白いとは思わなかった。記憶に残る台詞といえば、(アバウトですが)「開発によって恩恵を被っているのだから、自然を大切にするか、開発を優先するか適切なところで選択しなければならない」だったかな。玻璃ヶ浦ってどこでしょうか!?
2013年06月29日
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写真は“がんバレージャンプくん”『弁財天堂』『阿弥陀堂』『鐘楼』の前を通り下っていくことになる。ほとんどの観光客はこの坂道を上ってきたけど、我々二人はタクシーで来たので楽ちんだった。家人も「タクシーで来てよかった」と・・・。『大日堂』を横目に進んでいく。そして、『本堂』にやって来た。大きな造りだ。しかし、奈良・京都の寺院と大きく違う造りをしている。それは屋根の勾配である。かなり急な屋根になっている。やはり雪や風のせいだろう。大きな功労の前には煙を体に付ける参拝客でいっぱいだ。本堂内の仏像も立派だ。本堂前で拝み、そして一周をしようとすると大きな建て札(?)がある。東日本大震災を弔うものだ。家人は、お守りを買って帰る。
2013年06月29日
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写真は“がんバレージャンプくん”そこを出るとおみやげ屋さんになっている。その中で前から欲しいものが、ずらっと並んでいた。南部鉄瓶だ!「買いたいけど、持って帰ってもも使わない。いや、インテリアのひとつと思えば大丈夫。しかし、家人が何と言うやら・・・。今度のときにしよう」ということで諦めた。
2013年06月28日
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写真は“がんバレージャンプくん”『讃衡蔵』の中に入る。すると、凄い仏像が並んでいる。「こんな立派な仏像があるとは・・・金色堂より凄い」と思わせた。http://www.chusonji.or.jp/guide/precincts/sankozo.html 中尊寺は、どうも中をちゃんと公開したくないのか(!?)ホームページの中をアップしていない。残念でしょうがない。是非とも行ってみて欲しい。
2013年06月27日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ『かんざん亭』の前で男性が掃除をしている。『かんざん亭』はまだ開いていないので前に進む。『白山神社』の『能舞台』にやって来た。かなり広い能舞台前の観客席だ。その客席の中には、『明治天皇の碑』がある。由緒ある能舞台だろう。能舞台も掃除をしている。それをずっと奥の方に進んでいくと、お堂の前には、藁でできた丸い輪をしたものが祀ってある。さらに奥に行くと、干支別に小さなお参りするためのミニ神社みたいのがあった。何だろう?と思いながら跡にした。
2013年06月26日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ『旧覆堂』の前にやってきた。ちょっと写真を撮ろうとしても観光客が絶えることがない。お堂の中を見て、次へと進む。『釈迦堂』から真っ直ぐ進む。少し行くと『松尾芭像』がある。そこに「夏草や 兵どもが 夢の跡」と記してある。「この句はここで詠んだものか!」と大感動となる。さらには「五月雨の 降り残してや 光堂」 と・・・。確かに中尊寺金色堂のことだ。芭蕉を見たものを自分も見ている。芭蕉が歩いたところを自分も歩いている。感動!
2013年06月26日
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2013年6月24日(月)・・・つまりその月の最終収集の月曜日。救急車が一番運ばれる日である。過去において、椎間板ヘルニアになったり、じんましんが気管にできて救急車に運ばれたりしたのもつまりその月の最終収集の月曜日だった。朝起きると、頭がボーーとしている。「いつものことだろう」と思っていたが、学校に行ってもぼーっとしていた。いや、耳がおかしい。耳鳴りがしている。変な聞こえ方だ。もしかしたら・・・1時間目、授業。チャイムの音が耳に痛く感じる。立っておくのも大変だ。しかし、テスト範囲を終わらせなくてはいけない。2時間目、無理矢理にがんばる。3時間目、もう辛抱ができない。途中、T2の先生に頼んで医者に行く。「突発性難聴になったと思う」といって、診察。高い音の聞こえ方が悪いみたいだ。薬をもらって様子を見る。家に帰って横になりたいが、今日は行かなくてはならない出張がある。出張後、学校に帰る。明日、そして今週の予定を進めなくてはいけない。6月25日(火)機能よりはだいぶん良くなっていた。しかし、完治してはいない。頭が痛い。歩いたり立っているとめまいがする。今日は授業が少ない。まだ、ましだ。放課後、学年会がある。どうしてもやらなくてはいけない。それから、また仕事。とりあえず終わったのは20時。聞こえなくなったらどうすればいいのだろうか、不安だ。
2013年06月26日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ金色堂に行くためにはまず、手前にある讃衡蔵で拝観券を購入しなければならない。(800円)8:30から販売されるが多くの観光客のため8:25位と少々早めに売り出した。家人に「金色堂がすぐに見られるように、先(金色堂の方に)行っておいて!」と頼む。チケットを購入後、急いでで金色堂の方に行くが家人は「ほなに)急がんでも行けるのに!(「そんなに急ぐ必要もなかったのに」という意味)」「まあ、ええでないか!(「まあ、いいじゃないですか」とい意味)」階段を上っていく。そして中に入っていく。 金色堂の中に『金色堂』がある。観光客でいっぱいだ。やっと対面することができた金色堂だ。しかし、どう見ても写真撮影ができない。残念だ。観光客に押し流されるように出て行く羽目になった。
2013年06月25日
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写真は“がんバレージャンプくん”へタクシーの運転手さんが「今日来てよかったね。昨日は20万人の人出で大変だった」「昨日何かあったんですか?」「昨日は藤原祭りというのがあったね!」「それで、昨日新幹線から降りる人がいっぱいだったのは、そのせいだったんですね」「昨日来られたのですか!?今日中尊寺行くのでよかった。・・・ところで、中尊寺の入口まででよろしいか?それとも金色堂の入口まででいいですか?」「金色堂までお願いします」当初は、運賃代を少しでも稼ぎたいと思っているからだろうと思っていたが、確かにこの坂道を歩いていくよりは先に金色堂のある一番頂上のところまで行って下ってくる方が楽だった。
2013年06月24日
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2013年5月5日(日)こどもの日写真は“がんバレージャンプくん”へ昨夜、家人に「一ノ関から平泉まで行くのにJRの時刻表を見ると7時台と9時台があるけどどっちにしようか?」と訊ねると「7時台でいいんちゃう!」ということで7時からの朝食に6時55分に行くともう行列でいっぱい!しかし、ちょっとでも早く行けてよかった。座れる席が確保できたからだ。そして、ホテルをチェックアウトをして平泉まで向かう。7時45分出発の列車に乗る。2(ふた)駅目なのにかなりスピードが出ているのに時間がかかっている。平泉駅に到着。早速、レンタサイクルを借りに行こうとするがかなりの行列。家人が「タクシーで行こう!」ということでタクシーに乗る。
2013年06月23日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ【東横イン一ノ関駅前】 にチェックイン。ホテルを出て夕食をとろうとするがどこもかもが満席状態!やっと見つけたのが『魚民』。しかし、人でいっぱいだ。美味しい料理は・・・。ホテルに帰る前にラーメン店による。どこに行ったらいいのかわからないので、スマホで検索する。すると「たいやきや」というおかしなラーメン屋が美味しいという情報で出ていた。そこで行ってみたがもう店は閉まっている。仕方なく駅前に行ってみた。「・・・どこ行こうか!?・・・」『藤原家』という店に入った。「何が美味しいですか?」という失礼な質問を浴びせてしまった。そして、「三陸わかめラーメン」というものを注文した。わかめを麺に練り込んだラーメンを食だ。なかなか美味しかった。ごちそうさまでした。
2013年06月22日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ陸前高田市から気仙沼市へと帰るがそのときタクシーは、往路は津波によって使えなくなった道路だったが、復路は山道を通ることになった。途中、仮設住宅の横を通ることになったが、こんな山の中につくっているとは知らなかった。やはり再び津波が襲ってくるかもしれないからだろうが、やっぱりつらいだろうなあ・・・。また、橋が壊れているところもあった。いつになったら復興完了するのだろうか!?その日が、まさに『復興の日』ではないだろうか。気仙沼市に帰ってきた。観光タクシーを降りてレンタカーに乗り、一ノ関駅前のトヨタレンタリース店に帰る。一時間ほどの道のりだった。
2013年06月21日
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写真は“がんバレージャンプくん”へそして「(仏像の)前にある線香は、遺体安置所になってから焚き続けている。最初は、毎日のように焚くとは思わなかったが、朝のおつとめのときに線香に火をつけ、できるだけ長持ちするようにと、蚊取り線香のように渦巻き状に細い線香を並べていくことが一番長持ちする方法だ。いつの間にか、灰が山盛りになっていった。」さらに、「向こう側の仏像は1000体あります。1ヶ月くらいで作り上げ私どものところへ送ってきました。」「1ヶ月で1000体!?すごい!」日本全国にはいろんな方がいるんだ。改めて“人間力”を感じた。そんなところへ住職の奥さんが何か用事があるようにやって来たため、話しは終わった。本堂から出て行き、本堂の裏にある三重塔や大きな仏像を見て、普門寺を跡にした。
2013年06月20日
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写真は“がんバレージャンプくん”へタクシーは普門寺に到着した。運転手さんがここの住職の話を聞くために前もって連絡をしておいたという。住職(熊谷好光洋さん)がやって来た。そして、本堂へと案内していただいた。【京都「大文字」の被災松“拒否”】【京都で拒否された被災松、夜空焦がす 陸前高田で迎え火】【京都遠征レポート「陸前高田市から取り寄せた薪について」】と話題になった薪が彫刻(仏像)200体が飾ってあるところへと案内してくれた。 大学生たちが彫った彫刻(仏像)は、まさかこのようなところにやって来たとは思っていなかったろう。住職は、「なぜ、うちに持ってきたかは分からない。きっと、過去においても持ってきたようなことがあったし、やはり“遺体安置所”になったということが大きいのだろう・・・」と・・・。
2013年06月19日
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写真は“がんバレージャンプくん”へタクシーからは、瓦礫が山盛りになっている状態があちこちで見られる。まだ、片付いていないところを見ると東日本大震災はまだ終わっていないんだと思い知らされた。運転手さんに「夏は臭いらしいですね」すると「最初の年は、臭いというものではなかったくらい臭かった。しかも、ハエがいっぱい発生しし大変だった。腐った魚がどこにあるかも分からないし、とにかく大変だった」という。土(田畑)を見ると、全くできる状態でないところもあるが、少し高いところに行くと農業ができそうだ。
2013年06月19日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ「『道の駅・高田松原』跡」には、追悼施設(献花・黙祷)もあり、なかをゆっくり見ることにした。しかし、写真を撮ろうという気持ちにはなれなかった。道の駅内を見に行くことにした。なかはもう無惨な姿だった。しかも、このあたりは、陸前高田市の中心部だったらしい。その中心部は・・・今は何もない。むなしいさだけが心に残る。そして、タクシーは普門寺に向かう。
2013年06月19日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 再び、タクシーに乗って次は陸前高田市へと向かう。まず目に飛び込んできたのは気仙小学校だ。校舎はあるが、運動場などどこにあったのか分からない。もっともっと近づいて見たかったがとりあえず、奇跡の一本松へと向かう。するとすぐに、以前あった松原跡に近づいた。そして、『道の駅・高田松原/追悼施設(献花・黙祷)』に到着した。とにかく、観光客(といっていいいだろう)は、全員が『奇跡の一本松』に直行する。遂にその松にやってきた。しかし、残念ながら周りには足場が組んであるため、綺麗に姿で見ることはできない。しかも、正確に言えば、もう枯れている。それでも、見てしまう。愛しい。周辺には、防波堤がつくられてつつある。また、向こう側の岸まで行く人々も数多くいる。どこから行くのかわからないが、多い。一生懸命松を見てあとにした。
2013年06月18日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 再び、タクシーに乗り次は、“安波山(アンバサン)”に行くという。そこは、気仙沼を一望できるらしい。安波山に着く。するとその風景は、あさひ鮨の主人からもらった絵はがきの風景と同じだった。しかし、大きな違いは、津波が来る前の風景を絵はがきは写し出していた。絵はがきを見ながら「あの当たりに建物があったんやな!」と言いながら、またまた津波に対して驚愕する思いだ。
2013年06月18日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 第18共徳丸の上方には駅がある。鹿折唐桑駅である。「あの駅は、津波で流されているため使われていません。行ってみましょう」と運転手さんが言う。行ってみると確かにそうだ。しかも線路が大きく曲がっている。また、火災の痕も残っている。「線路はちょっとやそっとではびくともしません。しかし、このように曲がっていると言うことは、津波はかなりの強い威力を持っていると言うことです」。確かにそうだ。先日、東京の私鉄と地下鉄が乗り入れをするために線路を地下にもぐらす作業の様子をTV番組でやっていた。http://www.youtube.com/watch?v=c5o1zUPuE4s そのとき「機械では線路は動かない。人力でないと動かない」というようなナレーターがあった。先ほどの気仙沼駅で列車は終着。そこから、柳津駅まではバス代替運行になっている。私が「これではもう復旧はしないでしょう」というと運転手さんが「JR東日本の社長さんが来て必ず復旧すると言っていました」と力強く反発した。しかし、高齢化、人口減少のことを考えるとバスでの運行が妥当なところだろう。
2013年06月18日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 車に乗って間もなくのことだった!交差点に大きな船が乗り上げている!いや、これこそ津波の威力だ! 第18共徳丸。全長約60メートル、総トン数330トンの大型巻き網漁船だ。全く知らなかった。無知だった。小走りに近寄っていく。船の左前から右へとゆっくり見ていく。すると、焼けた痕があった。約2日間も気仙沼港が火で炎上した痕らしい。その前には、炊飯ジャーがポツンとある。また、花を供えてある。海から1キロ近く押し流されてきたこの船は、これからどうするのだろう!?タクシーの運転手さんの話では「『これからのためにも置いておくべき』という派と『見たくもない』という派に分かれている。また、観光資源にもなっているということを考えれば置いておいて欲しいが、船主にとって置いておいてもお金がかかり、拐帯するにもお金がかかるので困っているらしい。しかし、この1年くらいで解体するように聞いている」という。どこか展示するところはないのだろうか・・・。
2013年06月17日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 「あさひ鮨」を出て、前もって予約してある気仙沼観光タクシーに電話をして来てもらう。サメをモチーフにしたデザインのジャンボタクシーだ。港の方へと向かう。 「津波の後、とりあえず自衛隊にしてもらったのは、道路の復元です。よく見てもらうとみんな道路を嵩(かさ)上げしているのがわかるでしょう。嵩上げをしていないと満潮時のときなど潮で道が浸水してしまうのです。このビルの写真から分かるように実は、ここの高さは2階になるんです」「???・・・ホンマ!」驚いた。そして、港にやって来た。気仙沼らしくサメの博物館「気仙沼リアスシャークミュージアム」は見るも無惨。どの建物も壁がぶちこわされている。そのため、中がよく見えるが、まるで怪獣が壊したような感じだ。このあたりの道路は、まだ不十分で土嚢で道路が造られている。映像をみると迫力、すごさ、恐ろしさが改めて感じることができるが、当事者はもっと、もっと、もっとだったろう。運転手さんの話では「自分は、海側ではなく山側に家があり、昼寝をしていたので津波が来ているとは分からなかった。・・・親戚が津波にのみこまれた。あっという間のことで助けることもできなかった。・・・今から、大型巻き網漁船のところへ行きます」。
2013年06月16日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 行列ができていた。仕方がない。せっかく、気仙沼に来たのだから「魚」を食べなければならないと思い、行列に並ぶ。その前では、この近所のおばちゃんによる踊りをやり始めた。興味はなかった。次に、お坊さんが(本を出版している)が100万円の寄付をする。もらうのは「あさひ鮨」の主人。この方が復興商店街のリーダーみたいだ。行列も約1時間待つ。やっと店内にはいることができた。『復興スペシャル』を注文する。1500円と高いのだが、ふかひれ寿司が入っているのでこれにした。店内は、お客でいっぱいだ。注文してもなかなか来ない。約20分後やっと来た。座った前には、先ほど100万円の寄付を代表してもらった主人。その方と話しをすることができた。「どこから来ましたか?」「徳島です」「徳島から来るのは今までのなかで一番遠いなあ・・・どうしてきましたか?」「やはり、日本人たる者、東日本大震災で被災したところを知らずには生活するというのは失礼です。本当は、何か手助けをしなければならないと思っていましたが、なかなかできませんでした。申し訳なく思いました。攻めて、被災地にやってきたどうなっているかを徳島の人たち1人でも多く話すことができたらと思ってやって来ました」「地震が起きて津波がやって来たときは、とにかく逃げるだけでした」家人が「私も主人が行くといなかったらここには来ていない。・・・しかし何もかもがないと言うことが改めて分かりました」。また寿司の話しにもなる。「気仙沼は、フカヒレで有名ですね」「はい。うちは、そのフカヒレを使った寿司がそれです。うちの店で最初につくったんです」なるほど・・・。しかし、フカヒレ寿司は美味しいものではなかった。(ごめんなさい)帰り際にご主人が描いた気仙沼の風景(絵はがき)をもらう。ありがとうございました。
2013年06月15日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ トヨタレンタリースに行く。既に何人ものお客が待っている。車に乗って、まずは気仙沼に向かう。道のりには、ラーメン屋が多い。このあたりはラーメン屋が多いのか!? そしてスゴイ鉄橋の橋がある。これほどまでにも大きくする必要あるのか!?約1時間の道のりで気仙沼駅に到着した。ここの観光案内所で「昼食をとりたいので、美味しい店を教えてください」と言うことで、2軒教えてもらった。2軒とも【気仙沼復興商店街】で「特急寿司」と「あさひ鮨」だ。しかし、その商店街の駐車場に行くと係員のお姉ちゃんが「満車です。市役所の駐車場を利用してください。」「???」市役所は先ほどの気仙沼駅近くだ。それよりも港に近いところに簡易駐車場がある。そこへ行こう!そこに駐車しても誰も何も言わない。何故、近くの駐車場を紹介しない!不信感をもって、復興商店街に行く。「特急寿司」にいくともう売り切れ状態!残念!仕方がない。「あさひ鮨」に行く。
2013年06月14日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 10時過ぎに一ノ関駅に到着。イメージ 1一ノ関駅は、まさに「ローカル線の駅=ちょっとぼろい駅」と「新幹線の駅=近代的な駅」がドッキングしたような新幹線だ。それにしてもここで降りる乗客が多い。「世界遺産 中尊寺」はスゴイ!と思ったが後で分かったがそれだけではなかった。まずは、キヨスクで車で飲食するジュースと御菓子を買う。とりあえずここ地元のサイダーとせんべいをを購入する。
2013年06月13日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 東京ドームホテルを7時にチェックアウトをし東京駅に向かう。スターバックスで朝食をとる。そして、東北神官瀬のプラットフォームに行く。すると東海道新幹線とは違うカラフルな新幹線が停まっている。今から乗る「はやて」には「スーパーこまち」がドッキングしている。その後ろには、新幹線MAX「やまびこ」が鎮座している。山形新幹線「つばさ」もいる。「はやて」と「こまち」がドッキングしているところへいく。同じような人が何人かいた。てっちゃんは喜ぶだろうな!写真を撮り終えた後、アナウンスで「出発します!」というので急いで乗り込む。家人が心配したのか「どこ!?」と電話があった。「3号車!」すると電話からホットするようなため息が聞こえてきた。
2013年06月12日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ この回を終わって4-2とリードする。5回終了後、ジャビットと巨人のマスコットガール(?)がバズーカで観客席へ何か投げ込んでいる。何か分からないが、マクドナルドのキャラクターもいたように思うので、マクドナルドの商品か!?6回表、阿部のホームラン。狭い東京ドームならではのホームランという感じがした。7回表、坂本は内野ゴロ。巨人もタイムリーヒットでホームへ・・・アウト!7回裏、ライト側には大きな横断幕がでる。知らなかった。昔、巨人のチャンスに出ていたオーロラビジョンでの拍手。まだやっていたのか! ライト側のスタンド上には5月5日だけホームランで当てたら355万円のセコムの看板がある。巨人のピッチャーは山口。始めて知った、巨人のロペス。広島の栗原が代打から出場する。広島のミコライオが投げる。巨人の33番石井は元西武ライオンズだったかな。9回が終わって、4-4。しかしもう、9時半を回っていた。家人ももうすぐ帰ってくる・・・。残念だが帰るか。・・・ホテルに帰って部屋からロビーに降りた。すると、観客が帰ってきた。「これは、サヨナラに間違いない」脇谷がその立役者だった。残念。
2013年06月11日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 東京ドームは、昨年3月のシアトル・マリナーズ- オークランド・アスレチックス以来だ。東京ドームの外側には、長嶋茂雄と松井秀喜の国民栄誉賞受賞のための看板がある。当初5月3日と5月5日のどちらかのチケットを取ろうと考えていたが、やはり、浅草から東北へ行くことを考えると5月3日の方が都合がよい。ちょっと残念だった。座席は、3塁側の内野席。席に座ってみると何ていい場所なんだ。全体が見渡させるし、1塁から2塁・3塁へと走ってくる様子。そして、ホームへ滑り込む様子がはっきりと分かる。これからは3塁側だ!時間はもう19時近く。巨人-広島戦 は3回裏、阿部慎之助が打席に入った。ロペス、村田と打席に入る。投手は久本。よく知らない。5回表、ルイス、丸、広瀬、堂林、巨人内野陣がホールトンのところに集まる。
2013年06月10日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ さて、浅草ROX近くの地下駐輪場兼レンタサイクル店に帰る。何かうきうきしている。自転車を返して、同じような道のりで帰る。花屋敷が、最初みたところでない角度から見る。まるで「千と千尋」に出てきそうな雰囲気がする。浅草演芸ホール前に戻ってきた。「ここに行きたいけど・・・東京ドームにいかなくてはいけない・・・。残念だ」いも屋さんがある。大学芋が美味しそうだ。しかし、急ごう。「六区通り」に再びやって来た。東八郎と東MAX、そして先日自殺したポール牧。その前には花がそえてある。再び、仲見世に帰ってきた。そこで見つけたのは「いもよかん」 しかも、一個だけ。一個買うと「食べ歩きはできませんよ。隣で食べてください」と言われた。別に今食べようとは思っていないので「はい」と答えてカバンに入れる。そして、東京スカイツリーとアサヒビール本社を見る。夕日に輝いている。再び地下鉄に乗り、浅草橋駅で乗り換えJRにのり、東京ドームに帰ってきた。
2013年06月09日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 時間も18時近くになった。急いで東京ドームにいかなくてはいけない。しかし、東京ドームで腹を起こしていては、お金がかかる。どこかないだろうか!?・・・行きにあったステーキの店に入ろうか・・・よし、入ってみよう!『ミスターデンジャーステーキ』 プロレスラー松永光弘がオーナーだ。そんなことはどうでもいい。何を食べようか???「(よし、これだ!・・・)おすすめセット!ステーキとハンバーグの分!」「ライスはどれくらいですか?」「少なめ」「サラダのおかわりはありますので、いってください」「はい」といいながら、おかわりはいわなかった。あまり欲しくないからだ。「スープは何にしますか?」「・・・デンジャースープ」まずきたのは、サラダ。なかなかごまドレッシングがおいしい。スープがやってきた。「少々辛いので気をつけてください」それは楽しみだ!食べてみた・・・おいしい!この辛さはちょうどいい!これはおかわりしたい!そしてやって来ましたメインディッシュ! !!!お皿からはバーグがはみ出している!すごい、ボリュームだ!そしていよいよ食べてみる。まずはステーキからだ・・・美味しい!しかも柔らかい。これはいける!そして、ハンバーグ・・・これも美味しい!!!なんだこの店は!店に飾ってあるサイン色紙は、単にプロレスラーつながりではなかったんだ!これは絶対美味しい!おかわりがしたくなるくらいだ!次も来よう!絶対、お薦め!
2013年06月08日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 【玉泉洞】4年ぶりにやって来た。前回は12月だったため、入った瞬間「むわ~」とした暖かさと湿り。今回はない。あっちこっち回るが・・・色々とあり、また楽しい。
2013年06月08日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 次に目にしたのは「猿若町」どんな町だろうか!?すると、案内板があった。それにしても、「猿」という文字からこのあたりは猿回しがたくさんいたところと勝手に思った。後で分かったが、このあたりで歌舞伎の興行をやっていたのか。そのプロダクションが弾左右衛門だ。従って大変近くに、芝居小屋があったと考えられる。そして、東京はせんべい屋が多い。どうしてだろうか!?草加せんべいも関東だ。米と江戸・関東とはどのような関係があるのか!?
2013年06月08日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ それにしてもこのあたりは、皮革業者の看板が多い。「皮革」「太鼓」「鞄」それから浅草寺の方にはブラシ屋もあった。獣の毛からつくっていたからから同業者か・・・。しかし、どの店もシャッターを閉めている。どうしてだろうか!?(後日、T先生に聞くと、隅田川を渡ると工場があるらしい)
2013年06月08日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ おきなわワールドでのエイサーショー。4年前、前に出なかったことが悔やんだまま。今年は前に出るぞ!よし、やった!最後に記念撮影!
2013年06月07日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 上空には、飛行船が飛んでいる。いいなあ!あんなにゆっくり空を飛べるなんて!次に目指したのは、東京都人権プラザである。しかし、休日のため、閉まっている。考えてみれば閉まっているのが当然だった。次は、東京都立台東商業高等学校に向かう。何故、ここが重要な地点なのだろうかよく分からない。しかし何かいけば分かるだろう。しかし、どこにあるのか分からない。近くに少年野球をしている公園はあった。塩見鮮一郎さんは『浅草弾左衛門』で「これが山谷堀よ。こっちの土手が日本堤で吉原に行く道。この橋が今戸橋。堀の向こうの板塀がござろう、あれが新町でござる。」 「山谷堀に一部分を接して、いかめしくどこまでもつづく板塀が見えていた。それが新町という。小さい門があり、石段が塀にむけておりている。そこへ船を着けてそのまま中へはいれる寸法で。今戸橋を渡った左手は寺で慶養寺と読めた。そこをすぎて左へおれると、さきの板塀につづく瓦屋根の長屋が現れた。その中央が武家屋敷のような長屋門であった。正面の大戸も、左右の潜戸も開かれ、サルかだれかが到着を告げたのだろう、迎えに駆けつけてくる下人たちがあわただしかった。門の両側には、箱根のお関所の大門と同じく、六尺棒を持った男が立っていた。」「源壽寺、浄運寺、宝蔵院、念仏寺など、三十いくつもの寺が、堀や堀の外を埋めている。いずれも囲内に尻をむけていた。新町を守るように見えて、実は町人や遊客の目から隠そうとするようで。囲内の多くの場所から、塀ごしにのぞいた卒塔婆や本堂の屋根瓦が見えた。生まれたときから目にしている人は慣れっこであろうが、彼にとっては、しばらく異様であった。」などと明記している。このあたりが、弾左右衛門の屋敷があったのに違いないが、よく分からなかった。悔しい。
2013年06月06日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ そして次の難関は、線路越え!どうやって越えたらいいのか!?!!!見つけた!歩道橋に自転車が走れるようになっている。これだ!一目散に駆け上る!そして、渡りきるとそこは・・・『泪橋』だった!いや泪橋交差点だった。こんな所にあったのか!地図で確かめる以上に、吉原、山谷、小塚原はまさに隣り合っている。このあたりは一体どんな町なんだ!遂に探し求めた『泪橋交差点』。矢吹ジョーや丹下段平、西寛一らが汗した丹下ジムはこの交差点の下にあるのか!『あしたのジョー』における名言は数々あるがやっぱり、“この橋はな― 人呼んでなみだ橋といういわく…人生にやぶれ 生活につかれはててドヤ街に流れてきた人間たちが なみだでわたるかなしい橋だからよ三年ほど前のわしもそうだった おめえもその ひとりだったはずだ…だが こんどはわしとおまえでこのなみだ橋を逆にわたり あしたの栄光めざして 第一歩をふみだしたいと思う わかるか わしのいうてる意味が…ああ?わしのいうてる意味がわかるかよジョー! ”と丹下段平が丹下拳闘クラブ旗揚げの時にいった言葉が思い出させる。 さらに丹下段平は「この橋はなー人呼んで泪橋といういわく・・・人生に敗れてドヤ街に流れてきた人間たちが、泪で渡る悲しい橋だからよ。だが、今度はわしとお前がこの泪橋を逆に渡り、明日の栄光を目指して第一歩を踏み出したいと思う。」ここが、“明日のジョー”の原点なんだ!そんな思いをしながら次へと向かう。
2013年06月05日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 教科書・参考書でしか見たことがない、琉球王国の冠がこんなところにあるって・・・初めて知った!嬉しかった!
2013年06月04日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 日向院には隣と書いてあったが、隣は道ですが??? と思ったらその道の横にありました!延命寺が!『首切り地蔵』が見えたのですぐに分かりました。すぐに自転車を置いていくと、『首切り地蔵』と記名してありました!しかし、西日(にしび)のせいで写真が撮りづらい。そんなことも思いながら、前に行ったり横に行ったり・・・。一体ここでどれくらいの人が死刑執行されたのか!?しかもその中で、「ちょっとそれはおかしい!納得できない!」というような人もいたはずだ。ふと横の看板を見てみると、『首切り地蔵』の説明とともに東日本大震災のとき、『首切り地蔵』が壊れたようで曽於の修復作業の様子や寄付を募っている看板が掲げてあった。少しでも見ておきたいという思いもありながら次へと向かわなければならない。手を合わせて次へと向かうことにした。
2013年06月04日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 徳島県高校総体バレーボール競技阿南工業高校-城東高校私が中学校で教えた生徒たちが活躍してくれた。阿南工業高校には6名(そのうち3名がレギュラー)として出場。城東高校には5名(リベロを含むレギュラーは4名)が出場。インターハイをかけ、県優勝をかけ史上最大の校内球技大会が行われた。校内球技大会という表現は失礼だが、同じ中学校出身者がこれだけ決勝に出るとはなかなかないだろう。そのためそのような表現にさせていただいた。1-1で迎えた3セット目。21-20と城東がリード。ここで、阿南工業のオーバーネット!???とらない???また、H君・・・流れが変わった。25-22。阿南工業が勝った。試合内容は、城東の勝ちでしょう。しかし、勝ったのは阿南工業。城東の教え子たちもがんばった。息子は、リベロとしてよく頑張った。残念。阿南工業の教え子たちもがんばった。おめでとう!
2013年06月03日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 何と駐車場が、開いていない前に首里城へと到着。前もって早く行くように言ってあるためすぐに駐車場は開場した。しかし、ツアーコンダクターが言うには「こんなことはかつてない!」それぐらい、生徒たちがスムーズに行動した証である。守礼の門を通るのは我々が一番である。首里城開場の儀式を見て・・・首里城に入った。東の光でまぶしい!
2013年06月03日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ レリーフには説明文書が詳しく刻んである。こんなところで腑分けをしたとは、目から鱗である。しかもここには歴史的人物の墓があるではないか!どうしてこんな所にあるんだ!?きっと、幕府にとって邪魔な人物を処刑したのだろう。一体どんな人を処刑したと言うんだ。???吉田松陰???あの立派な人が???そうか、安政の大獄で処刑にされた人だ。ネズミ小僧!?ネズミ小僧の墓は誰かが、隅の部分をかち割って盗っていくらしい。そのため、後ろに以前ののもがあり現在のもののすでに盗られている。後はたくさんの人たちで・・・分かりません。とにかく、興味津々!誰のお墓だろうか!?もう少し詳しく教えてくれたら嬉しいのだが・・・。そうしているとさっき地図を見ていると延命寺を尋ねた人がいた。自分と同じようにこのあたりを歩いている人だったんだ。自転車に乗って、次こそ延命寺を探すことにした。
2013年06月03日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ 【ドラえもん】国際通りで一番沖縄そばが美味しいと言われている。行ってみた。そして、「ドラえもんそば」を注文する。みなんさんもどうでしょうか!?
2013年06月02日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ さて、スマホで『小塚原刑場跡』である『延命寺』に向かうことにする。こんなときスマホは便利だ。すると日光街道に出くわした。「こんな所に出てきていいのか?」よく分からないため再びスマホを見て、もっとまっすぐに行くことにした。すると、到着したのが「南千住駅」である。ということは、先に延命寺に先に行く方がいいのだろうか!?しかしどこにあるのか!?それにしても線路で二分されているこの地は、どうやって南側に行けばよいのだろうか!?地図を見る。すると見知らぬ人から「延命寺はどこですか?」と聞かれた。こちらが聞きたいところだ。「知りません」。あっさりそういって、駅南側に行く。すると、貨物列車のターミなるになっている。「やっぱり、こちらではない。・・・こうなったら、道の通りいってやろう!何せ、自転車は車だから!」そう思っていくと、立体交差がある。これはラッキーだ!ここを通れば南側に行ける!・・・「自転車通行禁止」とある!これは困った。・・・とりあえず横断歩道を渡ってみる。???変なものがある。「吉展地蔵尊」・・・よくは分からないが、お寺のようだ。ちょっとはいってみよう。自転車を止めて、中に入ってみるとすぐに『ターヘル=アナトミア』のレリーフがある。「こ、これは!」とにかく驚いた。知らなかった。こんな所にあるなんて!
2013年06月02日
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写真は“がんバレージャンプくん”へ インターネットでは、このあたりに「日本堤跡」=「山谷堀跡公園」があるように記入してある。どうしてもこの「日本堤跡」=「山谷堀跡公園」を探したい。自転車で、あちらこちら走らせる。近くの方に「『山谷堀跡公園』はどこですか?」と訊ねる。「『山谷堀跡公園』?・・・細長い公園のことかい?」「・・・あっ、はい」「それ枝ったらこれをまっすぐ行って右に曲げればいいよ」「この辺は『山谷』ですか?」「そうだよ。日本堤一丁目から清川二丁目にかけてあたりだ」。この東京DEEP気分!酔ってる感じがする。すると、何だか、警官がこのあたりやたらと自転車でパトロールしているのに気づいた。もう一度その警官に聞くと、「それは『山谷堀公園』でしょ!もうすぐ真っ直ぐいったらあるよ!」「ありがとうございます。」すると気がついたのは、『橋』である。そしてすぐに、細長い「公園」とは思えないような(小径といったほうが正しい)土でできた公園がとぎれとぎれにある。「これか!」思わず写真を撮る。そして、近くには数多くの橋が並ぶ。『地方(じかた)橋』『今戸橋』『聖天橋』『吉野橋』『正法寺橋』『山谷堀橋』『紙洗橋』『地方新橋』 ・・・。自分で見つけたのは、『地方橋』『紙洗橋』『吉野橋』『地方新橋』ぐらいだが、このあたりは『堀』がつくられてそのところに橋が造られたのだろう。それぞれどんな意味のある橋なのか!?吉原を囲った堀なのか!?江戸と江戸の外を分けた堀の橋なのか!?興味津々である。
2013年06月01日
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