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2012年02月14日
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テーマ: 北朝鮮!(406)
蓮池透さんの話しが続く。(記憶に基づくもので少々表現が違っているところがありますがご了承ください)

「弟(薫さん)たちが北朝鮮24年間のなかで招待所いたときが豊かに過ごしたといっていた。おばさんが、食事などの準備をしてくれていた。しかし、ソ連崩壊後からはそのようなことがなくなっていた。金にされている川や湖で魚をとってきたりしていた。それだけでなく、何でもできるようになった。一緒に弟と飲む機会があったとき焼酎を飲みながら、『焼酎を造っていた。・・・木炭もつくっていた。何でもできるよ』と・・・。」

北朝鮮が拉致したことが分かるようになったきっかけについては・・・
「大韓航空爆破事件で金賢姫元死刑囚が日本語を教えてもらったのは李恩恵であるといった。このとき、あちらこちら出行方不明になっていた人たちが李恩恵出はないかと話題を呼んだ。その1人に弟の彼女である"奥土祐木子さん"ではないかとも考えられ、そのときに北朝鮮による拉致だということがわかった」。

話題は2002年9月17日の話しになった。
「小泉総理が北朝鮮に行ったときだ。このとき我々は大きな希望から失望をする日ともなった。拉致被害者のうち8名が死亡したということだ。そのとき、我々家族は家族ごとに当時の福田官房長官にこういわれた。『あなたたちの家族である(拉致された人は)死亡している。あきらめろ』ということだけだった。そんな言い方があるのだろうか!たとえ北朝鮮にいわれても『そのような情報提供を受けたがはっきりした証拠がないので心配するな!』と・・・。これらのことは明らかに、北朝鮮と日本との間で何とかして国交正常化しようとするため、障害となっている拉致問題を解決する手段として、両国間でそう取り決めたとしか思えない。・・・ 『日朝平壌宣言』 には拉致問題の条文はないのは、このときに拉致問題が解決したということを元に調印されたものだ。だから拉致問題についての条文がないのだ」。

さらに
「拉致被害者で、生存している者が10月15日に日本に一時帰国するということになった。しかし、それはおかしい。元々日本人でありながら勝手に拉致しながら何が一時帰国だ!・・・しかし、全く帰らないよりはましだから了承した。・・・帰ってきた弟は、すでに北朝鮮の人間になっていた。日帝やら何やらそんな話しばかりする。私は、どうしても日本にいるよう説得したが東京のホテルでは無理だと感じた。そこで、“自宅に帰る”という日程を利用して自分たちの故郷で説得するときっと分かってくれるだろうと思った。しかし、なかなか難しかった。弟をしかるような状況になった。しかし、政府は帰ることしか考えていなかった。『帰りはJALにしますか?ANAにしますか?』とか『お土産は何にしますか?』とか『帰るまでニアと何日ですよ!』とか・・・何を言っているのかわからない。しかし、両親もカレンダーを見ながらカウントダウンをしている。・・・拉致被害者5人を帰さないことを安部さん(安倍晋三内閣官房副長官)中山さん(中山恭子首相補佐官)がやったと美談でいわれているが、それはウソで帰さないといったのは私くらいだった。・・・弟を説得するとき、『日本にいる両親をとるか!?北朝鮮いいいる子どもたちをとるか!?』という具合になった。しかし弟は『そんなことを(天秤にかけることは)できない』といった。しかし最後に弟は『(兄に)賭けてみる』といってくれた。だから日本にいて、北朝鮮にもどらないことを決めた」。

ここで、安部・中山さんによるものではないことを主張したが・・・蓮池透さんは








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最終更新日  2012年02月14日 23時48分42秒
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