2001年冬





某T大付属病院の精神科に通い始める。



親・弟どちらかが、必ず付き添って来てくれた。



処方された薬は、ドグマチール・パキシル・ソラナックス・ナウゼリン、胃薬・・・、



あと忘れました。



飲み始めはこんなもんかと、あんまり効いている感じはしなかったが、



初めて飲む薬ばかりで、こんなものなのかなと思った。



また、うつ剤は3週間ぐらい様子見て下さいと言われ、



そんなに掛かるものなのかと、正直驚いた。



今となっては、たった3週間でであるが。



指示に従い真面目に飲んだが、症状の変化は気休め程度のものだった。



それでも地元の懐かしい友達や、普段会えない友人に会い、



気分的には、一時的に良くなった。





1ヵ月後の11月、通院時に、



自覚症状にあまり変化が無い事を告げると、薬を増量。



医者は「笑いながら元気そうに見えるんですけどね~」なんて言い、



僕は「当たり前だ、元気そうに頑張って見せてるんだよ」と思いましたが、



言いませんでした。



僕は患者としての受診が出来ていなかったのです。





診断されてから精神病全般を自分なりに勉強し、



特にうつ病に関しては、それなりの知識を身につけたつもりでしたが、



実際に起こるうつ病は、本に載っているケースだけでなく、患者の性格・環境・遺伝、



が関わる事なので症状が様々なのです。



僕は薬の効果は3週間から、治療には3ヶ月くらいと言う、



医者の言う言葉を鵜呑みにしていましたが、その期間で僕に効果は現れませんでした。



その頃から、地方に残してきた家族の事が心配になり、また自分自身の進退などを、



考え込むようになり、うつ症状は酷くなっていきました。



12月からは食事がまったく取れなくなり、取れるものと言ったらコーンスープくらいで、



不眠は相変わらずでしたが、不安感が物凄く手は震えを押さえられなくなりました。



この月の診察で症状を訴えると、「もう少し様子見ましょう」と言われたので落胆し、



保険組合に出す為、診断書を申請しようとしたら、



病名はどれがいいですか?と聞かれ、何気にショックを受けました。



「病名はどれがいい?」って、どう言う意味?



今でこそ、組合に出す書類だから、変な偏見に晒されないようにしてくれたのかな~と、



解釈する事も出来るのですが、当時は適当に見られているんだな~と思い、



その医者を信じる事が出来なくなりました。



それでも当時まだ、うつ病を隠したがっていた僕は「自律神経失調症」でお願いしますと言い、



まだ心の中で、うつ病とは認めていなかったと思います。





12月半ば、諦めの心に支配されながら半分寝たきりの生活。



薬も効かない、医者も信用できない、眠れない・・・・



そんな中、たまたまあった缶チューハイを、飲んでみる。



何故か吐かなかった。



体調がおかしくなってからは、ビール・ウイスキーを飲むとスグ吐いていたのですが、



この頃は、水を飲んでも吐く状態だったので、その日から水分補給代わりに、



ジュース感覚で缶チュ-ハイを飲むようになりました。



水分補給になるどころか脱水症状を進める事は後でしりました。



薬を飲むのも缶チューハイ。





僕はうつ病とのセットとも言える、アルコール依存症の道を歩き始めていました。



この辺りから幻聴が聞こえ・幻覚が見え始まり、実家が戦々恐々となっていきます。

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