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数年ぶりに電撃文庫を買った。2022年時点ではなろう系と呼ばれる,異世界転生ものが隆盛を誇っているが,20年くらい前はライトノベルの全盛期だったものである。そんな直撃世代の僕だけど,たぶん電撃文庫なんぞ10年以上は買っていなかったように思う。竜殺しのブリュンヒルド【電子書籍】[ 東崎 惟子 ]感想に入る前に,ちょっと自分語りをしたい。僕はソーシャルゲームFGOをやっていた。攻略動画もいろいろ見ていたんだけど,その中にひときわ目立つというか,奇妙な動画投稿者がいた。星1の,つまりレアリティとしては最下級のキャラでしかない佐々木小次郎をメインアタッカーに据えて次々と強敵を倒していくというプレイスタイルの動画である。正直言って,攻略動画というのもおかしな話で,普通に攻略したいのなら普通に強いキャラを使えばいい。だが,佐々木小次郎にこだわるところに意味がある。そこには物語があった。仲間たちの思いを引き継いで佐々木小次郎が強敵を撃破するところは感動したものである。特に,第1章ラスボス戦の最終ターン,動画投稿者は令呪と呼ばれるバフを小次郎に3回も入れるんだが,これにゲーム政略上全く意味がない。ただ,小次郎への強い思いが感じられたものである(『LEGEND OF SAMURAI』より)。そんな動画投稿者の方はTwitterをしていたのだが,電撃文庫でデビューすると言っていたので,ここしばらくは期待して待っていた。内容なのだが,『竜殺しのブリュンヒルド』というタイトルなので北欧神話を題材にしているのかといえば,別にそうでもない。主人公のブリュンヒルドのフルネームは,ブリュンヒルド・ジークフリートなのだが,ジークフリートがファミリーネームというのはちょっと妙な感じだし,主人公の兄に至ってはシグルド・ジークフリートという,かなり妙な名前をしていたりする。そこはラノベだから固有名詞が北欧神話から来ている,ということでいいだろう。内容なのが,とにかく暗いですね…。簡単なあらすじとしては,「竜殺し」の家系の主人公がふとしたきっかけで竜に育てられることになるのだ。竜に育てられた少女は,「育ての親」である竜を,「実の父親」に殺されたことにより,復讐を誓うことになる,とこんな感じになる。そんな復讐物語というのはいい素材だが,暗くなりがちだと思う。そんなこの物語も,本当に暗い。「育ての親」の復讐に,「実の親」を殺すというのが主人公の目的だから,どうしたって話が明るくはならないのである。そして,ブリュンヒルドは育ての親である竜に対し,父親代わりとしての気持ちに加え,恋心まで持っているので,話はより複雑になる。だいたい,半分くらい読んでいる時点で,「あぁ,この話ってどうやってもハッピーエンドにならんなぁ」というのが分かってしまい,主人公の復讐が達成できて親殺しとなるか,志半ばで散るのか,どちらにしても破滅へ進んでいくのを見守る感じ。そして冷静に考えると,ブリュンヒルドは竜殺しの家系に生まれているけれど,竜殺しをしまくっているわけではないから,親殺しのブリュンヒルドのが相応しいかもしれない。てっきり,竜殺しの異名を持つ佐々木小次郎あたりがゲスト出演して,明るく楽しい物語にならんかな,と期待して読むと全然そんなことにならん。重たいのを読みたいとき,読む感じだろう。昨今のなろう系みたくブリュンヒルドは竜の力を持っているのでチートじみた身体能力を持っているが,その程度で物語は明るくはならない。なお,ライトノベルと言えば連載漫画のように人気がある限り続きが出て,何十巻もでるというのが基本みたいなところがあるけれど,本作は1冊でやることはやり切ったように見えるから,続編は期待できないかな。竜殺しのブリュンヒルド【電子書籍】[ 東崎 惟子 ]
2022.06.13
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現実世界では藤井聡太が19歳で三冠を達成し,まだ今シーズンで四冠の可能性も残しているという意味の分らん状態になっている。一方で創作の『りゅうおうのおしごと』である。今回も八一の対局はお休み。八一は将棋の本を出版したりするし,特に東京の棋士たちにフォーカスがあたる。りゅうおうのおしごと!15【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]本作,あんまり1つのテーマだけで1冊ができていないので出来事を適当に箇条書きすると,以下の通りになる。・八一,棋書の執筆をする。執筆態勢は美人編集者,供御飯万智とカンヅメでお色気描写もあり。・雛鶴あい,東京で修行を開始する。山刀伐八段と,鹿路庭珠代の世話になりつつ,心構えなどを学ぶ。・山刀伐八段,盤王のタイトルを掛けて名人に挑むもののフルセットで敗退する。・山刀伐八段,A級トーナメントを勝ち抜き,再度名人に挑むことになる。・銀子,八一の書いた『九頭竜ノート』を読み,復活の兆しを見せる。・神鍋歩夢,ノンストップでA級入り。だいたいこんな感じかな。表紙にもなっているけれど,メインのテーマとしては,八一の棋書『九頭竜ノート』(元ネタはたぶん『島ノート』かな?)の執筆なのだけど,裏のテーマは山刀伐八段の戦いっぷりなのだろう。山刀伐八段は,この物語の初期から登場している中堅棋士である。Wikipedia見たら年齢が3巻時点で38歳だし,八段というのだから,もう伸びしろはない・・・,とは言わないが成長がさほど見込めなくなっている。そんな彼が,これまで一度も手に入れたことのないタイトルを掛けて名人に挑むのだ。ふと考えてみれば,本作では登場人物の多くがなにが,当たり前のようにタイトルを持っている。八一は現在,竜王と帝位の二冠である。特に女流では銀子は女流二冠であたっし,その他,女流ではメインキャラのほとんどがタイトルを持った経験がある。ただ,タイトルを持つというのは,一度でもいいから日本一になった経験があるということを意味している。スタートの機会は平等に与えられているとしても,結果は無情で現実世界の羽生のように1人で100近くを独占する者がいる一方で,たいていの棋士は1つのタイトルを持つこともなく消えていくわけだ。作中,「一度でもタイトルを獲ったら人生が変わる」だの言われているが,そういうものなのだろう。想像するに,オリンピックの金メダルみたいなもんだろか。引退時点で,A級に10年いたのなら「A級在位10年」という,わかる人にしか分らん表現になるのもそれはそれですごいけれど,一度でもタイトルを取れば元王位とか,そんな感じになるのだし。前々から指摘しているが,恐らく本作の著者は,才能溢れる八一を描くよりも,それ以外の才能がない,負けの多い棋士がそれでも諦めずにあがく姿を描く方が好きなのだろう。山刀伐がタイトル挑戦のため,雛鶴あいの世話を何くれとしてくれたのも,この小学生から何かの刺激を受け,強くなるためであるし,タイトル戦にフルセットで敗れてアパートで慟哭する姿は鬼気迫るものがある。もちろん,著者があがく者の描写に力を入れている,と感じるのは,読み手の僕に問題がある可能性はあるけれど,八一がお色気やっとるよりも心には残るのだ。さて,それで次の話なのだけど,そろそろ終わるのかと思いきや,別にそんなことはなく話は延々と続いていくようだ。次の巻でやるとしたら,名人戦への挑戦権を得た山刀伐八段の挑戦を描くのか,半世紀ぶりにノンストップでA級入りをした神鍋歩夢を主軸にするのか。たぶん,神鍋歩夢のモデルは佐藤天彦だと考えられているのだけど,そうだとすれば名人を破って名人になるのは彼なんだろう。続いていれば,八一竜王対神鍋名人となるのだろう。それがいつになるかは分らんけど。りゅうおうのおしごと!15【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]
2021.09.17
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最近はめっきり主人公の九頭竜八一の影が薄くなっている『りゅうおうのおしごと』。ここ3巻くらいは『しょうじょきしのおしごと』みたいな感じになって来ているところである。というか,女性の棋士って何と呼べばいいんですかね。女棋士なのか,女性棋士なのか。まぁ,銀子であれば少女棋士あたりのネーミングがしっくり来るかな,と個人的には思うところ。りゅうおうのおしごと!14【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]ざっくりしたあらすじを箇条書きすると,こんな感じ。・八一と銀子は師匠に交際を報告しようとするも,一人前になるまで恋愛禁止を言い渡される。・八一,竜王に続き帝位戦にも勝って二冠になる。・銀子,心身の不調により対局できなくなる・雛鶴あい,八一の内弟子をやめて単身で東京に行くことにする後書きを読んでいると,もともと本作は現実の将棋界で起きたエピソードを下敷きにしてきたものの,様々な面で軌道修正をしたというようなことが描かれている。八一が16歳で竜王になったというのは,本作が始まった5年前の時点では荒唐無稽な話だったのだろうが,藤井聡太が17歳で棋聖になるわ18歳で王位もとって二冠になるというのを見ているとさほど驚くに値しない。記録は破られるものだし,ソフトの発達もあって,恐らく藤井聡太以上の天才が出てこないとも限らない。そういうこともあって,八一は今回であっさり帝位もとって二冠になる。なるのだが,作中でも全く騒がれない。・・・いやいや,これはおかしいだろうと。確かに,銀子が女性棋士になったのも史上初だが,八一の18歳2か月での二冠も最年少記録を更新していているのだ。やはり著者はさほど八一に興味がないのかもしれない。もしくは,著者の能力を超えているため描写できないのかもしれない。言ってしまえば,最年少二冠になった人物の心の内というものを一般人において想像するというのは極めて難しい。同様に感情移入をしろと言われてもこれも難しいし,リアリティある内面描写は困難だろう。なお,八一の18歳2か月での二冠というのは藤井聡太の18歳1か月に配慮して,1か月だけ遅らせたのかもしれない。一方で,銀子である。女性棋士になったものの,連日の取材やらで疲弊していたと思いきや,ついには初戦で黒星となり,休場にまで追い込まれる。作中,はっきりと名言はしていなかったが,もしかしてうつ病なりの精神疾患になってしまったのかもしれない。根拠としてはいくつかある。1つに作中で女流棋士たちがお見舞いに行く病院が山奥であったが,精神病院は山の中など田舎にあることが多いのだ。2つに,銀子は三段リーグ後,4か月も将棋をまともに指していないということ。将棋を指しているとだるさや目眩がして苦しくなる,というのだ。3つに,現実世界で先崎学がうつ病になり,『うつ病九段』という著作がかなりヒットしたことだ。すでに心臓は完治しているとすれば,消去法でうつ病だろう。恐らく,先崎学の『うつ病九段』を参照すれば,棋士が立ち直るまでについてリアリティのある描写もできるだろからな。実際,棋士とうつ病というのはどの程度の関連性があるのだろう。先崎学はもともと文筆業もしていたので著作を出して自身の病気を広く世に広められただけで,実際には精神を病む棋士は珍しくないのかもしれない。さて,最後に雛鶴あいである。今回は表紙を飾っているが,個々最近は出番がなかった。師匠の八一を好きになるものの,将棋を通じて人間関係を作ってきた。将棋さえなければ,八一とは普通に遊んだりできる関係だったのかもしれないのだが,どうしても八一との関係を続けようとすれば強くなるしかないというのだ。銀子もそうだけれど,この辺,強くなるモチベーションとしてはどうなのだろうと思うのだ。たとえば,僕の好きな漫画,『グラップラー刃牙』では主人公,刃牙たちの口から何度も,「男はみんな,誰だって最強を夢見る」とか「強くなりたいというのは男の本能だ」みたいな作者の思想が語られる。僕は,この思想は真理だとだと思う。たとえば,強くなるために常軌を逸した特訓をする主人公を見て共感する読者はいるとしても,「強くなりたいという動機の説明がない」とか「理解できない」という批判をする読者はいないだろう。場面は違えど,恐らく棋士は誰だって最強を目指しているのだろう。生活のための金が目的だという人もいるだろうが,そこに理由はいらんと思うのだ。そういう意味で,色恋で将棋をやろうというあたりモチベーションとしてはどうかな,と個人的には思うのだ。ところで,もともと本作は全5巻の予定だったそうな。気がつけば14巻も出てしまった。次から最終章らしいが,キャラたちがどうなるのか,最後まで読んでいきたいと思う。りゅうおうのおしごと!14【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]
2021.02.14
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田中芳樹の代表作の1つにして,30年もの長きにわたって続けられていた創竜伝がついに完結した。1巻が刊行されたのは1987年,昭和でいえば62年。作中の設定では「21世紀まであと数年」くらいの設定だったはずである。現在は2020年12月。年号も平成から令和へと,かなりの時間が経っている。そういえば,2巻の巻末対談に「親娘で読んでいます」というファンレターがあったようだけれど,娘の方はともかくお父さんの方は生きていない可能性すらある。それが30年の重みだわな・・・。創竜伝15 <旅立つ日まで> (講談社ノベルス) [ 田中 芳樹 ]とりあえず,簡単にあらすじを紹介してから突っ込みどころと感想を書いていきたい。ざっとしたあらすじだけれど,竜堂兄弟は月で牛種との最終決戦に挑むのだ。で,月ではいよいよ牛種のボスが神農だったということがあきらかになるのだ。この神農は牛頭人体と超古代,三皇五帝の1人である。神様みたいなものか。展開としては,どうも唐突である。まぁ,牛種の目的だとか,ラスボスさえ明らかになっていない状態だったのだからやむを得ないのだけれど。で,この神農なのだが,創竜伝の世界観では造物主となっている。なんでも,仏教では三千世界というけれど,1000の3乗,つまり10億の異世界があるのだ。神農はさまざまな異世界を異動し,生物がいないところでは生物を作り,未開の世界に文明を教え,はぐくみ,そして滅ぼすということを繰り返していた。もし,竜堂兄弟が邪魔をしなければ,3年ほど時間をかければこの世界は四人姉妹を通じて神農の理想の世界になったという。で,もはやこの世界は矯正がきかないようで,神農は別の世界に移動するから,竜堂兄弟はこの世界で好きにしろ,とこう言うのだ。神農の力は竜堂兄弟を圧倒的に超えていることもあり,竜堂兄弟は仙界で数年修行し,神農を倒すため異世界に移動する・・・とここで物語は完結である。思うところは色々あるが,この「俺たちの戦いはこれからだ!」で物語を締めくくるやり方は,まさしくジャンプの打ち切り漫画のそれである。ジャンプ漫画の場合,人気がなければ物語の途中でも容赦なく打ち切り完結を迎えざるを得ず,一区切りをつけ,主人公たちの戦いはまだまだ続く,とやらざるを得ないのだろう。一方で,創竜伝の終わり方は,ジャンプの打ち切り漫画とは違う。恐らく,創竜伝には十分な人気はあったと思われる。はっきり言って,著者の怠惰がこういうどうしようもない完結を招いたとしかいえない。11巻みたいなどうということもない外伝を入れてみたり,小早川奈津子みたいなキャラに紙幅を使いすぎたし,ブランクをあけすぎたことで衰えが出ている。それより思い至るのが,藤崎竜の漫画『封神演義』との類似性である。封神演義 1【電子書籍】[ 藤崎竜 ]あの漫画も,終盤になって人類の始祖として,やはり三皇五帝の1人とも称される女媧が登場し,物語は宇宙規模になった。ただ,この『封神演義』には幾重にもはられた伏線があり,「女媧」という名前は出てこないけれど,「歴史の道しるべ」ともいうべき黒幕の存在が中盤から示唆されていたので,唐突な感じはしなかった。また,人類を作り,滅ぼすことを繰り返していた女媧の目的なんかもはっきり語られていたし、その動機は読者としても納得のできるものだった。ところが,『創竜伝』の神農には,伏線もないし,また世界の創造と破壊を繰り返す動機の説明も全くない。だいたい,神農が異世界に行くというのならば,放置すればいいのではないか,という疑問はのこる。普通に,四人姉妹を背後から操る牛種の王を倒して終わりでいいではないか。牛種がいなくなっても,それでも政治腐敗は残るので竜堂兄弟が人間界を捨てて仙界に行く,とかそんなエンディングでも良い。さて,僕は創竜伝が完結すると言うこともあり,ここ最近,創竜伝を読み返していた。2019年10月9日の日記を読み返すと,僕は「10代の読むとヤバいくらい中毒性がある」と評し,30代になった当時もかなり楽しんで読んでいたことがうかがえる。ただ,その創竜伝も徐々に惰性で読むようになって来た。まさしく竜頭蛇尾というにふさわしく,中盤以降の失速は目を覆うばかりだ。田中先生の筆力が衰えているのだろう。ところで,読んでいてスマホ関係で明らかに表現のおかしなところがある。たとえば,竜を目撃した人たちが驚愕するシーンはこう表現されている。「あ,ありゃ竜だ」「竜!? そんなバカな」「いや,おれもスマホで見た」(15巻45頁)いや,「スマホで見た」ってなんやねん。「Youtubeで見た」,とか「インスタで見た」ならともかく,スマホで見たって,表現としておかしかろう。校正の人は何をしているのか。特定の企業のものを書けないとしても,「SNSで見た」とかで良い。だいたい竜やモンスターをスマホで撮影しようとした人は惨殺されてしまうというのも,どうかなと思う。田中先生の分身であろう竜堂始が「スマートフォンが嫌いで,仕事に最小限使う以外は手も触れない」(15巻14頁)というから田中先生もスマホは嫌いなんだろうな・・・。揚げ足を取るのならば,恋人とスマホで連絡をとったりすらしないのか,という話ではあるのだが。総評として,創竜伝の最終刊はかなり残念な内容になっていた。僕としても,10代のころ夢中になって読んだものがこういう結末というのは悲しいところもある。創竜伝15 <旅立つ日まで> (講談社ノベルス) [ 田中 芳樹 ]
2020.12.30
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世間ではコロナウィルスのせいで暗いニュースばかりだけど,藤井聡太が最年少で棋聖になったり,4人目の中学生棋聖・渡辺明が名人になったりと色々あった。さて,『りゅうおうのおしごと』の世界はどうなったかというと・・・。そんな大して進展はなかった。りゅうおうのおしごと!13【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]この13巻はドラマCD付き限定特装版のドラマCDの脚本を小説化したものが半分くらいを占めており,話は12巻の時点からほぼ進んでいない。初の女性棋士になった空銀子は相変わらず眠ったまんまだし,八一の帝位戦も全く進んでいない。主軸としては,水越澪がフランスに引っ越すことになって,その途中途中に回想シーンということで過去の話をするという短編集みたいな扱いになっている。なので,この巻は面白かったのかというと,僕個人としてはそんな好きにならん巻だったかな。別に女子小学生がイチャイチャしているのを読みたい,という人ならば楽しめるけれど,将棋ネタを楽しみたい人には向かないかもしれない。なお,後書きを読んでいると,この巻がこういう構成になったのは,コロナウイルスの蔓延でほぼ取材ができなかったことにあるそうな。正直,著者のこれまでのラノベは,それが『蒼海ガールズ』では海と帆船について,『のうりん!』であれば農業高校についてしっかりと取材をし,リアリティに富んだ描写が売りになっていたと思う。それがなくて,キャラの掛け合いだけで読むというのは,やや厳しかったかも知れない。見どころとしては,澪とあいの対局シーンかな。フランスに引っ越すことになった澪は,空港で日本最後の対局をあいに申し込むのだ。このとき,澪はAIを駆使した対あい用の必死の研究で,ついにあいに勝利をする,ということになる。ずっとこの子,負け役の引き立て役だと思っていたが,決してそうではない。一方で,少し微妙なのが八一と並んでもう1人の主役である雛鶴あいだ。この子はもう1人の主人公として活躍をするはずだったのだが,どうしても空銀子が確変でも起こしたように物語の中心にやってきたことでどうしても扱いが小さく,微妙になりつつある。過去の12巻感想で「著者は主人公の八一のことを,さほど好きではないのかもしれない」(2020.2.15日記)と書いたけれど,もしかして雛鶴あいのこともそれほど好きではないのかもしれない。あいは才能に関してはズバ抜けており,詰め将棋に限定すれば八一をも凌ぐほどの天才であり,脳内将棋盤の話からしても,明確に空銀子より才能がある。才能のない,とされる人が必死で努力して,あがいて,苦しみながら進んでいく姿の方が,恐らく著者も好きなのだろう。もちろん,八一やあいがさほど著者から愛情を持たれていないのではないか,と感じてしまうのは,著者がというより僕の方が,才能のない側に感情移入しているからかもしれないが。・12巻感想(2020.2.15)・11巻感想(2019.8.9)・10巻感想(2019.2.15)りゅうおうのおしごと!13【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]
2020.08.18
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本編のアニメは終わってしまい,藤井聡太ブームも落ち着いてきたものの,りゅうおうのおしごとに新刊が出た。また感想などを書いていく。りゅうおうのおしごと!12【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]12巻は大きく2つの話を交差的に,同時並行で進めていくことになる。1つが,姉弟子である空銀子の三段リーグ編。2つが,主人公・九頭竜八一の帝位編。あとは箸休めみたいな感覚でロリ話なり,恋愛描写なりが入っていく。まず,順番を入れ替えて九頭竜八一の帝位挑戦編。架空のタイトルだけど,八一は帝位のタイトル保持者,於鬼頭曜(おきと・よう)に挑むのだ。この於鬼頭帝位は昨今のソフト将棋で研究している棋士である。経歴を見ると,初めてソフトに負けた棋士で,四段昇格の祝勝会に来なかった最初の棋士で,丸刈りにする盤外戦術なんかもしれくるから,誰かなとは思うけど,特定はできないかな。ここは,主役である八一がすさまじい才能を見せるという,いつもどおりの展開になる。次に,空銀子の三段リーグ編。この話が思いのほか長くて,だいたい10巻くらいからやっているから3巻分は使っているわけだ。将棋漫画は『五五の竜』だとかだとか『ものの歩』だとか色々あるものの,たいていはこの三段リーグを大きく扱う物が多い気がする。この三段リーグ編を突破して四段になるとプロ棋士になるわけだから,三段と四段の間には大きな壁があるわけだ。『月下の棋士』くらいだろか,この三段リーグをあまりやらなかったのは・・・。以前から指摘していたが,この『りゅうおうのおしごと』は負ける側,才能のない側に強い感情移入をさせられてしまう。誰もが必死ではあるのだけど,今回の三段リーグだと,年齢制限で今回で昇段できなければ後がない青年だとかもいる。このあたり,12巻のあとがきを読むと,著者の挫折体験がそうさせているのかもしれないと思う。弁護士になろうと思って法学部に入り,12年間勉強して,それでも弁護士になれなかったという。僕は弁護士をやっているので,このあたりの気持ちはなんとなく分かる。僕は逆で,作家になりたかったけど才能になりたかったから弁護士になるため勉強をしだけど,色々と考えさせられるところ。はっきり言って,主人公である八一の対局より,三段リーグのほうが圧倒的に盛り上がる。それを思わせるシーンではないが,於鬼頭がこんなことを言っている。「もし,あいつ(八一)の視点で書かれた物語なんてものがあったら,それはきっと・・・どんな壁でも努力で越えられるという,さぞ希望に満ち溢れたお話なんでしょうね。でも,書いている本人は気づいていないんだ。一番高い壁が自分自身だってことに。最高の喜劇ですよ。最高に残酷な」(「感想戦」より)まるで『りゅうおうのおしごと』を否定するかのような台詞ではないか。昨今は異世界転生ものでチートな,ずば抜けた才能を持つ主人公が増えたものの,八一はまさにそういうタイプの主人公だ。本人はもちろん血を吐くような努力をしているのだろうけれど,そんな努力なんてみんなしているのである。報われない努力というのはいくらでもあるわけだ。もしやすると,作者は八一のことを嫌い・・・・・・は言い過ぎとしても,ほかの「才能がない」とされている負けてしまったキャラたちほど好きではないのではないかとすら思えてくる。たとえば,今回三段リーグ編で活躍した鏡州飛馬や,女流を目指していたころの桂花は心理描写が深くて,まるで作者が自分を投影させているのではないか,と思えたものだ。そういえば,前巻から八一は幼なじみだった銀子と両思いになり,交際が始まるわけだが,銀子って「才能がない」ことになっているキャラなんですよね。たとえば,才能のあふれる雛鶴あいを選ばないあたり,作者の好みや嗜好があるのならと,色々考えてしまう。ところで,あとがきを読んでいると著者は挫折の体験として弁護士になれなかった経験を語りつつ,執筆したラノベにたいし,「流行の二番煎じ以下の物し書けず,作家として呼べるほどのものではありません」と言っている。これは少し悲しかった。この二番煎じ以下の作品というのは商業デビューした『らじかるエレメンツ』のことを言っているのか,2作目の『蒼海ガールズ』のことを言っているのか,もしやするとアニメ化までした3作目『のうりん』のことを言っているのか?僕はこの全ての作品を読んできたけれど,どれも味があって好きだった。司法試験の勉強の合間,息抜きに読んだ『蒼海ガールズ』に癒やされたものである。あの時期に読んだ小説なり漫画にはずいぶん助けられた。リンク張っておくから,せめて『蒼海ガールズ』くらいは各自買って読んで欲しい。蒼海ガールズ!【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]らじかるエレメンツ【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]りゅうおうのおしごと!12【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]
2020.02.15
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異種族レビュアーズですが,アニメの方も好調のようですね。今のところ,放映禁止になったとかBPOに苦情が入ったという話は聞かない。そんな問題ありありの異種族レビュアーズなんだけど,漫画だけじゃなくて小説の方も結構面白い。この期に感想を書いていこう。異種族レビュアーズ まりおねっと・くらいしす【電子書籍】[ 葉原鉄 ]小説版の特徴というのは,第1にサキュバス店描写の所だろう。なにせ,漫画版は大人の事情でエッチなシーンを描写できないため,基本的にサキュバス店は受付でのやりとりの後,プレイ描写は省略されてレビューでプレイ内容を想像させるという内容になっている。そのため,漫画版では受付嬢に人気が集中したりするのだけど,その最たるはフェアリー店だろう。人気投票でサキュバス嬢ではなくて,受付嬢が人気№1になってしまうのだ。そんな中,プレイシーンをしっかり描写できるのは小説版の利点だろう。しかし,個人的にはエロシーンよりむしろ,小説版の最大の面白さはサキュバス店以外のダンジョン攻略だとかスタンクたちの冒険シーンやキャラの掘り下げがされているところかな。内容だけど小説版はメインストーリーとして,漫画版2巻で登場したゴーレム専門店の外伝というか,後日談になっている。どういう話かというと,ゴーレム専門店は自作でエロ人形を作り,プレイできるという店なのだ。シロウトが行くと「抱けないブス」しか作れないが,レビュアーズのカンチャルのような手先が器用な者ならば,どんな美女でも,また知り合いでも思うさまプレイできるというのだ。レビュアーズは行きつけの酒場の看板娘,メイドリーさんゴーレムを作ってプレイしてしまったのだが,後日談としては,彼らが作ったメイドリーさんのゴーレムが自我を持ってしまうという物語。そんなメイドリーさんゴーレムの捜索なんかをしながら,情報収集だったり,スタンクの呪いを解除するためだったり,寄り道だったりしながらサキュバス店に行く・・・。というのがおおざっぱなあらすじ。個人的に,最大の見どころは新キャラ,アシュラ族のヴィルチャナだな。このヴィルチャナは「男として生まれた以上,剣の高みを目指したい」と言って,ことあるごとにスタンクに決闘を挑むのだ。ただ,スタンクの方は戦闘に興味がないから適当にあしらうのだが。それでも,6本腕の特性を活用した剣術と戦うスタンクはかっこいいですね。興味深いのが,「6本の腕があっても,互いの肩が干渉をしあって間合いは狭い」とスタンクが戦闘中に見破るシーンですね。なんとなく,説得力がある。この小説が異種族レビュアーズだということを忘れてしまいそう。そして,普通の漫画ならともかく,この作品は異種族レビュアーズである。ヴィルチャナは武術ばっかりやっていて童貞だったので,スタンクたちに汚されてしまうのだ・・・。このあたりも爆笑である。本当に,小説版というのはスタンクというキャラをかなり掘り下げていると思う。主人公でありながら,他のキャラの個性が強すぎて,スタンクってあんまり個性がないんだよね。だいたい,「性欲が強い」というのが個性でもなんでもない世界観がヤバい。この小説版ではスタンク視点が多いせいか,戦闘にも長けているところだとか。そして,小説版1巻の話だけど,寝取り専門店で細かな台本を作ってプレイするのだけど,シチュエーションプレイに没頭してしまって精神を病んでしまうのだ。こういう馬鹿なところ,本当に好きである。異種族レビュアーズ まりおねっと・くらいしす【電子書籍】[ 葉原鉄 ]
2020.01.22
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18年もの間新刊が出ていなかった十二国記,ついに新刊である『白銀の墟 玄の月』が出た。全4巻とかなり長いのだが,ようやく読み終わったので感想を書いていこう。白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記 (新潮文庫) [ 小野 不由美 ]これまでのあらすじだけど,泰国はひどく荒れていた。阿選という将軍がクーデーターを起こし,王である驍宗がは行方不明,泰麒も蓬莱に流されていったからだ。十二国記の世界観だと,王がいないと国は荒れてしまうのである。物語的には,蓬莱から帰ってきた泰麒を主人公としつつ,泰国の立て直しを図るという内容になっている。それにしても,長い・・・。全4巻というのはかなり苦しい。僕が十二国記に出会ったのは高校生のころだったか。1作目,『月の影 影の海』もまた上下巻だったのだけど,陰鬱な状態が続く上巻はひどく読むのに苦労をさせられたような記憶がある。ただ,下巻で一気に面白くなるので新刊である『白銀の墟 玄の月』もそうなるのかなと期待はしたが,それでも4巻は長い。時間がいくらでもある学生と違って,社会人になると自由に読書を楽しめる時間なんぞせいぜい1日1時間あるかないかだからね。1冊に3日程度かけるとして,半月は余裕で必要だ。で,内容なのだけど何故こんなに長いのかと言えば,ミステリーじみた仕掛けがされているからだと思う。もともと,泰国の情勢についてはよく分かっていないところが多かった。たとえば,第1にクーデターを行った阿選の動機は何なのか,第2に泰王の驍宗はどこに行ったのかという点。さらにこの巻では,泰国の支配者になったはずの阿選が政治に感心を失ってしまっているようで,国政をないがしろにしていることが明かされるが。第3の謎として,なぜクーデターまで起こした阿選が政治をないがしろにしているのか,なんていうのもあるだろう。作中,登場人物たちは延々とこれら3つの疑問について,議論をしはじめたりする。ああではないか,こうではないかと。例えば,驍宗の行方について,もう死んでいるのではないか。いや,名乗り出ると殺されるので,どこかに身を潜めているのではないか。いやいや,重傷を負って動けないのではないか。こんな話をかなりやっている。自分用の備忘録的な意味もあって,次の次の段落ではっきりネタバレをしてしまうので,未読の方は次の段落で引き返した方がいいかも。さて,色々な謎なのだけど,「もっと短くしてくれんかなぁ」というのはどうしてもある。様々な謎はあるにせよ,普通に上下巻どころか1冊で終わりそうなところもないではない。ただ,もったいぶって謎についてキャラクターが議論を繰り広げるシーンを読むことで,読者はより一層謎について考え込むことはできるだろう。また,謎が明かされたときの快感は非常に大きくなると思う。たとえば,第1作『月の影 影の海』なんかは上下巻なのだけど,上巻は読んでいて精神的につらい。主人公は延々と苦しい目にあい続ける。現代日本から十二国記の,謎の世界に飛ばされ,誰からも理解されず,信じた人には裏切られ続ける。このドン底を見たからこそ,下巻で物語が収束していくところの快感は大きくなるのだ。このあたりは,昨今はやりの「異世界転生もの」と対極にあると思う。異世界転生ものだと,主人公はたいていチート能力というか,人並み外れた能力を持っていて,たいした努力をしなくても誰からも好かれ,誰からもチヤホヤされる。だが,十二国記の世界はそうではない。主人公たちはドン底まで落ちるし,簡単にはチヤホヤされることはないのだ。しかし,繰り返しになるが,全4巻は長い。正直言って,物語が大きく動き始める3巻から読んでもそんなもんだという思いもあるかな。逆に言えば,陰惨で長い全4巻を出せるあたりが小野不由美の信頼と実績なのかもしれない。そろそろネタバラしに入るけれど,第1に阿選がクーデターを起こしたのは,まとめづらいが驍宗に対する嫉妬とか羨望とか,そんな負の感情である。そもそも,「阿選」というのは字であって本名は朴高。一方で,驍宗も朴綜。天は続けて同姓の者を王にはしないというから,阿選は驍宗の次に王になることがどうしてもできない。そういうこともあって,クーデターをするのだ。第2に驍宗の行方だけれど,落盤に巻き込まれて日の届かない穴の中にずっといた。これも何度もミスリードがあり,驍宗っぽい,重傷を負った武人が村で匿われたりとか,色々あった。第3の,クーデター後の阿選が国政をないがしろにしていたのは,いつ驍宗が帰ってくるかわからんとか,その手の事情によるのだ。このように箇条書きにしてしまうと,一瞬で終わるのだが,前半で謎を広げ,3巻ころから明かされる。ちなみに,十二国記は巻末に史書を引用したような記載で締めくくるのだが,全4巻の物語を数行で終わらせていて,なんか史書のあっさりした記述の裏には,色々あるものだという気持ちにさせられる。その他,ミステリ仕掛け以外にも,見どころは色々ある。泰麒は黒麒麟であり,慈悲深い性質の麒麟とはかけ離れているように描写されている。策謀も巡らせたりもするし,暴力行為も可能である。嘘だってバンバンとつくし,他人を陥れたりもする。泰麒はさまざまな策を実行するのだけど,そのうちの大きなものとしては「ツノを切られ,麒麟としての力を失っているフリ」をやっていたところか。結構,びっくりさせられるシーンではあった。面白かったかどうか,と言われれば面白いのだろう。ただ,長い。時間のある学生向けだし,社会人的には年末年始にでも読むしかないよ。白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫) [ 小野 不由美 ]
2020.01.06
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創竜伝の読み返し、ようやくこの13巻で終了である。長かったような気もするが、十代のころハマったラノベ(当時は伝奇小説という扱い)であるだけに思い入れは深い。 とりあえず、内容を見ていくのだが…。正直言って微妙である。 色々あって、2巻にも及ぶ外伝を終え本編に、もとい日本へ帰ってきた竜堂兄弟だが、年長組は京都を拠点に小早川奈津子らと遭遇し、年少組は騰蛇に乗って偵察中にトカゲ兵に襲われる、という筋書きになってる。 見どころは…なんなのかなと思うが、小早川奈津子が征夷大将軍だとかなんとか名乗り始めるところなのかもしれない。既存の権力構造を打ち壊していくさまは圧巻であるから、小早川奈津子を嫌っている僕ですら多少の爽快感はある。 小早川奈津子が好きだというなら、きにいるのではないかと思う。たぶん、田中芳樹も楽しんで描いている節がある。ただ、嫌いな人は「早く本筋をやれ」となるだろうけれど。 そんな創竜伝の13巻の何が微妙かといえば、繰り返し過去の感想でも描いてきたが、敵が弱いというとこだ。この場合の弱さは、戦闘力的な面でもそうだが、魅力の面でもそうだ。たぶん、創竜伝のキャラで人気投票をしたら、ほぼ敵キャラに票は入るまい。だいたいにおいて、敵キャラが何をしたいのかがいまだによく分からない。 10巻で四人姉妹という、世界を牛耳る財閥組織の大君であるランバード・クラークと、それに憑依していた共工はすでに撃退している。なので、スジとしてはランバードに代わる強敵が出てこなければならないのだが…特にそう言ったことはない。 一応、13巻では謎の「閣下」というキャラが出てくるが、これが14巻で戦うキンピなんだな。そういえば、この謎の閣下の正体って13巻だけ読んで分かるようになってたっけか? もし、分からないようになっていたとすると、読者は閣下の正体を知るために10年以上待たされたことになるな。 さて、これで僕はだいたい2ヶ月くらいで創竜伝の既刊全巻にあたる14巻を読み切ったことになる。ちょうど今年、銀河英雄伝説を読んだので、どうしても比べてしまうが、やはり創竜伝は銀河英雄伝説には及ばないだろう。 いや、まだ最終巻の出てない創竜伝と一応は完結してる銀河英雄伝説を比べるのはフェアとは言い難いが、創竜伝は時事ネタやら社会評論をやりすぎている。作品としての質はどうしても落ちるのだ。
2019.12.05
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創竜伝12巻は一応本編という扱いになっているようだが,これもまた事実上の外伝みたいなものである。11巻に引き続き,2連続で外伝が出ている計算になるが,この時期の田中芳樹は創竜伝の本編を進められない状況だったのかとかなんとか,いろいろ考えさせられる。基本的に辛口の僕だけど,創竜伝12巻については非常に好意的である。12巻は田中芳樹が好き勝手書いたんだろうな,と思うような内容だけれど,それが非常に面白い内容になっている。おおざっぱなあらすじだけれど,赤城王との対決の結果,天界から人界に落ちていき行方不明になった青竜王こと始兄さんを捜索すべく,白竜王が北宋の時代を冒険するという内容だ。実際の所,青竜王はけっこう簡単に見つかって普通に合流しちゃうので,白竜王たちは人間を食べる妖怪退治をメインに活動していくことになる。最終的には,紅竜王と黒竜王も地上に降りてきて,4竜王全員で妖怪退治にあたるという,豪華な内容になっているのだ。そんな妖怪退治の脇道も捨てがたい。ちょうど趙匡胤の弟,趙匡義が王の時代なのだけど,この趙匡胤から趙匡義への皇帝位の移動の裏に陰謀があったではないか,とか趙匡義の後継者問題に関する陰謀だとかいった歴史要素が語られている。しかも,こういった歴史要素はあくまで本編の邪魔にならない程度に入っていて,ちょうどいい具合である。ちなみに,田中芳樹の時代小説にありがちなのは,主人公そっちのけで歴史描写が延々と続くというのがあるが,それに陥っていないのも好評価だ。本当に,創竜伝についてこの12巻は非の打ち所がないほど完成された小説になっている。敵の妖怪に比べて竜王たちが強すぎるという問題は相変わらずあるものの,それが物語の面白さを減殺するということは全くない。竜王たち以外の登場人物,たとえば白竜王の家来となった五仙なども生き生きと描かれているし,また実在の人物だった趙匡義たちの描きっぷりも見事。田中芳樹の中国歴史小説全体の中でも,この創竜伝12巻はかなり上位に来ると思う。あと,最後に1つだけ。たぶん,僕の中で創竜伝12巻の評価が非常に高いことの理由として,「現代日本に対する社会批判がほとんどない」というところにもあるんだよね。創竜伝やら薬師寺涼子を読んでいると,延々と社会批判が入るのだけど,この12巻はそれがない。舞台が現代ではなく宋の時代の中国だというのがあるだろう。また,登場人物の口を使って社会評論をしようにも,白竜王たちに現代の知識がないため,社会評論をする余地もないというのもあるかもしれない。小説十八史略(6) (講談社文庫) [ 陳舜臣 ]
2019.11.24
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外伝と本編が明確に区別されている銀河英雄伝説なんかと違って,創竜伝は巻数表示の上では本編と外伝が区別されていない。そのため,唐突に外伝が入るのだが,この11巻もそんな外伝小説である。内容的には,著者の田中芳樹が見た夢の中で読んだ書籍に「銀月王」という単語があったので,それを膨らませて創竜伝の外伝に仕立て上げたということになっている。・・・いや,別に創竜伝である必要はないよね。見た夢を小説化するとか,そんな企画が通ったという当時(1997年ころ)の田中芳樹の勢いの良さを感じる・・・。おおまかなストーリーとしては,亡き祖父の友人(演劇系の学園経営者)の依頼で,竜堂兄弟が学園を救うためにやってくるという流れになる。この流れは5巻と同じであり,あんま特筆すべき所はない。正直言って,この11巻はかなり微妙な外伝になっている。面白さはあんまない。読むのが相当苦痛で,「しょせん外伝だから,この巻を飛ばして12巻読もうかな・・・」と思ったりもした。癒やしどころとしては,始兄さんが合同コンパ,つまり合コンで知り合った女の子のことを忘れていたところ。そもそも始も合コンとか行くんですね・・・。種明かしをすると,銀月王というのは直径20キロを超える巨大な甲虫のような人間を養分とする生物である。どうやら銀月王は宇宙から来たようだが,長い長い時間眠りについており,人間を操って自分の所に運び込ませて捕食しているという感じ。宇宙から来た意思疎通のできない怪物というテーマがクトゥルー神話とかクトゥルフ神話を思わせるところである。というか,テーマ性は似ているように思う。ただ,ネットの海を探してみても,僕以外に銀月王とクトゥルフ神話の類似性を指摘している人は見つけられなかった。ただ,2ちゃんで一時期はやった「最強議論スレ」にどういうわけか銀月王がランク入りしている。この11巻銀月王伝奇の何がつまらんというと,ホラー的な要素がありながら,竜堂兄弟が強すぎて緊張感が欠片もないといういつものやつである。たぶん,クトゥルフ神話の世界と相容れないのだろうと思う。最後にひとつ。始兄さんは講師を常磐舞台学園で「シェークスピアの史劇とバラ戦争」,「中国・宋の歴史と京劇」という講義をしたことが語られている(新書版137頁)。個人的には,この講義はすごい受けたいなぁ・・・。薔薇戦争 イングランド絶対王政を生んだ骨肉の内乱 [ 陶山昇平 ]
2019.11.24
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中国編も終わり,竜堂兄弟は四人姉妹の大君であるランバート・クラークにカチコミをするべくイギリスに向かう。そんなイギリス編がこの10巻である。これまでもともと小物っぽかったランバート・クラークも牛頭の化け物になったり,牛種は天帝を拐かすか何かして天界を支配しているっぽいことが語られてはいる。そうなのだが,やはり竜堂兄弟にはどうも緊張感がない・・・。見所はもちろん,ランバート・クラークと竜堂兄弟との対決になるのだろう。ランバード以外にも,ペーパーマスターだとか石使いといった超能力者も登場し,前座を盛り上げようとはしてくれる。ただ,どうも前座の超能力者はどれもこれも弱いので,あまり盛り上がらない・・・。唯一ではないけれど,石使いは「綺麗なお姉さん」だからか最新14巻でも生き残っていたりしていて,このあとどうなるのか,気になるところではある。そして,そんなバトル展開よりも何よりも盛り上がるのが,竜堂兄弟のイギリス観光パートである。四人姉妹のボスと対決するためにイギリスに来ているはずなのに,ずいぶん余裕である。ホームズ記念館だとか,いろいろと竜堂兄弟は観光をするのだけれど,そんな中でもひときわ輝いているのが,大英博物館である。盗品の見本市ではないかという意見もあろうが,始兄さんのテンションはだだ上がり。1巻感想で,「始兄さんは田中芳樹の投影ではないか」と書いたけれど,この大英博物館での始兄さんの立ち回りは完全にそうじゃないのかな・・・。あのうざったい小早川奈津子が大英博物館の前で挑んでくるんだけど,展示物に忘我状態の始兄さんが瞬殺するシーンとかは非常にスッキリする。正直,外伝で竜堂兄弟といく歴史観光小説なんかがあれば普通に売れる可能性がある。俺は買う。色々あって作中,ロンドン橋なんかは破壊している田中芳樹だけれど大英博物館やホームズ記念館だとかは無傷である。いや,よく考えてみればビックボウル(東京ドーム)やフェアリーランド(ディズニーランド),都庁といった近代的な建造物は破壊させるくせに,史跡は無傷だもん。この辺に,「たとえ小説の中でも史跡は壊せない。でも,都庁とかはムカつくからぶっ壊す」という田中先生の好みが見られるところである。さて,この10巻でランバート・クラークにとりついていた共工は撃退できた。第1部が4巻までの日本編としたらば,外伝の5巻を挟んで,6巻から10巻までが世界編というかところか。ここから11,12巻と外伝が続き,13巻が出てから16年の休みに入るのだ・・・。
2019.11.24
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7~9巻の3巻にかけて行われた中国編もいよいよ大詰め。ここから物語の風呂敷がどんどん広げられていき,「これ,ちゃんと話を終わらせられるんですかね・・・?」という内容になっていく。あらすじだけど,これはちょっと説明がしがたい。現代の竜堂兄弟の話と,過去の竜王たちの話が重層的に語られていくからだ。まず,現代の竜堂兄弟たちであるが仙界から香港に帰ってきた。ここから四人姉妹と戦うため,黄老たち華僑と無駄な会議をしたり,なんか色々ある。見所は,竜堂兄弟たちが竜に変身し,月に向かって飛び,牛種の巨大ボス,ユウユウ(悠の下の心を抜いて,上に山をつけた漢字を2回)という,漢字変換ができないのとバトルをする。いつも地球で戦うと無辜の民がバンバン死ぬところ,戦場が月であるから周辺被害の心配をしなくていいのは気楽だね。一方で,過去の竜王たちの話。僕的には,本編の現代編よりこちらの方が面白い。姿を消した玉帝の顔を見ようと侵入した青竜王が,赤城王こと次郎真君と1対1のバトルを繰り広げる。開戦前の,赤城王がこういうのだ。「紅竜王の妖剣,白龍王の烈剣,どちらも試みたいところだが,やはり青竜王の豪剣と渡り合ってみたい。如何(いかん)?」このいかにも中二心をくすぐる台詞は,初見のときの僕をひどく興奮させたものである。また,現代編だと竜堂兄弟は竜に変身して戦うのだけど,ノリは怪獣映画になるところ,過去編だと竜王たちは普通に剣術なんかで戦っていて,カンフーアクションや京劇みたいなノリになる。もちろん,ライオン対トラみたいな人間以外の戦いも面白いかもしれないが,やはり人間対人間(仙人だとか神かもしれないが)というか,四肢をもった人間どうしのバトルの燃える。なお,強さ的なことを考えると,赤城王というのは次郎真君の異名である。封神演義なら楊ゼン。西遊記では孫悟空を倒したことがあり,また封神演義ではナタクと並ぶ周軍のエースである。この孫悟空もナタクも,いずれも竜王と戦って勝っているという強キャラである。はっきり言ってしまえば,竜王たちは孫悟空やナタクたちにトラウマの1つや2つ持っていてもいいのではないかと思うのだが・・・。一応,僕は最新の14巻まで読んでいるが,確か孫悟空もナタクも出てきていないはずだ。以前から指摘をしているが,創竜伝という小説の問題点として,敵が弱すぎるという点がある。いや,竜堂兄弟が強すぎるのか。たとえば,ここで特撮を見ていくと,1人で戦う仮面ライダーと比べて,5人で戦う戦隊ものだと,戦隊ものは5人でようやく1人の敵と戦うという物語の展開上,戦闘能力は低めに設定されている傾向がある。おそらく,これは物語を作る上での制約だろうと思う。「仲間が協力して強い敵を倒す」という図式を作るには,どうしても主人公チームを敵より相対的に弱くしなければならないのだ。ところが,創竜伝という小説ではそれができないようだ。竜堂兄弟がボロボロになるまでやられ,そこ4人そろってなんとかして勝つ・・・。そんな図式がない。どこで読んだかうろ覚えだが,竜王というのは水,川の象徴である。孫悟空だとかナタクだとかが竜王を倒すというのは,人類が川を制するという治水工事を表しているとかなんとか。なので,竜王というのは決して最強格出なくてもいいのではないかと思うのだ。それでも話は作れたのではないかな・・・。一応,牛種は事実上天界を支配しているようだし,政治力はすごそうなのだけど。ところで,「ナタク」ではなくて「ナタ」が正しいという指摘はあるだろうが,僕は安能務や藤崎竜で育っているので,どうしてもナタクといってしまう。すまんな。封神演義 1【電子書籍】[ 藤崎竜 ]
2019.11.15
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7~9巻にかけて行われた中国編だけど,田中芳樹も大好きな中国だからとノリノリで書いているんだろうなぁ。この8巻はそんな中国編の真ん中にあたり,かなり面白い展開になっている。 あらすじだけれど,竜堂兄弟は自分たちのルーツをたどり,竜泉郷にやってきた。 竜泉郷事態にはたいした手がかりはなかったものの,仙女に導かれて仙界にやってくる。 仙界は西王母だとか漢鐘離を始めたとした八仙だとか,著名な仙人が幾人も登場し,また仙人の持つ秘密兵器「宝貝」なんかも登場する。 最終的には,タイムマシンで過去の黄帝と蚩尤の戦いに干渉したりする。 上記のあらすじのとおり,8巻はなんとも見所が多い。特に漢鐘離という仙人は竜堂兄弟に負けず劣らず皮肉屋で,また議論を見ていてもたびたび竜堂兄弟をやり込めており,知的レベルも非常に高い。 創竜伝の世界観において,竜堂兄弟を戦闘力や知的レベルで上回るというキャラは等々に貴重である。 さすがに田中芳樹も八仙である漢鐘離に配慮したのか,単純に漢鐘離が好きなのかもしれない。 また,これまでよく分からなかった牛種であるが,結構すごい奴らであったっぽいことが語られる。 どうやら玉帝とかいう天界の支配者はここ数千年姿を見せていないようだが,どうやら牛種に乗っ取られたか,幽閉されたか,死んでいるかということが示唆されている。 正直,蚩尤が白竜王に瞬殺されたり,これまで牛種に強い描写がほぼなかっただけに,敵の強さアピールは燃えるところである。やはり敵が強くないと話が盛り上がらない。 ところで,封神演義でおなじみのマジックアイテム宝貝がこの巻で登場する。 安能務が封神演義の翻訳,という体裁で独自の小説を完結させたのが1989年。創竜伝の8巻が出たのが1992年だから多少の影響があったのかもしれない。 また,仙人キャラについてこの巻では漢鐘離や西王母が登場するが,西遊記の孫悟空や封神演義のナタクといった竜王を打ち負かしたキャラは登場しない。こういう,竜王を打ち負かしたキャラが出てきてもいい気がするのだが,田中芳樹は竜堂兄弟以上のキャラをあんまり出したくないのだろうか・・・。 なお,そんな孫悟空やナタクに勝るとも劣らない次郎真君こと楊ゼンは次に登場する。これはこの次の話だね。 封神演義(上)【電子書籍】[ 安能務 ]
2019.11.11
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創竜伝も6巻から第2部の海外編が始まったのだけど,6巻のアメリカ編に続き,7~9巻にかけて舞台は中国になる。田中芳樹は中国ひいきなところがあるが,このあたりは結構楽しんで書いているようである。おおざっぱなあらすじだけど,竜堂兄弟は竜泉郷を目指して中国にやってきた。なんでも竜泉郷の場所は黄大人の兄である黄老が知っているというので,まずは政治犯として青海省で投獄されている黄老を助けに向かう,という形になる。話は全然変わるんだけど竜泉郷って『らんま1/2』の呪泉郷と響きが似ているよね。らんまも創竜伝も1987年スタートなので単なるネタかぶりかもしれない。というか,創竜伝以外で竜泉郷という言葉を見ないので,作者の創作なのか元ネタがあるのだろうか・・・。この巻の見所としては,黄老の破天荒な人物設定だろう。初対面の竜堂兄弟の前で,黄忠の66代目の子孫を自称してみたり,皮肉屋で楽しい爺さんである。かなり衒学的で思想的には全面的に賛成しかねるところもないではないが,これはこれである。ネタバレすると黄老は14巻であっさり物語から退場してしまうのだけど,色々悲しい。また,黄老よりも先に触れなければならなかったのが,小早川奈津子の登場である。もともと敵が弱すぎて緊張感がなかった創竜伝なのだけど,小早川奈津子は本当にもったいないというか,物語をぶち壊してきているキャラだと思う。もともとの出自を見れば,1巻のラスボスだった「鎌倉の御前」の娘で,竜種の血を体に入れているしか超人的な身体能力を発揮するという,スペックだけなら竜堂兄弟にも匹敵する女性である。ただ「身長は続とほぼ等しいが,体重は二倍以上」(新書版32頁)と記載されている肥満体で,55歳のオバチャンである。とどめに,明らかに頭が悪い。たぶん,菊地秀行の小説にたまに登場するでぶの戸谷順子あたりをモデルにしたんじゃないかと思われるキャラなのだが,どうも好感が持てない。魅力に欠けるのだ。せめて小早川奈津子は20代くらいと若く,右翼思想を持っていても頭は切れるというキャラにならなかったものか。言うならば,醜い薬師寺涼子といったところ。正直,僕は著者の「薬師寺涼子の怪奇事件簿」を読んだとき,「えっ,このキャラ小早川奈津子を若く,美人にして右翼思想を左翼思想に変えただけで本質的には同じじゃん?」と思ったものである。なお,薬師寺涼子については「ドラキュラもよけて通るドラよけお涼」という異名から『スレイヤーズ』の主人公リナの「ドラゴンもまたいで通るドラまたリナ」と名前が似てたり,その破天荒な性格からリナのコンパチではないかと諸説ある。両者とも「悪人に人権はない」とか言っちゃったりするからな。新装版 薬師寺涼子の怪奇事件簿(1)魔天楼 (KCデラックス) [ 垣野内 成美 ]創竜伝という世界の構造的な問題なのだけど,右翼的だったり政府よりな思想を持つ者はそろいもそろって人品は卑く,知能は低く,能力はないが傲慢というキャラになってしまっている。ここで「鎌倉の御前」は数少ない例外で,明確な悪人ではあったが大物感があったし,知能は高く,傲慢であるが能力があった。こういう,魅力的な悪役というのがほしいんだよね。あと,ランバート・クラークがいろいろあって牛頭人体のバケモノに変身した。初見のときはあれだよ,「敵方にパワーアップイベントが来たのか!?」と思ったものだが・・・。このあたりはまた感想を書いていくことにしよう。
2019.10.28
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外伝を挟んでからの本編,第2部が始まるのがこの創竜伝6巻「鮮血の夢」である。 1~4巻までの第1部は日本を舞台だったのだけど,この2部からの物語は海外での展開になる。 おおざっぱなあらすじとしては,4巻ラストで竜に変身した竜堂兄弟がアメリカに流れ着くのだ。1週間ほどはカナダまでの国境近くの田舎でスローライフを楽しむのだが,四人姉妹の超能力者軍団が攻めてきたことで田舎町を飛び出し,また派手な戦いが始まるのだ。 舞台を変えたことで地の文では日本への罵倒よりも,各国の政府の腐敗を指摘する方向にシフトしているような気がする。 文化大革命がどうとか,天安門がどうとか色々と時代を感じる描写はあるものの,始兄さんが『反三国志』を黄大人のところで見つけるシーンはほっこりする。 当時(1990年)はまだ『反三国志』は翻訳されていなかったんだなぁ・・・。 今回の見所としては,新キャラであるランバート・クラークだろう。 四人姉妹という財閥グループの次世代を担う30歳くらいの若手幹部である。ネタバレだが,彼が色々あって将来的には頭が牛になったり,なんか妖怪じみた存在にもなるのだが,いうならば第2部のボスキャラということになるだろうか。 ただ,このランバート・クラークというキャラはどうも,今ひとつ魅力に欠ける・・・。 もともと,いいとこの坊ちゃんみたいな優男で,どこか頭の足らないところがあるような感じではあったが,それも好意的に読めば底知れぬ印象を出してはいたと思う。ただ,彼のメッキはわずかに登場から1巻で剥がれてしまうのがちと残念。 たとえば,水池に「うるさい,このおしゃべりなホモ野郎!」と罵倒されると,明らかに冷静さを失って捨て台詞とともに通信を切ってしまったりする(新書版146頁)。このあたりは昨今のLGBTに対する配慮のなさを感じる場面である。いや,「ホモ野郎」が悪口として成立するのかな思うのだけど。 また,ランバート・クラークはどうも「オタク男子」の傾向があり,私室の本棚には日本製C級VTRが並んでおり,博多人形やひな人形が所狭しと並べられている。所見ではなんか親近感のわく悪役だなぁ,憎めないところがあるなぁ,とまで思った。 そこは別にいいんだけど,終がランバードの私室を破壊しようとすると,「やめてくれ,それだけは!」といって四人姉妹の大君たちがチューリッヒにいることだとか,50億人抹殺計画についてベラベラとしゃべってしまうのだ(新書版175~176頁)・・・。 親近感を通り越して,どうも敵としての魅力がないな。 4巻くらいの感想でも書いたけれど,創竜伝において竜堂兄弟を組織力,権力,財力を別として,暴力でも,知力でも上回る敵対勢力というのは基本的に存在を許されない。それはちょっと残念かな。 なお,そのうち竜堂兄弟を震え上がらせる小早川奈津子というモンスターおばちゃんが出てくるけれど,方向性はかなり違うんだよな・・・。 創竜伝6染血の夢【電子書籍】[ 田中芳樹 ]
2019.10.24
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創竜伝という小説は、現在14巻が刊行されているが、たまに唐突に外伝を挟んでくることがある。今回感想を書く5巻と11巻がそうだし、また12巻も実質的に外伝なんじゃないかと思う側面が強い。銀河英雄伝説みたく、ナンバリングから外して外伝として出せば、とおもうところである。 そんな外伝の扱いは、例えるならドラゴンボールの劇場版みたいな感じ。本編とつなげようとすると時系列などで矛盾が生じるけど、細かなことは考えず楽しめばよいのだ。 さて、内容なんだけど、竜堂兄弟は祖父の友人で海東市という架空の都市で学園を経営している日高氏に請われ、海東市にやってくる。 ここで、カルト宗教である「神聖真理教」だとか、海東市の事実上の支配者である巨大自動車会社が、日高氏の所有する学園と土地をねらっており、これと敵対していくことになる。 あらすじ自体が微妙で、僕なんぞ「土地くらい売ってやればいいじゃないか。ちゃんと代替地や金銭をくれるというんだから…」と思ってしまう。カルト宗教は龍脈がどうとか理由があった気がするけど、自動車会社は何でそんな土地にこだわる必要があったんですかね…? ただ、この小説のぶっ飛ばしているところはカルト宗教、神聖真理教の存在である。 「呪を払う痰壷」や「幸運を呼ぶ便器」を高額で売りつけるという、悪徳商法なんかをしているのである。また、最終的にはテロに走る。 悪徳商法なんかは、はばかりがあるから特定出来ないが、あの宗教がモデルかな、と思う。いや、宗教団体が信仰心につけ込んで悪徳商法をやるというのは別に今に始まったことではないから、特定する必要はないのかもしれない。しかし、テロに走るという点は別途の考慮を要する。これ、名前も神聖真理教と似ているけど、オウム真理教と関係あるのでは…? なお、時期を調べると創竜伝5巻は1990年の5月発行。Wikipediaを見ると、オウム真理教は1983年頃から活動をしているが、教団最初の殺人事件と、坂本弁護士殺害事件は1989年で、このあたりから週刊誌がヤバさを報道したりしてるみたい。そして、地下鉄サリン事件をきっかけにオウム真理教の危険性が広く国民に知れ渡ったのが1995年。 時期的に、オウム真理教をモデルにしたか微妙な時期ながら、創竜伝は先進的だなぁ、と思う次第である。 ここから雑談。 まず、「海東市ってどこだ?」という話。初見の高校生時代は巨大自動車会社のある東海地方の豊田市あたりを考えていた。名前が「東海地方」と「海東市」で似てるからね。 ところが、海東市は日本海に面しているという説明がたびたびなされている。 また、名雲財閥が「海東市を中心に日本海中部沿岸地区に強大な勢力を誇った(新書版222頁)」と説明があるのと、続が寒川夫人に「このまま金沢経由で米原(滋賀県)まで出て、名古屋の方から長野県に入るのがいいと思います(新書版139頁)」と発言してことを合わせて考えると、海東市は中部かつ金沢よりも北の位置になければならない。 候補としては、富山県内か新潟県内。それより北だと東方地方になっちゃいそうだし。ただ、新潟・長野間を移動するのに遠回りするにせよ滋賀県米原市まで行くのはやり過ぎだから、富山県内あたりなのかな…。 雑談の2、姓名プラス字警察の話。 ひどく印象にのこってるのが、神聖真理教の教主が、 「きさまは『三国志演義』に出てくる奇門遁行の秘術を知らんのか! 諸葛亮孔明がその秘術を使って敵の大軍を何度も打ち破っているのだぞ(新書版200頁)」 とすごむというシーンがある。 これに対し、始が 「いっておくが、『三国志演義』は小説だ。小説に書いてあるのを本気にするのは、せいぜい小学生までにしておくんだな(同200頁)」 だとか、「中国では姓名プラス字で呼ぶことは絶対しない」と誤りを指摘するシーンがある。 田中芳樹の得意とする、「敵の無教養さを指摘させて主人公の教養をアピールさせるシーン」なのだが、色々思うところはある。 別に、史書に姓名プラス字で書いてるところがあるらしいし、いちいち他人の間違いを専門家でもない人に誇らしげに指摘するのも衒学的でいい趣味とは言えないなぁ、と。 ついでに、「小説の内容を本気にしてはならない」と言う例に、創竜伝のネタ本である「補天石奇説余話」がある。 この本について巻末の座談会では、読者から創竜伝のネタ本である「封神演義」と「補天石奇説余話」はどうやったら手に入るか、という質問に対し、「封神演義」は「講談社文庫から出てる」と回答する一方で、 「補天石奇説余話のほうは、創作上の秘密ということで、全巻完結までは残念ですがお話しできないんです(新書版229頁)」 と言われている。 どうも、男塾の民明書房くさいなぁ…と思う。4巻でも、蚩尤が殷周易姓革命に関与したという記述は補天石奇説余話にしかない、と言われてたし。 ネットで検索しても、補天石奇説余話については情報がほぼ得られない。出てくるのは創竜伝とセットになってるページばかりだ。 恐らく、偽書の類いだろうな、と考える次第である。 創竜伝5蜃気楼都市【電子書籍】[ 田中芳樹 ]
2019.10.22
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創竜伝という小説をある程度のまとまりで区切るとすると,4巻は一つの区切り,第1部完結というべきターニングポイントとなる。 もともと,創竜伝の1巻に巻数表示がなかったので,1巻それ自体をもって第1部「鎌倉の御前編」完結としてもいいかもしれないが,まぁ,巻末座談会でも竜堂兄弟は4巻で第1部完結みたいなことをいっているから,やはり4巻が一つの区切りだろう。 さて,これまでのあらすじだけど,世界を背後から操る四人姉妹(フォーシスターズ)だとか牛種とかいう魔族っぽい敵対勢力との抗争を繰り広げる竜堂兄弟であるが,1巻では末っ子の余が,2巻では次男の続が,3巻では終がそれぞれ竜に変身をした。 そんな4巻では,おおかたの予想通り,長男の始兄さんが竜に変身するということになるのだ。 見どころとしては、竜に変身した始が大暴れし、ついでに弟たちも竜に変身し、四体の竜が一挙に登場するというところなのだろう。 ただ、それにも増してヤバいのが物語冒頭、終こと西海白竜王と蚩尤の対決シーンである。 冒頭、余は夢を見ているわけだが、その夢の中では余は北海黒竜王になってる。 余以外の三竜王が「殷の紂王」の軍と戦っているだとか言うから時代は殷周易姓革命の時代。そして、白竜王の「周滅びて殷つづくときは、牛種の勝ち。殷滅びて周興るときは竜種の勝ち。天界が命数を定めたるところ。」と発言しているところから、どうも殷周易姓革命が牛種と竜種の代理戦争だったぽいことが語られる。 で、夢の終わりには白竜王が蚩尤と対決し、一刀両断、まっぷたつにするのだ。 このシーンは初見のときもかなり悩んだことを覚えている。 まず、スケールがどうも大きくなりすぎた。竜堂兄弟がケチな財閥と戦うと、そんな次元ではなくなってしまう。 また、対戦相手にも問題がある。蚩尤といえば、中国神話でもトップクラスの重要キャラだ。黄帝をも打ち負かしたことがあるとすら言われてる悪神だから、例えばギリシア神話ならテュポーン、北欧神話ならフェンリル狼くらいの強敵になるのかな。 こんな、ラスボスでも良さそうな蚩尤を、雑魚っぽく描写しちゃうのはどうなんだ。たとえ竜堂兄弟の強さを前つけるにせよ、やりすぎではなかろうか…。 この機会に語っておこうと思うが、創竜伝という小説が『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』より明確に劣る点は色々あげらるだろうが、「敵対勢力に魅力を感じない」というのは大きいと思う。 とにかく、創竜伝の敵対勢力はびっくりするほど傲慢で、無教養だ。戦闘力は多少はあるにせよ、竜堂兄弟を上回る者は出てこないので、読んでいても緊張感がない。なので、正直言って、どんな敵がいたのか、ほとんど記憶に残らない。 『銀河英雄伝説』ならラインハルトとヤンがそれぞれ敵対勢力をやってて、『アルスラーン戦記』なら暴君アンドラゴラスや鉄仮面ヒルメスと、主役チームを上回る敵がいた。この辺は残念なところである。 一方で、竜堂兄弟はたまに誘拐されるなり、物語展開上仕方ない場面を除けば、戦えば基本的に負けはない。また、思想的には無謬であって、竜堂兄弟の思想は常に正しく、間違えるということはない。 周囲の人間が過剰に竜堂兄弟を持ち上げたりはしないものの、流れとしては現在(2019年)に隆盛を誇っている異世界転生、チート主人公の活躍するラノベに非常に近いところを感じる。 だから売れたのだろうと思うが、もう少し魅力的な敵も欲しかった、と思うところでもある。 創竜伝4四兄弟脱出行【電子書籍】[ 田中芳樹 ]
2019.10.22
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本来ならば,最新の14巻より先に感想を書くべきだったが,いろいろあって遅れた3巻の再読感想を書いていこう。 あらすじ まず,おおざっぱなあらすじとしては,三男坊の終が誘拐されてしまうのだ。残った兄弟たちは従姉妹の茉理とともに終の救出に向かい,終の方も大暴れする。 最終的には,ピンチに陥って竜に変身した終と,始兄さんの力で竜に変身した余がさながら怪獣映画のように激突し,双方相打ちというか,そんな形で2人とも人間に戻って完結・・・という形になる。 反権力小説としての創竜伝 もともと創竜伝という小説は,当時の分類としては伝奇小説というものだった。いまは「伝奇小説」という言葉自体が死語になりつつあるが,現代風にいえば「大人向けライトノベル」とか「痛快アクション小説」というところか。 創竜伝はそういう,ラノベ的な楽しみ方ももちろんできるし,それが本筋なのだけど,著者が読者の教育・感化しようとする姿勢が見られる。 特に,3巻が創竜伝という小説の中で,左翼小説というか,反政府的な小説としての1つの大きな転機にったのではないかと思う。 もともと創竜伝という小説は,汚職政治家だとか,権力にへつらう小人やえせ愛国者をことさら醜く描く傾向があった。ただ,それは田中芳樹の初期昨,『銀河英雄伝説』の時代からそういう傾向は一貫していて,これは著者の思想を反映していたのだろうと思う。しかし,完全に架空の『銀河英雄伝説』などで描かれる汚職政治家やえせ愛国者はあくまで,モデルがあるにせよ,「いつの時代にもいたであろう汚職政治家」であった。 そうであるから,僕が30年以上前に発表された『銀河英雄伝説』を読んでいても,「今の首相ってトリューヒトみたいだなぁ」とかそんなことを感じることができた。 それがこの創竜伝は3巻くらいから具体的な年号や事件,数字を記載し,これを批判する傾向が強くなったように思うのだ。たとえば,こんなところ。日本政府の年間予算で,軍事予算は全体の,6.5パーセントを占める。一方,文化・芸術関係の予算は0.07パーセントでしかない。(中略)予算額から見れば,日本が文化大国であるか軍事大国であるか,応えは歴然としている(新書版3巻9「第5章 戦車が道をやってくる」7頁より。)ここまで具体的な数字を出さなくてもよいとは思うのだ。ただ,具体的にこの予算の数字は何年のか作中では明らかにされていないが,発行時期である1988年ころの数字だろう。 こういうもっと『銀河英雄伝説』みたいく具体的な描写を避けて,わかる人がわかる程度でよかったのではないかな。 また,お隣の花井婦人もこの巻あたりから登場する。当時はネットがなかったものの,匿名で誹謗中傷を繰り返し,愛国者を自称する花井婦人は今ならネット右翼となっただろうな・・・。 しかし,忘れていけないのが,『創竜伝』はベストセラー小説だということ。このあとも著者は『創竜伝』の中で具体的な数字を出し,延々と日本という国の汚点をあげつらう。ファンの僕ですらどうかと思うのに,これがいまならネトウヨみたいな人に粘着され,バッシングもひどかっただろう。ネットがなかった時代だから,というのもあるにせよ,もしやすると『創竜伝』が定期的に出ていた1980年末ころの日本人は,いまよりずっとリベラルだったのかもしれない。 戦車にクーラーはあるのか ファンの間でたびたび語られるのが,竜堂兄弟が戦車を奪取して終救出に向かうところ。 この戦車にはクーラーが設置されていたため走行が薄くなっており,悪路を走っていたら戦車の腹というか,下の部分が瓦礫かなにかで突き破られてしまい,穴が開いてしまうのだ。 このシーンは「装甲を犠牲にクーラーを設置する戦車」への批判的な意見と,「こんな悪路も走れない戦車に多額の金を使うのはまさしく無駄遣いだ」という,著者による政府への熱い批判が込められているのは言うまでもないだろう。 軽くネットで見てみても,こんな悪路を走るくらいで戦車が壊れるかという意見だとか,色々あるようだ。 夏になると,パチンコ屋の駐車場で車の中に放置された子供が熱中症で死ぬニュースが散見されるわけだが,余裕で50度を超え70度になることもあるそうだ。そんなの人間が生きられるはずがないから,正直装甲を犠牲にしてクーラーを設置してもそんなものかとは思うんだけど・・・。 性悪説とその誤用 創竜伝という小説は著者による中国文化・歴史の魅力を大衆に伝えたいという思いがあふれている。特に田中芳樹は間違った中国感がかなり許せないらしく,たびたび無教養な悪役が間違った中国文化を語り,竜堂兄弟にやり込められるシーンが多々存在する。 この巻では「人の性は悪なり」という荀子の思想を誤解し,「人間の本来の性質は悪だ」という叔父を続がやり込めるシーンが登場する(第4章「バトル・オブ・ロッポンギ」より)。 これは著者による読者への教育なんだけど,あからさまだなと思わなくもない。 あと,「人間の性は悪なり」が盛大に誤解されているのは梶原一騎が悪いと思う。いや,確信犯なんだろうけど。僕もたまにあえて誤用するし・・・。 創竜伝3逆襲の四兄弟【電子書籍】[ 田中芳樹 ]
2019.10.17
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この間、「創竜伝は既刊を全部再読してから新刊を読む」と言ったかもしれない。すまん、あれば嘘だった…。だって我慢できなかっただもの。いやー、3巻まで再読したけど、意外に内容は覚えてるし、なんとでもなるって! 創竜伝 14/田中芳樹【合計3000円以上で送料無料】 16年も新刊が出なかった『創竜伝』だが、ここ数年は『タイタニア』やら、『アルスラーン戦記』といった10年以上中断してる作品を次々に終わらせに来てる。『創竜伝』なんか30年くらいやってるんだけど、13巻出てから14巻出るまでに16年もかかってる。ラノベの世界にはこんなことがザラなので、『HUNTER×HUNTER』なんか可愛いものである。 さて、忘れている人も多いと思うので、これまでの『創竜伝』を振り返ってみる。 竜王の転生である4兄弟は、日本にとどまらず、中国とかイギリスとか、世界規模の戦いを牛種という、牛っぽいツノの生えた魔族と戦うのだ。 色々あって、日本に帰ってきた竜堂兄弟が日本でまた暴れるというのがこの14巻になる。 序盤ー京都幕府編 14巻の内容を序盤・中盤・終盤に大雑把に分けてみる。 そんな序盤は小早川奈津子の打ち立てた京都幕府と日本政府の戦い模様である。色々あって竜堂兄弟も京都幕府側にいるのだけど、この序盤はウォーミングアップくらいの感覚である。いや、ギャグパートというべきか。さほど本編である牛種との戦いよりも、小早川奈津子の無茶振りを楽しむ感じ…なのかな。 それにしても、開始早々、右翼の親玉が無価値な山林を関西財務局に18億円で売却し、売却益を政治家、官僚、暴力団、ヘイト団体にばらまいた話なんかが出てくるあたり、『創竜伝』らしいなぁ、と思う。これって、某保守系学園が近畿財務局に国有地を不当に値引きさせたアレをアレンジしたんだろうなぁ…。「ヘイト団体」という、今風の単語は13巻の時点でまだなかったんじゃないかな。 なお、僕はこの小早川奈津子というキャラ、あんま好きじゃない。デブの右翼のオバチャンという、好かれる要素のないキャラだもん。 中盤ー名古屋を目指して 京都幕府から離れた竜堂兄弟は、黄老こと黄世建のいる名古屋を目指して京都、滋賀、三重と警察と戦いながら移動をしていくことになる。 見どころは、続、余の変身じゃないかな。やっぱテンション上がる。あんま軽々と竜堂兄弟は竜の姿に変身してこなかったイメージだったけど、けっこう気軽に変身してる。1〜4巻のころは、1冊で1人がようやく変身するくらいの勢いだったんだけどね。 ところで、この黄老って抗日戦争の英雄だった人ですよね。『創竜伝』が始まった30年くらい前ならともかく、2019年になると黄老って何歳くらいなんですかね…。1945年当時に30歳くらいだとすれば105歳くらい…。 なお、なんでこんな計算をしたかというと、どうも13巻から14巻出るまでの16年が作品に反映されてるっぽいから。 『創竜伝』の世界は1巻の時点で「20世紀末」と近未来っぽい設定だったけど、13巻から14巻の空白の16年もある程度反映はされてるらしく、14巻では唐突にスマートフォンなんかが登場する。しかも、名古屋までの移動中、「自分の命よりインスタグラムの方が大事」と言わんばかりの若者が竜の写真をスマホで撮影してたりして、どう見ても時代設定は2019年ころになってるんだよね。 終盤ーキンピとの戦い そして、最後は共工に変わってやってきた牛種の幹部、「討逆都元帥」キンピとの戦いである。 キンピというやつ、つまり中国の妖怪なんだけど、もとは人間っぽい外見をしてたんだけど、追い込まれるとミノタウロスっぽい巨大な牛頭の化物になる。 このキンピとの戦いがハイライト、最大の見せ場だろう。ここは家長がと始兄さんが青竜に変身するし、キンピの家来的な竜蛇に対しては終が変身して戦うのだ。 正直、水と雷を操る余、炎と氷を操る続に対して風と音を操る終、重力を操る始って地味なんだよね…。風も音も重力も、目には見えないし。 なので、読者サービス的な感じで終も始も竜になりつつも、肉弾戦をやってくれる。なお、締めは始兄さんが数十Gをキンピの頭部にかけて頭を吹っ飛ばすという地味ながら凶悪な攻撃で終わらせた。 いや、地味と言っちゃったけど、目には見えないから逆に恐ろしいよね。流れとしては、始兄さんがキンピをにらめ付けて、キンピもにらみ返して、そこから3〜5秒で突如キンピの頭が爆発だもの。ほぼ予備動作なしでこれはひどい。目に見えないだけ、回避が困難すぎるだろ…。 終わりに 気がつけば『創竜伝』は2020年に出る15巻で完結しちゃうらしい。牛種との最終決戦になるとして、竜堂兄弟が月まで攻めていくのか、あるいは牛種が地球に攻めてくるのか…? ここ10年くらい、僕は「田中芳樹は早く創竜伝の続き出せや」と言ってきた。ただ、それによって『創竜伝』が終わることはあんま考えてなかった。 えー、もうあと2〜3巻くらいできるだろ、と思う。終わって欲しくないのだ。なんなら、未完でも良かった。いつまでも終わらない『創竜伝』の結末を予測したりして楽しめたから。 ただ、やっぱり終わりも見たい。田中芳樹の年齢も66歳。70歳は古稀というが、生きてるのが稀ということだ。ここで終わらせてくれないと色々あるかもしれぬ。 頑張って、完結させて欲しいものだわ。 創竜伝 14/田中芳樹【1000円以上送料無料】
2019.10.12
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日本の総理すら操る影の支配者,「鎌倉の御前」を1巻で倒してしまった竜堂兄弟。日本にとどまらず世界規模になっていくのがこの2巻である。いろいろと見どころというか,乱闘シーンがあるのだけれど,フェアリーランド(たぶんディズニーランド)が崩壊し,ビックボウル(たぶん東京ドーム)が壊滅し,東京港連絡橋が落ち,都庁が破壊される。ノリは完全に怪獣映画なのだが,無辜の民がバンバン死んでいくのは,読んでいて心が痛む…。一応,竜堂兄弟は敵に襲われたので反撃する流れで大破壊が起こるわけだが,もう少しこう,手心というか…。たとえば反撃せずに逃げるとかさ。クライマックスは竜堂兄弟の次男,続兄さんが赤竜になって都庁を破壊するのだ。だいたい変身の経緯というのは大ピンチに陥って,そこで返信する。余の場合は「鎌倉の御前」が適役として出てきたものの,今回はレディLという美女である。このレディLが続にハニートラップを仕掛けてくるのだ。しかし,このレディLは28歳である…。正直,30過ぎの僕からすると28歳というとまさに妙齢というべき年齢だけど,続が19歳だということを考えると,年齢的に微妙である。初めて読んだとき,僕はまだ10代だったので,「この展開はないなぁ…」とか思ったものである。始兄さんが23歳という,およそありえない年齢で共和学園の理事をしていたというのを考えると,レディLの年齢も23とか,あるいは10代後半とかでもよかったんじゃないですかね…。たぶん,今のラノベだと確実にそうなるだろう。のち,小早川奈津子という女傑キャラが出てくるのだけど,あのキャラももう少し若くても良かったんじゃないかな…と思うところもあるが,彼女のことは別の機会に語ることにしよう。あと,当時から凄い覚えていたのが,都庁で始兄さんが傲岸不遜な都議会議員を殴り倒すシーン。始は,「俺は東京都民で納税者だ。だからおまえらのご主人さまなんだよ! 使用人の分際でご主人さまにむかって無礼な口をたたくと,ただじゃおかんぞ。」と怒鳴りつけるのだ(角川ノベルズ版,2巻197頁)。ここ,都議会議員が無礼だというのはそうだが,殴る必要性は全くない。少年期はただ痛快に思ったが,大人になると,「別に殴らなくていいやん」と思う。また,法律家的な発想からすれば,始兄さんの考え方は間違っている。別に納税をしているからどうのではない。子どもや高齢者,病気の人など,納税の義務も果たしていないいるだろう。別に,議員というのは納税をしていない人の使用人でもあるべきだ…と。なので,議員を殴るのなら,前段は不要である。いや,より過激派な意見になったな。最後に,フェアリーランドの話。たぶん,これはディズニーランドなのだろう。著者はこの手の施設がお嫌いのようで,以下のように言っている。「動物の擬人化,あるいは人間の擬動物化は,フェアリーランドに代表されるアメリカ文化の,きわめて気色悪い一面である。動物人間の服を着せ,後脚だけで直立させてよろこぶという心理は,はっきりいって正常ではない,と始は思う。」(角川ノベルズ版17頁)これは弁護の余地もなく誤りじゃないのかな…。日本には鳥獣戯画という,後脚だけで直立するウサギやカエルの絵巻物がある。また,鳥山石燕の『百鬼夜行図』を見ると,後脚だけで直立し,なおかつ服を着ている妖怪カワウソなんかもいる。ちょっと方向性はズレるけど,エジプト神話にいる頭が犬のアヌビス神みたなものもいる。創竜伝を読んでいると,非常に面白いことは面白いのだが,ときとして「これ,竜堂家の方が間違ってない?」という場面がたまにある。このフェアリーランドに対する論評はそういう場面であろう。まぁ,僕なんかもそうだけど,男というものはディズニーランドとかは全く興味ないものだ。ところが,彼女ができるとそうもいっていられなくなる…。なぁに,始兄さんもまだ23歳。そのうち始兄さんも家族サービスでディズニー行くようになるのだろう。創竜伝2摩天楼の四兄弟【電子書籍】[ 田中芳樹 ]
2019.10.10
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永遠に完結しないだろう、と思ってた創竜伝なんだけど、16年ぶりに新刊が出るという。 余裕で10年以上も読んでないから、この機に軽く再読するか…と思ってたが、面白いくて手が止まらない。せっかくの新刊を楽しむため既刊は読み返していきたい。漫画と違って、1日に10冊読むとかは到底できないが、たぶん1月くらいで既刊は読めるだろう。 自分語りから始めると、創竜伝を読み始めたのが高校生くらいのとき。ちょうどこのこのろは、BOOKOFFという新古書店が台頭し、お小遣いの少ない学生でも気軽に長編漫画なんかを買えるようになった時期だ。 このころの僕は、天野喜孝の美麗なイラストにハマっており、画集を買う金もないので天野喜孝がイラストを描いてた小説を買い漁ってた。それは、グイン・サーガだったり、バンパイヤハンターDだったり、アルスラーン戦記だったりする。たしか、アルスラーン戦記の次くらいに創竜伝を読み始めたはずだ。 これが、今で言うとライトノベルというやつ…いや、当時はそんな風なジャンルがなく、伝奇小説とか、なんかそんな風に言われていた。 内容なのだが、10代に読むとヤバイくらい中毒性がある。 簡単なあらすじをいえば、4人の竜王が色々あって日本の4兄弟に転生するのだ。4兄弟は人並み外れた身体能力を持っているだけにとどまらず、徐々に竜王としての力にも目覚めていくのだ。こう書いてみると、今流行りの異世界転生みたいですね…。 で、そんな4兄弟だけれども、当初は日本を影で操る「鎌倉の御前」という、なんか政界のドンみたいな戦ったり、アメリカの兵器会社と戦っていくのだが、しだいに対戦相手は牛種という、ツノの生えた魔族みたいなのと戦っていくことになる。 また、特徴的なのが、著者の田中芳樹が延々と本筋から離れて日本の悪口を言うというあたり。ここは、正直言って閉口するところであるのだが…。 自分語りと、作品のあらすじが長くなったけど、1巻の感想を。 当時はカッコいいなぁ、と思ってた4兄弟の次男、竜堂続なんだけど、今読むと別の感想になる。んー、なんかモラハラしてきそうで、いっしょに仕事とかしにくそう。 また、当時は真面目すぎてつまんないなぁ、と思ってた長男の始兄さんが。どうも苦労人というか、ケッカっ早いヤン・ウェンリーのように思えてくる。 恐らく、というか確実に始兄さんは著者の分身というか、投影なんだろうと思う。口にする思想もそうだし、こういうのが田中芳樹の理想なんだろう。 まぁ、実際俺だって竜堂始みたいに生きてみたいとは思う。 ところで、1巻では「鎌倉の御前」という、総理大臣をも影で操るキングメーカーと戦うわけだ。しかも、この「鎌倉の御前」は竜の血を飲んでて、超能力まで使えるという。 こんな、普通のラノベならラスボスでもいいようなキャラだけど、驚くべきことに1巻で退場である。 もったいないなぁ…と思うが、創竜伝の世界は狭い日本にとどまらないのである。日本のキングメーカーなんかポイである。 やはり、創竜伝は読んでて血がたぎる。忘れていた、10代のころの興奮の何分の1かをあじわえるの本当に楽しい。 創竜伝1超能力四兄弟【電子書籍】[ 田中芳樹 ]
2019.10.09
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20年ぶりくらいに再読した銀河英雄伝説、ついに最終巻きである10巻を読了した。色々と思うところがあるか…というと意外とそうでもないか。8巻の感想でも書いたけど、僕自身の興味はヤンが死んだあたりでけっこう下がってる。銀河英雄伝説(10) 落日篇 (MAG Garden NOVELS) [ 田中芳樹 ]ざっと内容を見ていっても、この巻はラインハルトがゆっくりと衰弱し、ついには死んでいく過程を描いているため、読んでいてややつらい。それ故に、王子の誕生やケスラーの恋愛イベントみたいな心休まるポイントが一服の清涼剤のように感じる。一方で、同盟軍というかユリアン率いるイゼルローン共和政府であるが、もはや帝国軍と対立する存在ではない。そんなユリアンたちイゼルローン共和政府は一発逆転をねらい、特攻をかけるのだ。見所としてはこのあたりになるのだろうか…。そんな銀河英雄伝説についてだが、色々と思うところがある。というか、言いがかりではあるのだろうが。まず第一に、ラインハルトが息子に皇位を継承させたという点。これまで門閥貴族を親の仇のように忌み嫌っていたのに、それをやってしまいますか、という話だ。作中でさんざんラインハルトも息子への皇位継承にはためらいを見せていたが、じゃあやらなくていいじゃないかと。また、ラインハルトが「息子であるアレクには、自分にとってのキルヒアイスみたいな親友を作ってやりたい」と言って,ミッターマイヤーの養子フェリックスを呼び寄せて,友だちにさせる。これ,ラインハルトが父親の情を示す感動のシーンのようにも見えるが,息子たちにも色々と事情はあるだろう。そして,イゼルローン側なんだけど,武力ではどうしても勝てないからと,帝国側に憲法を制定させて,立憲君主制の国に作り替えさせようと動くのだ。この流れがいかにも唐突である。僕が所持している銀河英雄伝説は電子書籍なので,容易に作中の単語を検索することができるのだが,銀河英雄伝説において「憲法」という単語は数えられるくらいしか出てこない。立憲君主制の導入を示唆させることで終わらせるというのなら,もう少し前振りが欲しかったのかな。ちなみに,僕は初めて銀河英雄伝説を読んだときは高校生だったので立憲君主制というものがよくわからず,社会科の資料集を引っ張り出して立憲君主制について調べたという記憶が残っている。僕がこんな行動をしたというのには,ひとえに作中で立憲君主制とは何か,憲法とは何かという点についてあまり説明がなかったから,というのが大きい。どうしても言いがかりが多くなるのだが,とにもかくにも銀河英雄伝説を読了した。全体の感想なのだけど,1巻の黎明編から5巻風雲編までの前半部分は,面白さが巻を数えるごとに大きくなっていく。ところが,面白さのピークは5巻を過ぎたころから徐々に下がってきていると思う。主役の1人であるラインハルトは健康を害し,精彩を欠いていく。もう1人の主役であるヤン・ウェンリーの行動を見ても,戦いたいのか,平和が欲しいのかよくわからず迷走しているといっていい。そして,8巻でヤン・ウェンリーが退場すると,僕の中の興味はそこで尽きてしまう。それでもキャラの人気というか愛着で読み進めてはしまうのだけど。最終巻の「落日編」なんかはあまり見どころがないように思う。1巻の「黎明」ってのはつまり「夜明け」という意味だけど,まさに銀河英雄伝説の面白さは太陽と同じで,中盤で絶頂を迎えた後,徐々に面白さが薄れていき,10巻「落日編」でラインハルトの死とともに終わったという感じかな。さて,そうはいってもまだ銀河英雄伝説には外伝が残っている。そのうち読んで感想を書くかもしれない。あと,初見のときと異なり,僕は弁護士になり,憲法については司法試験に合格する程度,つまり日本人の中ではトップクラスに詳しくなった。そのうち,「銀河英雄伝説に見る憲法」をテーマに記事も書いてみたいものだ。
2019.09.20
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ヤン・ウェンリーが物語から退場した以降の銀英伝は蛇足的な思いがあるけれど,とりあえずの第9巻。銀河英雄伝説 9 (MAG Garden NOVELS)[本/雑誌] / 田中芳樹/著表紙は帝国銀の軍服を着ているからオスカー・フォン・ロイエンタールだろう。左右の瞳の色が違うと完璧なんだけど,この画像だとちょっとわかんないですね…。ある意味で,この9巻の事実上の主役はロイエンタールだろう。あらすじは相変わらずリンクを踏んでもらうとして,見どころは大きく2つ。ロイエンタールの反乱と,それからラインハルトの結婚である。順に,触れていきたい。まずはロイエンタールの反乱の件。振り返ってみていくと,ロイエンタールは折に触れてラインハルトに反逆をするかもしれない,という態度を出していた。同じ帝国軍の双璧であるミッターマイヤーなんかは理想の軍人であり,家庭では良き夫でもあるという,あまり闇のないキャラなのだが,ロイエンタールは悲しい過去があったり,野心的だったり,かなり人間が複雑だったと思う。正直,僕は再読なのだけれどヤンが死んだあとはかなり適当に読んでいただけに記憶も薄く,「ロイエンタールは野心を抑えきれず反乱をしたのだろう」と思っていたのだけど,これが違った。ほぼ完全に忘れていたけれど,ロイエンタールはあくまでラインハルトの忠臣であるのだけど,色々な陰謀の結果,引くに引けない状況になってラインハルトに反逆を起こした,という体裁になっていた。このあたり,正直,非常に分かりにくい。歴史の流れを見ていると,天下統一を果たした君主というのは功臣の粛清をするものである。漢の高祖・劉邦みたいに激烈にやる君主もいるし,源頼朝なんかは弟である義経を殺すまでしてる。家康だってけっこう陰険で,次々と大名を取り潰したりしてる。そういった観点からすれば,ラインハルトが功臣の粛清を始めたとかでもいいと思うんですどね。このあたりというか,物語後半のラインハルトは戦場で正々堂々と戦うことにこだわる反面,汚い手段というか,政治的な解決を嫌う傾向が強く,人間味というのが失せてきている気がするんだ。2巻でヴェスターラントの虐殺を見殺しにて,政治的に利用するというようなやり方を取らなくなる。その辺,どうかな,と思うのだ。あと,ロイエンタールは死ぬ間際,「わが皇帝,ミッターマイヤー,勝利,死」と言い残すのだが,これの意味がよくわからず,後世の歴史家が議論をするというのはたぶんナポレオンが元ネタなんだろうな。確か,ナポレオンも「フランス国民,軍隊,ジョゼフィーヌ」等と言って亡くなったそうだから。それから最後に,ラインハルトが結婚した。物語がロイエンタールの反逆と死という気分が重たくなったろころで,明るい話を入れておく。読後感を良くしようという,田中先生の心意気を感じる。銀河英雄伝説 9 (MAG Garden NOVELS)[本/雑誌] / 田中芳樹/著
2019.09.02
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ついに来るべきときが来てしまった…。20年ぶりくらいに再読を始めた銀河英雄伝説。5巻のバーミリオン星域会戦で事実上、自由惑星同盟が帝国の属国になったのも1つの区切りだが、この巻も2つ目の区切りと言えるかもしれない。いや、物語の終わりといっても過言ではないだろう。銀河英雄伝説 8 (MAG Garden NOVELS)[本/雑誌] / 田中芳樹/著今回の表紙は自由惑星同盟の軍服を着た女性。フレデリカかもしれないけど、若いからカリンだろうと思う。あと、具体的なあらすじはリンク先を踏んで欲しい。このブログでは基本的にヤン・ウェンリーについて、色々と書いていきたい。さて、ネタバレしてもいいと思うけど、この巻でヤンは死ぬ。悪名高き「魔術師、還らず」である。銀河英雄伝説を知らない人がこの記事を読んでいるとは思えないが、ヤン・ウェンリーはこの小説の主人公のうちの1人である。三国志で言えば、劉備玄徳みたいなものか。高校生時代の僕は、ヤンが死ぬという想定外の出来事に驚き、「せめて死ぬとしたら最終巻じゃない? あと2巻は何するんだよ…。」と思ったものである。劉備玄徳の話をしたが、ちょうどこの8巻を読んでいたのは、東京で三国志展を見た帰りの新幹線の中だった。ヤンが死ぬ、テロリストの凶弾に倒れる、そのことは知っているので、なかなか話を読みたくない。なんとも心憎いのが、この時期の田中芳樹の筆力の高さである。恐らくは、田中芳樹の全盛期だ。田中芳樹は、けっこう作中で登場人物を、それも人気キャラを殺す。人気キャラには、格好良く散るものもいれば、ほぼ無意味に死ぬ者もいる。ここで大切なのは、格好良く死ぬ者はもちろん、ほぼ無意味に死ぬ者にも見せ場というか、無意味なりに意味があるというところ。たとえば、ヤン・ウェンリーが死ぬとき、ついでにと言ってはなんだが、同行していたパトリチェフやブルームハルトも殺されてしまう。この2人は、ヤンを助けるため、彼らなりに努力し、それぞれに命を投げ出した。巨体ながら大した戦闘力を持たないパトリチェフは、「よせよ、痛いじゃないか…」と言いながら蜂の巣にされたが、死んでもその巨体でドアを塞ぎ時間を稼いだ。ブルームハルトはたった1人で7人以上のテロリストを倒すが、重傷を負う。そして、救援が来たことから、「ヤンが助かった」と誤解をしつつ死んでいく。パトリチェフの「よせよ、痛いじゃないか…。」はありそうで、いかにもパトリチェフらしい。そして、ブルームハルトにしても、結果論だが彼のやったことは無駄だった。でも、それでいいのだ。彼らはまばゆいばかりに輝いているのだ。失礼を承知で言うけど、たとえば田中芳樹が近年完結させた『アルスラーン戦記』あたりを読みくらべると「銀英伝に比べて、アルスラーン戦記の死なせ方が雑だな…」と思うところもある。死なせればいいってもんじゃないんだよ…。脱線したが、ヤン・ウェンリーに話を戻す。小説の登場人物というのは、基本的に作者の分身だという考え方があるが、ヤン・ウェンリーという人物はまさしく田中芳樹の分身なのだろう。ヤンの、「権力に対しては批判的で、愛国心を煽りながら自分は後方にいる政治家は大嫌い」という心情は、他の田中芳樹の小説を見てても、多くの主役級のキャラが持っている傾向だし、「普段はだらしないけど、本気を出すと有能」というのも1つの完成された魅力を持つ。じゃあ、なぜヤン・ウェンリーはここで死ななければならなかったのか?1つの答えとしては、田中芳樹がヤンを負けさせたくなかったからではないか、と思う。ヤンは不敗の名将である。5巻でラインハルトとはバーミリオン星域で戦ったところ、戦術的には勝利していた。また、8巻のイゼルローン回廊の戦いでもラインハルトと直接対決をしたが、このときは勝てもしなかったが、負けもしなかった。帝国が撤退したというところを見れば、勝ちと判定しても良いかもしれない。しかも、ヤンは圧倒的に少ない兵力でそれを成し遂げた。そして、作中でも繰り返し、ヤンは不敗だったということが説明されている。かように、ヤンは戦術に関しては天才的だが、政治力が全くない。読んでてつくづくそれは思う。以前、「6巻以降のヤンは迷走してるように見える」と感想を書いたが、やりたいことが見えてこない。どうしても、2人の主人公で戦術のヤンと戦略のラインハルトと設定した以上、戦略が勝るのは必然である。しかも、回廊の戦いでは、フィッシャーが戦死したことでヤン艦隊の機動力は激減してる。もう、ヤンの未来はラインハルトに膝を屈するしかないのだ。しかも、6巻での流れからしてもそうだが、ヤンは帝国の支配の下では生きられない。反乱をしてしまうからだ。そうなれば、物語を終わらせるには、ヤンは死なせるしかない。ただ、著者としては、自分の分身、自分の理想の主役であるヤンを戦場で死なせたくなかったんじゃないかな…。だが、テロリストに殺されるなら、事故みたいなものだ。ヤンは負けたわけじゃない。そんな背景があったのかもしれない。ぶっちゃけ、ヤンが死んだあとの銀英伝はオマケみたいなもんである。ラオウが死んだあとの『北斗の拳』みたいなもんか。最終巻でヤンを殺せない以上、ここらで殺しておくしかないんだよね…。あとは事後処理というか、広げた風呂敷を畳む作業に入らなければならい。そらに2巻を必要とした。そんなところだろうか。銀河英雄伝説 8 (MAG Garden NOVELS)[本/雑誌] / 田中芳樹/著
2019.08.29
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古い友だちと東京博物館へ三国志展に行ってきました。住む場所も違う3人で,「我ら生まれた日は違えども,三国志展に行く日は同じ!」を合言葉に300キロくいらいの旅行をしたのだ。そんな旅行のお供が,駅の書店で衝動買いしたこの『項羽さんと劉邦くん』である。項羽さんと劉邦くん 少年は阿房宮を目指す (LINE文庫エッジ) [ 春日みかげ ]リンク先にもあらすじが書いてあるのだが,これは要するに今はやりの異世界転生ネタを『項羽と劉邦』でやるという形になる。主人公の27歳会社員が過労死して,劉邦として転生するのだ。単なる異世界転生にとどまらず,劉邦以外の英雄たちは女性に性転換している。そんなわけで,項羽だとか張良だとか夏侯嬰といったキャラは女の子になっている。もとが社畜だった主人公である劉邦はスローライフをしたいと思うものの,美少女である項羽に一目惚れし,始皇帝打倒を決意する。だいたいこんな流れになる。ちなみに,タイトルは「項羽さんと劉邦くん」だけど,項羽は基本的に「項羽ちゃん」で呼ばれていて,「項羽さん」と呼ばれる場面がほぼない。感想なのだが,まずは良い点として劉邦の股肱の臣だった蕭何,盧綰,曽参,夏侯嬰,樊噲などが生き生きと描かれているところである。劉邦より4歳上と設定されている姉キャラの蕭何を別として,盧綰,曽参,夏侯嬰,樊噲などは劉邦を兄と呼び慕う妹キャラとして設定されている。4人もの妹キャラがいればキャラかぶりが起きそうなのだが,見事にこれを回避して書き分けているのは瞠目に値する。特に僕が驚いたのは盧綰である。盧綰は『史記』などで,劉邦の隣の家で,同日同時刻に生まれた幼馴染で,それ以外はキャラ付けの薄い人物であったが,本作では「義理の双子の妹」という,よくわからん設定に加え,名前が盧綰(ろわん)だからか,犬っぽいキャラにされ,がぉーとか,わんわん言っている。僕はこんな盧綰みたことがないし,これからも本作以外で見ることはないだろう。史記では比較的に薄味の盧綰ですらこれであるから,その他も結構すごい。ツンデレ妹の夏侯嬰は劉邦をかばって投獄され,ラノベ風にマイルドにされたとはいえ「人豚」の拷問を受け,手足を縛られて犬食いを強いられたり場面なんぞ笑いを通り越して感動したものだ。逆に,あまり良くなかった点は項羽のキャラの弱さだろうかな。もともと,『項羽と劉邦』は史実では競争相手,敵同士だったわけでもともとからみが少ない。盧綰,夏侯嬰,曽参,樊噲なんかはもともと劉邦とのからんだ逸話があって,それを膨らませて著者が味付けをしているのだろうけど,史実で項羽が劉邦と仲良くする逸話なんてそうそうないわけだし。なので,この点は残念かもしれない。ただし,これは話が続くうえで改善というか,キャラ付けができる余地があるからなんとかなるのかもしれないが。そして,ラノベなので歴史オタク的な人が満足できるかと言えばそうじゃないかもしれない。たとえば,作中で項羽はたった28騎で敵の大群に突撃し,打ち負かすというシーンがある(272~238頁)。あまり軍隊の数字を出さない本作が,具体的に「28騎」という数字が3回も出してくるのだけど,これはもちろん,項羽の最後の戦いから借用したのだろう。『史記』によると,項羽はたった28騎で漢軍を突破するのだが,2騎を失うのみだった,というやつである。本作を見ると,項羽は1騎も失うことなく敵軍を打ち負かしているが,どうせこの場面を借用するのなら,項羽に臣下2騎を失わせて「2騎を失うのみだった」までやるべきだろう。確か,海音寺潮五郎などはこの2騎兵を失う「のみ」と記述した「のみ」の一語には,『史記』の著者である司馬遷の万感の思いが込められていると絶賛していたはずである。あと,始皇帝が「我が法家思想の師・韓非子いわく,人間の性,悪なり。偉大なる志を果たすためには,いかなる者を欺き騙しても構わん。」(238頁)と独白しているが,これはどうなんでしょうね。いや,異世界転生だから現実の歴史と違うと言われたらそれまでだけど突っ込みどころは非常に多い。たとえば,性悪説を出すなら荀子だろうとか,始皇帝が韓非子を師とするのは違うんじゃないかとか,韓非子は法で人間が悪事をしないように縛るべきと唱えたのであって,志のために悪事を肯定するのはマキャベリズムの方が近いんじゃないかとか。とりあえず,本作では劉邦の活躍により始皇帝が崩御した。結構なスピード展開に思えるが,むしろ史実では劉邦の活躍は始皇帝の死後から始まるのだ。このあと,項羽と劉邦による漢中を目指してのレースだとか,韓信の加入だとか,色々とイベントはあるのだが,それをどうアレンジするのか,気にはなる。ところで,僕は三国志展に同行した中国史専攻の院卒の友人に本作を感想を聞かせてほしいとお願いしたのだけど断られた。世知辛いね。項羽さんと劉邦くん 〜少年は阿房宮(ハーレム)を目指す〜【電子書籍】[ 春日みかげ ]
2019.08.26
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気がつけば銀河英雄伝説の再読も7巻に到達。表紙は同盟の軍服を着ていて若いからアッテンボローあたりかな。 銀河英雄伝説 7 (MAG Garden NOVELS)[本/雑誌] / 田中芳樹/著 さて、7巻の見どころはやはりマル・アデッタ星域会戦になるのかな。 序盤から頼れるお爺ちゃんという感じだったビュコックがついに戦死してしまうのだ。 戦場に向かうビュコックと、青年士官の会話が好きなので、をちょっと引用してみよう。 「閣下、私もおともします」 「貴官は何歳だ?」 「は? 27歳ですが…」 「ふむ、残念だな。30歳以下の未成年は、今回、同行することはできんよ。これはおとなだけの宴会なのでな」 (『銀河英雄伝説』7巻、第2章より) なんとも格好良いではないか。 若いの特攻させておいて、自分は後方で生き延びた旧日本軍とは違いますわ。 なお、このあとビュコックは紙コップ入りのワインを掲げ、「民主主義に乾杯!」とやって散っていくわけだ。 格好良いことは、そうなんだけど、別に民主主義に乾杯しなくてもいいのではないかと思う。例えば、「自由に乾杯!」ならサマになるのだが、民主主義は自由だの平等だのを達成するための手段にすぎず、それを至上のものとしなくてもいいのではないか。 ちょうど、こうしてビュコックが戦死したのと同時期に、我らがヤン・ウェンリーはイゼルローン要塞を奪還する。 これもヤンの知将たるゆえんの成果であり、高校生時代の僕はヤンの活躍に目を取られていたが、大人になると色々と考え方も変わってくる。 また、このヤンの活躍はたしかに心踊るものがあるが、すでに銀河帝国が宇宙のほぼ全てを掌握してるっぽい。そうすると、イゼルローンを奪還してどうするのか、大勢に影響はなあのではないかという気持ちにもなる。 前に6巻の感想でもかいたけど、6巻以降のヤンの行動を見ていると、どうも長期的な見通しというか、最終的にどうしたいのかというのご見えてこない。 あと、ロイエンタールにも色々あって、子どもをつくった。 銀河英雄伝説という小説は、僕の中でピークは5巻だと思ってる。それ以降は前述のとおり見通しがないまま放浪するヤンや、健康を害していくラインハルトなど、キャラクターの勢いや活力も落ちているように思うのだが、ロイエンタールは別だ。 帝国の三元帥のうち、オーベルシュタインには義眼だとか、人間味を感じない冷徹さ、マキャベリストという氷のような個性があった。ミッターマイヤーには「疾風ウォルフ」という神速の用兵が得意だったり、愛妻家だったりと、これまた個性は強かった。 翻ってロイエンタールである。金銀妖瞳という、左右の瞳の色が違うという身体的な特徴が与えられているものの、野心家であるにせよ、どことなく暗く微妙なキャラだった。 それが徐々に個性を得て、存在感を増していく、そんな感じがする。 さて、次は問題の8巻なんだが…。正直あんま読みたくないんだよね。もしかしたら、更新が遅れるかもしれない。
2019.08.22
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折り返し地点を超え、まとめに入ってきた銀英伝。感想を書いていく。 銀河英雄伝説(6) 飛翔篇 (MAG Garden NOVELS) [ 田中芳樹 ] 地球の歴史 見どころは色々あるのだけど、1つ目は地球が荒廃するに至った経緯が冒頭で1章を使って説明されるところ。ちなみに、1巻冒頭でもゴールデンバウム王朝の成立が章立てで語られたが、それと対比しているのかも。 この銀河英雄伝説の世界では、もう人類が地球を飛び出して宇宙で生活をするようになっているのだけど、とにかく地球の評判が悪い。作中のキャラは地球と聞くと、「地球って、あの歴史の授業で習ったのね。詳しくは知らないけど」みたいな反応だし、地球が宇宙の覇権を取ろうとしてるとなると「今さら地球とか…」みたいな反応になる。 とにかく辛辣な背景には、地球による搾取の歴史があったことが語られる。この、地球から独立すべくシリウス星系第六惑星ロンドリーナのラグラン市の生き残りである「ラグラン・グループ」が戦うのだが、ここだけで1つの小説が出来そうである。 特に、このラグラン・グループの中の陰謀家、チャオ・ユイルンが僕は非常に気に入ってる。彼は、私生活ではパン屋の釣銭をごまかすことすら出来ない内気な青年ながら、権謀術数をやらせると悪魔的で、地球軍の要人を次々と抹殺していくのだ。そして、地球との戦いが終われば、引退して子どもから慕われる音楽学校の「優しい校長先生」をやるのだ。 悪魔的な智謀を持ち、それを実行しながら人間味を持つという二面性が、僕はたまらなく好きだ。この話だけで外伝1冊書けるというのに、勿体ない。いや、これをあっさり終わらせるあたりが全盛期の田中芳樹の構想力なのかもしれぬ。 キュンメル事件 見所の2は皇帝になったラインハルト暗殺未遂事件だ。 これの実行犯が、のちにラインハルトの妻になるヒルダの従弟なのだが、激怒したラインハルトが拳で実行犯を殴りつけるあたりは本当に好きな場面。 なんだかんだ、ラインハルトは皇帝就任後は明らかに精彩を欠いて行くのだが、たまにはこういうところも見せてほしいのだ。 ユリアン史観 一方で、ヤン・ウェンリーはというと、僕は正直言ってさしたる見どころはないかな、と思う。 いや、やってることを見ると、レンネンカンプを出し抜いて同盟軍を脱出するわけだから、やってることはド派手である。しかし、なんか気にくわない。 初見のときもそうだったけど、地の文があまりにヤンを贔屓しすぎていないか、という点があまり気にくわない。実際、ヤンはバーミリオン星域会戦後、書類上はポプランたちが死んだことにして、多数の軍人を逃している。また、イゼルローン要塞には、後日簡単に奪還できるよう、仕掛けをしていながら、これを帝国には黙ったままだ。 「ヤンに反意あり」と考えたレンネンカンプの判断には、基本的に間違いはないんじゃないかな。だが、これが地の文だと、「いかにも無実のヤンが不当に逮捕された」ような書きぶりである。 はっきり言って、帝国は無駄にヤンを生かしておくのではなく、適当な理由をつけて殺すなりすれば良いのだ。それをしないから、こういうことになる。 一方で、後世の歴史家が「ヤンの行動に一貫性がなく、哲学がない」というようなことを言うようだが、それはそうだろう。共和制を守りたいなら、引退して年金生活する前に、自ら政治の世界に打って出るなど、色々やり方もあったろう。 そんなわけで、ヤンは虎視眈々と、機会をうかがっていたのではないかな、と思う。 ちなみに、昨今は「銀英伝はユリアンがまとめた史書であり、ヤンが過大評価されている」と考えるユリアン史観なる考え方があるそうだけど、このあたりはまさにそうなんだろうな。 表紙の話 ところで、今回の表紙は同盟軍の軍服の少年だからユリアンだろう。彼も地球を冒険したり、カリンと出会ったりしてるが、割愛である。まぁ、ユリアンはそのうちじっくり見ていくから…。 銀河英雄伝説(6) 飛翔篇 (MAG Garden NOVELS) [ 田中芳樹 ]
2019.08.17
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主人公の姉弟子,空銀子が熾烈な三段リーグに挑む『りゅうおうのおしごと』11巻を読んだので,感想などを書いていく。りゅうおうのおしごと!11【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]表紙を見たとき,てっきり「過去編でもやるのかな…?」と思ったけれど,銀子の挑む三段リーグと,過去の話を交差して描いていく形になっている。主人公の八一や銀子たちが幼児として登場していることもあってか,いつも登場していた小学生女子たちは申し訳程度の出番しかない感じになっている。あの小学生たちはさんざんこれまでメイン級の扱いを受けていたからね。たまには,不遇だった姉弟子にスポットが当たってもいいだろう。いや,姉弟子は本当に不遇なんだよね。まともなラノベならば間違いなくヒロインやっていいほどの潜在能力を持っていながら,出演している作品が作品なだけに…。さて,中学生で女流では敵なしの銀子だけど,過酷な三段リーグで連敗をし,精神的にドン底に陥ったのが前巻である10巻。この11巻では姉弟子の復活と過去話が描かれる。その中で突如として登場した設定として,銀子が「心臓病を患っている」というの。病弱路線で攻めてきたわけですよ。あと,作中,主人公の八一の故郷である福井県の温泉などに傷心旅行に行くのだ。僕は福井で1年の司法修習をしていた関係で,福井にはすごくうるさい。そんな中,自殺の名所,東尋坊なんか売店があったり,公共交通機関では行きにくい場所なので,ちゃんと主人公たちがタクシーを使って移動するシーンを描いていたりして好印象である。いや,著者の白鳥先生は将棋だとか農業だとか,細かな取材をしっかりしていて,そこらの凡百のラノベ作家とは格が違うと感心する。ただ,八一が福井駅から乗り換えた無人の電車,たぶん九頭竜線だと思うんだが,こっちは乗ったことないからわからない。田舎の人は普通,車使うし…。さて,この巻ではここまで不遇だった姉弟子がここぞとばかりに可愛さをアピールする。もっとも過去の2歳くらい,将棋を覚えたころまで遡って,現在までを姉弟子の視点から物語を再構成するのだ。そうすると,景色がいろいろ変わってくる。クールに,余裕ぶって勝っていたように見えた姉弟子だったが,感情をそこまで見せないだけで心の中はそうでもないんだな,というの。姉弟子を好きになれ,と言わんばかりの怒涛の攻めに結構驚いた。ネタバレは一応避けるけど,ヒロイン力は絶頂を迎える。それと呼応するように,将棋の腕前も覚醒する感じ。著者は7歳下の嫁さんと結婚しているものの,八一は別にそうなる必要はないわけだから,色々あるのかもしれない。さて,ここから雑談。姉弟子は三段リーグを勝ち抜くにあたり,「やべー奴ら」と戦わなければならない。藤井聡太をモデルにしたような椚創多(くぬぎ・そうた)は筆頭レベルでヤバかったが,幼いころの八一や銀子の世話をしてくれた鏡洲飛馬(かがみず・ひうま)なんかもヤバい。特に鏡洲飛馬ってたぶん,名前が似ているのとキャリアを見る限り,都成竜馬(となり・りょうま)をモデルにしているんだろう。三段リーグ崖っぷち,追い詰められた都成先生は間違いなく強いだろう。でも,可愛い女の子をだしているラノベでありつつ,将棋の非情さを描くのが『りゅうおうのおしごと』。たまに読んでて辛いのだけど,鏡洲なんかも掘り下げられると,読むが辛くなりそうなんだよな…。※10巻感想は2019年2月15日の日記
2019.08.09
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外伝を別とすれば銀河英雄伝説は全10巻。ちょうど5巻は折り返しに来た形になる。ある意味で,ここが第1部完結みたいなところもあるが,感想を書いていく。表紙はたぶん,帝国軍の軍服を着ている金髪の男性だからミッターマイヤーかな。彼もまた,この巻の主要キャラになる。銀河英雄伝説(5) 風雲篇 (MAG Garden NOVELS) [ 田中芳樹 ]なんといっても,ハイライトはバーミリオン星域会戦だ。ラインハルトとヤン・ウェンリーが総指揮官として直接対決をするという,華々しいものだ。いや,この巻のハイライトどころか,銀河英雄伝説という作品全体を通して,ラインハルトとヤン・ウェンリーが直接対決をしたというバーミリオン星域会戦は最大の見せ場ということになるのだろう。とはいえ,このバーミリオン星域会戦なのだけど,戦いに入る前から同盟の負けがかなり見えている感じにはなっている。ヤンが放棄した結果とはいえ,イゼルローン回廊はロイエンタールによって制圧され,フェザーン回廊もミッターマイヤーが制圧してしまっている。戦略的に考えれば,もう同盟側には完全に後がない。袋のネズミ状態だ。最終的に,ヤンは戦略レベルの不利を戦術レベルで補うため,戦場でラインハルトを打ち取るという作戦を取り,実際にもう一息でラインハルトを打ち取る寸前まで追い詰めたのだ。しかし,ヒルダやミッターマイヤー率いる帝国軍が首都ハイネセンを征服し,ハイネセンから停戦命令が来たため,しぶしぶヤンはこれに従う,こんな形だ。これが普通の小説なら,どちらに勝たせればいい。素直にラインハルトを勝たせて皇帝にさせてもいいし,圧倒的劣勢のヤンが一気に巻き返すのもいい。ところが,作中ではヤンが戦術レベルで勝ちながらも,戦略レベルで敗退する。こういうの歴史にモデルがあるのだろうか。それとも著者の完全な創作なのだろうか。確か,高校生の頃の僕はこの展開にどうも納得がいかなかった。ヤンは停戦命令を無視すればいいのである。憎き帝国に勝つことができる。こんな展開ではラインハルトのファンも,ヤンのファンも読んでいてストレスはたまるだろう。大人になった今もこのバーミリオン星域会戦を見ていて色々と思うところがある。作中でも指摘されているけれど,ヤンが停戦命令に従ったところで,命が助かる保証がないのである。最悪,A級戦犯ということで処刑されてしまう可能性すらあった。なので,保身を図るなら,別にヤンは停戦命令を無視したほうが良かっただろう。では,停戦命令を無視したとして,この後はどうなったのだろう?これはもしや,旧日本軍が第二次世界大戦でやらかした軍部の独走という,そういうことになるのだろうか。旧日本軍の独走を糾弾するのならば,僕はヤンにも独走しないよういわなければならない。後世の歴史家とやらは,ヤンを非難するのだろう。また,もし,ラインハルトが戦場で死んだとしても,帝国にはまだ各地で内乱を起こす不平貴族がいるようだし,ロイエンタールみたいな野心のある者もいる。皇帝になろうと,適当な遺族を探してきて即位させ,実権を握る者もいるのかもしれない。そうすると,停戦命令に従うべきだ,そういうことになってしまうのかもしれない。容易には答えが出ない問題である。ヤンに停戦命令を無視し,皇帝になってやるぜという覇王の気概があればと思うが,そうなったらそれは僕の好きなヤンではない。ある意味で,こういう容易には答えが出ない問題が作中にあるからこそ銀河英雄伝説は名作として読み継がれているのかもしれないが,どうもやはりスッキリしないなぁ。
2019.08.05
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これまで後ろで陰謀を延々とやっていたフェザーンが大きく動くのが銀河英雄伝説4巻,策謀編。表紙がフェザーンのルビンスキーであるが,フェザーンが軍事上の重要地点になったり,ユリアンがフェザーンの駐在武官になって移動したりとかする。銀河英雄伝説(4) 策謀篇 (MAG Garden NOVELS) [ 田中芳樹 ]序盤に行われるのが,帝国内で行われる皇帝誘拐事件である。このあたりのラインハルトは三国志の曹操かという感じで皇帝の権威を思うさま利用したが,それも必要なくなったので使い捨てる感じ。この辺が,ラノベ特有の時間の進み方の早さを感じる。曹操も同じように宰相として皇帝の権威を使い,実質的な支配者として君臨したものの,簒奪まではいかなかった。ラインハルトはそのあたりを数年でやってるというのは曹操より有能なのか,ラノベの時間感覚だろうか。ところで,気になるのが幼帝エルウィン・ヨーゼフ4世が「躾のなっていない子ども」として描かれていてる。2巻の門閥貴族との内乱でもそうだったけど,銀河英雄伝説の世界だと皇帝の血筋は無能な者ばかり,というのはやや気になる。別に,ラインハルトが乗り越えるべき,軍事について天才的な才能を持つ皇帝の叔父だとか,皇帝の甥みたいな,そんなキャラがいたほうが盛り上がるような気がするのだ。ただ,テーマがぼやけるから,そこは仕方ないな。そして,軍事面の衝突だけど,帝国側がが使ってきた今度の作戦はフェザーン回廊を通過して同盟軍に攻めてくるという奇策を使ってきたわけだ。ところで,説明がしっかりあったか記憶がないのだけど,銀河英雄伝説の世界だと宇宙空間はどこでも自由に動けるわけではないようで,航行不可能な場所を避けるとすると,イゼルローン回廊かフェザーン回廊を通過しなきゃならないみたい。この辺がSF的に正しいのかどうか,僕はよくわからない。人類はまだ宇宙空間での戦争とかしてないからね。最後に,3巻に続きキャラの掘り下げが行われているのだけど,ムライ少将当たりの話をしておこうか。ムライはせっかくの日本人名を持っているくせに,「名前のあるモブ」程度のキャラである。彼はヤン・ウェンリーの参謀なのだけど,「もともとヤン・ウェンリーは指揮官と参謀の両方の才能を持っているから,参謀なんていらんだろう。だから,常識論ばかり言って,ヤンに他人がどう考えているか伝え,作戦の参考にさせる」という役割を演じていたことが語られる(第5章,「ひとつの出発」)。物語を作るには,ヤンやラインハルトみたいなのばかりではダメで,こういう脇役が無数に必要になってくる。再読の楽しさで,「名前のあるモブ」くらいのキャラもゆっくり見ていけるのがいいね。
2019.08.02
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なろう系という異世界転生小説が流行しているけれど,それの女性向け『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった』の8巻を読んだ。とりあえず,これまでの作品の感想も交えつつ,思ったことなど書いていく。乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…: 8【特典SS付】【電子書籍】[ 山口悟 ]僕がこの作品を初めて知ったのはTwitterの広告で漫画版を4ページくらい読むことができたから。ちょっと面白そうだからと,原作小説をたまっていた楽天ポイントで買い集めていたところ,気が付けば全巻買いそろえるに至ったという現象が起きていた。僕自身,少女小説というのは古くは藤本ひとみの『マリナシリーズ』等を愛読しているので,別段初めてというわけでもない。この手の少女小説というのは,少年漫画によくあるハーレム系萌え漫画と同工異曲とでもいうべきで,とりたて美人だったり優れた特技を持たない,つまり読者が感情移入しやすいヒロインがやたら美形男子モテまくる,というのがテンプレートになっていて,本作もそれを踏襲している。ここまでは珍しくもなんともないところだ。ただ,古くから伝わる少女小説の型に異世界転生ネタをぶち込んだのが面白いところ。本作ではヒロインは普通の日本人だったが,色々あって死の直前に遊んでいた乙女ゲーム,ようするに「ときめきメモリアル」みたいなギャルゲーの女の子向けの世界に転生したという形になっている。ここだけでも面白いのだが,さらに特徴的なのが,乙女ゲーム世界の悪役に転生してしまうのだ。そのままの生き方をするならば,ゲーム主人公の恋のライバルとして敗退するだけにとどまらず,人生まで破滅するという感じ。例えるならば,スーパーマリオの世界のクッパ大魔王あたりに生まれ変わってしまったようなものか。そんなわけで,主人公は破滅しないように行動するところ,無自覚に美形の男の子たちを落としていく,こんな感じになる。あらすじを書き出していても面白いし,初めて読んだときは,「なんと画期的なのだろう…」と思ったものだが,ちらりと「小説家になろう」だとか楽天ブックスで本作の関連作品を見てみると,本作と類似するようなタイトルの少女小説が乱立している状況になっている。なろう系の特徴だろうが,タイトルをみるだけで内容がだいたいわかるのだな。本作がオリジナルなのか,それともさらに源流があるのか知らないけれど,「売れる」というか「閲覧数を稼げる」と分かれば似たような作品が大量生産されるというのは,なろう系小説らしい。なので,ある意味ではもはやオリジナリティは全くない,という作品にはなってしまっている。逆に言えば,そんな大量生産された中で生き残り,8巻まで出ているというのはある意味で蟲毒を耐え抜いてきた作品だということで,変な話だが面白さにある程度の保証が付く。さて,肝心の『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった』なのだが,やはりメインとなっていたのは5巻までの,魔法学園に通っていたあたりなんだろう。この辺りはハリー・ポッター的な感じで非常に面白かった。たぶん,初期の構想もこの魔法学園で終わる気じゃなかったのかな,と思う。しかし,色々あって主人公は美形の男たちを落としながら卒業してしまい,6巻からはハリー・ポッターもそうだけど,魔法省に就職してしまう。僕はやや不満だった。新しい出会いはあるものの,学生時代の友人キャラがそんなに出てこなくなるからな…。で,6,7巻と魔法省での仕事っぷりを扱ってきたけれど,8巻では今度は外国の王子を落とす感じになってる。こういう,ベタな展開でいいかな,と思う。ところで,この『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった』については友人のT島君もいっしょに読んでくれているので色々と感想や推しメンを言い合うのだけど,そこで気が付いたのが,どうしても少女小説だからか,男の子たちは貴族の坊ちゃんばかりだということ。男の好きそうな,ドラゴンボールの悟空や,ワンピースのルフィみたいなのがいない。僕はそういうキャラがいてもいいと思うのだけど,女の子は好きじゃないんだろうね,悟空とかルフィみたいなキャラ…。乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…(1)【イラスト特典付】【電子書籍】[ ひだかなみ ]
2019.08.01
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銀河英雄伝説,3巻も読んだので感想など書いていく。銀河英雄伝説 3 (MAG Garden NOVELS)[本/雑誌] / 田中芳樹/著この巻の見どころとしては,帝国側が要塞ごとワープさせるという力業でガイエスブルク要塞を移動させて来て,同盟側のイゼルローン要塞と対決するところ。そうは言っても,帝国側の主人公であるラインハルトは内政の方に集中してて,同盟側の主人公たるヤン・ウェンリーは査問会に呼び出されてしまい,出番は終盤からになってしまうのだが。見どころは,高校生時代の僕ならば突如ワープしてきたガイエスブルク要塞と,同盟側の戦いだ,と答えたのだろう。ここはかなり見ごたえがあるところだ。要塞丸ごと移動,というアイディアは戦史に疎い僕だが,これまでの人類史上はないのかもしれない。ただ,この作戦は実行する前段階でロイエンタールが「大艦巨砲主義の焼き直し」と酷評していて,実際にヤン・ウェンリーに破られちゃうわけだけど。なお,最終的に帝国のケンプはガイエスブルクをイゼルローンにぶつけるという奇策に打って出るわけだが,この展開,よくよく考えれば藤崎竜版の『封神演義』で崑崙山を金鰲島にぶつけるという展開があったな,と。いま,藤崎竜が『銀河英雄伝説』をコミカライズしているという点を見ると,もしや参考にしたのでは,と思ってしまう。そして,大人になった僕の思う見どころは,ヤン・ウェンリーが査問会に呼び出されるところ。背後に色々と陰謀があるわけだが,ヤン・ウェンリーの態度が悪いということで軍法会議めいたもので色々と責められるのだ。これに対し,ヤンは手厳しく,「自分は安全圏にいながら愛国心をあおり,国民を戦争に駆り立てる為政者」をこれでもかとこき下ろす。僕ならば,速攻で査問会に媚びてしまうところだし,普通はそうするべきだ。だが,ヤンはそうしない。1巻の,起立をしなかったことで憂国騎士団に狙われるあたりも好きなんだが,こういう,実際の人間ならば決してできないことをやってのけるところがヤンの魅力なのであるが,大人になってから読むと危うさも感じる。さて,これも語る必要があるのだろうけど,ミッターマイヤーやロイエンタールの過去の掘り下げが行われた。これまで帝国側はラインハルトとキルヒアイス以外は「名前と階級が出るだけ」で個性の強いおーべるシュタインを別にすれば,その他の提督たちはせいぜい「多少優遇されているモブキャラ」くらいの感覚だったのだが,徐々にキャラ付けが行われてきている。構想段階だとキルヒアイスは序盤で退場するはずじゃなかったという話だけど,これは好評につき物語が長編化したためで,ミッターマイヤーたちの掘り下げは予定されていなかったのかも。どうしても戦場での活躍だけ見せられても愛着はわかないが,ミッターマイヤーの愛妻家という面や,ロイエンタールの「母に目を抉られそうになった」というこういう掘り下げのおかげで魅力というかキャラに深みがでるわけだしね。
2019.07.30
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読み返すと止まらなくなる『銀河英雄伝説』、2巻目が終わった。ここまでの感想を書いていこう。銀河英雄伝説(2) 野望篇 (MAG Garden NOVELS) [ 田中芳樹 ]この巻は野望篇とタイトルを打ってる。たしかに野望要素もあるけど、そんなんどの巻もラインハルトの野望要素があるから、僕の中では「内乱篇」とでもいう感じで考えている。内容的に、帝国側では皇帝亡きあとの権力闘争が始まり、賊軍との戦いが描かれる。この巻、ラノベ調の表紙ではキルヒアイスが描かれているが、キルヒアイスの全盛期はまさにこの巻。というか、キルヒアイスというキャラはこの巻で退場を余儀なくされるのだが。読んだのがずいぶん前なので、「キルヒアイスは死後に過大評価されすぎじゃない?」と思っていたけど、全然そんなことはなかった。内乱において60回以上の戦闘に全勝という武勲をたてていることに今更ながら気がついた。そんなキルヒアイスが退場するシーンは涙なしで見られない。以前、どこかのネット感想でも見たが、アンネローザも「もう、ラインハルトとは会わない」と言い出す始末でが激怒してるっぽい。一方で、帝国側の軍人として語らなければならないのが、ミッターマイヤーとロイエンタールのコンビである。このコンビは1巻でほぼ名前だけが出てきて、2巻では石器時代の勇者、オフレッサー上級大将を打ち破るなど、活躍はしているがほぼキャラ付けがされてないことに気がついた。ミッターマイヤーは愛妻家な一面があったり、ロイエンタールは母親との不和によって精神的に歪んだところがあったりと、かなり重要なキャラ付けがある。てっきり、序盤の、2人の活躍が本格的に始まるころまでにその話をするかと思っていたが、意外だわ。もしかすると、初期段階ではラインハルトとキルヒアイス以外のキャラ作りをそこまでしていなかったか、ミッターマイヤーとロイエンタールの2人をそこまで活躍させる意図がなかったのかも。さて、一方で自由惑星同盟側も軍事クーデターが起きてしまう。なので、ヤンたちはクーデターとの戦いがメインとなる。このクーデター篇は本当に色々と思うところがある。軍事政府の描く国家像というの、もちろん軍事政府にも色々な思いはあるのだろうが、専制を強いる帝国打倒のために国民の人権を過度に制約してもやむを得ない、という点から見て、ヤンは「帝国と同じ」と評価してしまっている。個々人の自由を守るため、専制国家を作るというのは壮大な矛盾であって民主政とは何か、と色々考えこまされる。さて、ここからがイチャモン。アンスバッハがラインハルトの仇敵の死体の腹を空洞にして、そこに武器を入れたうえで暗殺を図るというの。たぶん、元ネタは焼魚の腹の中に隠した刃物で呉王を殺した専諸だろう。それはいいんだが、何故、死体の腹をくり抜いてブラスター仕込んで、しかもそれをラインハルトの面前まで持って来させるなんヘマを許したのかという話だ。アンスバッハの身柄と死体とをそれぞれ別に管理すればいいやんと思うのだ。つーか、死体を調べなかったのか。ブラスター銃じゃなくて爆弾とかなら終わってたぞ。しかも、この事件のときはキルヒアイスに武器の携帯が禁じられるという出来事があった直後なのだ。ちょいと不手際ではないですかね…。イチャモンの2。ハイネセンには、この星を守る12の武装人工衛星、「処女神の首飾り」が設置されており、難攻不落となっている。この12の人工衛星は連携しあってビームなどを打ち込んでくるのだ。それに対して、ヤンは巨大な氷の塊を12個作り、これを亜光速まで加速させて12個の衛星に同時にぶつけ、連携を取る暇を与えず、同時に破壊することで攻略した。こんなことって、実際できるんですかね…?宇宙空間は絶対零度だから氷は溶けないし、亜光速まで加速させれば質量が増えてどうの、と説明があるけど、それが有効な戦術ならミサイルなんか使う必要ないやん、と。確か、この場面以外で氷を兵器として使うというのはなかった気がする。なお、銀英伝ではかつて自由惑星同盟の建国者たちが巨大な氷の船を作り、それで逃げ出すなんてこともやってた。これも僕は懐疑的である。現実世界で氷を宇宙船や人工衛星の材料にするなんて話は聞いたこともないし、外側を氷で作っても、内側の機械が発する熱でどうかならんものかと思うの。銀英伝はSFの名著という扱いだし、たぶん、著者も氷を使った技術についてはある程度調べて書いているのかもしれない。この辺は空想科学読本あたりで扱って欲しいテーマである。
2019.07.20
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高校生くらいのとき読み込んだ銀河英雄伝説。ふと読み返してみたらかなり面白くてとまらなくなった。とりあえず1巻感想から書いていく。銀河英雄伝説 1 (MAG Garden NOVELS)[本/雑誌] / 田中芳樹/著いまさら説明はいらないと思うけど、銀河英雄伝説はSF業界は1980年代の作品だからではもはや古典になるかもしれない。アニメになったり、作画を変えて漫画化していたりしていて今でも継続して作品が出てる。30年近く前の作品だから色々とアラはあり、描写を見る限りインターネットというものがなさそうだし、携帯電話もなさそうだ。宇宙であれだけやる技術があるのに、なぜ携帯すらないのか、とかやるとキリがないのでやめておく。さて、銀河英雄伝説は2人の、違うタイプのキャラクターを主役にするダブル主人公体制で話を進めている。野心家で戦略に優れるラインハルトと、どこか厭世的で戦術に優れるヤン・ウェンリーだ。そういえば、僕は藤崎竜の漫画『封神演義』で「戦略と戦術が違う」ということを知ったのだが、詳しくは銀河英雄伝説になるのかな。たぶん、藤崎竜もちょうどいま、銀河英雄伝説のコミカライズを連載中だし、この作品から影響を受けてた可能性は高いな。さて、読んでて驚いたのは、読み手の僕の成長によって楽しみ方が大きく変わった、ということだ。初見のときの僕はせいぜい高校生くらい。働いた経験もないし、政治の興味も全くない。だもんで、銀河英雄伝説読んでいても政治的な話は「退屈だなぁ」と思って適当に読み、コメディ部分とか戦争の場面を楽しむという読み方をしていた。ところが、今読むと政治の部分がかなり面白い。主に銀英伝において政治というと、ラインハルトの帝国側では主役である下級貴族出身のラインハルトを格好良く書くため、敵は大貴族になる。すると、世襲の貴族制をこき下ろすことになる。だか、貴族制は身近にないから読み飛ばす。問題は、ヤンの所属する自由惑星同盟側だ。ここでは、民主主義のシステムを取りながら独裁的な権原を振るう政治家だとか、愛国の名の下に権力者が国民を戦場に送り込んだりするといった現象が描かれる。これは現代日本にも大いに通じるところがある。田中芳樹が30年前に現代日本を予測していたというべきか、この程度の腐敗はいつの時代でもあるというべきか…。個人的には、ヤンがヨブ・トリューニヒトの演説に対し、起立を拒否することで抵抗を示すシーンが非常に好きである。ヤンは養子のユリアンにさえ、「心の中なんか他人には見えないんだから、立って見せればよかったじゃないですか?」と言われる。さしづめ、現代日本なら、春の風物詩と化している教師による『君が代』の拒否かな。ただ、こんなヤンみたいな人物、身近ににいると、たとえば上司とかにいると辛そうだなぁ…。あと、軍事面について。高校生のころは、「数倍の敵を各個撃破で打ち破るラインハルトはすごいなぁ」と思ってたけど、たぶんこれの元ネタはナポレオンかなぁ、とか思う。もちろん、理屈の上でできるからといって実践に移し、なおかつ成功させたラインハルトはナポレオンと同等以上なんだろう。ただ、なぜラインハルトの作戦をヤン以外の誰もが見破るとか、気がつくということがないのか。この辺は少し考え込んでしまう。あと、ヨブ・トリューニヒトの、「同胞たちはなぜ死んだのか? 愛国心ゆえである!」と煽る演説をするのに対し、ヤンが「首脳部の作戦指揮がまずかったからさ」と呟くのは、機動戦士ガンダムでシャアが「坊やだからさ」と呟くののパロディじゃないか、と勝手に思ってる。
2019.07.18
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気がつけば10巻まで到達した将棋ラノベ,『りゅうおうのおしごと』を読んだので感想書いてく。 ほぼ1巻が出たころから読んでいるけど,10巻まで来たのか,すげぇな,と感慨深いぞ。 りゅうおうのおしごと!10【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ] このラノベ,最近は群像劇でもないけど,巻によって主役級のキャラが複数いて,それぞれの活躍を描いている。僕の好みで,この巻で大きく扱われたのを2人だけ見ていく。 1人目は水越澪。 表紙右側の子で,この巻の事実上の主役といってもいいだろう。 正直,これまではヒロインの友人A程度のキャラだと思っていたのだけど,ずいぶんと活躍をした。 作中,触れられているけど,主人公もヒロインも現実離れするほど強すぎる。こういう一般人の普通の成長というのも大切になってくるのだな。 ただ,僕のような大人としては,将来のある小学生の女の子より,もう伸びしろの少ない大人世代があがいている方を注目してしまうので,レビューは短い。 2人目が空銀子。 女流では無敵なのだが,男ばかりの奨励会に入ることで苦戦し,悩む,という形で話が進む。 現実世界では,史上,女性のプロ棋士が1人もいない。奨励会を突破できないのだ。 このラノベだと奨励会に入ったものの,夢破れて女流棋士になったというキャラはけっこういる。というか,それが普通なのだ。この巻の新キャラだってそういう人いたし。白鳥先生は前作『のうりん』を書いてた頃もしっかり農業高校を取材しているから,その辺のリアリティにはこだわっているのだと思う。 この銀子に限らず,負けることで夢破れて心を壊していく描写というのがリアルなのは読者としても心が痛い。ただ,安易に勝ち続けるというよりリアルだし,気が付くと僕は勝つ方じゃなくて負ける方に感情移入してしまうのだ。 たぶん,次の巻の主役は銀子になるのかなと思うよ。 架空の世界なんだから,現実にできないことをしようと女性プロ棋士にしてもいいだろうと思う反面,そんな簡単なものじゃないというところもある。どちらに転んでも,面白くなりそうだよ。 さて,話は変わって,『りゅうおうのおしごと』の世界でも,ついに対局中の電子機器,スマホ等の使用が禁止になった。 現実世界で思い出すのが,2016年の将棋ソフト不正使用疑惑だ。このときは,渡辺竜王(当時)が,「三浦九段が離席中にソフトを使ってカンニングしてる!」と告発したのだ。これで,三浦九段は竜王への挑戦資格を奪われたものの,不正をしていたという証拠が出てこなかったため,谷川浩司会長が辞任に追い込まれると,大事件になった。 このラノベ,昭和の棋士のネタを使うほか,藤井聡太がデビューすると彼をモデルにしたとしか思えないキャラをすぐに登場させたりと現実世界を意識したつくりになっているが,今まで将棋ソフト不正疑惑は扱ってこなかった。 あえてこのネタを突っ込んでくるのだから,何かの伏線なのかもしれない。現実世界のように主人公の竜王が告発するというより,ラノベ的には,主人公が告発されるものの,明らかに電子機器が使えない環境で勝利することで無実を証明していくという方が盛り上がりはするのだろうけど。 あの事件から3年近く経過するのだから,そろそろネタにしてもいいのかもしれない。
2019.02.15
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電子で『FATE/strange Fake』が期間限定半額セールやってたので,この機会にまとめ買いしてみた。普段600円くらいのところ,1冊300円くらい。そこまで読む気はしていなかったので手は出してなかったけど,半額ならと既刊4巻をまとめ買いしておいた。Fate/strange Fake(1)【電子書籍】[ 成田 良悟 ]とりあえず,1巻は読んだので感想を書書こうと思うけど,例によって目次を見てみるとこんな感じ。余章 ビトレイヤープロローグ1 アーチャープロローグ2 バーサーカープロローグ3 アサシンプロローグ4 キャスタープロローグ5 ライダープロローグ6 ランサー余章 オブザーバー。あるいはキャラクターメイキング1章 開戦プロローグ7 ヴィジター&●●●●なんというか,ほぼキャラクター紹介で終わっている。Fateの原型と言わてる山田風太郎の『魔界転生』なんかも上下巻の上巻まるごと使って敵キャラの紹介をしたが,それを思い出した。どうやらこの作品,明確な主役がおらず,群像劇をやるみたいだから,この中から推しメンを選んで感情移入しながら読んでいくということになるのだな。個人的には,バーサーカーチームとランサーチームに好感を持つところもある。いや,『魔界転生』のパロディやるとしたら,主人公格は一番最後にチラリと顔見世だけして,ほとんど紹介がないセイバーなのか。ここから雑談なのだけど,サーヴァントは人間と違って,人格的にも肉体的にもすでに完成されている感じなので,修行して強くなるとかそういう要素がない。そうかといってさらに改変もいかんからしょうがないのだけど。Zeroのウェイバー・ベルベットのように,人間が成長してく様子が好きな僕としては,伸びしろが大きそうなチームバーサーカーに頑張って欲しいけど,たぶん無理だろうな。いや,超強いアーチャーなんかが素直に勝つと面白くないから,多少は望みあるかと期待。あと,ちょっとしたクレームでもないけど,電子版だと、あとがきだけ,文字の拡大や縮小ができなくなっているから,小さいスマホで読むのはちょっと辛い。 正月が終わったから,2巻以降は少しづつ読んで感想書いていきたい。あと、1巻は意図的にネタバレを避けたけど、2巻以降は自由に書いていくよ。 Fate/strange Fake(2)【電子書籍】[ 成田 良悟 ] Fate/strange Fake(3)【電子書籍】[ 成田 良悟 ] Fate/strange Fake(4)【電子書籍】[ 成田 良悟 ]
2019.01.05
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