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Dearest You

僕の大学の友人は、今休学して世界を回っています。その彼から最近メールが来ました。彼はイラクに40日間滞在したそうです。その内容を、ぜひ読んでいただきたく、ここに書き込みます。これを読んで、今僕にできることは、自分が幸せであることを感謝し、自分の周りの方々にも感謝していくことだと感じました。


イラクレポート 第一弾
<はじめに>
イラクで見たもの。

実存を本質として捉えるならば、そこにあるのは本質である。イラクで見たもの、聞いたものを実存として見るならば、自分の描いていた本質であろうはずの図式というのは一瞬にして崩れ去った気がする。何から何まで自分の中に無い新鮮なものとして受け入ざるをえなかった。今でも、イラクのことをについて何が正解で、何が不正解か本当にわかったわけではない。それほどまで自分の中にインパクトを与えられたし、イラクという国が何かひとつの構図の中に組み込めないでいる。

だけど、なぜか自分の中に”知ってほしいという側面”と、”知らせたいという側面”が存在する。ひとつは、世界中であらゆる事が起きている現在、図式やイメージが現実とは乖離しているという自分が感じたことを知ってほしいということ。それは、今までとは異なるものの見方というのがあるというのを意識してほしいからである。もうひとつは、イラクで会った人達のことを知らせたい。自分はなんのリスクも責任も負わす、のこのこそこに行って、そこにいる人の合意も得ず、見たいものを見、聞きたいことを聞いて、感じたいことを感じてきた。それなのに何もしないのはものすごい失礼なことだと思ったからである。

イラクに是非援助を!!とは思っていない。世界中でもっと困っている人たちがいる所があるかもしれないし、それこそ日本にだってあるかもしれない。単なる自己満足と映るかもしれないが、ほんの少しでも何かのきっかけになってくれれば!!



戦争を知らない世代。一方では、戦争を現実のものとして捉えるのではなく、”国際情勢の枠組みの中にある手段”つまりパワーポリティクスの一部と位置づけている。もう一方では、戦争をTVや映画の映像の世界の中に見、とてつもなく悲惨で野蛮なものとして位置づけている。そこには、大きな矛盾と両者のとてつもなく大きな距離があるというのに、自分の描いていたイメージの中の戦争なんてそんなものだ。

国際情勢の中にある戦争。確かにその視点で見るほうが正しいのかもしれないし、多くの人がそう見てるであろう。しかし、実際行ってみるとどうであろう。なぜかふとその視点がどこかに飛んでいってしまった。初めて戦争というものに触れて、いや戦争というよりはそこに住んでいる人達に触れた。その事が本能的にそうさせたのか、故意的にそうなったのかはわからない。そこで生活して、そこにいる人々と出来るだけ同じ視点でものを見ようとすると、自分がその場で見ていた現実というのが、どうも国際情勢の中の視点からではリンクしないという現実があったからかもしれない。

ドーラというバグダッド市内南部の街。そこにはクラスター親爆弾の跡が3つ転がっている。クラスター爆弾とは、一つの爆弾の中に200個以上の子爆弾が入っており、投下高度にもよるらしいが、およそ200m×400mの広範囲に散らばる。通常の爆弾より破壊力は弱いが、物凄い爆風と細かい破片が無差別に車や人に突き刺さる。しかも、子爆弾の5%以上が不発弾として残り、被害は後を引く。広範囲に散らばるので不発弾処理にも時間がかかるらしい。そこは空き地だが、もちろん近辺には住宅街が広がっている。僕らが訪れた時は、近所の子供たちが寄ってきた。遊び場なのかもしれない。そこで一個の不発弾を発見した。

空爆跡も見た。確かにこれを見ると、戦争の恐ろしさ、空爆の恐ろしさを感じる。本当にものの見事にその建物を打ち抜いており、鉄筋までもがすごい角度でひん曲がっている。その下や周辺には、建物を形作っていただろう無数の瓦礫が山のように積み重なっている。建物の原型を想像するのが困難なほどである。

そこでは国際情勢など全然見えてこなかったし、その知識など役に立ちそうにない。
戦争がものすごいリアルに映った・・・・
それと同時に何も対抗することができない大きな存在であるという事も知った。

戦争。日本のTVや世界のどのTVでも見れたであろう空爆・・・・インパクトがあった。そして戦争の被害を受けた人の映像・・・・それもまた違う意味でインパクトがあった。その中での戦争というのは、この世のものとは思えない野蛮なものであったし、すべての人や物を悲劇的に捉えさせるには十分であった。被害者=イラク=可哀想の構図・・・・・それがどんなに現実と乖離している事かを知った時、本当に驚いた。映像で見る戦争とは明らかに違う一面というものが、そこには確かにあった。戦争というものの形態が変わってきている。

それは、バグダッドの街並み。この街を歩いたり、車に乗って車窓を眺めている限りでは、いたって普通の街。何をもって普通の街と定義するかはわからないけど、生活するぶんにはなんら問題ない。戦争があったと知らなければ、そんなこと考えることができないくらいかもしれない。 もちろん多くの建物は壊れていないし、人はやさしいし元気である。ちゃんときれいな服は着ているし、いらだっている様子もなく、疲れている様子でもなく、皆が皆、ハローミスターと笑顔で話しかけてくれる。もちろん、食べ物はあるし、何でも揃っている。
今だって、この国には笑顔はあるし、元気もあるのである。

空爆跡。確かに戦争を感じた。ただ、それが悲劇的であったかはどうであろうか。すべての建物が空爆されたわけではないし、その爆撃だって恐ろしい程正確精密であり、その建物の中心を見事射抜いていた。空爆が行われるであろうスポットは事前にわかっていたし、時間帯だってしかりである。人が死んだとは想像しがたいのである。誤爆ももちろんあったし、空爆は絶対悪い。ただ、人を殺す道具とイコールで結ばれない一面もあったという事だ。



何も変わらないのだ。今のバグダッドを見ていると、市民の生活が急に良くなったり、悪くなったりしているとは思いににくい。戦争前の状態そのままだったと考えるのが妥当であろう。本当にそうなのだ。現在の戦争の形”人を殺さず、街を破壊しない”戦争。

戦争。その言葉にはものすごい多くのものが含まれている。であるからこそ、その響きは強烈で、破壊的なのであろう。そこら辺のものすべてを消し去ってしまう。戦争前の状況も戦争後の状況もそう。もうしばらくしたら、振り返られないであろう。戦争の形態が変化しつつある現在において、それは非常に危険なのではないかと思う。戦争自体でそれを消してはならない。

戦争について、何が一番問題であるのか。それは戦争に関わった人々、特に戦場で今後暮らす人たちに、急激な変化というものを起こさせてしまうことであろう。急激な変化・・それは混乱をもたらす。今回の戦争後を見てもそれは言えると思う。戦争はその混乱の要因であり、混乱そのものではない気がするのだ。

戦争が形態を変え、人々の生活がそのままの形で残った。急激な変化があるのにも関わらず。今後どうなるのかわからないまま。
戦争は終わったかもしれないが、人々の安全な日々はやってきていない。でも、人々は普通に暮らしているようにしている。



2.戦争の怖さ

悲しい事件に遭った。

米軍により射殺された12歳の少年。バグダッド近郊の街に彼の家はある。

彼の名はムハンマド。六人兄弟の末っ子。彼には双子の兄がいた。

その日、日が落ちると米軍はその地域一帯を捜索していた。その日はものすごい暑く、また度重なる停電があったため、一家は涼しい屋上で寝ることにした。そしてそこで事件は起こった。PM10時。ムハンマドがふと、屋上に上がる階段のちょうど3段目にあたるところで立ち止まった。その瞬間、向かいから、無数の銃声がなり、気が付くとムハンマドは階段の下に寝転がっていた。そこには今も大量の血痕が残っていた。そして階段越しにあるガラスには二つの銃痕が、3段目近辺にある。

そのすぐ後、米軍兵士16人が家に乗り込んできた。そして、その場を確認し、去っていった。そのとき母親は”病院に連れて行って”と頼んだが、聞き入れてもらえなかったそうだ。

その30分後、今度は近所の人の協力のもと、ムハンマドを病院に連れて行こうとしたところ、捜索中の米軍兵士に止められた。

結局AM6時に病院に連れていった。その時点で、彼は息を引き取っていた。


不思議なことに彼の母親はここまでのストーリーを、淡々としゃべり続けた。涙一つ見せずに。アメリカに対する怒りも見せずに。何がそうさせるのだろうか。その周りで話を聞いている家族もまたしかりである。

この事件は、戦後しばらくしてから起きた。BCCやCNNなどのメディアで大々的に放送されたそうだ。米軍の応対は、2日後に”アイム ソーリー”と言ってきたとのこと。米軍を責めるのは簡単である。ただ、バグダッドで何人も仲間が死んでいる中で、真夜中に動くものを無視しろというのも酷である。街で話した米軍兵士は、自分より若かった。疲れた表情で遠くを常に遠くを見ている印象だ。

何日か後に、双子の兄ムスタファにも会うことができた。彼にはもう笑顔が戻っていた。そして、周りの家族にも笑顔が戻っていた。

ムハンマドの母親が望むこと。それは”安全(セーフ)”である。

戦争というものの怖さを知った。


3.集団埋葬地

サダムの負の遺産。集団埋葬地。

集団虐殺。今、弾圧されていた街には、ものすごい数のミッシングの張り紙がしてある。顔と名前とその他もろもろが載っている。いつ頃かと尋ねると、91年が多い。

モサヤブという街の人権委員会に行ったら、亡くなった人の遺物を引き渡す場面に立ち会った。

おばさんにあたる人と、弟が来ていた。遺物といっても丁寧に保管されてあるわけではない。透明なビニール袋に包まれた衣服であろう物だけだ。その透明なビニール袋には番号が書かれていた。

そして奥の部屋にはまだ渡されていない無数の番号が書かれた透明なビニール袋が転がっていた。

集団埋葬地。もうそこは何もなかった。
話を聞くと、つい数日前にすべてをちゃんとした墓地に埋めなおしたらしい。その数800人に及ぶとのこと。
手足を縛り、後ろから射殺。それが虐殺方法。

ふと下を見ると、頭髪と歯の一部が落ちていた。その周囲にはマスクであったり、紐が無造作に置いてあった。


正直何を思えばいいのかわからなかった。ただ客観的に見ることしかできなかった。ただ、これもイラクの一部であった。


P.S.
平和共存の世界は必ずやってくると信じています。





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Last updated  2003.07.26 22:00:17
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Re:「イラクからの手紙」(7/25)  
dc-caravan  さん
言葉では言い尽くせない心の葛藤があることだろうと察します。戦争の現場を知らない私には、以前に彼が感じていたような情報としての戦争、その枠からの判断しか出来ません。やっぱり現場ですね。<br><br>ガソリン車に乗ってる身でありながら<br>「戦争なんて利権争いだよ。浅ましいね。」<br>なんて言えないですよね。<br><br>戦争を引き起こしているのは、私たち一人一人なのだから<br><br>若かりし頃の私は、そのようなことをのたまっていました。<br><br><br> (2003.07.25 21:46:37)

Re:「イラクからの手紙」(7/25)  
sai0426  さん
今、こうして思いを文字にあらわそうとして書きあぐねているこの瞬間にも、故意または偶然による死、幸福な昇天、理不尽な死、尊い命が色々な形で奪われたり消滅したりしているのでしょう。ただ私はそれでもそこに生きるしかない人々の悲しみや無念を想像することしか出来ません。今まで自分を生かしてくれてきたすべてのひとと出来事に感謝します。 (2003.07.26 00:22:48)

Re:「イラクからの手紙」(7/25)  
鈴木1978  さん
私は戦争について自主的に考えたことは<br>ありませんでした。<br>そういう関係の本を読むことはありますが、<br>「人」に注目して読んでしまうので、<br>戦争そのものについて考えたことはないんです。<br><br>そんな私ですが、とても分かりやすかったです。 (2003.07.26 22:00:17)

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