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2004年02月16日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日の日記は虐待って何?からはじまります。

虐待って?ということだと

どうしてもいろいろあれもコレも書きたいと思うんですよね。
自分でもびっくり・・・

虐待って何という定義
一応児童虐待防止法とか法律にもなりましたけど
今虐待とはというのは
法定義も、行為の分類でこれとあれをやったら虐待です


でもそれって虐待とは?の
概念ではないなあとずっと思い続けているわけです。

何をやったら虐待なのかとか細かく細かく考えても
分類かんがえるだけだったら
いくら考えてもいたちごっこ。

結果として
普通程度の子育てしている親はいちいちコレも虐待なのかとか
戸惑うけど、
(それはそれである意味ではいいことだけどね・・・)
ひどい虐待してしまう親ほど
例えば外へ閉め出して朝まで放置しても


そもそも虐待というのは主語が親で
「虐待する」つまり
どうしても親の主観から虐待を捉えてしまう様になっている
し・・

子どもの気持ちはおきざれにされがち。


学べる場合もあるけど
基本としては痛い思いしないで教えてもらう権利があるというか
私的には絶対NOではないかもしれないけど
回数とか加減は極力とにかく出来るだけ
ない方が良いに決まっているというような事だと思う。
更に言えば小さい赤ちゃんほど叩いても
なぜ叩かれたのかすらわからないのでよくない。

例えばだけど、うちの娘なんて
一時期試しに戸棚開けるたびにぺしっと手叩いてみたけど
当たり前だけど痣が出来るとかそこまでは出来ないし
本とちょっと痛い程度だと
面白がってもっと・・と手出してきたくらいだし。

2才の今も、高いところ好きでどこでも登るんで
あまりひどいと
おろすとき故意に若干乱暴におろしたりするけど
それも面白がっている。
つまりある程度これって遊んでくれてないんだと理解できるほどには
暴力的じゃないと親がどうもいつもと違うというか
優しくないというのか怒っているというのか
どうも違うぞとは普通は子どもは気がつかないわけで
そのラインいつもいつも、超え続けるって
ちょっと違うかなと思うんですよね。

あるいは・・・自分でもやってどうよと思うんですけど
冷蔵庫あけて何でも出してひどかったので
入れるからね~とほんとに押し込む真似したことが
2度あって
(当たり前だけど閉めてほんとにはいれなかったよ)
以来相変わらず勝手に開けるけど
入れるよと言うととりあえず閉めるんだけど・・・
だって薬とか他で保管できない物とかも入ってるし
みたら牛乳出し損ねて冷蔵庫内とか床とか牛乳浸しを
毎度毎度じゃどうにもならないわけでね。。

これはでも、もっと繊細で恐いことがトラウマになりやすい子は
やったらきっとかなり引きずって大変でそうなってしまうだけで
怒られるというイメージとして理解して欲しいことと
違う結果になるわけだから
だから向いてないし、
あるいは入れるからねと言葉で言われてることことがイメージとして理解できないうちに
ただ入れてもその時だけ嫌な思いするだけで

無意味な恐怖与えるだけだし。

どの子でも向いてる訳でないと思うんだよね。

そんなわけで叱るのが向いてない子だっているんだというのは
このタイトルで書き始めた最初の日の日記のとおりだし、

そして叱るより誉めましょうだって

誉めるってこれもまた難しいというか
誉めてる中身が子どもの相応とあってなかったら
社交礼二で無関心と一緒かもしれない
あるいはただのプレッシャーかもしれない。

マラソンの高橋尚子を育てた言葉として
「君なら出来る」
それは監督と選手として信頼を築いたいつも適切なアドバイス受けている関係があって初めての言葉で

やれば出来る筈
って
それって出来るのに努力してないと言っているとも受け解けるわけで
気持が一杯いつパイの時ほど
凹む可能性高いし。。。

それに叱らないで誉めるというのを
すべて受容してなんでもその通り希望通りを通すことと
勘違いしてるんじゃないかと思う場合もあるし・・・

本当は誉めるって
短所ばかり見るの止めて
長所に目を向けてのばすアドバイスと言う意味なんで
それって案外親であるほど難しいことかもしれないですよね。

最後に謝ること。

親になってびっくりしたのは
子どもが謝ることにこだわる親っておおいのね~ということなくらいで
謝ることってそんなに重要?

それに謝るって能力として難しい課題なんですよね。

ひとってどうもいけないことしたなぁと感じるほど
どうしていいのかわからなくて謝れない場合あるし、

謝るのとかは親がずっと手本示していると
年齢が上がったり自然と身に付けばいいことじゃんと私は思う。

だいたい年齢によってだけど
2歳半の娘にごめんなさいは?とか聞くと
「ごめさい」言うには言うけど
他だのお返事とか挨拶としか思ってなくて
もう繰り返さない決意表明とはまったく別物で
そういう意味だと理解するのはかなり年齢上がらないと無理だし

あるいはそういう意味なんだと漠然と意味が分かる子ほど
ごめんなさいが重くて言葉にならないのかもしれないし
変な表現かもしれないけど
謝ることが挨拶と一緒で人との関係をスムーズにするんだという
理解が出来ないとででこないというか・・・

ってこれ書いていてふと思ったけど
そうごめんなさいって挨拶と関係あるのかも・・・
うちの娘全般には言葉遅かったけど
おはようとかこんにちはとか挨拶の言葉は早くからでてたからね。

そうか、ごめんなさいって本当の意味として謝罪以外にも
人との関係をスムーズにする挨拶としての意味もあるのねと
やっと気がつきました。

私とりあえずは謝るけどそんなに重要と思ってなかったの
反省ってもっと長期で結果を出すもので
人に謝られてもそれで判断できるわけないと思ってしまっていて

なんでそんなに謝ることって大事?とかね。。。

ずっと疑問でしたが納得・・・・

(ここからが追記)
そして、書き終わってこれで書き尽くしたと思ってUPしてから
虐待って?ということで
叱るとかある意味暴力(言葉とか怒鳴るにらむというような精神的な行為含んで)行為以外で放置ほったらかし無関心。
食事を与えないとか身なりに無関心とかそういうのもあるけど
ある程度年齢が行くと御飯は作るけど無関心。
というか叱るならまだ関わりがあるけど
それすらない場合。これはね・・・
勿論心理的な付加が虐待だというのもあるけど
子どもの脳って人に関わってもらって沢山刺激受けて
育てていって初めて自立する必要がある大人になって
考えて自分を制御して行動できるわけでそれがないというのはね。
後でのハンディ考えたら
子どもから見たら暴力行為より重大かもしれない。
叱るということは子どもに
は関心があるということだもんね。。。
間違ってはいても躾けたいとか解って欲しいとか気持は
子どもに向いてる場合もあるわけだし

(全部がとはいいいません、実際虐待って
イライラするから子どもに当たるとかって場合もあるからね)

そして、もともと
虐待は以前の問題として
私の親位の世代のその親って自分たちの子どもの頃は戦争中かおわったあととかで
はっきりいって自分たちが生きるのに忙しくて
子どもに関心向けてるなんて暇なかったんだと思う。
それでも逆に子ども達は隙間で色んなこと学ぶ機会もあったし
子ども社会もあったし他の大人との関わりもあったから
まともに育つ環境だったんだけど社会が豊かになるに連れて
だんだんどんどん子どもにとっての大人が
親だけってことが増えてきて3才今では母親の責任ですとか
言われはじめ
(これって戦争直後とかつい60年前以前は絶対こんなこと
言ってなかったと思うよ言ってられるような時代背景じゃないもん)
本当のこといえば
自分に親の関心でせいぜい勉強以外ははらってもらってない場合
結構あるし
(当時の親というか非核家族の母は嫁としてのただ働きに忙しかったわけで・・・
ちなみに3世代同居の昔が虐待すくなかったなんてのはほとんど嘘ですというか元々虐待ってなに?がないわけだから概念がないのに虐待だと捉えられないだけかと・・・ストレスということだって
同居故のストレスで子どもにあたるあるいは祖父母が虐待するとか色々あったと思うし・・)
実は3才以降の子育てについては私達の親世代も
きちんとした伝承があったわけじゃない
それが本当のところなんだと思う。

虐待とはなにとかいうより本当は
子どもを育てるってなに?を問い直し中というのが
今の現実なんだと思う私でした。

最後にまた過干渉過保護の問題だけど、
うちの親最近になって過干渉はするけど過保護とは違うのねと
再評価している。
例えば一人暮らししても結婚しても
電話は来るけどで。中にはうざいものも多数はあるけど
少なくても毎日毎日いるかいないか確認で電話するとか
そこまではしない。
いるんですよね。そういう親。

子どもで人生埋めてしまってその後の自立が出来ない親はね。。

心配心配と何でも度を超えて手をかけ続ける親、
いつ待ても赤ちゃんだ扱いしか出来ない親。

それはね。自分が若いうちはまあいいんですけど、
子どもが中高年になって社会性がみについていないところまで
やったあと、
自分が年老いたら老後見てもらおうと思うには
子ども過ぎて無理で
親は自業自得な面はあるかもしれないけど
こどもは大迷惑。

しかも、この問題子どもが年齢あがるほど
子どものせいばかりクローズアップになるわけで・・

それから、
自分も叱られて躾けられたという場合。
それは叱られる躾か向いていたことと叱られる以外で
愛情感じることがたさくんあったからで
自分が親なった場合、
それを繰り返して良いかは子供の向き不向き抜いて
考えない方が良いと思うし、
更にはほかで愛情かけてるかどうかも考えてみた方がいいかなと思います。
もともと叱って躾けるというのは
躾けるためにやるんだったら叱るの向いてないのに

それで躾が身に付かないと子どもに問題があるかのように
思い込むのだけは間違ってるとおもいますね。
叱るって躾ける手段のひとつで目的ではないんですよね。。







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最終更新日  2004年02月17日 03時06分06秒
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