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熱血校長体罰 1週間のけが名前出て無くても、少なくても同じ学年のクラス全員とその親は誰かわかる。俺がこの親なら都会を素っ裸で走る方が恥ずかしくないな。給食で茶わんに残った米を団子状にして天井に投げたんだってさ。幼稚園の出来事かと思ったよ。まぁ、子供だからそんなこともあるのかな。まぁないけど。で、ほっぺをつままれ、おしりを叩かれたんだって。そりゃそうだ。でも学校の先生に。親の尊厳はゼロだね。というかもう親と言えないな。ま、学校の出来事で親は見てなかったんだから仕方ないか。でもまぁ先生に見つかって叱られて良かった。小学4年にもなってそんな事してんだから、これから真っ直ぐに育つ為には少しきついしつけは大事だ。・・・かなり手遅れっぽいけど、仕方ないものね。で?体罰ですか。そうですか。謝られて心地よかったですか、そうですか。子供の羞恥心が傷ついていないか心配だ。↑という意味での報道だよ、親。ほら見て見て、この愚かな親を。って事だよ。この報道は決して教師を責めていないよ。この親自体は救いようも無いだろうけれど。・・・というか、擦り傷に爪の跡。で、病院へ行った上、全治1週間という既成事実があるということは、診断書取ってる。・・・こりゃプロかもな。
2006.11.22
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命を絶つほど深刻な問題がいじめ。だからいじめという事態を重く見ようという意見は、確かに解らなくも無い。ただ、それは自殺をしない我々が持つ命の重さを自殺者が我々と同等、またはそれ以上持っているという前提で初めて通る。もちろん我々は当事者という概念が無い故、軽視とも捉えられるが、問題視出来ないのは自殺の選択肢が無いからと考える事も出来る。事態を転換させるため、不登校や引きこもり等、様々な「逃げる道」は、ある。また、直接的に転換させるよう、加害者への反撃や反抗、ホットラインや親など第三者へ真剣に助けを求めるという道もある。それら全てが出来ないからこそ自殺したというのは容易いこと。そこで自殺という「選択肢が残ってしまった」というのが問題であると。確かに極限の精神状態であるのは解る。だからこそ、「いじめ」へ目を向けるのではなく、「命」に目を向けなければならないのでは無いだろうか。いじめだけが人を極限の精神状態にさせる唯一の行為ではない。世の中にはもっと逃げの選択肢が少ない出来事もあるだろう。俯瞰で自身を他人事として捉える以外に逃げる道は無い事もあるだろう。問題はまず抽象的ないじめという事態を根絶させるのではなく、より具体的な自殺者を減らすことだろうと。その上で、年間実に3万人以上もの人々が自殺によって命を絶っている現実がある。その気になれば一日中自殺者のニュースを延々と流すことも可能だろう。「最近、自殺者のニュースが多い」というのは意図的に「多くしている」だけで、報道者が単に報道をブーム化して遊んで愉しんでいるだけだ。公園の回転遊具事故はどこいった?エレベータの停止事故はどこいった?無くなったのではなく、飽きてやめただけだ。今、我々が一番問題視しなければならない事は、こんな人間のしていることとは思えない馬鹿げた報道によって起こる連鎖的な自殺が生まれていることだ。可哀想と嘆くことは確かに人間的でやさしい行為だろう。いじめに苦しみ抜き、悲しい決断を下した子供に思いをはせることは正しいことだ。だけど、皆まずは声を大きく張り上げて自殺をする奴は馬鹿だ。と言わなければならないのではないだろうか。被害者にもなれなくなるということを理解してもらわなければ、悲しいだけだ。遺族の気持ちは、いじめの苦などとは天秤にかけられない。
2006.11.16
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声をことさら大きく言いたいんですが。いじめ。始めに、誤解無きよう前提として。そりゃいじめた人間はとっても悪いです。いじめ自体がとても悪いことです。他人の気持ちを理解出来ないのなら、人間やめちまえ。というかすでに人間じゃない。畜生として生きていけばいい。嫌なら理解する努力をしろ。だけどいじめられたからといって死ぬ事も悪いことです。「死ぬほどつらい」というのはあくまでも例えの形容詞であって、事実にしちゃいけない。自殺をしたからいじめが悪いというのではなく、「いじめは悪いこと」と「自殺は悪いこと」が合わさった出来事です。もっと具体的に言えば、自殺をしてしまった子供は、本当にいじめだけで自殺してしまったとは「限らない」俺はいじめを無くすことだけに捉われるのではなく、命を大事にすることを一番重きに置かなければならないと思っています。少なくても教師や学校に対して対策どうこう言うのなら、命の大切さをまず説くべきでしょう。いじめへの対応なんて二の次で良いとまで思ってます。そもそも親や身内が解らなかったのに、教師に解れと言うのはお門違いです。自殺してしまった子供は、本当に可哀想だと思うし、心から冥福を祈りたい。だけど、同情は出来ない。だってもう被害者では無く、加害者にもなってしまったから。この事実はいじめよりも悲惨で、悲しいことだ。本当にいじめを糾弾したければ、まず死は選択肢から外さなければならない。自殺は逃げる事ではなく、罪深い行為なんだという前提。逃げることは、物理的に学校から遠ざかることであると。不登校なんて最良の対策じゃないか。今、自殺は逃げることなだけでなく、加害者に対して復讐出来る手段になってしまっている。この流れそのものがいじめよりも悪だ。この流れを作る報道者個人がその子供を殺したのだ。十字架を背負え。
2006.11.08
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固執し拘って執着して自我を押し通す。それはモノの本質を見極め無くても、自分を突き動かす原動力になる。だけどこの力は根底は渇望なのに「無い」のでは無く「見えない」という自身の状態すらも見えなくなるほど強力で、その行動の土台は空虚そのもの。明らかに見当違いな方向性で、周りからも簡単に間違いを指摘されてしまう。土台が無いからその指摘一つで、現在の自分の中の価値観をいとも簡単に崩されてしまう。それでも元々土台が無いのに成立させてしまうほどその力は強力だから、今度は自虐的に突き進んでゆく。「わかっちゃいるけどやめられない」これはもう人間という生き物の宿命や業とすら感じる。理論や理屈で進化出来るなら、とっくに悩みなど無い世界になっているだろう。泥臭くて愚鈍で非合理的な欲望の固まり。だけどそれが人というアンバランスな状態の生き物そのものであって、だからこそ幸せな形があって輝けるのかもしれない。越えなければ平坦な道のありがたさなんて理解できない。今度、俺は車を買います。多分周りから見れば非合理的で空虚な行動。だけどこれは俺の中では越えなければならない事だと。
2006.11.05
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