タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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テーマ: 海外生活(7812)
カテゴリ: 忘れられない人々
風のガーデンDVD、週末にかけて全て見た。初めての倉本作品だった。緒方さんの演技が現実とダブって見ているのが辛かった。彼は、死んでいく息子の姿を見守る父親の演技を、どういう気持ちでやっていたのだろうか。

この映画で一番注目してみていたのは、緒方さん以外には誰だったろうか。実は私の場合は、床屋役の石田えりさんだった。

実はタコ社長、こう見えても石田さんとは一度メルボルンで競演しているのだ。1989年12月29日のことだった。年末ぎりぎりというスケジュール。日本でも上映されたが、日本ではあまりぱっとしなかった「AYA」という映画に、当時タコ日本語教師、レストランの客として出演した。残念ながら、この石田さんと一緒に食事をするシーンは、朝の7時から入って12時間もかけて撮ったのだが最終的にはばっさりとカットされた。これで、タコ俳優の道は完全に閉ざされてしまった。海外にいると、日本人が少ないのでこういう機会が日本にいるよりはずっと多い。

「緊張することないわよ、たかが映画よ。」
待ち時間などで彼女と話すことがあったが、彼女はこういって私も気持ちをほぐしてくれた。その肢体と共に堂々とした態度に役者の風格を感じた。英語でのシーンも結構あったが、しっかりとこなしていた。そこへいくとタコ日本語教師、セリフは僅か一言でしかも日本語なのに上がってしまった。普段は、「役者!」とか言われているのに、本番では唯の人、落ち着きがない。

この経験を踏まえてこの後、いろいろと準備はしてきているのだが、残念ながら未だに全くお声がかからない。


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Last updated  2009年01月10日 17時44分21秒
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