タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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タコ社長1952

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テーマ: 海外生活(7812)
カテゴリ: 移住模索期
「オジサン可哀そう。日本人の女性だったらこんなことはないわね。」


1985年7月、私はアズキ色のバックパックを背負って一カ月のオーストラリアのバスでの旅に出た。アデレードを過ぎた辺りから、一緒に時計回りにオーストラリアを半周する日本の二人の若いワーホリの女性と友達になった。あゆみちゃんと、やすよちゃんだった。そして、もう一人、オランダから旅行に来ていたアデールという私と同じ年の女性とも知り合った。年も同じ、そしてこの国に移住を求めていることなども同じで話が合って気も合った。

エアーズロックで投宿した翌朝の朝食でアデールが私を待たずに自分だけで朝ごはんを一人で食べている姿をみて、あゆみちゃんが私のことを可哀そうと言ったのだ。因みにこのお二人、33歳の私のことを「オジサン」と呼んでくれていた。そして、実はいまも「オジサン」と呼ばれている。

日本の生活にどっぷり浸かって直接こちらにきて、「あれっ」と思うことは結構ある。会社を出る前に電話して、高速道路が混んでいて帰宅がやや遅れると、オランダ系の連れ合いは夕食を一人で済ませていたり、始めていたりする。別に、オランダ繋がりという訳ではないが、こんなときふとあのアデールのことを思い出したりする。

だからといって私に何の文句も愚痴もない。25年こちらに住んでいて、小さなことは小さなことと思えるようになっている。但し、小さなことの積み重ねが、ある日突然、なんてこともあることも事実。オージー女性と離婚して日本に帰ってしまった山本さん、最後に私に言っていた。奥さんは7年間、1度も朝ごはんを作ってくれなかったと。

さ~て、週末はしっかりと料理に励むことにしよう。

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丁度七夕の日のエアーズロック



毎回、果敢にこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
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タコ社長の本業










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Last updated  2011年02月05日 20時48分22秒
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